Fate/Re-start-フェイト リスタート-【完結】   作:おるか人

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存在の第三十話

 言峰綺礼がアサシンのサーヴァント―――甲賀弦之介を召喚したのは、第四次聖杯戦争の開始より約一ヶ月前の事だった。

 当時の綺礼はまだ、他陣営の情報を集めて遠坂時臣を勝利に導く……という、教会より与えられた『使命』を真面目に果たそうとしていた。

 その時から衛宮切嗣に対しての執着を抱いてはいたが、その理由は『己の正体を知るため』であった。

 かつては己と同じ迷い人として生きていた男。アインツベルンに招かれた事で何らかの『答え』を得たであろう男。彼の導き出した『答え』が、生まれてから杳として知れぬ己の正体を解き明かしてくれるのではないか、と期待したのだ。

 

「衛宮切嗣……お前は、アインツベルンとの出会いで何を得た?」

 

 ―――知りたい。

 何にも情熱を持てない自分。

 父が言うような清廉で潔白ではない、果てなき虚無ばかりが広がる精神。

 

 どんな理念も崇高と思えず、

 どんな探求にも快楽などなく、

 どんな娯楽にも好奇を抱けない、人格の欠落。

 

 得体の知れない自分の正体。神の愛をもってしても救いきれぬ罪深さ。

 

 ―――知りたい。

 

「言峰綺礼とは、何だ? 私は一体なんなのだ?」

 

 これまでの一生で幾百幾千と己に問いかけ、ついに解答に至らなかった謎の正体を―――知りたい。

 もしも己の正体を解き明かすことができれば……この欠落を埋める方法も見つかるのではないか。

 普通の人間になれるのではないか。父が言うような『立派な人間』という評価を、何の苦痛もなく受け止める事ができるようになるのではないか。

 そんな、有りもしない希望を抱いていた―――。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 気付けば、そこは別世界だった。

 自然の素材のみで造られた家々、辺り一面の畑や平屋は、いかにも田舎といった風情を醸し出している。地方都市の冬木と比べてもド田舎と呼んで差し支えない光景である。

 

(……何だ、これは?)

 

 ライダーとウェイバーがそうであったように。マスターとサーヴァントは、睡眠時に契約を通じて感応現象を起こすことがある。

 綺礼はその日、甲賀弦之介が生きた時代を目にしたのだ。

 

 

 

 

 

 かつて、深く憎しみ合う二つの一族があった。

 

 卍谷の甲賀一族。

 鍔隠れの伊賀一族。

 

 彼らは上役が定めた『不戦の約定』によって、400年に亘り際どい均衡を続けていた。

 

 だがある時、両一族の若き次期当主同士が恋に落ちた。

 逢瀬を重ね、愛を誓い合う二人。

 二人の愛に絆される形で、両一族の間に『和解』の兆しが見え始める。

 もちろん、長年の間に凝り固まった憎悪というのは簡単な話ではない。

 反対する者はたくさんいたし、二人の次期当主も、配下の者から何度も『考え直せ』と諌められた。

 しかし、愛し合う二人は思うのだ。

 

 我らは厳しい修行を耐え抜き、優れた力と術を身に着けた。それが互いに相縛り、山奥で燻っておるばかりなど愚かしさの極みだ。我らの愛をきっかけに両一族を和解に導き、共に表の世に出よう。―――と。

 

 しかし、祝言を直前にして……ある権力者の思惑が、その未来図を鮮血で染め上げた。

 

 

 

 

 

 ―――両門争闘の禁制は解かれ了んぬ。

 

    甲賀十人衆、伊賀十人衆、

 

    たがいにあいたたかいて殺すべし。

 

    勝たば一族千年の栄禄あらん―――

 

 

 

 

 

 和解を不服とする者の企みによって、愛し合う二人は引き裂かれた。

 生じる誤解。血で血を洗う闘争。日に日に数を減らす二十の英傑。

 二人が再び想いを通じ合わせた時には……もう、全てが遅すぎた。

 

 

 

 

 

 ――― 大好きです 弦之介さま ―――

 

 

 

 

 

 それが、最後。

 

 閃く白刃。

 叶わなかった願い。

 

 男と女の運命は、そうして幕を閉じたのだ。

 

 

 

 

 

(…………………………、)

 

 ―――悲恋。

 弦之介の記憶は、特に珍しくもない悲劇だった。

 新聞を適当にめくれば見つかるような、ありふれた悲運。

 

(…………………………、)

 

 だが、言峰綺礼はこれを無関心に見過ごす事などできなかった。

 愛し合う二人に起きた悲劇……それは全てどうでもいい。

 だが、最後。二人の運命を締めくくった最後の一幕だけは―――断じて見過ごせない。

 

(…………………………、)

 

 頭痛がする。

 心が『これ以上進むな』と警告している。

 それも空しく強引に、霞みのかかった記憶が暴かれる。

 

(…………………………、)

 

 其処に在ったのは、白。

 白い、白い―――一輪の花。

 

 

 

 

 

  ――― いいえ。貴方はわたしを愛しています。

 

 

 

 

                    ほら。貴方、泣いているもの ―――

 

 

 

 

 

(…………………………、)

 

 矯正のために選んだ女。

 弱く、儚く、余命幾ばくもなく。近いうちに死ぬ事しか許されぬ女。

 そういう女だから選んだのか、そういう女しか選べなかったのか―――それは分からない。

 少なくとも女は男が抱える歪みを理解した上で愛し、男も彼女の愛に答えようとした。その結果、子宝にも恵まれた。

 

 傍から見れば、それは一般的な幸せの構図だったことだろう。

 現に、男の父はそう信じていたはずだ。

 だが男にとっては、女の苦しみ、我が子の絶望だけが幸福だった。

 男にとっての愛とは愛する者の苦しみであり、女が男を愛そうとすればするほど、男は女の絶望が見たくなるだけ。

 男の歪みは、女から注がれる愛、子へと注がれる愛では到底矯正できないモノだった。

 

 そして、男はどうした。

 そして、女はどうなった。

 

 回想せよ、言峰綺礼。お前が忘れている全てを。

 二人の辿った結末は。たったいま目の当たりにした悲劇の結末と、ひどく似通ったものではなかったか―――。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 ……夢から覚めた時、綺礼は嗤っていた。

 ああ、―――灯台下暗しとはよく言ったものだ。

 

 己の正体を知りたいだと?

 馬鹿な事を。

 言峰綺礼は既に解答を得ていた。

 その解答を認められなくて、記憶に蓋をしていただけだ。

 

 あの日、

 あの時。

 一人の女の生き様を前に、全ての結論は出ていたのだ。

 

「私は……」

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 ―――舞台は現代に戻り、地下駐車場。

 言峰綺礼が口にした衝撃的な告白により乱された空気が、再び張り詰めていた。

 

「ふざけ、るな……!!」

 

 数秒の後。切嗣の心に湧き上がってきたのは、煮え滾るような怒りの感情。

 無理もない。正当性のある恨みつらみでさえ、訪れるタイミングを呪うような状況なのだ。戯言に小粋なジョークを返すような精神的余裕など、今の彼にありはしない。

 

「ふん。『ふざけるな』……か。心外だ。こちらは大真面目だよ」

 

 言葉もない。

 この男には道理すらないのか。

 こんなフザけた奴のために、世界平和は夢幻と消えるのか。

 切嗣の心が怒りさえ通り越して憎悪に染まらんとした時、

 

「友人という呼び名が気に食わないなら『同胞』……もしくは『同類』とでも言い換えようか」

「……………なん、だと?」

 

 あくまで真剣な綺礼の口調に、切嗣はようやくこれが己を嘲る戯言の類ではないと気付かされる。

 今、切嗣にとって最大の謎が。言峰綺礼という男の正体が明かされる―――。

 

「私は、生まれついての破綻者だ。美麗なモノよりも醜悪なモノを好み、善性より悪性を愛し、他者の愛より他者の苦痛を悦とする―――そういう『外れた』感性を持って生まれてきた」

 

 そう。

 初めから気付いていて、遠ざけていたもの。

 それが―――他ならぬ、言峰綺礼の正体だった。

 

「分かるか……衛宮切嗣。私は誰とも分かり合えない。誰かを愛し、誰かに愛されたとしても―――それが本当の意味で通じ合うことなどあり得ない。同じ世界に生きながら、違う世界を見続ける。それが私の人生だ」

 

 理解されない事が大半で、理解されれば忌避され、理解した上で愛そうとする存在がいてくれたとしても……同じ世界を共有する事はできない。

 言峰綺礼の人生は、永久の孤独そのものだ。

 

「だが私は、全てを諦観し、悟り澄ませるほど老いてはいない。いつかの希望を無邪気に信じられるほど幼くもない。……前に進めず、後ろにも引き返せない……そんな時に思い出したのが、お前の名前だった」

 

 衛宮切嗣。―――魔術殺し。

 時臣から聞かされたその在り方から読み取れたもの。

 

「破綻したリスクとリターン。行動一つ一つに見え隠れする強い強迫観念。それら全てが、かつて迷い人であった私と重なる。……まさか、衛宮切嗣は私と『同類』なのではないか。……本当の意味で分かり合える人間と出会えるのではないか……そんな期待を抱いたよ」

 

 答えを得た時、言峰綺礼にとって衛宮切嗣は『答えを導くモノ』ではなく―――『自分と同じ答えを持っているかもしれないモノ』に変貌していたのだ。

 

「だが、―――その期待は失望に変わり、その失望は怒りに変わり……最後には憎悪となった」

 

 不意に歩み寄ってきた綺礼は、何の前触れもなく切嗣の右手を踏み潰した。

 

「がッ、……づぅぁぁぁぁぁぁぁあぁああああああああああああああ!!!」

 

 枯れ枝がへし折れるような音は、右手の発した断末魔。

 たまぎる絶叫をそよ風のように聞き流しながら、綺礼は語調を端から強めていく。

 

「最初の違和感は、お前の拠点に攻め入った時だった。……衛宮切嗣という男について話し合う女が二人。その話題が余りにも予想外でな」

 

 最初、綺礼はあの拠点で切嗣と相対するつもりだった。

 いくつか質問に応じてくれるなら、自分は聖杯戦争から退場する。何ならアサシンごと令呪を渡しても良い。……そういう条件で交渉しようとしたものの、拠点の中からはサーヴァントの気配が感じられない。

 もしや入れ違いになったかと内部に目を向けてみれば……そこにあったのは、自分の予想を覆す光景。

 綺礼が耳にしたのは、アイリスフィールと舞弥による、衛宮切嗣の願いが実現されたあと、つまり―――『世界が平和になった後、どうするのか?』という話し合い。

 

「世界平和? 争いの根絶? 同類ではないかと期待を託した相手が、同類どころか宿敵。……真っ向から対立する本質を持っていたからこそ、逆に似通って見えていたとは……何ともお笑い草だ」

 

 グリグリと踵をねじり、切嗣の指関節を筋繊維ごとすり潰す。……もはや切嗣の叫びは人の声になっていない。

 

「それでも真実を確かめるためにあの女を攫い、お前について何もかもを問い質した。お前の祈り。お前の経緯。お前の結論。……その全てを事実として受け入れるのは苦痛だったよ」

 

 衛宮切嗣は、聖杯で恒久的世界平和を実現する。

 この冬木の戦場で流れる血を、人類最後の流血にするのだと。

 ただ期待を裏切られただけなら……綺礼は「やはり自分と分かり合える存在などいなかった」と、最後の未練を振り払うだけで、こんなにも怒りを覚える事はなかっただろう。

 少なくとも『この手で嬲り殺しにしてやる』などと物騒な考えは思い浮かばなかったに違いない。

 

「先ほどの言葉をそのまま返そうか、衛宮切嗣。『ふざけるな』―――そんな事のためにお前は戦ってきたのか。そんな下らない願いにかまけた結果が、あの無軌道か。愚か過ぎて理解できん」

 

 好き合った人間を。

 理解し合った人間を。

 言峰綺礼がどれだけ欲しても得られない世界を……自らの手で投げ棄ててきた。それも、平和などというお為ごかしのために、何度も、何度も!

 

「下ら、ない…だと……!!」

 

 平和への、狂おしいまでの渇望。

 自らの願いを完全否定された切嗣が、痛みも忘れて怨嗟の声を上げる。

 

「ああ、実に下らん。……お前からすれば、私と言う存在が『悪』であるように。私からすれば、衛宮切嗣という存在が『悪』そのものだ。それも、決して許されざる大悪だよ」

 

 ああ、切嗣が棄ててきたもののうち、ほんの小さな一欠片。

 それが、言峰綺礼の中にも在ったなら―――!

 

「だから私は、お前から聖杯を奪う。憎いお前が心の底から欲するモノを、目の前で粉微塵に砕いてやる。それが私の戦う理由だ。衛宮切嗣ッ!!」

 

 綺礼の脚が再び振り上げられる。

 狙いは頭部。

 ついに一切の加減が失われた本気の震脚が、切嗣の頭蓋を踏み砕く―――――!

 

 

 

 

 

「ああ、そうか。―――よくわかったよ、言峰綺礼」

 

 

 

 

 

 刹那、切嗣の身体がばね仕掛けのように跳ね上がった。

 腕も足も使わず、背筋と腹筋の瞬発のみで立ち上がったのだ。

 

「、―――――ッ!?」

 

 驚愕は綺礼から。

 そんな馬鹿な。先ほどの攻撃で、切嗣の骨折や筋断裂は全身に及んでいる。起き上がるどころか、身じろぎ一つとれないはずなのに―――――!?

 

「いま確信した」

 

 当然、切嗣は綺礼の驚愕になど頓着しない。

 懐から再び取り出したナイフを片手に、信じられない速度で疾走する。

 

言峰綺礼(お前)衛宮切嗣()の、最後の敵だッ―――――!!」

 

 発動。“固有時制御(タイムアルター)四倍速(スクエアアクセル)

 

 予想だにしない回復、

 予想だにしない反撃、

 予想だにしない速度。

 

 その全てが、人型の修羅をして判断を誤らせた。

 頭、首、胸―――僅かな一瞬を縫い、両腕で急所の全てを覆い隠したのは流石だが……その両腕を守る事を考える事ができなかった。

 正確に言えば、右手。

 そこに刻まれた“切り札”の存在を、一瞬とはいえ意識から外してしまったのだ。

 

「ぐゥ、づ――――――っ!!」

 

 切り落とされる肉体。

 痛みより喪失感が先にあった。

 切嗣のナイフは綺礼の袖口に滑り込み、流星のような速度で一息に、令呪ごと右手首を切断したのだ。

 

 痛恨である。

 いま綺礼は―――切嗣に対する絶対的な優位を失ってしまった。

 そして……それは同時に、場の支配権が切嗣に移ったという事でもある。

 

「令呪を以って命じる!『来い、セ―――」

「ぬぅァッ――――!!」

 

 痛みを置き去りにした左拳が、切嗣の鳩尾に突き刺さる。

 

「ごぉっ……!!」

 

 たまらず吐き出される空気。

 綺礼はすかさず切嗣の右手首を握りしめ、渾身の握力でソレを根元から引き千切った。

 

「がッ―――――――ァ―― ― ――――――……ッッ!!!」

 

 ただでさえぐずぐずになっていた筋肉は、一瞬たりとその暴威に耐えられなかった。

 夥しい出血を滴らせながら、両者の右手がコンクリートの冷たい地面に落下する。

 失われる令呪。

 この瞬間、二人からマスターという立場は完全に消え去った。

 後に残ったのは、衛宮切嗣と言峰綺礼―――決して相容れない二人の男のみ。

 

 ……地響きが聞こえる。

 市民会館が倒壊していく。

 コールタールのような泥が駐車場に流れ込み、周囲を炎で染め上げる。

 

 炎熱に揺らめく空間。

 静寂の空間が黒く焼き焦がされていく。

 ああ、―――それはまさに地獄の具現。

 

 しかし。そんな()()()など、二人は気にも留めなかった。

 もはや互いの目的である聖杯すら意識の外。

 目の前に立つ宿敵を抹殺しなければ、自我を保つことができない。

 

「コトミネェェェェェェェェェェェェェェェェェェッッ!!」

「エミヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!」

 

 本能が告げる。

 

 この男を殺さなければ。

 この戦いに勝利しなければ。

 きっと。己は、己でいられない―――――――。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・

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