Fate/Re-start-フェイト リスタート-【完結】   作:おるか人

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決着の第三十二話

「――――ぅ――…」

 

 ……ヒヤリとした冷たい感触。

 薄ぼけた意識の輪郭を整えて、目を覚ます。

 

「私、は……?」

 

 大道具倉庫より、一階廊下に繋がる階段―――その半ばにて、血塗れの騎士王は意識を取り戻した。

 

「そうか……アサシンに飛び込んだ時の、ダメージで……っ!」

 

 状況把握が追いつくと、背中の刀傷がここぞとばかりに自己主張を始めた。

 それだけじゃない。戦闘中は気が付かなかったが、目を瞑っていた間に、セイバーの身体は随分と傷だらけにされていたらしい。美しい輝きを放っていた白銀の鎧も、澄み渡る空のような青の衣装も、絹のような金髪も……血と煤と埃と傷でボロボロだ。

 

「―――づ、ぁ―――は……」

 

 しかし、気絶している間にも治癒は働いていたのだろう。主だった傷は既に塞がっていて、大きな出血はない。彼女を汚しているのは全て、空気に触れて古くなった血液ばかりだ。

 セイバーは考える。

 自分がどれだけの時間気絶していたのかは分からない。しかし―――寝起き特有の妙な倦怠感があった事から、恐らく数秒という僅かな時間でなく、分単位で無防備な姿を晒していたはずだ。にも関わらずまだ命があるという事は……そもそも己を害し得る存在が近くにいなかったという事だろう。

 つまり……。

 

「勝ったのか……私は」

 

 意識を失う寸前。アサシンとの交錯は……記憶通り、セイバーの勝利で終わったらしい。

 これでまた、サーヴァントは一騎減った。

 敵はあと、どれだけ残っているのだろう。あと何人の敵を倒せば、セイバーは聖杯に辿り着けるのだろう……。

 

「行かない、と……」

 

 傷ついた身体で立ち上がる。

 まだ戦いは終わっていない。勝利を手にするまでは、立ち止まるわけにはいかない―――と、不屈の決意を抱いて。

 

「――――――――、」

 

 そしていざ、一歩目を踏み出そうとして……足を止める。

 意識がハッキリした事で、背後にあるモノの不吉さを明確に感じ取ったからだ。

 早く敵マスターの下へと駆けつけたい気持ちを抑え……そっと後ろを振り返る。

 

「……な、んだ……これはっ……!?」

 

 ―――黒。

 奥行きさえ感じられない重圧。

 見つめているだけで遠近感がおかしくなりそうな黒い泥が、大道具倉庫の床一面に広がっていた。

 

(呪いだ)

 

 理屈もなく、ただ直感だけでその泥の正体を察する。

 肉眼で視認できるほど濃縮された呪い。この世に存在する全ての悪意を煮詰めたような、冗談のような呪いのカタマリ。それがあの泥の正体だ。

 セイバーは突撃した時の勢いのまま、階段を駆け上がってしまったから助かったが……。

 あんなものに霊体(じぶん)が触れたらどうなるか。まず、そんなゾッとするような未来を幻視して、

 

 ――――次に。天井を見上げて……あろうことかその災厄が、この部屋の真上(コンサートホール)から()()()きたのだという現実を認識して、愕然とした。

 

「ぁ―――聖杯。……聖杯は、どうなった……?」

 

 あの黒々とした災いの泥が、彼女が欲してやまない聖杯と出自を同じくしている。―――言葉ではとても言い表せない不吉だ。

 

 不安がセイバーの心を掻き毟る。

 焦燥がセイバーの身を焼いていく。

 

「聖杯。……私、……私の……っ!」

 

 彼女は今度こそ階段を上っていく。

 目指すは建物の一階。聖杯の安置された場所へ。

 その道程に赤い雫を滴らせながら、一歩、一歩。

 重々しくよろめきながら歩く背中からは、もはや英霊としての輝きは感じられない。

 命は半ば黄泉路へと旅立ち、心は妄執だけを縁として現世に縋り付く。彼女の姿はさながら―――生ける屍のようだった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 手榴弾の爆発をきっかけにガソリンに火が点いたのだろうか。地下駐車場は既に火の海と化していた。

 燃え盛る炎の中。しかし、男たちの戦場だけにぽっかりと空白が出来ている。

 それはまるで、炎が自らの意思で彼らを避けているかのようだ。

 衛宮切嗣と言峰綺礼。

 この二人の戦いだけは、決して妨げてはならないとでも言わんばかりに―――。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「ァアア!!」

「ぬぅ、ア―――!」

 

 ヒトの速度を超えたナイフを、綺礼は事もなげに打ち落とす。

 それでも負けじと連撃で振るわれる刃は、一息のうちに七閃。

 

 一、

 

 二、

 

 三、

 

 四、

 

 五、

 

 六、―――次々と。鞭のようにしなる腕が、切嗣の攻撃を容赦なく阻む。

 

 聴勁。ナイフを捌く際、僅かに触れ合う腕と腕、肌と肌、筋肉と筋肉。綺礼はその僅かな情報から、切嗣が次に繰り出す攻撃の軌道を予測し、対処している。固有時制御を使い、体内時間を加速させている切嗣に対し、綺礼は正真の生身。それでも防御を間に合わせている現実は、もはや達人芸という他にない。

 が、……しかし。

 流石の代行者も、四倍速まで達した攻撃速度を予測のみで対処するのには限界があった。

 

「……………………!」

 

 七撃目。

 ついに防御が間に合わず、切嗣のナイフが僧衣を貫き、綺礼の腹直筋を抉った。

 分かっていた。そこに来るのは察せていた。なのに―――身体の動きが咄嗟のイメージに追いつかず、漫然と攻撃を見送る愚を犯してしまった。何という不覚か。

 

「これで、っ」

 

 左腕に力を込める。ナイフをねじり抜くことでトドメを入れようとする切嗣だが……。

 

「―――――――――!?」

 

 抜けない。

 見れば、綺礼の腹筋が巌のように強張り、ナイフの刃を締め付けていた。

 引き抜こうとして引き抜けなかった。……それはそのまま、一挙動分の時間を無駄にしたという事だ。言峰綺礼を前にして、それは痛恨のミスである。

 

「ハァッ!!」

 

 抱き合うような超隣接距離から放たれた寸勁。脚から腰へ、腰から腕へ、腕から拳へ。端麗かつ豪胆に流動する力が、ゼロ距離から瞬時に切嗣の鳩尾を抉り打つ。

 

「ぎぃ、づ―――――!!」

 

 地に根差す生木を三撃で叩き折る凶悪な破壊力が、余すところなく切嗣の肉体を貫いた。

 この威力ならば、常人ではまず確実に骨折と内臓破裂によるショックで即死だろう。仮に奇跡が起きて生き永らえたとしても、横隔膜に受けたダメージから呼吸困難……否、呼吸不能に陥って遠からず死ぬ。まさに、読んで字の如く必殺の一撃だった。

 だが、その常識は―――この場この時、対象が衛宮切嗣の場合に限っては、適応外となる。

 ごぅん、と。ひどく低く、重々しい打撃音。

 あからさまに人体とは異なる手応え。打ち込まれた切嗣の身体より、綺礼の拳の方が悲鳴を上げている。思わず「服の下に鉄板でも仕込んでいたのか」と疑ってしまうほどに。

 

 ……その感想は当たらずも遠からず。

 切嗣の身体はいま、鉄に等しい硬度と化している。それ故の自爆ダメージであった。

 無論、切嗣の方もノーダメージとはいかない。寸勁の衝撃でナイフを手放し、ふらつく足がたたらを踏んだ。

 しかし……ダメージを感じさせながらも、衛宮切嗣にはまだ戦闘の意思があり、それを可能とするだけの力が残っている。

 その姿を見て、綺礼は一つの結論を了解する。

 

 ――― 衛宮切嗣には、尋常ならざる再生能力が備わっている ―――

 

 そも、切嗣は指一本まともに動かせないレベルまで、全身の骨をバラバラに砕かれていたのだ。それが起き上がって綺礼の令呪を切断せしめた事自体がおかしい。

 だが、舞弥から聞き出した限りでは―――切嗣にそのような芸当を可能とするだけの技術はない。いや、むしろ『起源』の影響で、人体のような細かなモノの治療・再生は不得手としているはず。

 始めは幻術を用いて『骨を砕いた』と錯覚させられていたのかと思ったが……どうも本当に再生しているらしい。

 つまりこれは―――長年に亘り右腕を務めていた久宇舞弥ですら知り得ない、取って置きの回復手段を所持していたという事か。

 

「……………………ッ」

 

 それに気付いた時、綺礼は切歯の思いを感じた。

 戦略としては間違っていない。『敵を騙すにはまず味方から』という言葉があるように、切嗣は見事、綺礼を出し抜いて見せた。

 だが……どうしても気に食わない。最も信頼していたであろう人間にすら、切り札を隠していたという行為が認められない。理屈ではなく、感情として許せない。

 

 何故だ。お前は私と違って、他人に自分を偽る必要など無かっただろう―――!

 

「…………………………………い!」

 

 切嗣が何かを言っている。

 だが、知らない。

 お前の言い分など、どうでもいい。

 一挙手一投足から感じ取れる、衛宮切嗣の全てが憎い。

 

「エミヤ……キリツグゥ…………ッ!!」

 

 怨嗟の声は、底なしの殺意の発露。

 肉体が鉄の硬度? ならば鉄を砕く威力で拳を放てばいい。

 いくら破壊しても再生する? ならば再生できないように破壊すればいい。

 そう。例えどんな手段を使っても、どんな代償を払ってでも、この男だけは殺してやる。

 衛宮切嗣。……存在するだけで、言峰綺礼の渇望、巡礼、探求、試練、絶望……人生の全てを侮辱するこの男だけは。

 この男だけは、此処で必ず―――――!

 砕けた拳を強引に握り込み、綺礼は再び憎き敵へと殴りかかった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 舞弥が綺礼の手に落ちた……アイリスフィールからその情報を聞いた瞬間、切嗣にとって『起源弾』も『固有時制御』も切り札足り得なくなった。

 だからこそ『他のサーヴァントに倒させる』……『遠距離から罠にかける』といった、直接戦闘を避ける戦略を採用したのである。

 しかし、戦いには『もしも』の可能性が常に存在する。

 切嗣は万が一のために『言峰綺礼と相対し、かつ逃走が不可能である状況に陥る』という可能性も考慮に入れていた。

 久宇舞弥でさえ知らず、故に言峰綺礼が知り得ない手札。

 切嗣はただ一つだけ、その条件を満たすモノを所持していた。

 

 ――― “遥か遠き理想郷(アヴァロン)” ―――

 

 セイバーの聖剣の鞘であり、持ち主に不老の加護を齎すという宝具。

 その本質は、時間という絶対的な力にすら抗う治癒能力である。

 

 三日目の夜にアイリスフィールから摘出されたそれはいま、切嗣の体内に封入されており、持ち主である彼に埒外の再生力を与えているのだ。

 その効力たるや、綺礼によって砕かれた全身の骨が一分足らずで活動可能まで回復し、固有時制御を四倍速まで引き上げても命を保つことができる程だ。

 四日目の夜―――繁華街からの逃走でこの力に気付いた切嗣は、綺礼が一対一の決闘を提案した瞬間、作戦を『不意を突く』事に専念する事とした。

 

 被害者が加害者に対して行いたい復讐とは何か。

 一つは命を奪う事。

 もう一つは……その前に『憂さ晴らし』をする事だ。

 

 散々いたぶった後、気の済んだ綺礼が『もう抵抗できないだろう』と油断し、最後のトドメを入れる瞬間に反撃。動くはずのない標的が動いた動揺を突いて令呪を奪い、返す刃でセイバーを呼び寄せて殺し返す。あとは切り取った綺礼の令呪を使ってアサシンを自決させる。

 綺礼とアサシンを斃し、その上で四画もの令呪を手に入れる。―――以上が切嗣の立てた作戦であった。

 途中までは上手くいっていたが、最後の最後で自身の令呪まで奪われてしまい……作戦は瓦解した。こうなれば、主の異常をアサシンが察知する前に片を付けるしかない。

 武器を失った今、切嗣は徒手空拳だ。

 切嗣は暗殺者、綺礼は拳法家である。真っ向から立ち会っては勝ち目などない。

 だから“遥か遠き理想郷(アヴァロン)”の再生力と固有時制御の攻撃速度を使い、力づくで押し通る。

 

「…………………………………い!」

 

 いや……そもそも、今の切嗣には『戦略』という言葉など無いのかもしれない。

 千切れた右腕から滂沱と流れ出す血液。

 相対するは他人の悲劇を悦とする、己の天敵。

 強力な再生力で生と死を彷徨い続け、ボヤける意識。

 それら全てが、切嗣から正常な思考力を失わせている。

 たった一つの事しか考えられなくなっていく。

 

「…………………………………い!」

 

 だって、綺礼は言ったのだ。

 争いのない世界。

 恒久的な世界平和。

 それを―――『下らない願い』だと。

 そんな事のために戦ってきたのかと。

 愚か過ぎて理解できない―――と。

 

「…………………………………い!」

 

 認めよう。衛宮切嗣は正真正銘の愚者だ。

 正義なんてモノのために大勢の人を犠牲にしてきた。

 愛した人も、親しい人も、かけがえのない家族も、無関係な人間もこの手にかけてきた。

 恨まれるのも当然。憎まれるのも当然。

 何度も悔いたし、殺したくなんてなかった。

 切嗣自身、殺す以外に方法があるのなら知りたかった。

 だから、衛宮切嗣が責められるのは仕方がない事だ。

 

「…………………………………い!」

 

 けれど。……切嗣の願いを否定する事だけは許されない。

 この願いを『下らない』と笑う権利は、この世の誰にもありはしない。

 それだけは絶対不変の真理だ。

 何故なら。

 

「………………………何が…………悪い!」

 

 何故ならば、衛宮切嗣が間違いでも。

 その願いは。

 

 

 

 

 

「平和を望んで、何が悪い…………………ッッ!!」

 

 

 

 

 

 平和を願う気持ちだけは。

 決して、間違いなんかじゃないんだから―――――。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 殴り、殴られ。

 殴り返しては、殴り返され。

 

 蹴り、蹴られ。

 蹴り返しては、蹴り返され。

 

 決して倒せず、決して倒されず。

 

 二人の戦いは、戦略も何もない……原始的な段階に至った。

 倒せば自分の勝ち。倒されれば自分の負け。ただ、それだけだ。

 

 一挙一動に血飛沫が霧と散る。

 一撃ごとに肉体が崩壊していく。

 

 殴った拳が砕ける。

 蹴った足がへし折れる。

 

 

 極度のダメージと疲労は、相手より先に自分を破壊する。

 それでもなお、二人は戦う事を止めない。

 だってこの戦いは、互いの人生の総決算。

 

 平和を成すために人間性を捨てた男と、

 生まれ落ちた瞬間から人間性を持ち得なかった男。

 

 お互いの願いはすれ違い、故にお互いがお互いを認められない。

 対極に立つ彼らは、目の前の男を見ているだけでどうしようもなく心がざわつく。

 

 しかし、そんな二人の心は対極にして同格。

 別次元にありて、それ以外を探せない。

 そういう点で全く等しいものだった。

 

 だから、この戦いに決着はつかない。

 ついたところで、どちらが正しいかは証明されない。

 

 だから。

 決着がつくとしたら、それは。

 先へ、先へと逸る魂が―――肉体を置き去りにした時だけ。

 

 敗者が勝者となり、勝者が敗者となる。

 この戦いはきっと、そういう運命で出来ている―――――――。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 最後に振り上げられた拳は、振るわれることなく地に落ちた。

 

「――――――――――――――――」

 

 悔恨もなく、

 無念もなく、

 ただ、唐突に訪れた限界を認識できぬまま……一人の男が頽れる。

 戦いの音は途切れ、男たちの熱情は周囲の炎に押し返されていく。

 燃え盛る地獄の業火。―――茫々と立ちつくすのは、僧衣に身を包んだ長身。

 

 

 

 

 

 倒れたのは、衛宮切嗣だった。

 

 

 

 

 

 一歩一歩、着実に死へと向かっていた言峰綺礼。

 自傷と再生で生と死の狭間を行き交い続けた衛宮切嗣。

 越えてはいけない限界を踏み越えたのは、後者の方が一歩早かったのだ。

 

「――――――――――――――――」

 

 綺礼は、倒れ伏した宿敵を無感動な目で見つめる。

 

 死んだのか。

 ……いや、まだ生きている。

 

 行き過ぎた肉体へのダメージで、意識が擦り切れただけだ。

 しばらく休めば、あの得体の知れない再生力が宿主を蘇らせることだろう。

 それが十秒後か、半日後かは分からない。

 だが、逆を言えばそれまでは決して目を覚まさない。

 ならば、回復しきる前に致命的なダメージを与えれば。……いかなる再生技術でも修復困難な脳髄を破壊してしまえば、きっと。

 

「……私の勝ちだ。衛宮切嗣」

 

 すっ―――と、脚を持ち上げる。

 先ほどは躱された震脚が、再び切嗣の頭蓋に狙いを定めた。

 それで、全てが終わる。

 衛宮切嗣の悲願も、言峰綺礼の苦悩も、第四次聖杯戦争も。

 終焉を前にして、綺礼は一言だけ……素直な感想を宿敵に述べた。

 

 

 

 

 

「ああ。悪くはないとも。私も―――出来る事なら、そうでありたかった」

 

 

 

 

 

 振り下ろされる右脚。

 地下駐車場に響く破砕音。

 

 全てを吐き出した以上、もはや憎悪もなく。

 神父は羨望の念で以って―――一つの戦いに幕を引いた。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・

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