Fate/Re-start-フェイト リスタート-【完結】   作:おるか人

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信念の第十六話

 ―――切嗣と大河の邂逅より、十数時間前。

 切嗣はセイバーと別れてからというもの、アイリスフィールの亡骸を抱えて、霊地の確保に奔走していた。

 

 アイリスフィールが人間としての機能を停止したという事は、すなわち四騎のサーヴァントが脱落した―――聖杯戦争が後半戦に入ったという事だからである。

 尤も、一度はその手の情報を鵜呑みにしたがために、バーサーカーの奇襲を受けてしまった切嗣である。不確定な情報をそのまま信じるわけにもいかないが……昨日までは活動できていたアイリスフィールが死んだのだ、昨日の内に新たな脱落者が出た事だけは間違いあるまい。

 聖杯を真の意味で完成させるためには、敵サーヴァントを倒すだけでは足りない。降霊地にて正式に儀式を行う必要がある。聖杯戦争四日目にて、切嗣はついに、その儀式の準備に入ったというわけだ。

 

 祭壇と成り得る聖杯の降霊地は、冬木に四ヶ所。

 

 第一の霊脈―――円蔵山。アインツベルン・マキリ・遠坂の御三家しか知らない土地。大元なる大聖杯の眠る、最上の霊脈。

 第二の霊脈―――遠坂邸。冬木という土地の所有者である遠坂家が選んだ土地。

 第三の霊脈―――冬木教会。マキリによって確保された後、諸々の事情があって聖堂教会に確保された土地。

 第四の霊脈―――冬木市民会館。第三次聖杯戦争のころに、後発的に霊地として完成した土地。

 

 切嗣が祭壇に選んだのは、なんと第四の霊脈―――新都の市民会館であった。

 

 第一から第三の霊脈は、どこも籠城戦に長けた立地である。聖杯の器という、この戦いにおける最終目的を所持する切嗣は、敵を否応なく己の陣地に誘い込む事ができる利点がある。にも関わらず、なぜ切嗣は要塞としての機能が低い市民会館を選んだのか?

 

 もちろん、これには切実な事情が存在する。

 そもそも、今挙げた第一 ~ 第四の霊脈のうち半分は既に、祭壇として使い物にならなくなっているのである。

 

 全ては三日目に行われた戦闘が原因だ。

 第二の霊脈である遠坂邸は、切嗣が使わせた聖剣(エクスカリバー)の直撃を受け、霊地としての格に大きな損害を受けてしまった。

 第三の霊脈である冬木教会も同じく、キャスターの手によって、昨夜のうちに跡形もなく吹き飛ばされてしまっている。

 どちらも、祭壇として機能しないレベルではないのだが……今や市民会館以下。そもそも、丸裸の平野で待ち伏せなどできるわけがない。そんなのは『どうぞどこからでも殺してください』と言っているようなものだ。よって、却下。

 そして大本命である円蔵山だが……ここにもまた、一つの問題があった。

 教会の惨状を知った切嗣は、すぐに円蔵山の確保に向かったのだが……一足遅かった。先行させた使い魔の視界に、一人の男が映ったのだ。

 

 ―――言峰綺礼。

 衛宮切嗣にとって、不倶戴天の大敵の姿が。

 

 アサシンがすぐ傍に控えているだろう相手に、奇襲は通用しない。ましてあの男自身が『代行者』……人間という枠内においての怪物だ。

 言峰綺礼も恐らく、他のマスターより早く遠坂邸と教会の一大事を知ったのだろう。切嗣のように霊地を確保しに来た者を待ち伏せているに違いない。

 間一髪でそれに気付いた切嗣は、山門へ続く階段の入り口に『ある仕掛け』だけを施し、それきり円蔵山の確保を諦めた。

 もしもこれ以降、円蔵山を手に入れられる機会が有ったとしても、その場にどんな罠を仕掛けられているか分からないからだ。

 

 つまり、切嗣が市民会館を聖杯降臨の祭壇に選んだのは、単なる消去法である。決して戦略上で有効だからではない。 

 この現状に『情報戦で後手に回った事は痛恨だった』―――と切嗣は一時、後悔をこぼしたものの……逆に、そのおかげで手に入れた、予想外の優位もあった。

 

 それは、切嗣が円蔵山への偵察を終え、新都で野暮用を済ませた後のこと。いよいよ市民会館を確保しようという段に入った時だった。

 

「……コレは!?」

 

 ―――見つけたのだ。路上に残された僅かな魔力、サーヴァントによる魂食いの痕跡を。

 慎重にその後を追った結果……切嗣はキャスター、暁美ほむらの捕捉に至った。

 実体化して人を喰って、霊体化して、また実体化して人を喰い、また霊体化する。……はた目からでも分かる覚束ない足取りは、明らかに死に体。

 

「仕留めるか? ……いや」

 

 死にかけとはいえ、相手はサーヴァントである。どんな常識外の反撃があるか分からない。切嗣はすぐに攻撃を仕掛ける事はせず、ひとまず遠巻きに尾行を続けた。

 キャスターは相当追い詰められているのか、後始末がおざなりであった。もしかしたら、他にもキャスターの痕跡に気付く陣営が現れるかもしれない―――そう考えた上の判断だった。

 

「キャスターの始末はその陣営に任せて、僕は勝利に浮かれる背中を撃てばいい……」

 

 以前、切嗣はセイバーを撒き餌にサーヴァントをおびき寄せ、情報を集めようとした。今回の策はその応用だ。

 ただし、そうなるとキャスターの『餌』になっていく人々の姿は嫌でも目に付く。

 

 学生服の少女がいた。

 母親と手を繋いで歩く男の子がいた。

 孫と戯れる老夫婦がいた。

 スーツ姿の青年がいた。

 

 助けようと思えば助けられたはずの人。救おうと思えば救えたはずの人。にも関わらず、むざむざ死んでいった人々。それらの犠牲を目の当たりにして、しかし切嗣は揺らがない。

 昨夜、聖剣で深夜の街並みを焼き払った時のように―――切嗣は些かの動揺も見せなかった。

 

「勝つ」

 

 何故なら、それが『最善』だからだ。

 平和を実現するための機械。装置。歯車。それが今の衛宮切嗣。

 遥かな未来まで連なる犠牲を失くすための正義。それが、唯一の―――…

 

「勝つんだ。―――絶対に」

 

 ……だが結局、切嗣の思惑は果たされなかった。

 遠坂凜。遠坂時臣の娘にして、弱冠六歳にも関わらず、他を隔絶する魔術の素養を持つ少女の登場によって。

 

「ハァッ――――ァァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 キャスターは、遠坂凜の姿を認めると同時に走り出した。捕食する気か、それともマスターとして契約を結ばせるつもりなのか。どちらにしても―――…

 

「……ここまでか」

 

 瞬間。切嗣は、予めキャスターに照準を定めていた狙撃銃の引き金を絞った。

 のけぞり、後退し、最後には霊体化して逃げ去っていくキャスター。

 

「……………………、」

 

 分かっていた事だ。弱っているとはいえ、たかが鉛玉ごときでサーヴァントは倒せない。だからこれは『お前を見ているぞ』という警告である。

 多くの人間を見殺しにして、得たものは何もない。風景に溶けていくキャスターの姿を見送ってから、切嗣はその無情感を噛みしめた。

 

 

* * * * *

 

 

 ―――そうして現在。切嗣は、遠坂凜と藤村大河の前に姿を現した。

 

「君たち。特にそっちの小さなお嬢ちゃん……夜の街は危険だから、早くお家に帰りなさい」

 

 切嗣は薄い笑顔を貼り付け―――さり気なく、右手甲(令呪)を示しつつ―――少女たちにそう言った。

 その言葉は、大河には『良識ある大人』として額面通りに伝わり、凜には『魔術師』として『見逃してやるから今すぐに消え失せろ』と伝わる。

 

「は、はいっ!」

「…………っ!」

 

 まるで、上官の号令を受けた兵士がごとく敬礼と返事をする大河。何かを言おうとしたが、歯噛みと共にグッとそれを呑み込む凜。両者の反応は対照的だった。

 数秒の沈黙。―――結局、正義感の強い大河が「ホラ、お嬢ちゃんも行こう!」と凛を引っ張る形で、二人の少女はその場から立ち去っていった。

 

「………………………、」

 

 遠坂時臣の死を確認したいま、遠坂凜に人質の価値はない。駅前(ココ)で殺すと無駄な騒ぎがある。切嗣が遠坂凜を見逃したのはその程度の理由だ。ただ、一応キャスターが再度現れる可能性に備え、使い魔に後を追わせておいた。

 

(まったく、無駄な時間をとってしまったな)

 

 ―――嘆息を一つ。

 切嗣は踵を返し、とあるビルを目指して歩き出す。

 市民会館の確保の前に―――やっておきたいことがある。

 

 

* * * * *

 

 

 冬木ハイアットホテル、スイートルーム。

 

「―――やっぱり駄目だ、ソフィアリさん。もうしばらくは工房内(ココ)にいてくれ」

 

 結局、ランサーはソラウが戦う事を許さなかった。

 ソラウには、ケイネスと違って戦う術がない。ケイネスが技術の粋を凝らした工房の中に留まっていた方が安全だと判断したのだ。

 せめてケイネスが目を覚まし、令呪の安全な譲渡が出来るようになってからにしてほしい。いざという時の切り札がないまま戦場に出る事だけは認められない―――落としどころとしてはそこが限界だった。

 

「……分かったわ」

 

 ソラウも、自身が冷静でない事は理解できていたのだろう。不承不承、という態度ではあったが了承した。

 それ以降、ソラウはむっすりと『不満です』という表情を隠さずに黙りこくって―――つい先ほど、ようやく看病疲れで眠りに落ちた。ソファの背もたれに体重を預け、微かな寝息を立てる姿を見ながら……ランサーは声なき声でクスリと笑った。

 

(本当に良い人たちだな……)

 

 魔術師というのは、人殺しを何とも思わないような人格破綻者が多いらしい。

 魔術師と言うのは、例え身内であっても、方向性の違い一つで殺し合う事も珍しくないらしい。

 らしい、らしい、らしい―――ランサーが断片的に持つ『魔術師』の情報はそんなものだ。聖杯からの知識はあくまで普遍的なもので、『例外』に関してはあまり詳しく語られない。『政略結婚』というのも、元が現代人であるランサーの感覚からすれば『好きでもない者同士が家の都合で強引に結ばれる』というイメージが強い。

 

 だからだろう。―――そのような特殊な立場であるにも関わらず、お互いに心から愛し合うケイネスとソラウの二人は……ランサーの目に眩しく映った。

 

 こんな主の下に召喚された事が喜ばしい。誇らしい。

 だからだろう。―――そんな人たちを苦しめる存在が許せない。

 ランサーとてサーヴァントだ。聖杯を使って叶えたい願いがあるから、この戦いに参加した。

 

(けど、そのためなら汚い手を使っても良いなんて。どんな手段を使ってでも他人を蹴落とそうだなんて。……そんなの間違ってる)

 

 自分(サーヴァント)を殺すのはいい。自分はそのために呼び出されたのだから、それを了承したうえで召喚されたのだから……サーヴァント同士が殺し合う事には文句など言わない。だが。

 

(聖杯戦争は、七騎のサーヴァントが戦い合って、最後に残った一騎と、そのマスターが聖杯を得る。そう言う戦いじゃないのか? なら、なんでサーヴァント以外を殺す必要があるんだ? サーヴァントは、サーヴァントと戦うために呼び出されるんじゃないのかよ……?)

 

 湧き上がる怒り。

 ランサーは、ニュースで深山町と教会の惨状を知った。児童を始めとする集団失踪事件も、恐らくは聖杯戦争の弊害なのだろう。倉庫街の攻撃だけなら『敵だけを狙った行為』として、ギリギリ我慢できた。だが、これは駄目だ。相手は勝つためなら何でもやる。聖杯の為なら誰だって犠牲に出来るのだ。そういう、ランサーの常識における『人格破綻者の魔術師』が、この戦いに参加している―――。

 

(ゴメン、ソラウさん。……本当は、オレだって許せない。今すぐにでも街に出ていって、間違ってる奴ら全員を倒しに行きたい。アイツらは人造人間(ホムンクルス)と同じだ。存在す()るだけで人を不幸にする)

 

 だが―――ランサーとて、己の生前の未練を晴らすためにここにいる。自分のために誰かを犠牲にしようとしている。そんな立場の人間が、自分を棚に上げて、他人を非難する資格は無い。

 

()()()がここにいたら、オレのコト『偽善者』って言うんだろうな……)

 

 死後も未練がましく奇跡に縋り付いておきながら、相手の浅ましさを非難する。自分は綺麗でいようとする。カタチに拘ろうとする。それはまさしく『偽善者』の立ち振る舞いだろう。反論などできない。

 だが、ランサーは……武藤カズキは、それでも貫こうと決めたのだ。

 救える人間は救う。奪わなくてもいい命は奪わない。それを阻むものとなら、誰とでも戦う。それが武藤カズキの信念。戦士としての―――信念なのだ。

 

「―――『善でも悪でも 最後まで貫き通せた信念に 偽りなど何一つない』―――」

 

 恩師の言葉を一人、呟く。

 そう、―――だから貫く。

 例え偽善でも貫く。命尽きるその瞬間まで足掻く。最期までその信念を貫き通すと決めたのだ。

 

 高級ホテルの防音性は、息遣いがやけに大きく聞こえるような静寂を作っている。

 無音ゆえの喧騒がザワザワと胸を急かすようで、落ち着かない。

 

(……アーチボルトさんの様子を見てこようかな)

 

 ソラウの代わりは務まらないかもしれないが、寝ている間くらいは―――と、ランサーがリビングから、扉一枚隔てた寝室へと足を向けた時だ。

 

≪プルルル……≫

 

 突如、部屋に鳴り響くコール音。

 

「……?」

 

 せっかく眠ったソラウを起こしてはマズいと思い、ランサーは即座に実体化し、敏捷ステータス:Aを最大限に発揮して、ワンコール以内に受話器を素早く取り上げた。

 

「もしもし?」

≪こちら、アーチボルト様のお部屋でよろしいでしょうか?≫

「ハイ、そうです」

 

 どうやらホテルの連絡だったらしい。

 

(って、当たり前か)

 

 ケイネスもソラウも英国在住の人間である。日本のホテルに、それもこんな夜遅くにわざわざかけてくる人間などそうはいないだろう。

 

≪そちらに、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト様と、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ様はいらっしゃいますか?≫

 

「……? ハイ、二人ともいますけど……スイマセン、今は―――」

≪そうですか。それでは明日のお食事の時間についてお話させてもらってもよろしいでしょうか?≫

「……え………………あ、ハイ?」

 

 困惑。

 

≪アーチボルト様は、お食事はお部屋でされるとの事なので、ご予約通り朝の九時にお持ちいたします。メニューはフレンチトーストと―――…≫

 

 困惑。

 困惑。

 困惑。

 

 おかしい。おかしい。おかしい。―――おかしくないようで、おかしい。

 武藤カズキは、冬木ハイアットのような『超』がつく高級ホテルになど宿泊したことがない。だからこの会話がおかしいのかどうかは分からない。誰かに隣で『そういうものだ』と頷かれれば『そうなのか』と納得してしまいそうではある。

 

 だが、何だ―――この違和感は?

 武藤カズキでも分かるような『おかしさ』が、今の会話の中にあったような―――。

 

(そちらに、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト様と、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ様はいらっしゃいますか?)

 

 そうだ。ここがおかしい。

 事前の予約で分かっている事をこんな時間に確認してきたことがおかしい。

 それはまだいいにしても、わざわざ『二人とも部屋にいるか』を確認するのはおかしい。

 それだってまだいいにしても、あと一つ。どうしても一つだけ違和感が拭えない。

 ランサーはサーヴァントである。基本的には霊体化している立場だ。チェックインはしていない。

 

(オレがいま『アーチボルトさんとソフィアリさんは部屋にいる』って言ったのに、この人は今―――)

 

 ―――()()()()()()()()

 

「……………………ッッ!!」

 

 ランサーは即座に受話器を投げ捨て、駆け出した。

 理屈で察したわけではない。理性で結論したわけでもない。それは、本能に根差した行動だった。

 挙動は稲妻のように早く、判断は機械のように正確だった。

 ランサーは正しく優秀なサーヴァントだった。これ以上の行動速度は誰にだって望めまい。

 だが―――不運な事に、事態は稲妻より早く、機械より正確に進行していた。

 ランサー曰くの『人格破綻者の魔術師』の凶刃は、ランサーが電話に出た瞬間に放たれていたのだ。

 

 ―――世界が、揺れた。

 

「うあ……!」

 

 地面が揺れて、視界が傾いて……世界が崩れていく。

 轟音。浮遊感だけが、ランサーを感覚全てを支配していく。

 

「ソフィアリ、さん!!」

 

 流石にサーヴァント―――地面そのものが傾いて墜ちていくような世界の中を、ランサーは己が足で駆け抜ける。壁を走っているような、天井を走っているような、空を走っているような姿で、ランサーは重力に引かれんとするソラウの身体を抱き留めた。

 

「ランサー!?」

 

 この騒動で目を覚ましたのだろう、ソラウがランサーの腕の中で目を丸くした。説明しろと視線が語っているが、生憎とそんなヒマはない。こうしている間にも、世界が―――ホテルが崩れ落ちようとしているのだから。

 

「ソフィアリさん、捕まって!」

 

 それだけ言って、ランサーは地を蹴った。次に目指すは隣部屋。寝室のケイネスも運び出さねば。

 

(扉を開けてる時間はない……なら、壁をブチ破る! ゴメン、ホテルの人!)

 

 意識を左胸に集中。核金・発動。“陽光の突撃槍(サンライトハート)”―――召喚。

 

「“武装錬金ッッ!!”」

 

 真名解放。呼び出された白銀の槍は、従者と主を隔てる壁を一撃で破壊した。その先に……

 

 

* * * * *

 

 

 ―――目を覚ました。

 

    彼はすぐに、『今』が危険だと理解した。

 

    だから、()()を願うことに躊躇など有りはしなかった―――

 

 

* * * * *

 

 

 夜があった。

 

「―――え?」

 

 壁を貫いた先には、夜があった。

 豪奢な寝室なんかなく、フカフカの高級ベッドもなく、そこに横たわっているはずの主もいない。

 ただ、ランサーとソラウの前には輝かしいほどの夜景―――人工の星々が広がっていた。

 

 それもそのはず。ランサーの槍はホテルの壁ではなく、窓を貫いていたからだ。ランサーの身体は、主であるケイネスの救出ではなく、崩れゆくホテルから逃げ出すために駆動していたのだ。

 

「なん、―――で」

 

 向かいに立つ高層ビルの壁面を蹴る。一つ向こうに建つマンションのベランダを蹴る。セレブ御用達のスポーツクラブの屋根を蹴る。―――身一つで夜空を滑空しつつ、ランサーは事態の推移を観察する。

 冬木ハイアットが崩れていく。炎を上げて、煙を上げて、足元から崩れ落ちていく。中に、ランサーの主を残して。

 

「なんで、っ―――」

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトを置き去りにしたまま……冬木ハイアットが、コンクリートと鉄筋のカタマリに変わっていく。ただの残骸に成り果てていく。

 

 戻らなければ。助けなければ。救わなければ。

 なのに、なんで―――この身体は、

 壁を破る直前、頭の中に響いた声。

 

「なんで、アーチボルトさんッ……なんで――――!!」

 

 

 

 

 

≪ランサー、『()()()()()()』―――!!≫

 

 

 

 

 

「―――なんでだぁぁぁぁあああああああアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 慟哭と共に、冬木ハイアットホテルは完全に倒壊した。

 ランサーには、その音が、非道にして非情―――『魔術師らしい魔術師』の嘲笑に聞こえて仕方がなかった。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・

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