Fate/Re-start-フェイト リスタート-【完結】   作:おるか人

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第四次聖杯戦争 ~ 最終日 ~                     
収束の第二十三話


【聖杯戦争 五日目(昼)】

 

 

 

 ―――その日の冬木は、朝も昼も静かだった。

 

 市民の集団失踪、

 連日連夜引き起こされた爆弾テロ、

 繁華街で起きた原因不明の衰弱事件、

 正体不明のコスプレ団体が開いた謎の集会、

 局地地震による建造物の多数倒壊―――…市民を恐怖に慄かせた事件など素知らぬ顔で、街の時間は過ぎていった。

 

 ここ四日間は、夜だけでなく朝も昼も常に何かしらの事件が起きていたのだ。それが止んだというだけで、市民はホッと胸をなで下ろす思いだった。

 

 ああ、事件は終わったのだ。

 異変は去った。街に平和が戻ったのだ。

 それは『もう安心』という楽観ではなく―――『そうであってくれ』という懇願に近い。

 

 ―――静かすぎる。

 

 ……だから、とある老人がそんな事を口にした時、周囲の人間は笑い飛ばした。

 

 考えすぎだ、とか。

 心配性だな、とか。

 

 やはり楽観ではなく、懇願に近い声で。

 しかし―――後の結果を見れば、老人の言い分は正鵠を射ていたと言わざるを得ない。

 

 街に満ちる静寂は即ち、次に待ち受ける悲劇の予兆に過ぎなかったのだ。

 

 ()()()()がない事こそ()()()()

 

 何故なら、全ての元凶たる第四次聖杯戦争は、まだ終わってなどいないのだから―――。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

【聖杯戦争 五日目(夜)】

 

 

 

 新都、冬木市民会館―――。

 昨夜、繁華街を脱出した衛宮切嗣の手によってついに制圧された霊地。己がマスターの城とでも言うべき場所に、彼女は敵地に臨むような心地で立ち入った。

 エントランスどころか、周囲の敷地を踏むのも切嗣の許しなしでは行えないほどの罠、罠、罠。セイバーは悪辣に敷き詰められたそれらを抜け、一階―――吹き抜けのコンサートホールの扉を開く。

 

「……先の念話はどういうコトです、切嗣?」

 

 かつてアイリスフィールであった黄金の杯を前に、切嗣とセイバーは向かい合った。

 

「私はもう、貴方と共には戦えないと言ったはずだ」

 

 糾す声はあくまでも刺々しく。決別した夜明けと同じように、セイバーは切嗣をねめつけている。

 

「にも拘らず―――『聖杯が欲しければ来い』とは、何だ?」

「言葉の通りだ」

 

 一瞥すらくれることなく、ただ一言。まるで『それ以上話すことなどない』とでも言いたげな態度。

 発音一つ一つが、この聖杯戦争が始まる前……事務的な付き合いすらなかったあの頃に、時間を巻き戻していくかのようだった。

 

「………………………、」

 

 切嗣がそれ以上は自分から話す気がない事を悟り、セイバーは自分で情報を探り当てていくことにした。

 まず目に入ったのは、何よりホールの中央に安置された黄金の杯だ。

 

「アイリスフィール……」

 

 彼女の正体が、あの夜に明かされた真実の通りならば―――この杯はアイリスフィールだったモノなのだろう。昨夜のキャスター脱落によって、ついに『外装』すら失われたのか。

 聖杯が完成へ向かっている事は確か。

 だが、ライダーとの休戦を承諾したあの時から、街に何らかの騒ぎが起きた様子はない。ランサーは分からないが、少なくともライダーはまだ生き残っているはず。

 切嗣がセイバーを呼び出したということは、それ即ち自分ではできない事をやらせるためだろう。

 思いつくのは―――聖杯の入手。

 残る一画の令呪を用いる作業のみのハズだが……。

 

「……聖杯が完成したのですか? 残るサーヴァントは私一人だと?」

「違う」

 

 でしょうね―――とは流石に口に出さなかったが、セイバーにはそれ以外の理由で切嗣に呼び出される理由が分からなかった。

 

「では、何故?」

「完成するのはこれからだ」

「――――――――――、」

 

 抑揚のない一言に、セイバーは固まった。

 

「……なんだと?」

 

 ―――二画目の令呪。

 否応なく振り下ろされる聖剣。

 焼き払われる深夜の街並み。

 フラッシュバックする記憶。

 チリチリと脳髄を焼く痛み―――。

 

「まさか、貴様……また何か」

 

 冬木ハイアットホテルの事件を噂で知った時も思った事だ。

 また、切嗣が。

 いかに覚悟を決めても、切嗣の悪辣さはセイバーのそれを易々と上回る。

 また、切嗣が。

 また、切嗣が―――何か。

 

「……………………、」

 

 切嗣は無言のまま、トントンと指の腹で自分の瞼を叩いた。

 そのジェスチャーが意味するところは、

 

(視覚共有……?)

 

 ここで視界を共有したところで、見えるのは同じくコンサートホールの景色だろう。が、切嗣からの説明が期待できない以上、セイバーは提案に乗るしかない。自分の視覚をカット。使い魔の契約を通じ、主の視界に繋ぎ直す。

 

(――――――、?)

 

 果たして、見えたのはコンサートホール……ではなかった。

 それは、空から見下ろす俯瞰の構図だった。コンクリートではない、土の地面。周囲に乱立する木々。長々とした石段。中央には堂々とした居住まいのお寺。一人佇む精悍な男性。

 

(切嗣の視界ではない……これはもしや、使い魔の?)

 

 セイバーの視覚が切嗣に繋がったように、切嗣の視覚もまた、今は切嗣の使い魔と繋がっているのだろう。つまりこれは、市民会館の外に『目』として差し向けている使い魔からの映像らしい。

 セイバーが今見ているのは、円蔵山―――柳洞寺の景色。そしてそこに立っているのは言峰綺礼だ。

 切嗣は市民会館を確保する傍ら、ランサーの所為で見失った綺礼を再び捕捉すべく新たな使い魔を生み出していたのだ。もしも綺礼が柳洞寺から拠点を移していたら、せっかく準備した『仕掛け』が無駄になる。その確認のための作業だったのだが……どうやら、無用の心配だったらしい。

 もちろん、柳洞寺も言峰綺礼も知らないセイバーからすれば何が何だか分からない光景である。辛うじて、この視界に映る『名前も知らない男性(言峰綺礼)』が聖杯戦争の参加者らしい事が薄々読み取れる程度だ。

 

 と、―――突然、山の麓あたりで異常が起きた。

 まるで花火のような光が空高く舞い上がり……パン、と弾けたのだ。

 キラキラと夜空にきらめく光。

 それはもちろん花火などではなく―――魔力による符丁である。

 魔術師にのみ伝わる合図。かつて聖堂教会の監督役が、二日目の惨事についてマスターを問い質すべく召集をかけた時にも、こんな光が上がったことを、セイバーはよく覚えている。

 だが、現在……監督役はロクに機能していない状態。

 そしてこの狼煙は、監督役が上げたにしてはおかしな内容であった。

 光の内容を解読すると『今ここに聖杯戦争の雌雄を決する。残る参加者は全て鞭を揚げて来たるべし』―――つまるところ、挑発だ。

 もちろん、この符丁は切嗣の手によるものである。四日目の昼に綺礼が柳洞寺を拠点としたことを知った時、山の麓に遠隔操作で符丁を打ち上げられるよう、細工をしておいたのだ。

 これで他陣営のサーヴァントを綺礼のいる柳洞寺に攻め込ませ、そこに仕掛けられているであろう罠の内実を探る。あわよくばアサシン共々討伐させる……これが今回の切嗣の策。

 ……衛宮切嗣にしては、迂遠かつ確実性に欠ける作戦に見える。

 こんなもの、他の陣営が挑発に乗らなければそれだけで全て瓦解する。少なくとも切嗣ならこんな挑発に乗ったりはしないだろう。

 

 が、―――それがただの挑発でなければ?

 

 この作戦の肝は切嗣が上げた狼煙の内容ではなく、狼煙()()()()である。

 なるほど、ただの狼煙であれば『ヘタな挑発』と受け止められておしまいだろう。しかしそれが『聖堂教会の指示』であればどうか?

 

『聖杯の降臨に必要な過程として、サーヴァントとマスターを呼びつける必要があるのでは』―――と、敵に思わせればどうか?

 

 そう。切嗣が上げた狼煙は、ただの狼煙ではない。

 霊地調査の際に大破した冬木教会の地下室から拝借してきた、『監督役による正式な指示』として扱われる特別の代物だ。例え相手が外来の無知なマスターであっても、三日目の昼に発せられた『警告』に立ち会った者ならば真偽の程は理解できるはず。聖杯を求めるマスターが、これを無視できる道理などない。

 敵が全員集まったところで切嗣とセイバーも円蔵山に赴き、外からまとめて宝具で薙ぎ払えばいい。

 最悪のパターンは、危険を察知した言峰綺礼が円蔵山から逃げてしまうことだが―――それはそれで構わない。

 アサシンはともかく綺礼は使い魔の目から逃れられない。じっくりと居場所を確認し、逃げられない位置に誘導した上で爆殺すればいい。柳洞寺という『籠城における最高の立地』が相手でなければ、魔術師殺しに取れる手段などいくらでもある。

 言峰綺礼の排除、残存サーヴァントの数と内実の把握、戦いの決着ないし、今後の戦局を有利に転がすための舞台作り。一石三鳥のこの作戦は、まさに衛宮切嗣らしい狡猾さの結実と言えた。

 

「今日だ」

 

 不意に察せられた切嗣の一言に、セイバーも意識を現実に移す。

 

「今日―――僕は、第四次聖杯戦争の趨勢を決定させる」

 

 切嗣は相変わらず感情を感じさせない声で―――しかし、そこに絶対的な確信を含ませて―――宣言した。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 人知れず空を彩る光―――切嗣の狼煙を、ランサーはたった一人で見届けた。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトも、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリも、もう彼の傍にはいない。

 二人とも、夕方の内に冬木市から退去済みだ。今頃は冬木市最寄りの空港から英国に帰国しているだろう。

 

「……ケイネスさん……ソラウさん……」

 

 ポツリと。遠い空に向けて、ランサーはかつての主に向けて言葉を投げた。

 ―――そう、かつての。

 ケイネスはもう、ランサーのマスターではない。

 元々、二日目の爆撃とキャスターの奇襲によって深い手傷を負わされていたケイネスは、核金による治癒効果で何とか生き永らえてきたようなものだった。そのかけがえのない延命手段を昨夜、婚約者を蘇生するために引き剥がしてしまったのだ。自殺に等しい行為である。

 何とか必要最低限の治療は済んでいたので、核金を失ったからといってすぐさま命を落とすような事はなかった。しかし、彼の身体は魔術回路を含め、未だ予断を許さない状態なのだ。―――魔術行使どころか、ちょっとしたきっかけで棺桶に足を突っ込みかねない。とてもじゃないが聖杯戦争を戦い抜くことなどできない。

 加えて、核金によって蘇生されたばかりで意識の戻らないソラウもいる。

 流石のランサーでも半死人二人を抱えて戦うことなどできないし、だからといって工房を失った今、戦場をランサーに任せて二人は身を隠す……という以前までの対応も、決して安全とは言えない。

 

「……ランサー。私は、この戦いを降りる……」

 

 稀代の天才。

 神童、ロード・エルメロイ。

 その才能と実力で無限の栄光を手にしてきたケイネスにとって、その一言はどれだけ重かったのだろう。

 

 屈辱だったろう。

 無念だったろう。

 けれど、ケイネスは決断した。

 冬木ハイアットの一件。血に染む婚約者の姿を見て、心が折れてしまった。

 自分たちが生き延びたのはあくまで偶然。核金という埒外の奇跡があってこそのものだと思い知らされて。

 

 名誉は大切だ。

 矜持は支柱だ。

 それでも、愛する女の命には代えられない―――と。

 

「……ウン、分かった」

 

 マスターが戦いを放棄するという暴挙を、サーヴァントたるランサーは反対しなかった。元より無関係の他人を巻き込んでまで願いを叶える気はなかった彼は、ケイネスの弱腰を責める事も、考え直すよう説得する事もなかった。

 いや……もはやカズキは願いを叶えようという気持ちを失っていたのかもしれない。

 キャスターという分かりやすい『敵』を免罪符にヴィクター化し、大勢の人間を苦しめた自分には……聖杯を手にする資格などない、と。

 しかし。だから戦いを止めるのか―――と言われると、そうでもない。

 

「オレは……戦うよ」

 

 ランサーは聖杯こそ諦めたが、戦いは続ける気だった。

 元凶たるキャスターは倒したが、もしかしたらまだ『人でなし』の魔術師が生き残っているかもしれない。聖杯戦争なんて下らない戦いのために、これ以上街の人に迷惑をかけられない。この戦いは一刻も早く終わらせる。たとえ、この命と引き換えにしても。

 それが、武藤カズキの戦う理由。

 

「……そうか」

 

 戦い続けるランサー。

 これ以上は戦えないケイネス。

 主従の方向性はここに違い、もはや交わる事はない―――。

 

 場所は新都の駅前。

 駅から行き交う人混みの中、ケイネスとカズキは最後の別れを交わした。

 

「ランサー、お前の『願い』は何だったか?」

 

 まるで夕食の献立でも尋ねるような声音で、ケイネスは問うた。

 

「………………『普通の人間に戻る事』だよ」

「ああ、そうだったな」

 

 そんな事は分かっている。

 分かっていて聞いた。

 ただ存在するだけで人間を害する能力。

 ヒトから排斥されるべき怪物。

 それが武藤カズキの持つ最大の力であり……最大の呪い。

 

 何度も思った。

 どうしてオレが―――と。

 何故よりにもよって、恩人のくれた命に呪いがかけられていたのか。

 どうしてオレには、呪いに打ち勝つだけの強さがなかったのか。

 

 そのせいでたくさんの人を苦しめた。

 そのせいで友達も、家族も、恩人も……たくさんの人を泣かせてしまった。

 だから、せめて彼らに顔向けできるような存在に戻りたい。

 ―――そういう苦悩を、カズキは既にケイネスに吐き出していたのだから。

 

「第三の令呪を以って命じ……」

 

 右手に刻まれた最後の令呪。

 それを解き放とうとして……ケイネスは一度、口をつぐむ。

 

「……アーチボルトさん?」

 

 令呪など使って何をする気なのか。

 いや、それ以前に……いかに魔術回路とは別系統の魔術とはいえ、令呪の使用は今のケイネスにとって大きな負担となるはず。

 

 止めなければ。

 だが、何故だ。

 身体が動かない。止めろと言えない。

 武藤カズキは『これ』を止めてはならない。そんな、気が―――。

 

 理解できない戒めに縛られるカズキ。

 そしてケイネスは意を決し、右手に万感の想いを込めた。

 

「―――第三の令呪を以って、()()()()()()。カズキ……『黒い核金を二度と使うな。いかなる時にあっても、己が信念を穢す事なかれ』―――」

 

 ……その光景を忘れない。

 ケイネスも、カズキも……きっと一生忘れない。

 雑多な人混み、コンクリートの歩道、辺りを照らし始めるのは人工の冷たい輝き。

 

 だが、その瞬間のみ世界は時間を止め、景色は黄金と化していく。

 科学よりありふれていて、けれど魔術よりも尊い輝き―――それがいま、両者の間に結ばれたもの。

 

 此度の戦いは悲惨なものだった。

 主は後遺症が残るほどの傷を負い、一度は婚約者の命さえ奪われた。

 従者は無辜の民を徒に傷つけ、信念を揺らがせ、穢れ落ちた魔力に全身を汚染された。

 それらの傷は決して浅くない。二人の身体と心を痛めつけ、今後の人生に深い影を落としていく事になるだろう。

 

 ―――ああ、それでも。

 

    この、奇跡のような一瞬があったのだと思えば、

 

    報われない戦いも、どこか報われた気がする―――

 

 空気中に微かなきらめきだけを残して、最後の令呪が消えていく。

 二人は主従ではなくなり、ここに新たな関係が生まれた。

 

「―――さらばだ、カズキ」

「ウン。さようなら、ケイネスさん―――」

 

 別れは短く。

 お互いにあっさりと背を向けて、振り返りもせず歩いていった。

 

 

 

 

 

 そしていま、ランサーは一人だ。

 ホムリリィとの戦いで得た膨大な魔力で現界を保ち、戦場へと駆けていく。その足取りに迷いはない。

 何故なら、ランサーは一人だが……同時に、決して一人ではないからだ。

 背中に添えられた力強い手のひらの感触が、『願い』と言う名の令呪から伝わってくる。それだけで、もう何も恐ろしくはない。

 

「エネルギー、全・開!」

 

 晴れ晴れとした心地で叫ぶ。

 そうとも、もう心はいっぱいだ。

 誰にだって負けやしない。何にだって負けはしない。

 

「ケイネスさん、ソラウさん―――大丈夫! 何を隠そう、」

 

 そう、何を隠そう。

 

「オレは! 戦いの達人だぁぁぁぁッッ!!!」

 

 周りには誰もいない。カズキを見下ろすのは夜空、星と月だけ。

 なのに―――どこかの誰かに『バカめ』と気持ち良く笑われた気がした。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 そして―――新都、緑地公園。ケイネスの教え子であるウェイバーもまた、切嗣の狼煙を目にしていた。

 

≪オイ坊主、ありゃなんだ?≫

「アレは聖堂教会……監督役の符丁だよ。前にも一回あったろ」

≪前……というと、坊主がトオサカ邸がどうのと騒いでおったアレか?≫

「そう、そのアレだ」

 

 うんうんと頷くウェイバー。

 実際は二回だ。一回目が綺礼による監視役殺害の件、二回目が倉庫街による戦術兵器使用に関する『警告』である。が、後者はウェイバーが放心状態だったころの話なので二人とも感知していない。これで一度目も何らかの偶然で目撃していなければ、ウェイバーが切嗣の策略にかかることもなかったのだが……世の中そう上手くはいかないようだ。

 

≪それで、監督役とやらは何と言っておるのだ?≫

「待てって。えーっと……『今ここに聖杯戦争の雌雄を決する。残る参加者は全て鞭を揚げて来たるべし』……そう書いてある」

≪おお! 大一番の舞台を用意したというわけか。今朝から何となく『終わり』の雰囲気を感じておったが、やはりアタリだ≫

 

 スッ―――と、何もないところから二メートルを超える巨躯が姿を現す。

 実体化したライダーはガハハと大仰に笑いつつ、その声音に獰猛な響きを含ませた。

 

「他人に用意された舞台というのがちと気に食わんが……フフン、こと『敵地に攻め込む』行為に関して、この征服王に勝る英霊はおるまいて!」

「……ライダー」

 

 やる気十分なライダーとは対照的に、ウェイバーの表情は少しばかり暗い。

 それも当然だろう。なにせライダーの魔力は昨夜、枯渇寸前まで追い込まれたのだ。今日も一日中魔力回復にあてたが、コンディション全快には程遠い。

 その上、今のライダーには宝具がないのだ。

 戦車はホムリリィに破壊され、修復不可能。固有結界はとてもじゃないが発動できない。こんな状態では『騎兵』に戦う術などない。

 しかし、あの狼煙は聖杯戦争における正当な指示。それに従わない参加者に聖杯を得る事はできない。今回ばかりはライダーでなくとも『退く』という選択肢が存在しないのだ。

 無い無い尽くしのこの状況で、何故―――そんなにも自信満々に笑えるのか。

 

 ―――どうしてオマエは、そんなに強いんだよ?

 

 ウェイバーは歯噛みした。ボクは違う、と。

 結局……今日という日まで、マスターとして何かをこなしたことは一度もない。ライダーに引っ付いてそのおこぼれを食い漁って……まるでコバンザメだ、と。

 自嘲の気持ちは、あとからあとから際限なく湧いてくる。

 ウェイバー・ベルベットに、マスターたる資格無し。それが絶対的な真実。

 自分は天才だと己惚れていた日々も、理解されない自分に酔っていた事も、全てが唾棄すべき恥の記憶。

 小さい、あまりにも小さい―――自分と言う男の本性が、イスカンダルの前では浮き彫りになってしまう。

 

 だからせめて、

 最後くらいは、マスターに相応しい行動をとらなくちゃ。

 

「第三の令呪を以って願う―――」

 

 掲げられる右手。

 何の偶然か。放たれた言葉は、ある男と似通っていて。

 

「ライダー、……『令呪()の魔力を、己が力とせよ』―――」

 

 解き放たれる魔力。

 消えていく資格。

 ライダーが全身に魔力の充溢を感じた時、ウェイバー・ベルベットもまた、マスターではなくなった。

 

「――――――――――、」

 

 何も言わず、ウェイバーを見つめるライダー。

 その目はただ『で、どうする?』と少年の意思を問うてくる。

 ……分かっている。ウェイバーの矮小さも自嘲も劣等感も、征服王イスカンダルという男にとってはどうだっていいことだ。

 分かっているからこそ、ウェイバーは、

 

「これで、ボクはお前のマスターでも何でもない」

 

 自分を見下す大柄な身体を、強い瞳を―――ウェイバーは、

 

「ボクには戦う力なんかない。アドバイスできるような知恵もない。令呪でいざという時に助けてやる事だって、もう……できない」

 

 ウェイバーは―――

 

 

 

 

 

「それでも、オマエと一緒に行っても良いか?」

 

 

 

 

 

 ――――同じくらい、強い瞳で見返した。

 

「フ―――」

 

 いかにも満足そうに、ライダーは笑った。

 抜き放たれるキュプリオトの剣。“王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)”の変則活用。固有結界の展開無しに、一騎のみのサーヴァントをここに。

 空間を切り裂き、現れたるは黒毛の英霊駿馬―――ブケファラス。

 令呪の補助を得て、今再び『騎兵』としての力の取り戻したライダーは……己の懐、僅かに空いた鞍の前部に、かつてのマスターを誘った。

 

「当たり前であろうが。『マスターじゃなくなったからもう関係ありません』などと戯けたコトを抜かしておったら、それこそ拳骨で、背丈をあと三十センチ縮めてやってたところだ!」

「ふんっ。べ、別に縮められたって構うもんか。その時は、聖杯に願う背丈を六十センチに増やせばいいだけの話だからな!」

「ハッハッハッハッハ、言うようになったではないか!」

「フフ、ハっ……アハハ! アッハッハッハッハッハ!」

 

 ブケファラスの背で二人―――まるで子供のように、大口を開けて笑い合う。

 

 笑って、

 笑って、

 笑って、

 笑って、最後には笑い疲れて……息苦しくなったところで、やっと落ち着いた。

 

「―――行くぞ、ウェイバー!」

「おう、イスカンダル―――!」

 

 もはや余計な言葉は要らず。

 合図は単純、手綱を一打ち。それだけで疾走は始まる。

 目指すは敵地。雄として挑まねばならぬ、遥か彼方の栄光へ向けて。

 主従でなく、王と臣下でもなく、ただのウェイバーとイスカンダル。―――ただ二人の男になって。

 

『――――AAAAAAALaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaie!!』

 

 鬨の声も、己を鼓舞するためではない。

 まして敵を威圧するためでもなく。

 ただ、胸の奥にある『たまらない気持ち』を吐き出すばかりのものだった―――。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

   ・

   ・

   ・

   ・

   ・

   ・

 

 市民会館にて、切嗣は己の作戦の推移を見届ける。

 円蔵山・柳洞寺に集うサーヴァントたち。

 

 ランサー。

 ライダー。

 そしてアサシン……言峰綺礼に動きはない。

 

 ランサーとライダーの到着ほぼ同時だ。このタイミングなら、綺礼の退避は間に合わない。

 これまでの情報と、昨日から調査した街の様子から、脱落者と思しきサーヴァントは三騎。

 

 遠坂邸でマスターを失ったアーチャー。

 昨夜、ランサーとライダーとセイバーが共同で打ち倒したキャスター。

 街中で暴れた跡があるにも関わらず、ある地点で忽然と姿を消したバーサーカー。

 これに、使い魔から確認できるサーヴァントの数を合わせれば……クラス名も合わせて完全に一致する。

 アイリスフィールが聖杯の容量を計り違えた理由は今も分からないが、今度こそ間違いない。

 

 ランサー、

 ライダー、

 アサシン。

 

 この三人こそが生き残った敵。切嗣が倒すべき、敵の全容!

 

「行くぞ、セイバー」

 

 切嗣は歩き出す。

 勝利はすぐそこ。

 もう、すぐそこにある。

 世界平和。闘争の根絶。

 長く願い続けたユメ。

 もはや叶わぬと諦めかけていたユメがいま、眼前で成就を待っている―――!

 

「……はい」

 

 そしてそれは、セイバーとて同じ。

 

 マスターが気に食わない?

 マスターを認められない?

 

 そんな事はどうでもいい。

 あの悲劇を無かった事にできるなら……どんな屈辱も呑み干してみせる。

 

 勝利。

 

 両者はその一点のみ一心同体に歩き出す。

 

 

 

 

 

「――――――――何処へ行こうというのかね?」

 

 

 

 

 

 ―――否。歩き出そうと、した。

 勝利への道。

 ユメへと繋がる道が……不意に陽炎が如く姿を揺らがせる。

 

 ダレだ?

 ココにはダレもいない。

 こんな声は、知らない。

 

 ―――――――――――――――――振り向く。

 

 ただそれだけの動作に、切嗣は一分も一時間もかけたように感じた。

 

 馬鹿な。

 

 ―――そんなはずがない。

 

 馬鹿な。

 

 ―――でも本当は、『誰か』なんて振り向かなくても分かる。

 

 馬鹿な。

 

 ―――だって、僕は『コイツ』を最初からずっと警戒していた。

 

 馬鹿な。

 

 ―――どうという事はない相手だと必死に目を逸らそうとして、できなかった。

 

 馬鹿な。

 

 ―――『コイツ』には勝てないかもしれないと思うのが怖かった。

 

 馬鹿な。

 

 ―――だってそうだろう。愛する女を犠牲にするのに、

 

 馬鹿な。

 

 ―――アイリの死の上に成り立つ、罪の歓びを、

 

 馬鹿な。

 

 ―――衛宮切嗣の全てを賭けたユメを、

 

 馬鹿な。

 

 ―――『コイツ』は、全くの無為にしてしまうかもしれないんだから―――!

 

 

 

 

 

「そんな、馬鹿な……ッッ!!」

 

 

 

 

 

 抑揚のない声が崩れる。

 無表情が色付く。

 思考回路にエラーが続出する。

 

 ………それでも、認める他にない。

 

 己の背後に立つ男が、

 ここにいるはずのない男が、

 あの黒い僧衣に身を纏う男が、

 愉悦に歪んだ笑みを浮かべている男が、

 

 

 

 

 

「初めましてだな、衛宮切嗣」

「言峰……綺礼ッッ―――――!!」

 

 

 

 

 

 ―――他の誰でもない、己の天敵である事を。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 さあ、ここに舞台は整った。

 第四次聖杯戦争、五日目。

 各々の命運を賭けた最終決戦が、ここに幕を上げる――――――。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・

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