Fate/Re-start-フェイト リスタート-【完結】   作:おるか人

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埋火の第二十九話

 衛宮切嗣 VS 言峰綺礼

 第四次聖杯戦争において、この戦いが最終カードとなるのは、もはや神に定められた運命なのかもしれない。

 両者にいかな変化が齎されようと、過程にどんな事件が差し挟まれようと、運命は大いなる流れをもって、規定事項へと収束させる。

 ならば、結果はどうか。

 本来の歴史ならば、ハッキリとした決着はつかず……ただ“偶然”の作用によって、衛宮切嗣の勝利となった。

 この戦いが運命の差配ならば、導かれる結果もまた、運命によって定められているのか。

 

 己を感情無き冷酷な機械たらしめんと足掻く人間。

 生まれながらにして普通の人間として生きる事を許されなかった破綻者。

 

 ―――相反する本質を持つ者たちが今、己の信念をかけて対決する。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 地下駐車場の静寂を破って、言峰綺礼が疾走する。

 対する切嗣は『待ち』の一手。コンテンダーの銃口を綺礼へ向けただけで、まだ発砲はしない。

 迫り来る綺礼の姿を視界に収めたまま、まだ……動かない。

 左手に携えた三本の黒鍵が投擲体制に入る。

 あとは秒を待たずに三つの死が切嗣へと襲い掛かるのみ……そのタイミングで、ついに切嗣は次の挙動に移った。

 

(“固有時制御(タイムアルター)二倍速(ダブルアクセル)!”)

 

 加速する体内時間。

 コンテンダーは弾丸を吐き出さないまま、切嗣と共に左方へと駆け抜けていく。

 綺礼を一撃で仕留め得る唯一の武装であるコンテンダーは切り札だ。舞弥からの情報で装弾数が知られている以上、奴もその一発だけは警戒しているはず。

 必ず命中させられる状況を作り出すまで、この一発を撃つわけにはいかない。

 故に、先のポーズはフェイント。

 本命はポケットの中で既に信管を外しておいた手榴弾。爆発までの時間は、二倍速の挙動でのみ効果範囲から逃れられるギリギリ。

 

(当たれ……!)

 

 切嗣の懐から手榴弾が零れ落ちる。

 綺礼も手榴弾を視認しただろうが、いかに代行者と言えど、このタイミングでは―――

 

「なるほど」

 

 放たれる三本の黒鍵。一本が手榴弾の信管部位を刺し貫き、そのまま効果範囲の遥か彼方へと運んでいく。

 

「な、」

 

 驚く暇もない。残る二本の切先は、切嗣の身体へと向けられている。

 

「―――それが“固有時制御(タイムアルター)”……体内時間の加速、か」

 

 切嗣は二倍速で動いているというのに。

 綺礼は、その挙動に合わせて黒鍵を投擲していた。

 

「ぐ、っ――――――!!」

 

 即座に取り出したサバイバルナイフを一閃。―――放たれた二本の黒鍵を間一髪で弾き落とす。

 が。

 

「通常の二倍とは……思ったより早いのだな」

 

 切嗣が黒鍵にかかずらっているうちに、綺礼は神速の足さばきで接近していた。

 

「おお、お!!」

 

 肉薄。八極拳の戦闘領域。

 切嗣は即座にナイフで応戦しようと試みるも……綺礼はまるで、予め軌道を読んでいたかのように、身じろぎ一つでそれを躱す。

 いや、躱しただけではない。

 振るわれた左腕(ナイフ)に対し、綺礼の右腕が添えられる。それをきっかけに更に一歩、内懐へ踏み込むと同時、既に握られていた綺礼の左拳が、切嗣の無防備な腹部へと吸い込まれていった。

 向捶―――敵の『外れた攻撃』に対して応戦する反撃技だ。

 

「がぁ、……………っぁ!」

 

 ダンプカーに激突されたかのような衝撃。

 深く練り込まれた代行者の拳が、魔術師殺しの肺腑から、空気を残らずハジき出す。

 切嗣が冗談のように数メートル間を吹き飛び、駐車されていた車のフロントガラスに叩きつけられたのと、見当違いの場所で手榴弾が爆発したのは、ほぼ同時だった。

 

「まあ、―――()()()()だが」

 

 残心の吐息と共に吐き出された、固有時制御という魔術への感想。

 突風に吹き散らされる綿埃が如く地下駐車場を転がりながら、切嗣は「冗談じゃない」と内心で吐き捨てた。

 二倍という数値は、決して『それだけ』で済ませていいものではない。

 考えてもみるがいい。成人男性における100メートル走の平均タイムは14秒前後。これをたった5秒ほど縮めるためだけに、短距離走者(スプリンター)は己の人生を捧げるのだ。

 切嗣の固有時制御は、それを丸ごと倍速まで引き上げる術。いかに事前情報があるとはいえ、日頃からコンマ1秒の死線に身を置いていたであろう綺礼にとっては、恐るべき術のはずなのに……!

 だが、現実として綺礼にとっての二倍速とは『それだけ』である。

 ただ人間が普通の二倍の速度で動くだけ。

 手品の種が割れてさえいれば。相手は二倍の速度で動くのだと念頭に入れてさえいれば、それに合わせて間合いを見計るなど児戯にも等しい行為。

 

 切嗣に油断などなかった。

 だが、最大限の警戒を敷いてもなお、不足。

 言峰綺礼という男の脅威は、まさに切嗣の理解の外にある―――。

 

「……何故、」

 

 せり上がってくる血の味を飲み下しながら、切嗣は口を開く。

 

「お前が僕の術を……固有時制御の事を……知っている?」

「……なに?」

 

 その言葉を受けた綺礼は、さも『面白いものを見た』とでも言いたげな表情を浮かべた。

 

「おかしな事を言う。気付かないほど鈍くはないだろう?」

「……………………………、」

「ああ―――それとも、ワザと分からないフリをしているのかな。時間を稼いで、少しでも傷を癒そうとしていると。ふっ……『揺り戻し』の副作用は大きいと聞いているが……教会にも協会にも、等しく悪名を轟かせたあの魔術師殺しが、随分と涙ぐましい努力をするものだ」

 

 僅かに。

 ほんの僅かに、切嗣が奥歯を噛みしめる。

 図星だ―――と言わんばかりに。

 

「まあ、いいだろう。教えてやるとも。一昨日、お前の拠点から攫った女だよ。体内時間を加速させる魔術、魔術に弾丸を介して『起源』を打ち込むことで、対象の魔術回路を破壊する切り札。……おおよその事は()()()もらった」

「舞弥に、何をした……」

「マイヤ……? ああ、確かそんな名前だったな。―――さて。私が教えてくれと頼み、女はそれに答えた。それだけの話だが」

 

 いっそワザとらしいほど平然な態度。

 ……恐らくは暗示の類だろう。多少の心得があるとはいえ、魔術師として特に秀でているわけではない舞弥が相手ならば、やり方次第で十分に効果を発揮する。

 

「安心するといい。今も()()()()いるはずだ」

 

 そこで綺礼は言葉を切った。

 一つ間を空けて、口端を釣り上げて、―――「尤も、」と続ける。

 

「此処で死ぬお前には、二度と再会など叶わんがね」

「ッ――――――――!!」

 

 稚気が殺気に切り替わった事を感じ取り、切嗣が左手のナイフをキャレコ短機関銃に持ち替えた。

 狙うは防弾加工の備わっていない首から頭にかけて。胸部からせり上げるような軌道で乱れ撃つ。

 猛威を振るう制圧射撃。しかし―――

 

「ふ、っ」

 

 不意打ちを予想していたのだろう。綺礼は九ミリ弾の嵐を僧衣の袖(プロテクション)と足さばきのみで躱し、凌ぎ、防ぎ続ける。……銃器と生身。一見して強弱明らかなはずの関係は、この場においてのみ逆転する。

 そんな、人の形をした『何か』に向かってキャレコの連射を続けつつ―――切嗣は己の下した判断が間違いでなかった事を確信した。

 

(間違いない……コイツは、()()()()()()()()んだ)

 

 今の向捶……やろうと思えば一撃で切嗣の内臓を挽き肉にできたはずだ。だが、綺礼はワザと生命活動に支障がないレベルまで手加減を加えた。

 痛みはある。吐きそうなほど苦しい。骨の数本は平気で砕ける。しかし、本気ではない。

 強い殺意こそ感じるが、少なくとも今すぐに殺すつもりがない事は確かだ。

 

 何故コンサートホールの段階で切嗣を殺さなかったのか。

 綺礼はトラップが仕掛けられる前……切嗣が市民会館を制圧する前から市民会館にいたのだろう。ならば、何故その段階でアサシンを呼ばなかったのか。気配遮断スキルを持つアサシンなら、セイバーと別行動をとっていた切嗣を暗殺することなど簡単だったはずだ。

 何故、わざわざ秘匿されるべき宝具の正体を晒してまで脅しをかけ、一対一の決闘という状況を作り出したのか。

 アサシンの魔眼は脅威だ。事前情報がなければ、切嗣もセイバーもまとめて一瞬で殺されていたはず。なのに綺礼はワザと使い魔を通じて情報を漏らした。

 それらの要素から、一つの可能性が導き出される。

 

 そもそも綺礼は聖杯になど興味がなく―――『衛宮切嗣と一対一で戦う事』こそが、この戦いにおける至上目的なのではないか? という推測だ。

 思い当たるのは、自身の経歴……魔術師殺しとしての活動による弊害。つまり、個人的な怨恨という線。

 かつて切嗣が正義のために犠牲にした人間に、綺礼と親しい間柄の者がいたのか。それとも聖堂教会の神父として盲目的な排斥意識を抱いているのか。―――詳しい理由こそ判然としないが、もしもこの推測が当たっていたとしたら、こうして殺さずにいたぶろうとする行為に説明がつく。

 ただ殺すだけではない。できるだけ苦しめ、存分に『憂さ晴らし』をしてから殺さなければ気が済まない―――という事だろう。

 魔術師殺しを相手に大層な余裕だが……なるほど、これだけの実力を持ち、かつ切嗣に対しての情報を全て得ているとなれば、その余裕も不思議ではない。

 切嗣に勝ち目は皆無だ。少なくとも綺礼はそう思っているだろう。切嗣本人も認めている。

 武装・戦闘能力・魔術特性……その全てを知られた上で、未知の格上と戦わされているのだから当然だ。

 現に切嗣は、切り札たる固有時制御を使っても綺礼の攻撃から逃れる事はできなかった。一発きりのコンテンダーを外した時が最後―――切嗣はあの殺人拳によって思う存分なぶられた後に殺される事だろう。

 

 キャレコの弾薬が底を尽き、再び綺礼が猛然と駆ける。

 追い詰められた切嗣は、切り札であるコンテンダーを正面に構え、今度こそ怒号を響かせた。

 一個人が携帯するには強烈過ぎる破壊力。切嗣の『起源』を内包した狩猟ライフル用の弾丸が、僧衣姿の死神に襲い掛かる。

 当たりさえすれば、まだ勝機はある……そんな切嗣の希望は、綺礼とて知るところである。

 

「っ、く――――!」

 

 だからこそ、綺礼はこの一発だけは警戒していた。

 防弾加工・呪的防護措置が施された代行者の僧衣でも防げない大火力。

 これまで三十七人もの魔術師の命を奪ってきた、魔術師殺しの切り札。

 これだけは、久宇舞弥から切嗣の情報を得た瞬間から―――『唯一、絶対に食らってはいけない攻撃』だと警戒していたのだ。

 だから躱された。

 驚異の反射神経。脅威の運動能力。

 言峰綺礼は、コンテンダーの銃口が綺礼を向いてから、引き金が引かれるまでの数瞬で、回避行動をとっていた。

 服にも身体にも擦過傷一つ付ける事叶わず、銃弾は彼方へと過ぎ去って消えていく。

 いかに優れた弾速を誇ろうと、発砲前に標的が銃口からズレてしまえば―――銃は武器の用途を成さない。切嗣の起源弾は、ここに誕生より初めての完全敗北を喫したのだった。

 

「惜しかったな」

 

 勝ち誇るではなく、蔑むでもなく―――ただ事実だけを口にして、綺礼は成す術を失った切嗣を打ちのめす。

 

 掌、

 

 拳、

 

 肘、

 

 脚、

 

 膝。

 

 僅か数秒のうちに行われた情け容赦のないつるべ打ちは、傍から見るだけで痛々しい。まるで切嗣の身体が肉のサンドバッグにでもなったかのようだった。

 

「ハァッ、―――ァアアア!!」

 

 トドメの一撃は、雷鳴のような叫びと共に放たれた冲捶。

 腰に構えた握り拳が、切嗣の胸郭を押し潰した。

 

「―――…、……―――…!!」

 

 もはや悲鳴一つを上げる事すらできず、黒いコートが駐車場に倒れ込む。

 どう考えても生きてはいない……生存を絶望視されるほどの連撃を受けた切嗣だが、何故か未だ息があった。

 恐らく、今の攻撃も全て手加減が加えられていたのだろう。両手両足を始め、主だった骨という骨が折れ、関節も軒並み砕けている有様だが、内臓破裂はしていない。折れた骨が大きな血管や重要器官の類を傷つけるような事もなかった。まさに『生かさず殺さず』という言葉を体現するような姿である。これが意図して導かれた結果だというのだから恐ろしい。

 とにかく、切嗣はもはや戦闘不能だ。

 唯一、綺礼を屠り得る弾丸は外れた。

 敵は再装填の隙など与えないし、どのみちこの重傷でそんな事はできない。

 いや……そもそも、今の切嗣は人体の構造的に起き上がる事すらできない。

 何らかの奇跡があって起き上がれたとしても、とてもではないが戦闘に耐えうる状態ではない。

 

 ここに、勝敗は決した―――。

 

「聞こえているか、衛宮切嗣?」

「………………………、」

 

 返事はない。

 意識がないのか、返事をする気力もないのか。

 綺礼は構わずに続ける。

 

「お前も既に気が付いているだろうが……私は聖杯になど興味はない。魔術師の真似事をしてまで、この戦いに臨んだ理由はただ一つ―――お前と相見えるためだった」

 

 それは、切嗣が予想した通りの動機だった。

 やはり個人的な恨みなのか。

 今も昔も、夢見た事は平和一つだというのに……本物の平和を前にしてこの展開とは。運命というものがこの世に存在するなら、そいつは余程の皮肉屋らしい。

 激痛で飛びそうな意識の中、思わず「くそ」と悪態を吐く切嗣だが……続く言葉は予想外のものだった。

 

 

 

 

「いや。……正直に告白しようか。―――私は、お前と友人になるために此処に来たのだ」

 

 

 

 

 

 ………………………………………………、

 

 ………………………、

 

 ………、

 

 

 

 

 

 思考停止。

 精神に受けた衝撃は甚大。

 何故、何で、どうして―――何がどうなって今があるのか。

 

「……なん、だと……?」

 

 切嗣が震える声で絞り出せたのは、その一言だけ。

 元々理解できない人間だった。

 それをようやく理解できる存在として定義できたと思ったら―――また、困惑の霧が立ち込めていく。

 ふざけているのか。

 戯言で自分を苛立たせるのが、この男の復讐だというのか。

 こんな男のために、世界平和というユメは幻に消えてゆくのか。

 煮え滾るような怒りを覚える切嗣だが。

 

 それを見つめ返す綺礼の瞳は。何故か、切嗣以上の憤怒で染まっていた―――――。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・

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