Fate/Re-start-フェイト リスタート-【完結】   作:おるか人

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開演の第三十一話

 その夜。

 冬木市の市民たちは、空を見上げていた。

 

 嫌な予感がした。

 虫の知らせがした。

 とりあえず、なんとなく。

 

 ()()の事を質問すると、返ってくるのはそんな解答ばかり。

 彼らは本当に理由もなく、深夜の空を見上げて―――()()を見つけた。

 

 黒い太陽。

 空に……いや、世界に穿たれた孔。

 全てを押し潰すような超重量の存在を。

 

「何だ、あれ……?」

 

 誰かが呟く。

 それをきっかけに、また誰かが空を見上げる。

 一人……、また一人とその孔に魅入られていく。

 

 連日続いた事件。

 何も起こらず、平穏無事だった今日この日。

 平和が戻ったのだと胸を撫で下ろした油断。

 それら全てが、今、この時のための事前準備(パフォーマンス)だったのだと確信した。

 

 ああ。もうすぐ、地獄の釜の蓋が開く――――――。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 市民会館地下、大道具倉庫。

 切嗣と綺礼の戦いがそうであるように、セイバーとアサシンの戦いも最終段階に入っていた。

 

「ハァ、ハァ―――ァ!」

 

 右上段の一撃。―――回避。

 次いで正中を狙う刺突。―――聖剣の鍔で受け止める。

 足元に何がが落ちる音。―――火薬の臭い。爆発物と判断し、爪先に乗せるようにして蹴り飛ばす。

 封じられた視界。無明の暗闇の中で、セイバーはもがき続ける。音もなく、前触れもなく放たれる静かな攻撃。刀か、体術か、それすらも判然としない。

 ただひたすらに謎の攻撃を、僅かな空気の流れや直感のみで察知し、対処し続けているのである。

 

「ハァァァァァァァアアアアアアアア――――――――ッッ!!」

 

 振り回される不可視の剣。

 それは一件我武者羅なように見えて、しかし確たる意思がある。

 セイバーが一度剣を振るうたびに、二、四、八、十六―――弾かれ、撃ち落とされる鉄の刃。

 手裏剣である。彼女は目の見えぬ状態で、敵の投擲武器を残らず打ち落としているのだ。これもまた、先の“瞳術”殺しに負けず劣らずの絶技である。

 

「ハァ、――――――ァア!!」

 

 二十八―――ついに全ての手裏剣をただの鉄くずと化した時、彼女は失策に気付く。

 いない。

 いかにアサシンが『気配遮断』の能力を持つとはいえ、攻撃行動に移るとそのランクは著しく下がるはず。戦闘中に見失うなど、そうはない。

 手裏剣に気を取られ、隠形を許したというのか―――何という不覚。

 

「何処に……!?」

 

 耳は―――聞こえない。忍ならざる者に忍の足音は捉えられぬ。

 鼻は―――感じられない。忍とはそこにいて、そこにいない者である。

 であれば、セイバーの頼りとなるのはここでも六感。常軌を逸した直感力―――!

 

「―――――――――――――、」

 

 ……る。

 …かる。

 分かる。

 アサシンは今、己の背後にいる!

 

「そこだッ!!」

 

 振り向きざまの一閃。

 聖剣の一撃は―――しかし、空気をかき分けるのみ。

 

「がァ、……ッッ!?」

 

 代わりにその背後から、冷たい刃が少女の身体を斬り捨てた。

 一瞬、凍えるような寒さがセイバーの全身を突き抜け―――次いで、煮え滾る熱湯に浸されたかのような灼熱が、傷口を余さず焼いた。

 何故。セイバーの剣は間違いなくアサシンを捉えたはずなのに。

 

(偽りの気配を読まされたのか……!)

 

 まさに暗殺者(アサシン)の面目躍如。

 ついに忍の業が、騎士王の直感を上回ったのである。

 

 ―――やられた。

 

 この一太刀は重い。

 背骨を背筋ごと正確に寸断し、脊髄を落としている。いかにサーヴァントが霊体とはいえ、即座に再生は叶わない重傷だ。

 

 身体が倒れていく。

 意識が遠のく。

 思考が霞む。

 

 ――― さらばだ ―――

 

 どこからか、アサシンの声が聞こえてくる。

 トドメがくる。

 決着がくる。

 今度は霊核を確実に一突きにせんと、刀が振り下ろされる。

 セイバーは最後の力で踏み止まろうとして……、

 

「く、そ……っ」

 

 ―――それが間に合わない事を、他ならぬ直感で悟ってしまった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 柳洞寺にて、ライダー及びランサーの脱落を確認。

 

 アーチャーで―――――3つ。

 バーサーカーで――――1つ。

 キャスターで―――――1つ。

 ライダーで――――――1つ。

 ランサーで――――――1つ。

 

 ここに()()()の魂は揃い、聖杯は完成す。

 テンノサカズキ、起動。

 古に交わされた契約の下、束ねた魂を以って、『外』への孔を穿たん―――。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 敗北を確信したセイバー。

 勝利を確信したアサシン。

 

 両者は振り落とされる刃、振り落とさんとする刃にのみ全神経を集中しており、その瞬間に起きた出来事を正確に把握する事は出来なかったに違いない。

 

 破裂する天井。

 そこから降り注ぐモノ。

 

 大道具倉庫の直上―――コンサートホールの舞台にて、呪われた聖杯から溢れ出した黒い泥。

 

「なっ、……!?」

 

 あまりにも予想外の闖入者を前に、アサシンはセイバーを一突きにするはずだった刃を止めた。

 稲妻めいた思考速度で事態を把握しようとして……闖入者である『泥』の存在を視界に収めた瞬間、即座にそれを放棄した。

 

 ―――アレはまずい。

 サーヴァントは、あの黒い泥には決して勝てない。

 もしも呑み込まれたら、その瞬間に全てが終わる―――…!

 

「っ…………!」

 

 生物としての根源的な危機感から、アサシンは即座に後退した。

 幸い、泥の流出地点は部屋の中心であり、アサシンがいま立っているのは部屋の隅―――セイバーを一方的に追い詰めていた事が幸いした―――あの勢いでは、泥はすぐに部屋の床を埋め尽くすだろうが……サーヴァントの足ならば、十分に逃げ切れる。

 目指すは倉庫の外、一階に続く階段。

 水というものは、原則として上から下へ注ぐものだ。(アレ)がコンサートホール……すり鉢状の舞台から落ちてきたのなら、周囲の部屋と上階部はまだ無事のはずだろうと考えたからである。

 僅か二歩で数メートルを駆け抜ける。

 

「―――――――――――――――、」

 

 アサシンは救いの階段に足をかける前に一度だけ振り返り、背後の脅威を確認した。泥は凄まじい勢いで倉庫を侵食していくものの、予想通りアサシンの速度にはとても追いついていない。

 これなら無事に逃げられる。

 これなら無事に逃げられる―――はず、だった。

 

 ―――目の前に、青の騎士王が迫り来ていなければ。

 

 あの泥とは正反対の、清廉な輝き。

 風の封を解かれ、真の姿を晒した黄金の聖剣が振りかざされている。

 ……なぜ動ける?

 トドメこそ差し損ねたが、先の一撃は間違いなくセイバーの命を削ぎ取った。

 サーヴァントの身をして『重傷』と呼んで差し支えないダメージを与えたはずだ。

 それが何故、撤退に専念した自分(アサシン)について来れる?

 一体、どこにそんな力を隠していたのか………………!

 

「セイバー……………ッッ!!!」

 

 瞳術は未だ発動中だ。

 にも関わらず自滅しないという事は……セイバーは依然として視覚を封じているのだろう。

 ならば、アサシンは己が剣術(わざ)を以って、この場を切り抜けなければならない―――。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 一方のセイバーは、アサシンと違って降り注ぐ泥の存在に気付いてすらいなかった。

 視覚を封じている上、半死半生の状態では致し方ない事だろう。

 だから―――アサシンがトドメの一撃を止めた時、彼女は『困惑』より先に『好機』を見た。

 

(今しかない……………ッ!)

 

 アサシンが攻撃を中止した理由も、急に撤退を始めたきっかけも―――どうでもいい。

 大事なのは、死ぬしかなかった状況に一筋の光が差したことだけ。

 この好機を逃せば、セイバーに勝利などあり得ない。この好機をものにしなければ、聖杯は。罪の贖いは叶わない…………!

 

 ―――動かない身体を動かす。

 立ち上がれない身体を立ち上がらせる。

 人体の支柱たる背骨を失ったセイバーは、その治療が終わるまで身動き一つ取れない……だから、()()()()()()()()()()、逃げるアサシンの背を追いかけた。

 英霊アルトリアが有するスキル……『魔力放出』によるジェット噴射と、宝具“風王結界(インビジブル・エア)”の変則活用。魔力と風を彼女自身から地面に向かって叩きつける事で、強引に身体をアサシンの方へと()()()()()()のだ。

 剣は握力で支えるだけ。

 腕の力ではなく、こちらも『魔力放出』の推進力に任せて振り抜く。

 そう。セイバーは、自分と言う傀儡を操る傀儡師となって―――アサシンに特攻をかけた!

 

「“約束された(エクス)―――――――」

 

 真名の解放と共に、聖剣が存在感を増していく。

 光に変換された魔力を収束して……しかし、撃ち放つ事はしない。

 これもまた、宝具の変則活用。剣に込められた魔力を、ただ一振りに託すのみ。

 

「―――――――――勝利の剣(カリバー)ッッ!!”」

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 飛び込みざまに振るわれる剣騎士(セイバー)の聖剣。

 振り向きざまに迎え撃つ暗殺者(アサシン)の刃。

 両者とその剣は、すれ違うように行き交って―――

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 グシャッ! ―――と。

 痛々しい破砕音を響かせて、セイバーが地面に叩きつけられた。

 着地はおろか、受け身をとる余裕すらなかったのだろう。セイバーはアサシンに飛びかかった勢いのまま、頭を、肩を、背中をあちこちにぶつけ回しながら、勢いのままに階段を十段近く駆け上がって……ようやく止まった。

 その姿はあまりにも無残。

 身体中に幾多の青アザと切り傷を刻み、白銀の輝きを保っていた鎧は砕け、パックリと裂けた背中から流れる血が、ズタズタになった青色の衣装を赤く紅く染めている。死体だと言われれば、そのまま信じてしまいそうな格好だ。

 

 ―――だが、それでも勝者は彼女である。

 

 アサシンは、セイバーを迎え撃った時のまま……刀を振り抜いた姿勢のまま固まっていた。

 その肉体は肩から腰にかけてを袈裟掛けに両断されており、断面に沿って赤い線が滲み出ている。

 右手に握られた刀は……その刀身が、中ほどから消え去っていた。

 

「――――――――――――――――、」

 

 微動だにしていないにも関わらず、視界が()()ていく感覚。

 ……弦之介は考える。

 セイバーの攻撃と自分の迎撃は同時だった。

 瀕死のセイバー、万全の自分……両者の間にある力の差は逆転していた。

 ならば、最後の一撃は己によって防がれて終わるのが道理ではないのか。

 何故、今回に限って自分は破れ―――セイバーは勝利したのだろうか……?

 

「……なるほど、そうか」

 

 解答に至る。

 何故自分が敗れ、セイバーが勝利したのか。

 それは、単純な話。弦之介が臣下で……アルトリアが君主だからだろう。

 いかに優れた実力を持とうと、弦之介は所詮―――忍者。()の思惑で使われる立場。

 

 片や、ヒトに鍛えられた刀。

 片や、星に鍛えられた聖剣。

 

 いつの時代も、どこの国も変わらない。

 臣下(した)君主(うえ)より優れた()()を持つ事など、許されていないのだ―――。

 

「……綺礼どの……」

 

 この世に戴いた君主のことを、思う。

 主を得、その下で存分に術を振るう事……己の願いを叶えてもらったのに、その恩に『勝利』という形で応えることができなかった。

 申し訳ない限りだ。

 だが……考えてみれば、弦之介は『セイバーを倒せ』とは命じられていない。それに対し、確かに命じられた『衛宮切嗣と一対一で邂逅する』という依頼はしかと達成している。

 となれば。終わりに多少の不満は残るものの……忠義を全うできなかったわけではない。

 いや。むしろ弦之介は、言峰綺礼から依頼された仕事の全てを見事にやり遂げたのだ。

 できれば、聖杯を捧げる事で奉公の締めくくりとしたかったが……綺礼は欲望から聖杯を欲しているわけではないのだから、落としどころとしては悪くないかもしれない。

 

「どうやら、わしはここまでのようじゃ。至らぬ身であったが……せめて最後に、そなたの願いが実を結ぶことを祈ろう」

 

 崩れていく身体。

 濁流のように迫る泥。

 自然消滅が先か、泥に呑まれて消えるのが先か。

 どちらにせよ、もう―――弦之介に未来は無い。

 

 ――― (おぼろ) ―――

 

 命が消える最期の刹那。

 甲賀弦之介は、()()()()()を抱きながら目を閉じる。

 

 ―――それは、ほんのささやかな願い。

 しかし同時に。聖杯にはとても託せないような、大それた願いだった。

 

 “次にこの瞼を開いた時、其処が、愛する女と()()()()()来世(セカイ)でありますように―――”

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 脱落する六騎目のサーヴァント。

 回収される六つ目のタマシイ。

 本来ならば、悲劇の終焉となるはずだったそれは―――例外(ギルガメッシュ)の影響によって、更なる悲劇の引き金となる。

 

 “冬木市事件”……またの名を『魔の五日間』……。

 

 原因不明の怪事件として、向こう半世紀は色褪せることなく語り継がれる事となる日本有数の悲劇が。

 そして、この歪んだ運命(Fate)の物語が。

 いま。ついにクライマックスの時を迎える―――――――。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・

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