Fate/Re-start-フェイト リスタート-【完結】 作:おるか人
衛宮切嗣の驚愕より数分前。ランサーとライダーが柳洞寺へと辿り着いた時、その場には一人の男がいた。
鍛え込まれた長身に漆黒の僧衣を纏う神父―――言峰綺礼である。
「…………!」
ランサーはライダーと綺礼の姿を認めるや、一旦は槍を構えたものの……やがて「おや?」という表情と共に、穂先を僅かに下げた。
ライダーとそのマスターは自分と同じように「はて?」という思案顔をしているし、予めこの場に陣取っていた男には戦意がないのである。
これはどういう事か?
今から聖杯戦争の決着をつけるのではないのか?
まだ全員そろっていないから始められないのか、それとも―――この召集自体が何かの罠だったのか。
「――――心配するな」
三人の疑問が怒りに変わる前に、男はそう口にした。
「私の名は言峰綺礼。此度の聖杯戦争において監督役だった、言峰璃正の一人息子だ」
綺礼が警戒を解くように身分を明かすものの……もし、この場に言峰綺礼と面識のある人物が立ち会っていたなら、警戒はむしろ深まっていただろう。
声が違う。
顔が違う。
雰囲気が違う。
それは僅かな差である。
顔見知り程度の関係ならそのまま見逃してしまいそうな、小さな差異。
だが、親兄弟や親しい友人ならば―――決して見逃しはしない違いだ。
つまりこの男は、言峰綺礼を名乗りながら、言峰綺礼ではないのである。これでよくぬけぬけと『心配するな』などと口にできたものだ。厚顔無恥にもほどがある。
が―――残念な事に、この場には実際の綺礼と仲の良い人間はおろか、顔見知りすら存在しない。間違いは正されないままに、事態は進行していく。
「……ボクたちを呼び出したのは、アンタなのか?」
監督役の息子と聞き、そのまま『聖堂教会の人間なのだろう』と解釈したウェイバーが問う。
「如何にも。中立地帯であるはずの教会を吹き飛ばした馬鹿がいてな、父を始めとして多くの人員が亡くなったのだ。お陰で、聖堂教会は半人前のこの身すら駆り出さねばならん状況となっている」
やれやれ、とでも言いたげな呆れ顔。
綺礼(?)はランサーとライダーに一瞥ずつくれてから、「君たちを呼び出した目的だが」と本題を切り出した。
「今回の戦いは些か派手に過ぎる。僅か四日で市民失踪だの爆弾テロだの集団衰弱だの局地地震だのと騒がれて……前に父が警告していただろう、教会の情報操作にも限界があるのだよ」
「………………っ」
その言葉にぐっと歯噛みしたのはランサーだ。ライダーとウェイバーはバーサーカーやキャスターの事を思い出しているのか、今回の招集が腑に落ちた表情である。
「今言った人員不足も含み……これ以上の騒ぎが起きれば、もはやこちらでは庇いきれん。『早々に終わらせろ』というのが上の指示だ」
「ははあ、それでわざわざ山の上……人目につきにくい場所へと呼び出したというわけか」
分かりやすいわい、納得を口にしたのはライダー。
「じゃあ残ってるのはオレと―――そっちの、ええと……ライダーさん? ……だけって事?」
二日目の乱入に端を発する奇行を思い出し、口元がニヤついているランサー。
二人の言葉に「そうだ」と頷き、綺礼(?)は話をまとめにかかる。
「これ以上の騒ぎを聖堂教会は容認できない。よって今日、ここでしっかりと決着をつけたまえ。逃走も仕切り直しもなしだ。―――以上。質問はあるかね?」
「あ、はい!」
「何かな、ランサー?」
「聖杯はどこにあるんだ? アンタたちが管理してるんだろう……いや待て、さっき教会が爆破されたって言ってたけど、まさか!」
質問の途中で最悪の可能性に気付き、顔色を青ざめさせていくランサー。聖杯を得られない事は彼にとって『仕方ない』で済ませられるが、これだけの騒ぎが起きた後で優勝賞品が壊れていましたなど笑い話にもならない。騒ぎの一因として、確認する義務があると思ったのだ。
果たして、綺礼は「問題ない」とランサーの心配を杞憂と笑った。
「聖杯は無事だ。そうでなければ、君たちが今も現界できているわけがないだろう?」
英霊は聖杯に招かれたのだから。その聖杯が無くなれば―――という理屈である。自分たちの存在そのものが疑いようのない証拠。そう言われて、ランサーはホッと安堵の一息をついた。
「ただ、ここに持ってくると戦いの余波で器が破壊されかねんのでな。聖杯は戦いが終わり次第、聖堂教会が責任を以ってここへ届けよう」
言い終えると、その場には数秒の沈黙が下りた。
一秒、二秒、三秒、四秒。
誰しもが言葉を発しない事を確認してから、綺礼(?)は柳堂寺から立ち去っていく。
「どうやらそれ以上の質問はないようだな。では、さようならだ。私は離れた場所から君たちの戦いを見守る事にする。勝者に賜す聖杯を用意して待っておくから、安心して殺し合うといい」
最後にそんな、物騒な捨て台詞を残して。
そうして、沈黙が再びこの空間を支配する。
場に残されたランサーとライダー、ウェイバーは……互いの敵を強く見据える。
「最後の敵がお主とはなあ、ランサー」
「そりゃこっちの台詞だよ。いきなり戦いの場に突っ込んできて『我が名は征服王イスカンダル!』だもん。そりゃカッコいいとは思ったけど、まさか最後まで残るなんて思わなかった」
「おお、ランサー! お主、話の分かるやつではないか!」
「……馬鹿にされてんじゃないのか?」
ランサーの台詞にウンウンと頷いていたウェイバーがポツリと一言。
「いやいや、褒めてる褒めてる。オレだってホントはあの時、堂々と名乗りたかったもん。だってその方がカッコいいし。マスターに『名乗るな』ってキツく言われてたからできなかったけど……」
「……………………………、」
ウェイバーは思う。英霊ってやつはこんな奴らばっかりなのか、と。
もしかしてキャスターやバーサーカーも、素の性格はイスカンダルと似たり寄ったりだったのか。だとしたら各々のマスターには大いに同情する。諌めるのに苦労したであろうランサーのマスターには特に強く同情しておく。
「なあライダー、勧誘してみたらどうだ? コイツ、オマエと気が合いそうだ」
「おお、そうだな。せっかくの機会だ!」
「勧誘?」
首を傾げるランサーに、ライダーは満面の笑みを浮かべた。
「うむ―――ランサーよ、以前……お主とセイバーの戦いを見せてもらった。昨夜のキャスターとの戦いもだ。その槍捌き……不屈の精神……清廉な闘志、全てが気に入った! 我が軍勢の一員とならんか? さすれば余はお主を朋友として遇し、世を征する快悦を共に分かち合う所存でおる!」
どん! と背景に効果音が浮かんできそうなほどに胸を張るライダー。これには流石のランサーも理解が及ばなかったようで、「は?」と間の抜けた表情を晒した。
ライダーに任せていては話が進まないと判断したのか、ウェイバーは「要するに」とライダーの言葉を意訳する。
「コイツは聖杯の力で受肉して、現代で世界征服をやらかす気なんだと。オマエ、その仲間にならないかって誘われてるわけ」
ご愁傷様―――とでも言いたげにため息をつくウェイバー。対するランサーはやっと理解が追いついたのか、たまらず弾けるように笑い出した。
「アッハッハッハ! せ、世界征服!? いちいちスケールの大きい人だなって思ってたけど、ホントに凄いや。そっか、世界征服……その為に仲間をか……ぷぷっ、アッハッハッハ!!」
腹を抱えて笑う事数十秒。やっとこさ波が引いてきたのか、ランサーはヒィヒィ呻きつつ解答した。
「ゴメン、無理だ」
「……待遇は応相談だが?」
冗談めかして確認するライダーだが、ランサーの目に確たる意思が宿っている事に気付く。
「オレ、この戦いでまだ誰にも勝ってないんだ。セイバーに負けて、キャスターにも一杯喰わされた。0勝2敗。これじゃあせっかく呼び出してくれたマスターに申し訳が立たない」
そう、ランサーの……武藤カズキを召喚したマスターはケイネス・エルメロイ・アーチボルト。時計塔にその名を轟かす天才魔術師だ。
自分の不甲斐なさでリタイアさせてしまったが、令呪を失っただけで、まだ彼との契約自体は残っている。いまケイネスは自身の目を通して、最後の戦いを見届けているかもしれないのだ。ならばどうして戦わずして屈する事ができる。どうして他の誰かに頭を垂れる事ができるのだ。
「だからオマエの仲間にはなれない。戦って、勝つ」
瞬間―――ランサーから膨大な魔力が湧き水の如く溢れ出す。
ホムリリィとその配下、新都の人間達から奪った膨大な魔力。毒にも等しい絶望に染まった魔力は―――今も健在。
それは絶大な力と引き換えに、ランサーの身体を傷つける。ところどころに浮き出た黒い瘢痕が全身へ広がっていく。魔力を扱うだけでそこかしこがズキズキと痛む。正気を手放してしまいそうになる。
それでも……ランサーは戦う。
戦って、勝つと決めたから。
武藤カズキは、マスターに……ケイネスに、サーヴァントとして何もしてやれなかった。
なら、せめてもの義理として、彼にこの戦いを捧げよう。
ロード・エルメロイのサーヴァントは聖杯を得たのだと。
契約が切れた後も戦い抜き、主にその栄誉を捧げたのだと。
英霊の座にまで招かれた誉れある英雄が、それだけの価値をケイネスに見出したのだと―――証明する。
「そのためにオレは、此処に来たんだ」
「……そうか、残念だ」
ようやくの勧誘を袖にされて……けれど、ライダーは口にしたほど残念そうではない。
「嬉しそうだな、イスカンダル?」
「フフン。応とも」
それもそのはず。ランサーが提案を突っぱねた時、彼はライダーにとっての敵となった。ライダーにとっては『新たな仲間を得る事』と『得難い難敵を得る事』は異種にして同一の喜びなのだ。
高揚していく戦意。
高ぶっていく獣性。
心が躍る―――ライダーが口癖のように口にしていた感覚が、いまウェイバーの心の中にもある。
「勝つぞ」
「当然だ」
ガツン、と馬上でぶつかる両拳。
男たちの誓いをここに。
ブケファラスの嘶きと共に、ライダーは開戦を告げる。
「では、やろうか―――ランサー!」
陽光の輝きと共に、ランサーが応じた。
「来い、ライダーッ!!」
力強く駆ける駿馬。
迷う事のない突撃。
両者の初手は、同じく『疾走』―――。
* * * * *
そして、同時刻。
聖杯戦争の最終決戦を前に、柳洞寺を去らんとする綺礼(?)に目を向ける者は誰もいなかった。
ランサー、ライダー、ウェイバー。もしもこのうち一人でも彼に意識を割いていたなら……遅ればせながらも、その異常さに気付けていたかもしれない。
「―――準備は整ったぞ、
独り言のように放たれた一言。
それは一体、誰に向けたものか。
言峰綺礼が、言峰綺礼に送る言葉。
≪ご苦労だった。では―――≫
返る言葉は肉声でなく。
言峰綺礼は、言峰綺礼に命じた。
* * * * *
市民会館一階、コンサートホール。
切嗣もセイバーも、予想だにしない闖入者に目を見開いている。
言峰綺礼。此処にいるはずのない男。今は柳洞寺にいるはずの男。
驚愕に戦慄く衛宮切嗣は、その謎を紐解く答えを聞いた。
「令呪を以って命じる。『来い、アサシン』―――!」
掲げられた令呪。
通常に倍する六画のそれが、一画だけ消えていく。
引き換えに姿を現したのはもう一人の言峰綺礼。
言峰綺礼が……もう一人。
まるで双子を思わせるほど似通った容姿の男が、そこにいる。
だが、今―――綺礼は何と言った?
その男を何と呼んだ?
「そいつが、アサシンだと……!?」
目の前に居並ぶ二人の綺礼に向けて、切嗣が叫ぶ。
左に立つ綺礼が答えた。
「そう言ったが。何か問題でもあるかね?」
切嗣の動揺を見越した上で、常識でも説くような態度。
右の綺礼が言う。
「……綺礼どの、あまり悠長にしているとランサーとライダーの戦いが終わってしまうぞ?」
その声は綺礼と似通っていたが、よく聞くと少しだけ違う。
顔も、背丈も……こうして並べて見ると、左右に少しずつ違いがある。
似通っていて、しかし細部の異なる二人の綺礼。その正体は―――つまり。
「何だ。ユーモアが足りないな、アサシン?」
「忍に求めるものではあるまい」
「フ、―――それもそうだな。では『解く』がいい」
言うが早いか。右側に立っていた綺礼が、『言峰綺礼』を脱ぎ捨てた。
霧のようなもやがあっという間に全身を覆い尽くし、それが晴れた時―――そこにもう一人の綺礼はいなかった。いたのは、黒い長髪を携えた和装の男性である。
アサシンのサーヴァント、甲賀弦之介。
真名こそ知らない切嗣だが、二度、己の使い魔を通して確認した姿に相違ない。
何故、綺礼が弦之介になったのか。
いや―――何故、弦之介が綺礼となっていたのか。
切嗣はすぐに真実へとたどり着いた。
「変身能力だと……!?」
「ほう。理解が早いな、衛宮切嗣?」
そう。弦之介が保有するスキル―――『忍の心得』。
これは一人前の忍者として認められた証。剣術、投擲術、隠遁術、薬術、耐毒術など……忍者として必要な技能全てを、ランクに合わせて発揮できる複数のスキルの集合体だ。
その中には、声帯模写や整形術を使った高度な『変装術』も存在する。
英霊と化し、『変装』から『変身』にまで精度を高めたそれを使い、弦之介は綺礼と入れ替わっていたのだ。
アサシンは高度な気配遮断スキルを持っている。だから、霊体化されてしまえば見つけようがない。その常識を利用して―――そこにいないアサシンを『いる』と見せかけていた……!
(だが、一体いつの間に……!?)
昨夜。キャスターと戦った時の綺礼は本物だった。アサシンの姿も確認できた。何せ宝具と思しき力も使っていたのだ、偽物のわけが……。
(あの時か……!)
そう、まさにその時だ。
キャスターとアサシンの戦いが終わった後。切嗣の使い魔は、ランサーの“
繁華街を脱出した後、新しい使い魔で所在を確認した際は、以前と同じように柳洞寺に戻っていたから気にしなかったが……まさか、こんな予想外のトリックを仕掛けていたとは―――!
「
一歩前に出るセイバー。
今にも斬りかからんとする彼女の姿を見て、切嗣は戦慄した。
思い出すのはキャスターとアサシンの戦い。
綺礼に銃を向けていたはずのキャスターが、アサシンのひと睨みで殺された。いや、あれは殺されたのではなく……
「よせ、セイバー!!」
「切嗣!? 何故っ」
「いいから、今は動くんじゃない!!」
「―――――く、」
切嗣が必死に静止をかける様を、綺礼は楽しげに見つめている。
不意打ちでセイバーを殺せなかった事が残念……という表情ではない。
まるで、アサシンの能力が切嗣へのけん制になる事を分かっているかのような。
「まさか……キャスターとの戦闘は、ワザとか……っ!」
「察しが良いな、衛宮切嗣?」
「ぐ、ぅ―――――」
綺礼はあの時、切嗣の使い魔に見られている事を知っていたのだ。知っていてワザとアサシンに宝具を使わせた。この瞬間の交渉に使うために。
何故―――などとは思わない。
切嗣は知っているのだ。舞弥の使い魔が残した情報。屋敷に乗り込んできた際に口にしていた言葉を。
言峰綺礼の至上目的は聖杯ではない。セイバーなど最初から眼中にないのだ。
この男の目的は、ただ―――。
――― 衛宮切嗣は、何処だ? ―――
……それが、答えだ。
どこで恨みを買ったのかは分からない。ただ、切嗣は『恨まれる覚えがない』なんて言えるほど恥知らずではない。自分のやってきた事を思えば、どこかで誰かに殺したいほど憎まれていてもおかしくない。
だが、何故。
何故、よりにもよってこのタイミングで現れるのだ。
それが、己の積み上げてきた
「状況は理解できたかね?」
「……何が、望みだ?」
令呪を渡せ?
聖杯を譲れ?
それとも抵抗せず殺されろ、か。
相手は切嗣に個人的な恨みを抱いているであろう男である。一体どんな理不尽を突きつけてくるかなど想像に難くな―――
「――――――――だ」
……。
……、
……いま、この男は。
「何て、言った……?」
「ふむ。声が聞こえない距離でもあるまいに。……意外か? 信じられんか? ならばもう一度だ。ただし、三度目は言わせるなよ?」
そう言って、言峰綺礼は繰り返す。
信じがたい一言を。
理解できない一言を。
「一対一だ。私とお前、セイバーとアサシン……一対一で決着をつけよう。―――そう言ったのだ、衛宮切嗣」
切嗣の頭がグラリと揺れる。
ぐちゃぐちゃの思考が、理解を放棄している。
分からない。
TO BE CONTINUED・・・