Fate/Re-start-フェイト リスタート-【完結】 作:おるか人
暗雲の第五話
【聖杯戦争 三日目(昼)】
「昨夜、湾港区画にて行われた戦闘は――聖杯戦争の原則である『神秘の秘匿』という観点において、あるまじき行為であったと言わざるを得ない」
――無言。
「特に、最後の攻撃――戦術兵器による爆撃は論外だ。倉庫街に残された甚大な傷跡は、聖堂教会の力をもってしても隠蔽が難しい。私は聖杯戦争の監督役として、この場で犯人へ、正式に抗議を申し立てる」
――無言。
「これは警告だ。今より聖堂教会は犯人の割り出しにかかる。――今すぐに名乗り出て『二度と神秘の秘匿を疎かにしない』と誓うならばよし。だが、これを無視するならば……こちらで『聖杯を得る資格なし』と判断させてもらう」
――無言。
「三時間待つ。犯人はそれまでに投降せよ。……三時間だ。一秒でも超過したならば、翻意ありと見做し、聖杯戦争への参加資格を剥奪する。――以上だ」
――無言。
――無言のままに、警告への『返答』は成された。
バサバサと翼を羽ばたかせる音。カサカサと無数の足が床板を踏む音。ずるずると身体が地を這いずる音。監督役の布告を受けて集まった使い魔たちが主の元へと帰っていったのだ。
「……フゥ」
全ての使い魔の気配が消えた事を確認すると、監督役――言峰璃正は、教会の長椅子へと腰を下ろした。
ここは聖杯戦争における中立地帯、言峰教会。彼は今、昨夜行われた『あるまじき戦闘行為』について、監督役として参加者へと警告をしたのだ。
これはなにも犯人だけに向けたものではなく、参加者全員への忠告だ。『人の目につくような戦闘は控えろ』と。『神秘の秘匿を優先せよ』と。
聖杯戦争は、過去の偉人・過去の英雄が集う殺し合いだ。常識的な範囲に収まるとは最初から思っていなかったが……まさか、都心から離れているとはいえ――戦術兵器を持ち込む馬鹿がいるとは、璃正にとっても予想外だった。第二次世界大戦の直前に開催され、帝国陸軍とナチスが介入した第三次聖杯戦争においても、ここまでの事態にはならなかった。もはや、冬木湾港の一部は再起不能だろう。
「……どうしたものか」
ただでさえ開戦直後に、勝者としての立ち位置を期待していた時臣が死んでしまったのだ。動揺も収まらないうちにこの騒ぎ……この上、神秘の露見によって聖杯戦争が瓦解でもしたら……事は魔術協会のみに留まるまい。もはや璃正にとって、この第四次聖杯戦争は悪夢以外の何物でもなくなっているのである。
唯一、希望があるとすれば――信頼する息子が時臣に代わってこの戦争の勝者となり、聖杯を穏便に使い捨ててくれる可能性だ。
が、――。
「綺礼……お前はいま、どこにいるのだ……?」
言峰綺礼は、行方をくらませていた。
最後にその姿が確認されたのは、聖杯戦争初日――時臣との八百長試合の時だ。
周囲から戦いを監視していた聖堂教会の者たちが何者かによって殺され、慌てて新しい監視役を放った時には――もう、全てが終わっていた。
時臣は死に、綺礼は姿を消していたのだ。
璃正はすぐさま『監視役を殺害した者がいる』と、今日と同じようにマスター(使い魔)を集め、情報提供を要求したが……嘘か真か、監視役の殺害と同時刻、マスターたちの使い魔も殺されていたらしい。
あの聖杯戦争一日目――初戦の現場で、果たして何があったのか?
璃正を除く聖堂教会の者たちの中には、綺礼による犯行を疑う者もいたが――璃正は頑として認めなかった。
あの綺礼だ。璃正の知る限り誰よりも信仰に厚く、誰よりも苛烈に教会へと尽くしてきた人物なのだ。他の人間ならいざ知らず、こと綺礼に限って『あらゆる願いを叶える願望器』などという甘言に踊らされるわけがない。――父親としての情だけでなく、言峰綺礼という人物を誰より知る璃正だからこそ、そう確信していた。
かつての綺礼の人柄を知る者たちの同意もあり、監視役の殺害は別の人間が行った事として、一応の結論は下された。
そして次の日に起きたのが、湾港区画での戦術兵器使用事件だ。
ルールという言葉を鼻で笑うような行為。――聖堂教会がこれを『同一犯による犯行』と見たのは無理もない話である。
正直のところ、時臣の惨状を見るに――綺礼の生存は絶望的である。それでも璃正は、『綺礼の死体が上がっていない』という事実を一欠片の希望として行動している。
「綺礼……」
いかに息子とはいえ、いまの璃正は監督役の立場。間違っても口には出せないが……
(どうか生きていてくれ。そして、勝ち残ってくれ……)
ただそれだけが、璃正の望みであった。
* * * * *
――そんな璃正を、はるか遠方より、教会の窓を通して見守る影が一つ。黒い長髪を後ろでまとめた、忍び装束を纏う青年……アサシンである。そして傍らには、件の言峰綺礼の姿もあった。
綺礼はアサシンの目を通して、苦悩する父の姿を見ていた。
父のあんな姿は、生まれてこの方見たことがない。
(いや、私の妻が死んだと聞かされた時の顔に似ているな……?)
敬愛する父はきっといま、死んだ友人を悼んでいるのだろう。先行きに不安を感じているのだろう。行方の分からない己を思って苦しんでいるのだろう。息子は死んでいるかもしれない、いいやきっと生きている、でも。――そんな、結論の出ない考えばかりを巡らせているのだろう。
時臣を殺したのは自分で、監視役を殺したのも自分で、行方をくらましたのも自分――なのに、父はそれに気づかない。自分を信じきっている。
そんな父の信頼を、自分はいま――裏切っている。
尊敬する父が、愛する父が、この世でたった一人の父親が……
ああ、それはなんて――
「――愉悦、だ」
父の苦しみをおかずに、ご飯四杯はいける!――とばかりに、言峰綺礼は今日も絶賛外道中であった。
第四次聖杯戦争を一番楽しんでいるのが言峰綺礼であることは、疑いようのない事実であろう。
* * * * *
【聖杯戦争 三日目(夜)】
すっかり日が落ちたころ――衛宮切嗣は、セイバーと共に遠坂邸を訪れていた。
一時は戦意喪失寸前まで追い込まれ、
『そうだアイリ、イリヤと一緒に逃げよう。誰もいない静かな場所に家を買って、家族三人で幸せに暮らそう。あっ、そういえばイリヤが前に大きなワンちゃんを飼いたいって言ってたっけ。何が良いと思う? グレートピレニーズ? シベリアンハスキー? セントバーナード? あ、やっぱりオーソドックスにレトリバーが良いかなぁあはははははははははは』
――などとうわ言をほざいていた彼であるが、アイリと舞弥による、半日にも及ぶうらやまけしからん背徳的献身によってなんとか復活を果たし、ついに謎のサーヴァントの正体を探るために行動を起こしたのである。
(今は少しでも情報が欲しい)
そこで切嗣が考えたのが、消去法によるクラスの特定だった。
サーヴァントのクラスは、基本的に七つしかない。
これまでの聖杯戦争では、イレギュラークラスなどというものも存在していた(しかも、あまり珍しい事例ではない)ようだが、基本的には七つなのである。
そのうち、昨夜姿をハッキリと確認し、かつ戦術兵器による攻撃対象となったランサーとライダーは完全に除外。加えて、理性がないとされるバーサーカーに『敵を包囲して逃げ場をなくす』などという戦略的思考ができたとも思えない。よってこれも除外。更に遠坂邸の詳しい調査によって、アーチャーとアサシンの戦いの顛末を知る事ができれば……候補を更に絞ることが出来る。
また、遠坂邸の調査に赴くだけでも『ある情報』を得る事ができるはず……。
「――っと、着いたか」
遠坂邸の門前にあって、切嗣は早くも一つ目の収穫を得た。
(やはり……結界が残っている)
そう、侵入者を迎撃するための結界が、未だ遠坂邸には残っているのだ。
一日目の戦いの際、アサシンは結界をすり抜けて侵入していた。あんなことができたのは、その手の専門家とも言える暗殺者のクラスという事も大きいだろうが――それ以上に、マスターが言峰綺礼(恐らく)であり、結界の構造を事前に把握していた点が大きいだろう。他の者が侵入しようと思えば、どうしても結界を壊すか解除するかしなければならない。
キャスターであれば、結界を解いたあと、再び結び直すような神業も可能かもしれないが……その可能性は、まあひとまず置いておく。
重要なのは、侵入者用の結界が残っている理由――アサシンの侵入以来、
他の陣営も切嗣と同じく、アーチャーVSアサシンの戦いの結末を知らないはずだ。今の状況を少しでも改善しようと思うなら、敵サーヴァントの情報は最優先で得るべきである。
「セイバー」
「はい、マスター」
「僕はこれからこの結界を解除するから、周囲の警戒を頼む」
「お任せ下さい」
無理に破壊をすれば周囲の目についてしまう。それは駄目だ。遠坂邸の情報は切嗣だけが手に入れるものでなくてはならない。だから静かに、かつ速やかに侵入し、必要な情報を得た後は、それらをまた速やかに始末しなければ。これは、時間との戦いだ。
――切嗣が作業を始めてから四時間経ったか、経たないか。日付の変化までもう少しというところで、遠坂邸の結界は完全に解体された。
殺人鬼による犯行によって夜間に戒厳令が出ていたのは、切嗣にとって幸いと言えるだろう。ただでさえ街が緊張でピリピリしている中、他人の家の門前でひたすら座り込んでいる老け顔無精髭のヨレヨレスーツ男など、近所の人間に見咎められれば『おまわりさーん!』必死である。
そして、セイバーと共に遠坂邸の調査を始めてから、僅か三分。切嗣は目当ての情報を見つける事に成功した。
探すまでもなかった。……切嗣は、書斎と思われる部屋にて屋敷の主と対面を果たしたのだ。
「ッ、これは……!」
セイバーが小さく驚愕の声を上げる。その気持ちは切嗣も同じであった。
遠坂時臣の脱落――それは十分想定の範囲だったが……まさか、死体がそのまま放置されているとは思わなかった。
部屋には争った形跡がなく、時臣の死体は頭と胴の二つに分かれている――この惨状こそが、下手人の正体をハッキリと指し示している。
「アサシン……か」
一体どうやったのかは分からないが……映像が途切れた後、アーチャーとアサシンの戦いは、アサシンの勝利に終わったのだ。そして時臣は逃げる間もなく殺された。
暗殺者が生き残っているのは厄介だが、しかしある意味では幸運である。アーチャーとアサシンの戦いが相討ちではなかった事で、必然的に残る敵の姿が明確になったのだから。
セイバー。
ランサー。
ライダー。
アサシン。
これが、今現在生き残っているサーヴァントの全て。
そして、昨日の兵器はアサシンによる攻撃だった……これで決まりだ。
「令呪は……腕ごと抜かれているか。まあ、当然だな」
時臣の死体からは、令呪が宿っていたであろう右手が失われていた。死体の始末ができないほど切羽詰まっていたようだから……その場での令呪の摘出を断念し、右手ごと持って行ったらしい。
もしもアーチャーVSアサシンにてお互いの令呪が使用されていなければ、言峰綺礼は最大六画の令呪を有している事になる。これはこれで大きな脅威だが……。
(大丈夫だ)
相手がアサシンであり、姿かたちもハッキリしており、マスターまで推測がついている。つまり、切嗣にとってはあらゆる可能性の中で、最も多くの情報が得られるパターンを引いたわけだ。
これなら――戦える。
(目下最大の敵が、戦う前から最も警戒していた男というのは……はは、ちょっと
そんな、不敵な笑みを浮かべる余裕まである。
それもそのはず、恐れていた相手が『正体不明の敵』ではなくなっただけで、切嗣にとっては十分だ。
切嗣と同じように『手段を選ばず確実に殺そうとする』手合いであり、その素性も割れている。これだけ分かれば、魔術師殺しの独壇場である。
これなら――勝てる!
「っ、――切嗣!」
切嗣が完全に戦意を取り戻した時、セイバーが叫んだ。
その声で、遅ればせながら切嗣も気づく。――サーヴァントの気配!
「やっぱり遠坂邸を狙った陣営があったか」
これは切嗣も想定していたことだ。アーチャーとアサシンの戦いの行方……知りたいのは何も切嗣だけではあるまい。いや、聖杯の器というアドバンテージを持たない者たちは、切嗣以上に情報を欲していることだろう。
ならば、どうするか。切嗣と同じように遠坂邸に侵入するか、或いは――誰かが結界を突破したところを突く。どちらかと言えば、多くの人間が後者の手段をとるだろう。
事件の犯人であるアサシンはありえない。ということは、
(ランサーか、ライダー……!)
アイリスフィールを通じて、あの二名も昨日の窮地を脱したであろうことは分かっていた。
(ランサーなら、昨日の戦闘で手の内は分かっている。真正面から押し切れるはずだ。ライダーなら……セイバーを前に出して、僕はマスターの暗殺を狙う!)
どちらにしても、切嗣には勝つ自信がある。
(必要な情報は手に入った。あとは早急に勝負を決めて、他の陣営の介入がある前に脱出する!)
切嗣にとって、遠坂邸への侵入は情報収集のためであり……同時に、自らを囮に使った『罠』でもあった。魔術師殺しという名のアリジゴクが、情報を求めてやってきた獲物を捕えて――喰らうのだ。
「セイバー、応戦しろ!」
「分かりました!」
セイバーが書斎の窓をぶち破り、中庭へと躍り出た。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――ッッ!!!」
「――――え?」
それは、人ではない――野獣の咆哮。
予想を遥かに超えて強烈な、瀑布のような一撃がセイバーを打ち据えた。
「うあ、――――ああああああああああああああああッ!!」
とても踏み止まれず、今まさに出てきたばかりの窓へと押し返されるセイバー。
屋敷の中を通って裏へと回ろうとしていた切嗣は、壁を突き破り、自分の前へと帰ってきた自らのサーヴァントを、愕然とした面持ちで見つめる。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!」
驚く暇もなく、切嗣にとっての獲物に過ぎないはずだった侵入者は、セイバーを追って遠坂邸の廊下――切嗣の目の前に現れた。
「ば、――馬鹿な」
それを口にしたのは誰だったのか。
そのサーヴァントは、途方もない迫力を湛えていた。見上げるほどの巨躯。短く刈り上げられた髪。両手に握られた
(違う)
ランサーではない。
ライダーでもない。
アサシンですらない。
(違う!)
切嗣の中には既に確たる答えがあるが……それが意味するところを思うと、驚愕を禁じ得ない。
「――やれ」
ひどくかすれた声は、屋敷の外から。
油を差し忘れた機械人形のような動きで、切嗣が声の主を――見た。
色素の抜け落ちた白髪。引き爛れて固まった左半身。肌の至る所に浮き出た瘢痕――
「ま――
切嗣の動揺も意に介さず、雁夜は――その身に余る憎悪を、絶叫へと変えて迸らせる。
「やるんだ、
完全に想定外。
切嗣から見た、存在するはずのない
TO BE CONTINUED・・・