Fate/Re-start-フェイト リスタート-【完結】   作:おるか人

34 / 38
エピローグ
迎春の第三十四話


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――――惨劇から一夜明けた現在。レスキュー隊が夜通し活動していますが……未だ有毒ガスの影響で“冬木市事件”の救助活動は難航しているようです。以上、現場からお伝えしました』

『はい、ありがとうございます。地方都市を襲った謎の事件の数々。事前に起きていた爆弾テロや市民失踪も含め、組織的な人災ではないかと疑う声もありますが―――』

 

 

 

 

 

 ……日本某所にある電車の待合室。

 地方都市で起きた大災害を繰り返し報じるテレビ音声をBGMに、二組の家族が語り合っていた。

 

「あら、では貴方も冬木市から?」

「ええ。父の葬儀に出席して、その帰りです」

「それはそれは―――不謹慎ですが、お互いに運が良かったんですね」

「そうですね。まさかこんな事になるなんて、夢にも思ってなかった」

 

 ははは、と笑い合う二組。

 片方は父・母・息子の一般的な家族連れ。

 もう片方は、父親と娘だけ……それも外見から血縁関係が伺えない、何やら()()()な風情を醸し出す者たちである。

 

 今でこそこうして笑って話しているが、最初、訳アリの方が待合室に入ってきたときは―――部屋の温度が2~3℃は下がったように感じられたものだった。

 なにせ父親の方は顔面の左半分が引き攣ったように固まっており、さながら怪物のような様相を呈していた。パーカーのフードを深く被り、顔を隠そうとする所作といい―――失礼だとは分かっているが―――明らかに他人の恐怖を煽る有様だ。

 対する娘の方は見た目こそ愛らしく可憐な装いだが……表情の方は空っぽで、子供らしい無邪気さなど欠片もない。『大人しい子なのかしら』と楽観できないほどに、その虚ろの瞳からは何の感情も伝わってこない。

 関わったらいけない人種―――その場にいた多くの人間がそう判断し、待合室から逃げてしまったのは仕方のない事だろう。

 

 では、何故この何の変哲もない家族連れが逃げなかったのか……というと、純粋に正義感が強かったからである。未成年略取、又は虐待を疑い、意を決して話しかけたというわけだ。

 しかし、蓋を開けてみればとんだ勘違い。

 父親の方は事故で半身麻痺。娘の方は養子で、幼さ故か祖父の死を信じられずに呆然としているのだという。……家庭環境こそ複雑なようだが、父娘の間には確かな信頼が見て取れた。

 更に話をするうちに同郷である事が発覚し、いつしか疑いなど忘れ、話を弾ませてしまったのである。

 

「あ、―――…そろそろ行かないと」

 

 パーカー姿の父親が出口へと足を向ける。それに従って、娘の方も椅子から立ち上がった。

 

「もう行くんですか? まだもう少し時間があるみたいですけど……」

 

 思いのほか話をするのが楽しかったので、つい引き止めてしまう。

 そんな彼らの心情を知ってか知らずか、父親は申し訳なさそうに苦笑した。

 

「麻痺は随分マシになったんですけど、まだ上手く歩けなくて……余裕を持って行かないと間に合わないんです」

「ああ、それは気が利きませんで。お手伝いしましょうか?」

「お気遣いなく。これもリハビリのうちですから……」

 

 フードを被り直し、父親は娘の小さな手を引いていく。

 

 

 

 

 

「―――行こう、()()()()

「うん。()()()()()()

 

 

 

 

 

 静かに名前を呼び合って、待合室から出ていく一組の父娘。

 その姿は例え、血の繋がりがなくとも―――本当の家族のようだった。

 

「……ふふ」

「まるでドラマみたい」

 

 待合室に残された最後の一組……父親と母親が、その背中を眩しそうに見つめる。

 きっと大変な人生を歩んできただろうに、ああして手と手を取り合って強く生きてゆける……それはとても素敵な事だと思ったのだ。

 

「私たちも……頑張らないと、ね」

「ああ、そうだな」

 

 あんなものを見せられては、平凡な人生を歩む自分たちが、その幸せを漫然と享受するわけにもいくまい。

 

「……あ、いけない。もうこんな時間?」

 

 何とも言えない満足感を噛みしめていると、時計の針が電車の発車時刻に近づいていた。

 

「む。こりゃいかんな……駅弁も買わなければいかんのに」

「お父さんはお弁当を買ってきてくれる? 私、この子を連れて先に行くわ」

「おお。頼む」

 

 せわしなく待合室を出ていく父親。母親は隣で大人しく座っていた子供をひょいと抱き上げた。

 

「わ、っ!? な、何すんだよかーさん!? 恥ずかしいから下ろせっ」

「あんたがボーっとしてるからでしょ。電車の時間が近いから、このまま担いで行くわよ」

「ボーっとなんてしてないっ。自分で走る! 走るからっ」

 

 ワタワタと胸の中で暴れる子供を見て、母親は「しょーがない子ね」と地面に下ろす。

 

「まったく。今回のMVPを労わってあげようとした母さんの気持ちを無下にするなんて、生意気よ」

「えむぶいぴーって、何がさ?」

「あんたが前から『ふのァッしーに会いたい』って言ってたから、ついでに……」

 

 そこでふと、母親は口を閉じる。

 誘拐やテロで不穏な空気が出ていた冬木市。息子が地方のマスコットキャラに会いたいと言った事。この二つが合わさって、急遽、今回の旅行に踏み切ったわけだが……『息子の要望を口実にした』なんてのは、いかにも体裁が悪い。息子にとってこの旅行は『珍しくワガママが通った』くらいに思っていてほしい。

 

「なんだよー?」

 

 黙り込んだ母親を訝しむ息子。

 さて、どうやって言い包めるか―――と母親回路をグルグルと回した結果、幸いにも、この年頃の男子を煙に巻くには最適な話題が手元にあった。

 

「……あの子、可愛い子だったわね」

「な、なんの話だよ?」

「桜ちゃんよ。見惚れてたでしょ?」

「ばっ……違う! 誰が女なんかっ」

「照れない照れない。ありゃー間違いなく将来美人になるわよ。ボケーっとしてないで、連絡先とか聞いといた方が良かったんじゃないかしら?」

 

 ニヤニヤと悪戯っぽい表情でからかう母。

 すると息子は「ぐぬぬ」とみるみるうちに顔を真っ赤にして、ホームへ向かって走り出した。

 

「で、電車! 電車来るんだろ!? そんな下らないこと話してる場合かよっ!」

 

 幼い男の子……特に、普段大人ぶってるガキんちょほど『好きな人』関連でからかわれるのに弱いもの。まんまと母親の目論見にハマった息子の頭からは、先のMVP云々の話など吹き飛んでしまったようだ。

 

「そうね、急がなきゃ……っと、前見なさい前! 危ないでしょー!?」

「捕まえてみろー!」

「真面目に言ってんだって…………ああ、もう!」

 

 電車の到着を知らせるアナウンスがホームに響く中、母と息子は追いかけっこを始めた。

 

 

 

 

 

「コラ、待ちなさい―――()()っ!」

「へへーん、やーだよっ!」

 

 

 

 

 

 息子は笑顔で、母親も笑顔で、そこに遅れて父親も笑顔で交わっていく。

 彼らの姿がどれだけの奇跡の上に成り立っているのか。それに気付く者は、誰もいない。

 

 ただ一つ言える事。

 歪んだ運命。それによって導かれた結末。

 この世界の未来では、きっと―――赤い英霊は生まれない。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 ボロボロの身体を引きずって、間桐邸へと帰り着く。

 その心はどうしようもない後悔に包まれていた。

 

 時臣に復讐できなかった?

 魔術師が憎い?

 

 ―――なんて、間抜け。

 

 間桐雁夜には、そんな事より優先すべきものがあったはずだ。

 それを放って、一体、自分は何をやっていたのか―――――!

 

「桜、ちゃん…………!」

 

 ベッドに横たわる少女は、二日前より明らかに痩せ細っていた。

 もはや苦しむだけの気力もないのか。虚ろな瞳は、ただ空を見るばかりだ。

 生きてはいる。……だが、本当に生きているだけだ。あとは死ぬしかない。

 

「ああ、あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 

 当たり前だ。

 間桐臓硯が死に、混乱しているこの家に……桜を慮る余裕などあるものか。

 だからこそ、今は未だ死ぬわけにはいかないと決意したのではなかったか。

 

「ごめん、桜ちゃん……ごめんよ!」

 

 間桐雁夜は、こんな状態の幼子を放って……復讐を優先した。

 それはつまり。桜の命よりも、復讐の方が雁夜にとっては……。

 

「そんなわけ、ないだろ…………!!」

 

 流れる涙。――――――泣いている場合じゃない。

 渦巻く後悔。―――――悔いている暇があるなら動け。

 激しい自己嫌悪。―――お前の事なんてどうでもいい。

 

「桜ちゃん……桜ちゃん……!!」

 

 だが、どうすればいい。

 どうすれば桜を救える?

 

「桜ちゃん………………………ッ!!」

 

 誰でもいい。

 何でもいい。

 どうか、この子を助けてくれ……!

 

 

 

 

 

「―――退け、異端者」

 

 

 

 

 重々しい足音。

 嵐のように吹き荒れる紙束。

 振り返ると、其処にいたのは―――。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「おじさん?」

「はっ、――――?」

 

 桜の声で我に返る。

 数日前の事を思い出していたらしい。

 

「だいじょうぶ?」

「だ、大丈夫だよ。ちょっとぼーっとしてただけ」

 

 家族連れと別れた間桐雁夜と間桐桜は、遠くへ向かう電車へと乗り込んでいた。

 

「ねえ……雁夜おじさん」

 

 向かい合わせのボックスシート。

 無感動な瞳が、雁夜の顔を見上げる。

 

「これから、どこへ行くの?」

「そうだな……まずは遠くへ。俺や桜ちゃん……いや、間桐の事を知らない魔術師を探そう。バーサーカーが言ってた事が本当なら、君の資質を放っておくと危険だ」

「マトウを知らないマジュツし……?」

「うん。……しかし、どうしようか。ひとまず、屋敷から主だった魔術師の情報は抜いてきたけど……こっちの弱みに付け込まれたら終わりだ。となると、日本・イギリス・ロシアはダメだな……万全を期すなら、ユーラシア大陸自体避けた方がいいのかも。前の職場で稼いだ貯金があるから、それを使って、なんとか足掛かりを……っと」

 

 深刻な顔でブツブツと呟いていた雁夜は、桜が未だ自分を見つめている事に気付き、慌てて笑顔を作った。

 

「大丈夫だよ、桜ちゃん。俺が全部何とかする。桜ちゃんが幸せになれるように……桜ちゃんがいつか、葵さんや凜ちゃんのところに胸を張って帰れるように頑張るから。だから……」

 

 そこで、雁夜は桜を抱きしめた。

 

「桜ちゃん、ゴメン。勝手な大人でゴメンな……桜ちゃんの一番の望みをすぐに叶えてやれない、弱い大人でゴメン……ゴメンな」

 

 抱きしめる力が少し強くなる。

 だが、雁夜の力は今や成人男性どころか女性にも劣る。

 力いっぱい抱きしめても、幼い桜をして逃げ出すには容易い拘束だった。

 

「でも、俺は桜ちゃんの幸せを願ってる。君にいつも笑っていてほしいと思ってる。それだけはウソじゃない。それだけは誓って本当だ……!」

「――――――――、」

「これからは桜ちゃんが好きなところへ行けるように。桜ちゃんの好きな生き方ができるように。桜ちゃんがなりたいものになれるように。もう……葵さんのためじゃない。桜ちゃんのためだけに……この命を使うよ」

 

 けれど、桜は身じろぎ一つせず―――黙って雁夜に抱かれていた。

 逆らうだけの理由がなかったのか。呆れて物も言えなかったのか。

 理由は分からないが……桜は自分から、雁夜の胸を離れようとはしなかった。

 

「……何になってもいいの?」

 

 ふと。

 

「え? あ……ああ! なんだって良いよ。ケーキ屋さんでも、お花屋さんでも、看護師さんでも! 桜ちゃんがなりたいものに―――」

 

 ただ、一言だけ。

 胸の中で、幼い少女は『希望』を口にする。

 ほんの僅か。ほんの僅かだけ……瞳をきらりと輝かせて。

 

 

 

 

「―――じゃあ。わたし、神父さんになりたいな」

 

 

 

 

 

「…………………………………………………えっ」

 

 突如、目の前に現れる断崖絶壁。

 無理難題を吹っ掛ける少女に喜べばいいのか、悲しめばいいのか。

 自分を助けてくれた人に憧れる。それは大変結構なのだ、けれど。

 桜が『神父』になるには……たった一つ。生物学上の障害が存在する。

 これは―――果たして叶えるべき願いなのか? というか、叶えて良い願いなのだろうか?

 

 やがて走り出した電車は一組の父娘を遠く、遠くへと運んでいく。

 間桐雁夜が、間桐桜が何処へ辿り着くのかは、まだ―――分からない。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 ドイツのとある山岳地帯。

 年中常雪、永久に閉ざされた冬の城。

 一〇〇〇年の歴史を誇る錬金術の大家、アインツベルンの本拠地は―――ある日、人知れず壊滅した。

 

 下手人は不明。

 手口も不明。

 防護結界も何もかも、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 無論、破壊は城だけではない。

 城に常在していた戦闘用・非戦闘用のホムンクルス、番犬、八代目当主であるユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン……アインツベルン一族に関わる全てが、残らず皆殺しの憂き目にあった。

 

 外界との接触を一切断っていた彼らの滅亡が外へ伝わる事はなく。

 主を亡くした冬の城は、静かに―――その姿を雪の中へと消してゆくのだった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 第四次聖杯戦争終結より十日後。

 円蔵山地下、大空洞。聖杯戦争の要となる大聖杯―――“天の杯(テンノサカズキ)”を前に、三人の人物が立ち会っていた。

 

 衛宮切嗣。

 セイバー。

 そして―――先日、アインツベルン城より連れ出されたイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 今から訪れる『終わり』を見届けるために、彼らは集まった。

 

「準備はいいか、セイバー?」

「問題ありません。―――いつでもどうぞ」

 

 確認の声は短く。

 素っ気ない声を合図に、不可視の聖剣が本来の姿を取り戻す。

 

 すっ、―――と持ち上げられる切嗣の左手。

 そこには一画の令呪が刻まれていた。

 かつて右手に刻まれていたものを移植したものだ。

 孔の破壊に使った余剰魔力。ここにある残り一画の令呪。

 これが切嗣の最後の力。マスターとして振るわれる最後の権限。

 

「第三の令呪を以って命ずる。セイバー。『宝具を使い、大聖杯を破壊せよ』―――!」

 

 ……大空洞を光の奔流が駆け抜ける。

 約二〇〇年前。冬の聖女―――ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンが中核となる事で完成させた大聖杯が。アインツベルン家の秘術の結晶が。両断され、砕かれて、光の中に溶けていく。

 

「ユスティーツァさま……」

 

 知らず、一筋の涙を流すイリヤスフィール。

 アインツベルンは滅び、新たな小聖杯はもはや生み出されない。

 大聖杯の破壊によって、六〇年周期のシステムそのものも機能を停止した。

 いま、過去四度に亘り行われてきた冬木の聖杯戦争が―――遂に、一人の勝者も出さないままに―――終結したのだ。

 

 聖剣を振り抜いたその瞬間から、セイバーの身体はガラスのように透け始めた。存在の希薄化。魔力の枯渇により、ついに現界すら不可能になったようだ。

 

「……お別れです、切嗣」

「ああ」

 

 だが、二人の間に多くの言葉は無い。

 永久の別れを前にしても、悲しみも喜びもないのだ。

 まして―――別れを惜しむようなことなど、とても。

 

「切嗣」

「何だ?」

「伝言が三つあります」

「……ああ、どんな?」

「うち二つは言峰綺礼から。……『お前の負けだ』……それと『馬鹿め』……と」

 

 全く的確。

 よりにもよってこのタイミングで伝える辺り、セイバーの個人的な感情も混ざっているようだ。

 

「あと一つは、何だ?」

「アイリスフィールから。……イリヤスフィール、これは貴女にも向けた言葉です。聞いてほしい」

「えっ……お母様から?」

 

 予想外の水向けに、銀髪の少女が背筋を正す。

 

 

 

 

 

「―――“どうか、幸せに”―――」

 

 

 

 

 

 たった一言。

 自らの命を顧みず、夫に、娘に残した言葉。

 それを聞いた時、告げられた二人は表情をくしゃりと歪めた。

 

「アイリ…………ッ」

「おかあさま……」

 

 泣き崩れる切嗣。

 母を想い、奥歯を噛みしめるイリヤスフィール。

 その反応を見届けた瞬間、セイバーの消滅が加速した。

 全ての役目を終え、この世に残る未練を失ってしまったからだろう。

 

「全く……此度の戦いは、ロクな事がなかった。大勢の罪なき人々を巻き込んで、傷つくだけ傷ついて……挙句、何一つ得られなかった。徒労もいいところです」

 

 嫌味にも皮肉にも聞こえる言葉。

 これは別に、切嗣に向けられたものではない。

 

「ですが、アイリスフィール……貴女との約束だけは護れた」

 

 冷たい土蔵。

 夫ではなく、騎士に看取られて逝った姫君。

 その願いが叶ったのなら……この悲劇も、戦い抜いた価値があった。

 

「それだけは……私、 の ―――   ―

 

 一握りの満足だけを抱いて、セイバーのサーヴァント……アルトリアは消滅していった。

 だが、それは終わりではない。

 アルトリアの聖杯戦争はまだ始まったばかり。

 

 これから彼女は、幾度の戦場を越えてゆく。

 かつて交わした契約は、聖杯という贖いを手にする日まで戦い続ける事。

 

 今回の悲劇は、そのうちの―――たった一回に過ぎないのだから。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 イリヤスフィールにとって、母の死は規定事項である。アインツベルンの女―――アイリスフィールが自身をそう称したように、イリヤスフィールもまたその覚悟がある。

 もちろん、悲しみがないと言えば嘘になる。

 だが―――初めからそういうものだと思い知らされて生まれてくるのだから、仕方ない。

 

「アイリ………アイリッ…………!」

 

 だが、切嗣はアインツベルンの男ではない。

 母と契りを交わし、母をそういう存在だと受け入れて。それでも、別人なのだから……イリヤスフィールほどの覚悟など持ち合わせていないのは当然だ。

 

 ……けれど。もしも正しく理想を叶えた後だったなら。

 此処がアイリスフィールに誓った通りの世界だったならば。

 

 涙を流しても、嘆き哀しんでも、それでも―――こうして悔いる事だけはなかっただろうに。

 

「キリツグ…………」

 

 何か言い表せない衝動に任せるまま、イリヤスフィールは切嗣の頭を自身の胸に抱き寄せた。

 

「……イリ、ヤ?」

 

 切嗣が困惑している。

 イリヤスフィールの行動に……ではない。

 目の前にいる、イリヤスフィールであって、イリヤスフィールではない『彼女』に対して驚いている。

 

「馬鹿な人」

 

 幼さを感じさせない声。

 見た目からは想像もできない艶のある声。

 

 

 

 

 

「―――お疲れ様」

 

 

 

 

 

「……………ッ」

 

 ああ。

 そういえば、以前にもこんなことがあった。

 セカイの理不尽。平和を願い―――それが叶わない絶望。

 いつだったか。その嘆きを、彼女に向けて吐き出した……。

 

「ア、イ……っ」

 

 これは模倣。

 イリヤスフィールの中に残る『彼女』がそうさせているだけ。

 それが分かっていても……切嗣にはもう、感情を抑える術がなかった。

 

「ッ、――――――ぅぅぅぅぅうううううあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ………………ッッッ!!!」

 

 堰の切れた慟哭。

 衛宮切嗣は、娘のカタチをした妻に、妻のカタチを模した娘に、全ての嘆きを吐き出した。

 雪色の少女は、その小さな身体で男の嘆きを受け止めて。「頑張ったね」と、優しく頭を撫でるのだった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れる。

 冬が過ぎ、雪が溶け、暖かな春が来る。

 移り行く季節は、人々の人生にも―――小さな変化を齎してゆく。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。