Fate/Re-start-フェイト リスタート-【完結】 作:おるか人
―――なあ、イスカンダル。
ボクはさ、オマエについて行きたい。
一緒に戦いたいんだ。
それはこの聖杯戦争に限った話じゃない。これからもずっと、だ。
オマエに出会って、ボクは自分の情けなさをこれでもかって程思い知らされた。
……正直、ショックだったよ。
だってそうだろ。自分は天才だって、選ばれた人間なんだって信じて生きてきたのに……現実は違った。
現実のボクは才能なんかなくて、戦いになるたびに怯えて縮こまるばかりだった。
そのくせ自分の弱さだけは認められなくて、ずっと変な意地ばかり張ってた。
悪いのは自分じゃなくて周囲の奴らなんだって、責任を押し付けて怒ってさ。
けど、オマエの所為で……そんな言い訳もできなくなった。
死ぬしかないって現実。
生きている事は当たり前なんかじゃないんだって思い知らされて……ボクの常識は真っ白になった。
空っぽになった。
何もなくなったんだ。
見得も虚栄心も吹き飛んで。残ったのは、純粋な『命』ただ一つだけ。
そうなったらもう、誤魔化しようがなかった。
ボクの中にある気持ちに、気付かざるを得なかった。
ボクはいつの間にか……憧れちゃってたんだ。オマエみたいになりたいって。
魔術師とか才能とか、そういうややこしい全部を取り払った、一人の男として。
だからオマエがこの世界に生まれ変わって、世界征服をしたいってんなら……ボクはそれについて行きたい。
きっと邪魔になるよな。足手まといもいいところだ。
けど、それでも一緒に行かせてくれよ。
知りたいんだ。どうやったら、オマエみたいな男になれるのか。
確かめたいんだ。ボクもオマエみたいな男になれるのかどうか。
変わりたいんだ。弱くて臆病なボクから、強くて勇敢なボクに。
この目で見届けたいんだ。この世で一番偉大な王が、行き着く果て先を。
助けてやりたいんだ。焦がれるくらいに憧れたオマエを、いつか……他でもないボクの手で。
オマエに侵略された諸外国の奴ら。
東へ、東へって去っていくオマエの背中を追いかけた奴らも、こんな気持ちだったのかな。
なあ、イスカンダル―――――――……
* * * * *
ずぷっ、―――と。
血染めの突撃槍が、ライダーの身体から引き抜かれる。
噴水が如く吹き出される鮮血は、彼の左胸―――心臓からのものだ。
「…………………………………、」
「…………………………………、」
ランサーとライダー。
両者は勝利を叫ぶでなく、痛みに咽ぶでもなく……ただ黙して戦いの余韻に浸る。
ライダーの傷は致命傷だ。いかにサーヴァントといえど、心臓を破壊されては生きていられない。
「オレの勝ちだ……ライダー」
ランサーの勝利宣言を耳にしても、ライダーは無言だった。喋る気力すらないのかと思いきや……ランサーは視線を上げた先で、奇妙なものにかち合った。ライダーの表情だ。
「―――――え?」
目を細め、口元に吐血を滴らせながら……ライダーは笑っていた。
それは、勝者を称賛しているわけではない。
かと言って、死を前にして自棄になっているわけでもない。
ただ―――
「……………………………、」
意味が分からない。
この状況のどこに、勘違いを差し挟む余地があるというのか。
やはり負け惜しみ、自棄になって都合の良い幻想でも見ているのではないか―――とランサーが思った時。目の前の
最後の難敵は僅かな血の筋を宙になびかせつつ、ランサーの視界から消え去った。
そして、筋骨隆々の肉体の向こう。
今の今まで覆い隠されていた世界の向こうに―――ランサーは、一人の戦士の姿を見た。
「―――――――――――、」
それはまるで、鏡像のよう。
ライダーとは対照的な矮躯。
シンプルなカッターシャツにネクタイ、無地のセーターにスラックス。
その出で立ちはどこにでもいそうな一般人のようでありながら、片手に携えた大仰な宝剣と、瞳に宿った闘志だけが余りに異質。
―――ウェイバー・ベルベット。
征服王イスカンダルのマスターであり、この世でただ一人の朋友となった男。
それが、最後の戦いを征したはずのカズキの前に立ちはだかったモノの正体であった。
「……まだ、戦うのか?」
愕然と問い質すカズキに、ウェイバーは「ああ」と頷いた。
信じ難い。
この
「もう戦いは終わったんだ。これ以上―――」
「イスカンダルは、ボクの友達だ」
「っ、それは」
カズキが言葉に詰まる。
マスターとサーヴァント、英霊と人間……そういう垣根を超えた感情。ケイネスとカズキがそうであったように、この少年もまた―――契約ではない絆を結んでいたのか。
ならば、自分はこの手で誰かの大切な人を……?
「勘違いするなよ、ランサー。ボクはオマエがイスカンダルを殺したことを恨んでるわけじゃないぞ。イスカンダルは正々堂々と戦った末に敗れたんだ。敵討ちなんて筋違いにも程がある」
自責の念に駆られかけたランサーを、その言葉が制した。
そう、ウェイバーはイスカンダルの臣下ではない。
二人の関係は朋友。あくまで対等であり、お互いに尊重し合う間柄だ。
覚悟をもって戦いに臨んだ友人が死んだ。それは悼みこそすれ、恨むような事ではない。
ウェイバーは真剣さは、ランサーに確かな形で伝わった。ふざけているわけじゃなく、自棄になっているわけでもない。本気でランサーを恨んでおらず、だというのに、本気でランサーと戦おうとしている―――と。
「なら! どうして戦うんだよ!?」
ランサーがウェイバーの気持ちを理解できないのは、無理もない話である。
人間はサーヴァントに勝てない。
その常識を理解した上で戦うと言うのなら……それは、積極的な自殺だ。
永らえられる命を捨てるという行為は―――武藤カズキの価値観において、他殺の次に許されざるものである。
「そんなに聖杯が欲しいのか!? なら、オレと契約すればいい! ケイネスさんとの契約はもう切れてるから、きっとオマエとも契約できるはずだ。聖杯はマスターとサーヴァント、両方の願いを叶えてくれるんだろう? それで―――!」
「だから、勘違いするなって言ってるだろ……ランサー!」
ランサーの懇願を、しかしウェイバーは切って捨てる。
「聖杯なんかどうでもいい。ボクたちは最初から
そう。ライダーの打倒は、二対一の戦いを一対一にしただけ。2-1は0じゃない。
お前の勝手な価値観で、決着の条件を決めるんじゃない―――と、ウェイバーは言っている。
とどのつまり、ウェイバーに未だ戦う意思がある以上、カズキの説得は全くの的外れなわけだ。
「……そうか」
ランサーが残った右手で突撃槍を構えた。
覚悟を決めた相手に説得など無意味というのは、宿敵との戦いで嫌と言うほど知っている。
相手が己の信念を以って戦いを続行するというのなら―――自分もまた、信念を以って戦いを終わらせる。それがカズキの覚悟であった。
* * * * *
先ほど打ち付けた背中が痛い。
手が恐怖で震えている。
足が今にも笑いそうだ。
けれどウェイバーは、ランサーに向かってキュプリオトの剣を構えた。
―――重い。
征服王の武器という誇りの重みもさることながら。その宝剣は物理的に、ウェイバーの細腕に扱える重量ではなかった。
持ち上げるだけで精いっぱい。
これでは重量に任せて振り回してみても、肉どころか皮一つ断つことはできないだろう。
だが、生憎と他にサーヴァントを倒せるほどの武器なんか持ち合わせていないから―――コレを使うほかにない。
「……………………………ふぅ、」
馬鹿な事してるなぁ、と自嘲する。
実のところ、この戦いはウェイバーの独断だ。
イスカンダルは刺された瞬間に念話で≪逃げろ≫と言ってきた。三分余りの戦闘で察せられた事だが、ランサーは逃げる相手を追い打つような輩ではない。戦いさえしなければ生きて此処から帰れるだろう。
だから、ウェイバーは≪嫌だ≫と言ってキュプリオトの剣を手に取った。
助かる道が残されているのに―――わざわざ死へ向かう行動をしているのだ。これが『馬鹿』でなくて何なのか。
ライダーはその通り≪馬鹿め≫と笑って……それきりもう、喋らなくなった。
(でも、仕方ないよな)
―――戦うか、逃げるか。
きっと、ここはウェイバーの人生における分岐点だ。
考えてもみろ。第四次聖杯戦争・イスカンダルとの出会い・英霊たちとの戦い……これらを超える出来事が、これからの自分の人生に起こり得るか?
否。全世界の全人類の全人生を浚っても、これほど衝撃的な経験をした人間はそういないだろう。
そんな『衝撃的な経験』を味わっても変われないような人間が、これから先どんな努力をすれば、この腐った性根を叩き直せるというのか。
変わりたいと。
弱い自分を脱ぎ捨て、強い自分になりたいと。
イスカンダルのような男になりたいと願うならば。
「ボクは、ここで逃げる事だけはしちゃいけないんだ……………!!」
駆け出す。
自分の命が失われる『死』
今後一生、惨めな自分を責め苛んで生きていく『心の死』
双方を天秤にかけ、ウェイバーは前者を選んだ。
万感の想いを胸に大地を踏みしめ、宝剣を振りかぶって、ランサーのサーヴァントへと突撃する。
「うわあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――ッッ!!」
拙く斬りかかるウェイバー。
一切の油断無く迎撃するランサー。
勝敗は、僅か一合で決した。
* * * * *
弾き飛ばされる宝剣。
境内を染め上げる鮮血。
「がは、…………っ!!」
少年の呻きが響く。
よろよろと覚束ない足取りで後退し、自分の胸元を見つめる。
―――無い。
何か、大切なものが失くなってしまった。
「ぁ、……はぁ、づ―――――う……!?」
少年は砕け散った自分の心臓を。
宝具――――“
「なん、―――――で―――?」
カズキは確かにウェイバーの剣を凌いだ。
一撃でキュプリオトの剣を弾き、返す刃で穂先をウェイバーの首筋に突きつける事で、今度こそ決着を宣言しようと思った。
なのに……いつの間にか穂先どころか槍自体が砕けていて、心臓が、失くな、って
「ごふ、……―――― っ」
吐血。信じられない量の血が胸から口から溢れ出して止まらない。
もしやあの剣は何らかの概念武装なのか。打ち合う事で何か効果を発揮するような。
そんな疑いの目が捉えたのは、何故か自分以上に困惑しているウェイバーの姿だった。
「……………………………、」
ウェイバーの所為ではない。
ならば、どうして……と思ったところで、当たり前の事に気付かされた。
「そう、か……元々」
―――思い出されるのは、昨夜の攻防。振り下ろされる右拳。
ランサーの突撃槍は、ホムリリィとの戦いで僅かに破損していた。
そのダメージがライダーとの剣戟で少しずつ広がり、ウェイバーの剣を弾いた時に限界を超えた。たったそれだけの事であった。
……実のところ、戦いの最中、カズキの心臓は何度も痛みを訴えていた。
これ以上のダメージは危険だと、核金から警告が送られていたのだ。
だが、それは絶望の魔力がもたらす激痛に隠れ、戦いの高揚感の中に隠れ……今の今まで、カズキの知覚まで届く事はなかった……。
人間はサーヴァントに勝てない。
だがそれは、あくまでサーヴァントが強いからだ。
人間にも倒されるくらいに弱っていれば、負けるのは当たり前じゃないか。
敵の自殺を諌めておいて、自分は自滅するだなんて―――とんだ間抜けだ。
「ハ、ハ……無茶、するな……自分の体調は……常に把握しろ、って……言われてたっけ」
苦笑する。今になって、恩人の言葉が耳に痛い。
結局、生きてる内も死んだ後も、自分は無茶ばかりする。
止めてくれる人が傍にいなければ、いつかこうなるのは必然だったのかもしれない。
ずくん、―――と。失くなったはずの心臓が疼く。
(黒い、核金……)
死に向かうカズキの身体を活かすため、勝手に発動しようとしている。
――― 戦え ―――
闘争本能が湧いてくる。肌の色と髪の色が変わっていく。
――― 戦え ―――
他人の命を求めて、頭の中がザワつく。
――― 戦え ―――
学校の屋上でそうなったように。
――― 戦え ―――
またカズキは、人喰いの怪物に、
――― 使うな ―――
……声がする。
自信に満ち溢れた声。
尊大な声が聞こえてくる。
――― ―――
たったそれだけで、黒い核金の声は止んだ。
それは、絆が生んだ力。友から受け取った願い。
「ありが―――とう―――ケイネス、―――さん」
瞬間。延命の手段を失くした肉体が、急速な勢いで崩れていく。
武藤カズキは信念を穢されぬままに消えてゆく。
薄らぐ存在。途絶える意識。
その中で聞こえた、最後の声。
――― 目を覚ませ カズキ ―――
「―――――…斗貴、 子 さ ん … ?」
この世の誰に対してでもない返事を最後に―――ランサーのサーヴァント、武藤カズキは静かに消滅していった。
* * * * *
どくん、どくん―――と。
やけにうるさい心臓の鼓動を感じながら、ウェイバーは境内に跪いた。
「はっ―――――はっ―――――……!」
目の前で消え去ったランサー。
戦ったのに生きている自分。
頬を撫でる冷たい風。
痛いほどの静寂。
その全てが信じられなくて、呼吸が落ち着かない。
「勝っ、た」
ただ、一つだけ分かること。
ウェイバー・ベルベットは自分の意志で戦い……そして勝利したのだ。
「勝ったぞ、イスカンダル……ボクたちの勝ちだ。やったんだよ」
ウェイバーが空を仰ぐ。
そうでもしないと堪えられる自信がなかったから。
「何でか分からないけど勝った……なんて、笑えるよな。ハハ」
今日の夜空は雲が薄く、片割れ月の輝きがぼんやりと見て取れる。
……おかしいな。
雲がかかってないのに、どうして月がよく見えないんだろう?
「ハハハ……笑えよ、なあ。おかしいだろ? いいんだぞ。今日は怒ったりしない。いつもみたいにガハハって下品に笑ってくれよ……なあ」
挑発混じりの声にも、返る言葉はない。
それもそのはず。ウェイバーの右手には、もう何もない。
あの、ズッシリとした重みも……グリップの感触もなくなっていた。
「ハハハ、ハハ……ハ」
―――じわり、月の姿が滲む。
戦いから逃げなかった代償に、ウェイバーは現実から目を逸らす事も叶わない。
キュプリオトの剣が消えた。
それは、
「ハ、……ぁ」
来た時、
来てから。
いつだってウェイバーの傍で強く存在感を放っていた男は……もう、
「あぁ――――ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………ッッ!!」
征服王イスカンダルはもう、この世界のどこにもいない。
その現実を直視した瞬間……ウェイバーはプライドも何もかも全て投げ棄て、子供のように泣きじゃくった。
―――なあ、イスカンダル。
ボクはさ、オマエについて行きたい。
一緒に戦いたいんだ。
これからも、ずっと―――――――……
TO BE CONTINUED・・・
12/14 サブタイトル変更。