Fate/Re-start-フェイト リスタート-【完結】   作:おるか人

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ゼロの最終話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第四次聖杯戦争終結より―――五年後。

 あの“冬木市事件”によって壊滅的な打撃を受けた冬木市は、見違えるような復興を遂げていた。

 

 “約束された勝利の剣(エクスカリバー)”によって焼き払われ、廃墟同然であった深山の住宅街には、また多くの家屋が立ち並び、キャスターの自爆によって吹き飛んだ教会は再建され、呪いに侵された新都は以前の賑わいを取り戻しつつある。

 加速度的な復興は、冬木市を愛する地元民を中心として結成された組織―――“冬木市復興団体”の存在が大きい。

 彼らは自分たちの愛する故郷を蘇らせるために多くの私財を投じ、避難所の建設や食料の調達に貢献した。

 

 もちろん、それだけで全ての者を救えはしない。

 取りこぼされた命はあったし、流された涙もたくさんあった。

 それでも―――彼らは、紛れもない善意と使命感の下に、大勢の人々を救ってみせた。

 

 そんな“冬木市復興団体”の中に一人、変わった男がいる。

 当時、つい最近冬木市に引っ越してきたばかりだった彼は―――最愛の妻を“冬木市事件”で亡くしたという。

 突然の不幸。苦しかっただろう、悲しかっただろう、怒りを覚えただろう。冬木という地が、忌まわしい呪いの地として映っても仕方がない経験だったはずだ。

 それでも彼は、冬木市に留まった。

 彼はその成り行きについて多くを語る事はなかったが、言葉の節々からおおよその事情は読み取れた。

 

 妻が日本を気に入っていたから。

 冬木市の雰囲気が好きだと言ったから。

 娘も妻と同じように、冬木市に住みたいと言ってくれたから。

 

 それだけの理由。もしくは、そんな大それた理由の下に―――彼は悲劇の地に根を下ろす決意を固めたのだ。

 団体の中で、誰よりも冬木市に縁遠い存在であるにも関わらず、誰よりも冬木市の復興を願い、誰よりも精力的に活動を続ける男。

 彼の存在が、団体全体の活性化―――冬木市のより早い復興を促したのは間違いない。

 だから彼は大勢の人々に慕われ、新参者というレッテルも跳ねのけ、団体の中でも中核を担う一人となっていった。

 

 

 

 

 

 ―――“正義の味方”

 彼の在り方は、とあるメディアでそう報じられ、多くの称賛を浴びた。

 

 

 

 

 

 それは彼―――衛宮切嗣にとっては、どんな言葉よりも心を抉る刃であった。

 意図しない自作自演(マッチポンプ)。己が罪科を突きつける痛烈な皮肉。

 

 見当違いを指摘する者はいない。

 偽善を罵る人間もいない。

 裁かれず、暴かれず。

 ただ世界は称賛を以って、切嗣の精神を千々に裂いてゆく。

 

 まるで、それこそが彼に課せられた罰であるかのように―――。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 深山町、衛宮邸―――。

 広い武家屋敷の庭を、十歳前後と見られる数人の子供たちがドタバタと駆け回っている。

 

「ひっぐ、リョータぁ! 僕のボール返してよぉ!」

「うわっ、鼻水つけんなよ! ばっちぃの。あっち行けよっ」

「あーあ、リョータがミツル泣ーかした。後でユミが怖ぇーぞ?」

「うっせ! 元はと言えばコイツが悪いんだろ!」

「どーでもいいから早くサッカーしようよー。今度こそケンちゃんとスカイラブ決めるんだから」

「カンチぃ、それまだ諦めてなかったの……? もーやだよ。アレ背中痛いんだもん……」

 

 ギャアギャアと騒がしい男子の五人組。

 

「うわぁぁぁぁぁぁーん! 返してってばぁー!」

「あーもう! いつもいつも何なんだよお前はさー!」

 

 その内の二人―――最初にボールの所有権を争っていた腕白っ子と泣き虫っ子である―――がヒートアップし、あわや喧嘩が勃発か? と思われたその時!

 

「こらー! あんたたち何やってるのー!!」

 

 彼方より、快活な声を響かせ、トラ柄シャツをなびかせて走ってくる一人の女性。

 彼女の名は、冬木氏が誇る絶世の美人女子大生、

 

「げぇっ、た―――タイガー!」

「がぁ――――――! タイガーって言うな―――――――――ッッ!!」

 

 ……改め。“冬木の虎”こと藤村大河であった。

 彼女は衛宮邸の住人ではないにも関わらず、毎日のように出没する。近頃は週五で宿泊し、晩御飯は一度も欠かさず食べていく。実家の祖父に「もうお前、衛宮さん家の子になれば?」と渇いた笑顔で言われる有様。衛宮邸の子供たちには、好かれたり恐れられたりする存在である。

 ズザザザァー! と砂埃を巻き上げ、男子組の中心にスライディングで滑り込んでくる大河。ゲホゲホとむせたりする子供たちに構わず、大河は一喝した。

 

「まったく! 喧嘩しちゃダメ、仲良くしなさい! っていつも言ってるでしょ!? どーしておねーちゃんの言う事を素直に聞けないのよぅ!」

「けどよ、タイ……た、大河ねーちゃん。今回はミツルが悪いんだぜ? コイツこの前、ボール三号を川までホームランしやがったんだ! サッカーなのに!」

「お、思いっきり蹴れって言ったのリョータじゃんかぁ!」

「思いっきり蹴ったのはいいよ! でも何であんなに曲がるんだよ!? ほぼ直角だったぞ! あんなんプロの試合でも見た事ねーから!」

「え? って事は……僕ってスゴイ?」

「そりゃスゴイ……けど、役に立たねーの! とにかく、オマエにボール使わせたらまた失くすだろ!? もうウチにはこのボール四号しかないんだから、次失くしたらサッカーできねーじゃん! だからお前は混ぜてやんねー!」

「でもそれ僕のだもん! 僕のボールだもん! 名前書いてあるもん~~~~~っ!!」

 

 またヒートアップしてくるリョータ君とミツル君。周囲の男の子たちも「早くやろーぜ」とか「いい加減にしろよ」とか、好き勝手に囃し立て始める。

 もちろん、そんな無秩序は冬木の虎が許さない。

 

「シャラ――――ップ!! 言い訳無用! 過ちを叱るのは大人の役目! 貴方たちの仕事は互いを認め合い、慰め合い、倒れそうになる仲間の手を引く事よ!」

 

 言い回しが面倒くさいので要約すると『個人個人の間で決着のつかない争いは、大人に判断を委ねなさい』という事である。恐らく一ミリも伝わっていないが。

 しかし、その迫力を前に子供たちは言い争いの口を止めた。大河は「うむ」とその光景を満足そうに睥睨した後、リョータ少年が抱えていたサッカーボールをさっと取り上げ、

 

「ではここに、大人法廷の開廷を宣言します! さあっ、争いの元凶たるそのボールはひとまずおねーちゃんに預けなさっ………………あ!?」

 

 ―――勢い余って放り投げてしまった。

 大河の手からすっぽ抜けたボール四号は、弧を描く軌道で空を舞い、

 

「…………あっ」

 

 ズシャア! と。……庭の隅で泥遊びをしていた年少組に襲い掛かった。飛び散る泥は子供たちの目や口や鼻に入り込み「ギャアアアー!」と、それはもう阿鼻叫喚な地獄が巻き起こる。

 中には自分の服や顔が泥まみれになった事をキャッキャと喜ぶ剛の者もいるが、多くは「うぇぇぇーん」だの「うわぁぁーん」だの「ぎゃおおおおおおん」だの泣き叫んでいる。五~六歳の子供には、少しばかり刺激が強かったらしい。

 

「今ボールを投げたのは誰ッ!?」

 

 年少組の中、頭一つ身長の高い少女が叫ぶ。

 途端―――男子全員がピタリと大河を指さしていた。

 

『コイツです!!』

「ちょっとぉ!?」

 

 先ほどまで喧嘩していたのがウソのような団結力。わんわん泣き叫んでいたミツル君でさえ、キリリとした顔つきで、大河を少女に売り渡している。

 

「へぇー……? またタイガかぁ」

 

 ゆっくり、ゆっくりと大河の方へと歩いてくる少女。

 賑やかだった衛宮邸の中庭は、それだけでシンと静まり返る。

 見れば、少女はリョータ君率いる男子勢よりも一つか二つ年上である。その外見から溢れ出すカリスマオーラは計り知れない。十歳近くは年上であるはずの大河ですら少し圧倒されているあたり、どうやら彼女は衛宮邸のボス的存在であるらしい。

 

 銀色の髪。

 透き通るような白い肌。

 ルビーのように輝く赤い瞳。

 

 まるで彼女の周囲だけ季節が冬になったかのような異様の雰囲気の中―――その少女、衛宮イリヤスフィールは口を開いた。

 

「いい加減に落ち着きなさいこの二十台ぃぃぃぃぃ――――――ッッッ!!」

「へこ――――――――――――――――――――――――――ッッ!!?」

 

 飛び上がりざまに放たれるアッパーカット。それはさながら昇り竜の如く。

 見事なまでに顎を打ち抜かれた大河は、成すすべなく空を仰いだ……。

 

「……サッカーしようぜ」

「僕もやっていい?」

「もうボール失くすなよ?」

「うん、気を付ける」

 

 一方。男の子たちは、さらさらと雪解け。

 再び結ばれた友情。一匹の尊い犠牲を胸に、男の子たちは争いの空しさを噛みしめるのだった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 そんな騒ぎを縁側から眺めている男性が一人。

 着流し姿に無精髭―――『枯れた』印象が、彼を実年齢よりも老けて見せている。

 

「平和だな……」

 

 彼―――衛宮切嗣は、ポツリと独り言を零した。

 そう、平和。

 目の前にあるのは、切嗣が求めて止まなかった平和そのもの。

 この衛宮邸を孤児院代わりにするのは、それなりに大きな決断だったが……結果として上手く回っている。

 

「平和…………か」

 

 そう、平和。

 切嗣が聖杯に預けようとして、叶わなかった願い。

 この世界は決して平和なんかじゃなくて、でも目の前の世界は平和で。

 なら、平和とは何なのか? そこで……切嗣の考えは止まってしまう。

 

「切嗣」

 

 と、―――いつの間にか、隣に女性の姿があった。

 久宇舞弥。この五年、影に日向に切嗣を支えてきた人物である。

 

「舞弥か。どうした?」

「禅城……遠坂葵から連絡です」

「……また“新都で確認された根源が”……って奴か?」

 

 ここ一年は大人しくなってたのにな、と眉を顰める切嗣。

 

「いえ。単に『娘がこちらに来ていないか』と―――」

「衛宮切嗣ぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

 ずばーん! と。

 決めポーズ付きで切嗣と舞弥の前に滑り込んでくる小さな影。

 艶やかな黒髪ツインテールが、赤い私服にたなびく少女。

 

「五年前の屈辱もここまでよ! 今日という今日こそ貴方を倒して―――遠坂の誇りを取り戻すんだから!」

 

 遠坂凜―――見・参!

 とばかりに大仰な登場を決めた遠坂家の跡継ぎ娘。

 優雅の『ゆ』の字も見当たらないその姿に、屋敷の空気が再び固まった。

 

「…………………………………………、」

「…………………………………………、」

 

 元より多弁な関係ではない切嗣と舞弥だが、この沈黙はどこか趣が違う。

 

「……そういえば、今はお昼過ぎでしたね」

 

 ポツリと、舞弥の一言。

 実は凜も、大河の次くらいに衛宮邸へと入り浸る部外者だったりする。

 五年前の屈辱とは、切嗣が令呪を見せて『立ち去れ』と警告したあの件の事だ。あの時、切嗣に対して晒した失態を払拭すべく―――彼女はヒマさえあればこうして衛宮邸に乗り込んでくるのである。

 

「えーと、凜ちゃん……いらっしゃい」

「気安く呼ばないでっ! 今の私たちは敵同士なのよ!」

 

 ちなみに、もうとっくに本性がバレているからか、衛宮邸では猫を一切被らない凜である。

 

「さあ、今日こそアンタに『参った』って―――あっ、久宇先生! こんにちは」

 

 切嗣への態度から一八〇度打って変わって、舞弥にはペコリと丁寧にお辞儀する。

 

「こんにちは。……凜、お母さんにちゃんと行き先を告げてきた?」

「……………………あっ」

 

 THE☆うっかり。

 

「さっき、葵さんからこちらに連絡があったわ。あなたの方から連絡を入れておいてね」

「はい…………」

 

 しょんぼりと落とされる肩。

 凜は舞弥から軍隊格闘を習っており、師弟の関係なので頭が上がらないのだ。

 

「あら、リン? 懲りずにまた来たのね」

 

 そこにトコトコとやってくる雪の妖精。

 

「むっ―――出たわね、アインツベルン」

「今は衛宮よ。……まったく、あなたじゃまだキリツグには勝てっこないんだから、大人しく修行していればいいのに」

「こ、この前は惜しいところまでいったのよ! 次にやれば勝つわ!」

「本当に勝ちたいって思うなら、まずそのカッとなりやすいところを直しなさい。素質は良いのに勿体ない。それじゃ、いつまでたってもキリツグの本気なんか引き出せないよ?」

「な―――そ、そんなっ……!? じゃあ、今までは手を抜かれてたって事!? ば、馬鹿にしてぇ……っ」

「…………ハァ、言ったそばから。あなたって、キリツグを相手にするといつもそう。これじゃ、まだもうしばらくは勝ちの目も見えそうもないわね……」

 

 ぐぬぬ、と歯を食いしばる凜。

 やれやれとため息を吐くイリヤ。

 

 二人はそれぞれ御三家の生き残りという事で、反目し合う間柄なのだが……今のところは、イリヤが年上の落ち着きを見せているようだ。

 しかしこのまま放っておくと喧嘩に発展しかねないので、切嗣は「はいはい」と手を叩いて注目を集める。

 

「イリヤ、庭のみんなを居間に呼んできてくれるかな? せっかく凜ちゃんが来てくれたんだ。ちょっと早いけど、おやつの時間にしよう」

「分かったわ。あっ、キリツグ! お茶は私が淹れるからねっ!」

「! ―――て、敵の施しなんて受けな、」

「あら、リン? 遠坂の家訓は何だったかしら?」

「う―――ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぅ……!」

 

 より一層歯を食いしばる凜。彼女も、今の自分が余裕も優雅さも持ち得ていない事は自覚できているのだろう。しばらくもだえ苦しんだ後、血を吐くように言った。

 

「勘違いしないでよね、衛宮切嗣……私は、久宇先生の顔を立てて、譲歩してあげるだけなんだから!」

 

 それだけ言って、ズカズカと玄関の方へ歩いて行く凜。

 どうやら、中庭から上がり込むのは優雅ではないと判断したらしい。

 嵐のあと。「それじゃあ、行ってくるね」と、他の子供たちの声かけに出かけたイリヤスフィールの背中を見やり、切嗣は静かに表情を綻ばせた。

 

「ああ。―――本当に、平和だ」

 

 隣の舞弥が「そうですね」と同調した。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 皆が寝静まった夜。

 切嗣は一人、昼間と同じように着流し姿で縁側に腰掛けていた。

 

「………………ふぅ」

 

 片手には清酒。

 月を肴に一口、一口。

 

 時折―――どうしようもなく飲みたくなる時がある。

 今日のような『平和』を実感した日の夜は、特にそうだった。

 

 世界は平和だ。

 切嗣が何もしなくても、誰も死んだりしない。

 あの聖杯戦争で失われた命以後―――切嗣の目の前で、人の死が起きる事は無かった。

 それはまるで……世界が最初からそうであったかのような自然さ。平和が世界の常識であるかような感覚。

 

 もちろん、そんなものは錯覚だ。

 争いは絶えず、人々の命を奪い続けている。

 切嗣の目に届かないだけで、今も世界のどこかで血は流れているのだ。

 だが…………もはや、今の切嗣は、その事実に心を痛める資格すらない。

 

「っ、ふ―――――」

 

 また、一口。

 ……駄目だ。どうにもスッキリしない。

 

 切嗣は、聖杯戦争以後……“天秤の計り手”としての活動を完全に中止した。

 この五年間、紛争地域に足を運んだことはない……どころか、冬木市から出る事もなかった。

 ただただ、冬木市の復興と、身寄りを失い、行き場の無くした子供たちを引き取り、育てる事だけに集中して……気が付けば五年が経っていた。

 あっという間の五年間だった。

 目まぐるしい日々を過ごすうちに“正義の味方”なんて呼ばれるようになった。

 その呼び名に苦しんで、何度も何度も自殺しようとして、けどそんな事をしても何の意味もないと思い直して。……やっぱり、考えるのは衛宮邸で引き取った子供たちの事ばかり。

 

 冬木市の復興? 壊したのは自分だ。

 身寄りのない子供たちを引き取る? 身寄りを亡くさせたのも自分だ。

 そんな自分が正義の味方? 何を馬鹿な。―――――――何を、馬鹿な事を!

 

 ―――また、一口。

 

 切嗣の正義は、あの第四次聖杯戦争を機に破綻した。

 切嗣が積み上げてきた幾百幾千の屍は、完全なる無為となった。

 だから切嗣は、残った身体一つで生き続け……誰かが自分を殺してくれるのを待っているのだ。

 自殺では罪を償えない。だから自分を恨む誰かが、自分を殺しに来てくれるのを待ち続けている。

 

 誰か、早く僕の罪を暴いてくれ。

 誰か、早く僕の罪を裁いてくれ。

 誰か、誰か、誰か――――――。

 

 そうやって待ち続けて、遂に五年。切嗣は何の罰を受ける事もなく生きてきた。

 誰も知らないのだ。

 切嗣が深山町を焼いた事も、ホテルを爆破した事も、新都の大災害の原因の一人である事も。

 だからみんな、切嗣の事を“正義の味方”などと持て囃す事ができる―――。

 

「……………………………………………………、」

 

 いつの間にか、酒は無くなっていた。

 新しいのを取ってこようかと思ったが……止めた。きっとキリがない。

 

 一度、全ての真実をぶちまけてしまおうと自棄になった事があった。

 そうすればきっと、誰かが自分を殺しに来るだろうと。

 

 だが、舞弥がそれを止めた。

 ただ一言、「そんな事をすれば、子供たちが困るでしょう」と言って。

 

 哀しむでも怒るでもなく―――『困る』とは。

 そんな事を言われては、切嗣には全てを投げ出すことは出来なかった。

 

「………………………、」

 

 懐から、一丁の拳銃を取り出す。

 小さいものだが、頭に銃口を押し当てて引き金を引けば……間違いなく死ねる。

 薄ら笑いを浮かべながら……切嗣は銃をこめかみへと持ち上げて、引き金を引いた。

 

 ―――カチン。

 

 弾は出ない。

 ……当然だ。最初から弾倉に弾丸など入っていない。

 

 でも、ひょっとして切嗣が見落としているだけで、本当は弾が入っていて……何かの間違いで死んでしまったりしないだろうかと妄想する。

 これも酒と同じく、どうしようもない夜の習慣の一つだった。

 

「はは、は」

 

 カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。

 こめかみに銃口を押し付けたまま、何度も何度も引き金を引き続ける。

 もしもこれがロシアンルーレットだったなら、優に十回は死ねるだろう。

 

「は、…………はは。ふぅ―――――――ぅ」

 

 不意に、引き金を引く指が止まる。

 今日は八十六回。……いつもより少し多い。

 

「ごめん、……シャーレイ……ごめん…………」

 

 切嗣の正義の始まりとなった少女へと繰り返す。

 何が『ごめん』なのか。

 それは、切嗣自身にもよくわからない。

 ただ……後から後から、悔いる気持ちが際限なく湧いてくるのだ。

 

「切嗣さん……?」

 

 自分じゃない声。

 弾かれるように振り向くと、そこにいたのは。

 

 

 

 

 

「シャー、レイ……?」

 

 

 

 

 

 切嗣が殺せなかった少女。

 全ての始まりとなった少女が……目の前に。

 

「まだ起きてたんですか?」

 

 もう一言。

 それで、幻は晴れた。

 視線の先にシャーレイはおらず……いるのは、その面影を持つだけの別人だった。

 

「ああ、大河ちゃんか……ちょっと、眠れなくてね……」

 

 素早く拳銃を懐にしまい直す。

 寝間着姿の大河はキョトンとしている。どうやら、危ないところは見ていなかったらしい。

 

「あ、お月様きれーい……これならお酒も美味しそうですねっ」

「大河ちゃんも飲むかい? ……って。しまった、もう無いんだったか」

「うー……残念ですけど、良かったのかも。明日は朝早いですから」

 

 アハハ、と笑う大河。

 

「隣、いいですか?」

「ん? ああ、どうぞ」

 

 縁側に二人。

 舞弥とは違い、普段は多弁な大河だが……何故か、今夜は大人しかった。

 切嗣も何故か「どうしたの?」と聞く気になれず、黙ったままだ。

 月の光の下。しばらくの間、沈黙が両者を支配する。

 

「……しょっちゅう泊まってるのに、夜に切嗣さんと一緒っていうのは……珍しいですよね」

 

 不意に、大河はそんな事を言った。

 

「うん? ああ、……そういえばそうだね」

 

 大河は基本的に早寝早起きの人間だ。切嗣も、子供の世話を始めてからは夜寝るのが早くなった。こうして酒に逃げるのは、本当に稀な出来事である。夜中にかち合わないのも当然の流れか。

 

「ねえ、切嗣さん……覚えてますか? 私たちが初めて会った日の事」

「ああ、覚えてるよ。ご近所さんに挨拶をしている時に―――」

 

 ふふふ、と。

 切嗣の回想を遮って、大河が含み笑いを漏らした。

 

「やっぱり覚えてなかった。……その前に会ってるんですよ、私たち」

「その前?」

 

 切嗣が件の挨拶回りをしたのは、ドイツへのイリヤスフィール奪還と、大聖杯の破壊を終えた後だ。その前というと、第四次聖杯戦争の最中しかないが……。

 

「覚えてませんか? 私、新都の繁華街で、ヘンなのから助けてもらったんです」

「新都の? ………………あ、っ……?」

 

 言われてみれば、確かに覚えがある。

 四日目の夜―――キャスターを尾行していた時の事だ。

 

「あの時の……そうか。あれは大河ちゃんだったのか」

「ちなみにあの時、凜ちゃんも一緒にいましたよ?」

「……世間は狭いなぁ」

 

 そして、その時の出来事が今現在まで続く遠坂家当主との(個人的かつ一方的な)確執に繋がっているのである。

 

「あの時の切嗣さんはカッコ良かったなぁ……あ、もちろん今もカッコいいですよ? でも、あの時はもう、うわーっ! ってきちゃって。まるでテレビのヒーローが現実に出てきたような気持ちでした。まさに“正義の味方”って感じで……」

「……よしてくれよ、大河ちゃん。僕は“正義の味方”なんかじゃない」

 

 謙遜するように返すが……その声は僅かに固い。

 

「もし、僕が本当にテレビに出てくるような“正義の味方”だったなら……皆を救えたはずだ。誰も取りこぼしたりしなかったはずなんだ。誰も彼も、皆……」

 

 ぐ、と唇を噛む。

 口が滑るのは酒の所為だろうか。

 

「誰かを助けるという事は、誰かを助けないという事なんだ。……その程度の事に、もっと早く気が付いていれば……僕は」

 

 僕は―――さて、どうしていたのだろう。

 もっと早くに現実を知っていたら、全てを諦めていれば……聖杯に夢なんか見なかった……?

 

「いーえ。こればっかりは譲りません。……切嗣さんは、私にとっての“正義の味方”なんです」

 

 ふふん、と。何故か自慢げに胸を張る大河。

 ……何故だか、その一言には―――身を刻まれるような痛みを感じなかった。

 

「どうして、そう思うんだい?」

 

 初めてだった。

 この五年……“正義の味方”と呼ばれるたびに、泣きそうな思いを内腑に抱えていたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって、―――カッコ良かったんですもん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それだけ?」

「はい、それだけです」

 

 はにかむような笑顔。

 本人にとっては、何てことのない……好きな芸能人をPRするような心情だったろう。

 だが、その一言は。衛宮切嗣が抱えていた鬱積の一つを―――確かに打ち砕いていった。

 

「そうか…………」

 

 罪が許されたわけではない。

 罰せられたわけでもない。

 

 けれど。カッコ良ければ……“正義の味方”でいいのだと。

 理屈なんてどうでもいい。ヒーローの条件はたったそれだけでいいのだと、藤村大河は保証してくれた。

 

 

 

 

 

「ああ―――安心した」

 

 

 

 

 

 空を見上げると、夜を楚々と照らす月が目に入った。

 

 “―――本当だ”

 

 今の今まで気付かなかった。

 

 “本当に、―――いい月だ”

 

 こんなにも月を綺麗だと思った夜は初めてかもしれない。

 昔。衛宮切嗣が、大切な少女に夢を誓おうとした夜を思い出す。

 そうだ。誓おうとした。けれど、気恥ずかしくってできなかった。それきり―――悲劇に埋もれて、あの時の気持ちを忘れてしまっていた。

 

 

 

 

 

 ――― ケリィはさ、どんな大人になりたいの? ―――

 

 

 

 

 

「大河ちゃん」

 

 切嗣は、隣の大河へと向き直る。

 

「はい、何ですか?」

 

 

 

 

 

 かつて出来なかった事を、今ここでしよう。

 かつて誓えなかった事を、今ここで誓おう。

 

 こんなにも美しい月夜の下でなら―――きっと、二度と忘れない。

 

 

 

 

 

「僕はね、正義の味方でありたい。誰一人傷つける事のない誰か。どんな災厄が起ころうと退かず、あらゆる人を平等に救えるだろう何か。僕は―――そういう人でありたい」

 

 

 

 

 

 それはきっと、どんなに頑張ったって叶わない願いだ。

 子供の絵空事。間違っても、大人が語るべきものではない。

 けれど……“正義の味方(ヒーロー)”の前提条件が『誰かにとって、カッコいい人物である事』だけでいいのなら。その理想は……目的地ではなく、完成品に対する装飾物に過ぎないのだろう。

 まさに逆転の発想。―――正義という行為そのものに囚われていた切嗣にとっては、目から鱗の考え方だった。

 

「ありがとう。……長年の悩みが一つ、消えてくれた。これからも大河ちゃんに『カッコいい』って思ってもらえるように頑張るよ」

 

 

 

 

 

 この五年間、一度たりとも浮かべる事の無かった……心からの笑顔。

 誰かに『カッコいい』と思ってもらえている間は。

 その間なら、きっと―――衛宮切嗣だって“正義の味方”でいいのだ。

 

 

 

 

 

「………………? ど、どういたしまして?」

 

 よく分からないまま、首を傾げる大河。

 そんな彼女の頭をひと撫でして、切嗣は立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――生きよう。

 無様でも、見苦しくても……命がある限りは生き続けよう。

 この身の罪が暴かれる日まで。この身の罪が裁かれる瞬間まで。

 

 せめて……この目に映る人々に人生を捧げながら。

 贖罪と練磨の日々を、燃え尽きるまで生き抜いていこう―――――。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

■遠坂凜

 

 第四次聖杯戦争より生還。

 

 時臣の死を受け、魔術刻印を受け継いだことで遠坂家の六代目継承者となるが、聖杯戦争の最中に衛宮切嗣に対して屈してしまった過去を恥じ、一度はこれを固辞。理由を『衛宮切嗣を打倒し、かつての恥を雪いだ時こそ、正式に家督を受け継ぐ』として、およそ八年間衛宮邸に通い詰め、久宇舞弥から軍隊格闘や戦術論を学ぶ傍ら、切嗣の娘であり、自身と同じく御三家の生き残りであるイリヤスフィールと火花を散らし、切嗣に挑戦し続ける日々を送る。

 

 中学卒業間際に切嗣に対して完膚なきまでの完全勝利を飾り、無事に遠坂家六代目当主となる(公的にはとっくに認められていたのだが)。以降は切嗣からも手ほどきを受け、格闘術だけでなく、銃器や情報機器……機械全般の扱いもマスター。後に、協会において異例な存在……“ハイテク嗜好のマジカルガンナー”として名を馳せる事に。

 

 高校卒業を機に倫敦へ留学。時計塔で魔術を学びつつ、聖杯戦争三日目を境に、屋敷ごと姿を消した妹の行方を追っていく。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

■イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

 

 第四次聖杯戦争後、切嗣の手によってアインツベルンから連れ出される。

 

 衛宮邸に住むようになってからは、管理者である遠坂家の力を借り、アインツベルンとは全く関係のない別人として『衛宮イリヤスフィール』の戸籍を獲得。切嗣が引き取った身寄りのない子供たちの“お姉ちゃん”として、溢れるカリスマ性でもって周囲を引っ張り回す日々を送る。

 

 凜からは切嗣の弟子=ライバルとして認知されていたが、イリヤスフィール本人としては、家の子供たちと同じく“妹分”として扱っており、凜が切嗣に教えを受けるようになってからは、反目したり結託したりと、まるで実の姉妹のように仲を深めていく。

 

 母がそうしていたように、セイバーが遺した“遥か遠き理想郷(アヴァロン)”を体内に封入する事で肉体の強度を底上げし、無事に“大人のレディー”を名乗れる年齢まで生き延びた。成人式の会場で号泣した切嗣の姿は、衛宮家の親馬鹿エピソードの中でも随一のものとして、お茶の間に長く語り継がれたという。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

■久宇舞弥

 

 第四次聖杯戦争から生還。

 

 言峰綺礼の強力な暗示によって、柳洞寺にて心神喪失状態にあったところを切嗣に発見、保護される。体調を取り戻してからは、切嗣と共に衛宮邸の子供たちの親代わりとして過ごす。

 

 切嗣の指示の下、当主を亡くした遠坂家の手に余る魔術師への対処も行っており、“デキる女性”として凜に慕われる事となる。

 

 まさに切嗣にとって“なくてはならない存在”として、その後の一生を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

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■衛宮切嗣

 

 第四次聖杯戦争より生還。

 

 戦争後は“冬木市復興団体”の一員となり、魔術師殺し時代に稼いだ財産を投じ、身寄りをなくし、行き場のない子供たちを引き取り育てる事で復興に大きく貢献した。

 

 罪悪感に端を発する無私献身の姿勢が、皮肉にも周囲に“正義の味方”として評価され、一時は自暴自棄に陥るも、藤村大河の何気ない一言をきっかけに『死ぬ瞬間までは精いっぱい生きよう』と、一種の開き直りの境地に達する事でそれを克服。

 

 以後は実娘のイリヤスフィールを、亡き妻の分まで愛するため。引き取った子供たちを、かつての不幸に負けないくらい幸福な未来に導くために、その人生を捧げたという。

 

 

 

 

 

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 ―――斯くして。

 全ての人物が悲劇からの再出発を終え……聖杯戦争は、真の意味で終結を迎えた。

 

 彼らがこの先、どのような人生を歩むのか。どのような結末を迎えるのか。それは誰にも分からない。

 

 ただ。今は、戦いを終えた戦士に一時の休息を。

 過酷な運命を乗り越えた者たちに、せめて目一杯の幸あれ―――――――。

 

 

 

 

 

Fate/Re-start -フェイト リスタート-     FIN

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