Fate/Re-start-フェイト リスタート-【完結】 作:おるか人
【聖杯戦争 三日目(夜)】
明々と燃える炎があった。原型を留めていない道路があった。廃墟となった家があった。
それは唐突に、正当な因果を経ずに押し付けられた悲劇の有様。他でもない、彼女の手が作り出した一つの地獄。
――聞こえる。
一瞬にして物言わぬ骸と化した罪なき人々の霊魂が、声なき声で彼女を責め立てる。
――――どうして?――――
「ぁ――――――――――――」
愕然と、セイバーは己が手の中にある聖剣を見つめる。
諸人の理想の結晶。騎士王を騎士王たらしめる証。何より、彼女自身の誇りそのもの。
目の前の悲劇は――よりにもよって、
「ぁあ、ああああああアアアアアアアアアッッ!!」
何故?――何故、私はこんな事を!!
「切嗣―――――ッッ!!」
セイバーは事態の理解に至った時、全ての元凶に向けて掴みかかった。
「何故だ! 何故、令呪を使った!? 何故、私に“
令呪による強制行動――
結果として、セイバーは無二の聖剣を罪なき者たちの血で汚してしまった。
確かに、あの状況からバーサーカーを倒すには、他に手段はなかったかもしれない。だが――それでも! それでも、こればかりは承服できない!
「切嗣! 貴方は聖杯で世界平和を実現するのではなかったのか!? 争いのない、平和な世界を求めているのではなかったのか!? ならば何故、無辜の民を巻き込んだ!! 彼らは……彼らこそが、貴方が望む『平和』の象徴だったはずだ!!」
アイリスフィールは言っていた。切嗣は平和を望む、と。
切嗣本人からも聞いた。僕は世界を救う、と。
――だが、事実はどうだ?
衛宮切嗣はいま、平和になった世界を担うはずだった人々を切り捨てた。
平和とは何だ? 人々が争わず、幸せに生きてゆける世界を指すのではないのか?
救世を為すと言ったその口で、罪なき人々の虐殺を命じておいて……平和……?
虚栄だ。欺瞞だ。戯言だ。――お前は!
「貴様は一体、何なんだ!!」
もはや主従関係など度外視の、人としての糾弾。
それを受けた切嗣は――
「セイバー、僕を連れてこの場から離脱しろ。
――急げ、
――まるで当然のように、よく分からない事を言った。
「―――――――――――」
セイバーは沈黙する。
言葉の意味が分からなかったのではない。
その言葉が意味するところを理解したくなくて、思考を停止させたのだ。
聞き間違いだと思いたかった。別の解釈が成り立つ可能性を信じたかった。この場この
けれど最後は、現実という刃が――彼女の心を容赦なく切り捨てていった。
「……逃げるのか?」
ぽつりと零れた声は、ゾッとするくらい冷たい。
「これだけの事をしておいて……貴様は、その責任すら放棄しようというのか?」
「聞こえなかったのか。急げ」
「きさ、ま……」
「聖杯を得るためだ」
「っ、だからと言って――!」
「それ以外、何がある?」
「…………!」
聖杯以外の目的……そう言われ、セイバーはぐっと唇を噛んだ。
思い返すは、あのカムランの丘。――悲劇の運命に異を唱えたあの日の事。
――あの結末を覆すためならば、私は……。
「だが……しかし……」
セイバーは再び、焦土となった深山町の一角を見やった。
良いのか?――これを『仕方がない』の一言で片づけても良いというのか……?
「ぐ、……!」
苦悩するセイバーの耳に、呻き声が届く。
「切嗣、……っ!?」
改めてマスターの姿を確認したセイバーは目を剥いた。
鮮血。――くたびれた黒いコートの裾が、赤黒く染まっている。聖剣の発動直前、バーサーカーの銃剣につけられた傷だ。
「
なおも発される切嗣の命令に、ついにセイバーは折れた。
「……拠点に帰ったら、改めて話をさせてもらう」
それまでに出来の良い言い訳を考えておけ――という、せめてもの主張を言外に含ませて。
セイバーはさっと切嗣を担ぎ上げると、風のように戦場から走り去っていく。
そうして、遠坂邸には屋敷の残骸だけが残された。
……動揺がまだ残っていたのだろう。切嗣もセイバーも気づかなかった。
「――――――■■―――――■……」
誰もいなくなったはずの遠坂邸で、微かに蠢く『何か』がいた事に――。
* * * * *
セイバーと切嗣はまっすぐ拠点に帰る事はせず、あえて深山町をぐるりと大回りするルートをとった。……尾行を振り切るためである。
恐らく、深山町を焼き払ったのがセイバーで、それを命じたのが切嗣である事は――街中に散っている監視役から、監督役に伝わっているだろう。それは即ち、アインツベルン陣営は監督役を完全に敵に回したという事だ。
今ごろ、聖堂教会は自分たちに追手を差し向けているころだろう。傷の治療、聖杯の器と『切り札』の回収……少なくともそれらをこなすまで、あの拠点は誰にも所在を知られてはならない。
(……くそ)
切嗣は改めて現状の最悪さを噛みしめた。
バーサーカーの登場によって、再び敵の情報が不明瞭になったタイミングでこの状況……完全に絶体絶命だ。
セイバーに寄りかかり、バーサーカーにつけられた傷に応急処置を施しながら……切嗣は今後の展開を考える。
(バーサーカーが生きていた……となると、やはりアサシンはアーチャーと相討ちだったのか? 最後の力を振り絞り、遠坂時臣を殺した後に消滅した? なら、なぜ脱落者となった言峰綺礼は令呪を持ち去った? いや、あれは本当に言峰綺礼の仕業なのか? それに、湾港区画の爆撃は……?)
ここ三日の展開を思い返すが、どこをどう考えても、どこかに矛盾が残る。
守り手たるアイリスフィールが、まさか聖杯の満ち具合を計り違えるという事はない。三日前までの一生をアインツベルン城で過ごし、来日して以来、今日まで――アイリスフィールは常に切嗣と行動を共にしていた。外から聖杯に細工をされた可能性も皆無だ。
聖杯には間違いなく『三騎分の魂』がくべられている。
7-3は4だ。小学生でも解ける問題だ。だというのに――何故、切嗣から見て『五騎目』の生き残りがいるのだろう?
(……………………いや……)
切嗣はあらゆる可能性を模索しようとして、やめた。
(『八騎目』のサーヴァントが現れた。……もう、それでいい)
切嗣にはもう、悠長に作戦を練っているヒマなどない。殺すべき敵が増えたなら、殺す予定だった人数も増やせばいい。
全ての方針を変更する。――ただ『絶対に勝つ』だけでは足りない。
自分はまだ甘かった。
どんな手段を使っても勝つと言いながら、形にこだわっていた。
そうとも、己は勝利を掴めればいい。結果的に聖杯が手に入ればなんだって良い。より純粋に、より真摯に、より苛烈に……ただ、勝利だけを求めろ。その他全てを切り捨てろ。
切嗣の脳裏に、焼け落ちる家屋の情景が浮かぶ。
――あそこに何人の人間がいたのだろう?
愛し合う夫婦がいたかもしれない。幼い子供がいたかもしれない。眩しいくらいの夢を未来に抱く若者がいたかもしれない。周囲から尊敬を集める温かい老人がいたかもしれない。
それらを壊したのは自分だ。――それらを殺したのは他ならぬ自分なのだ。
たくさんの後悔があった。強い罪悪感があった。抑えきれない無念があった。身を裂くような葛藤があった。
だがそれでも、衛宮切嗣は機械であった。
正義の名の下に多数を救い、少数を切り捨てる機械。そのための機能だけを、切嗣は己に課したのだ。
――殺していく。
妻との蜜月で育まれた愛を。
――殺していく。
娘との触れ合いで溶けた心を。
――殺していく。
――殺していく。
――殺していく。
聖杯さえ手に入れば、争いを根絶できれば、それだけでいい。他は全て捨てろ。そうして、ただ……
(勝利、ただ一つだけを……)
* * * * *
「な、――これはッ!?」
拠点に帰り着いた時、セイバーは驚愕のあまり叫んでいた。
部屋のあちこちに穿たれた弾痕、庭に残る煤けた跡。――屋敷のいたるところに残された、戦いの爪痕。
もちろん、切嗣とセイバーが屋敷を出た夕方ごろまでは、こんなものは一切なかった。二人の留守中に何者かの襲撃があったのだろう。
「ア、――アイリスフィール! マイヤ! 二人とも……無事ですか!?」
まるではぐれた親を探す子供のような声。
ただでさえ、セイバーの精神はいま追い詰められている。もしも、ここに追い打ちでもあろうものなら……!
「どうか、返事を――」
「セイ、バー……?」
だが、幸いにもセイバーが想像した『最悪の事態』は避けられた。
か細い声は、中庭の土蔵から。
古びた木の扉が軋み開き、まろび出る人影――アイリスフィールであった。
「アイリスフィール!」
喜色を露わに駆け寄るセイバー。ふらつく姫君の身体を抱きしめるように支えた。
「良かった……無事だったのですね。本当に……良かっ……」
「アイリ」
「!」
幽鬼のように近寄ってくる切嗣に、セイバーは弛緩しかけた身体を引き締めた。
そうだ、私はこの男を問い詰めねばならない。事と次第によっては、主従関係を決裂させる事も辞さない。この男は、決して許されないことをしたのだ。
「舞弥はどうした?」
「……攫われたわ」
「な……っ!?」
――そんな思惑が、あっさりと吹き飛んだ。
考えてみれば、自然。
ここで戦闘行為が起きたのなら、相手は聖杯戦争の参加者だ。ともすればサーヴァントを引きつれていたであろう相手……むしろセイバーが想像した通り、アイリスフィールが無事でいた事の方がおかしいのだ。
驚愕するセイバーをよそに、切嗣はあくまで淡々と問いかける。
「相手は?」
「言峰綺礼と……アサシン」
「いつの事だ?」
「つい、さっき……『近づいてくるサーヴァントの気配がある』って……逃げた……」
「敵の情報は?」
「言峰綺礼は、情報通り、代行者の装備……黒鍵と……何かの武術を扱っていた。アサシンは……ごめんなさい。でも、戦いの様子は……舞弥さんの使い魔が……記録、してるはず……」
「その使い魔はどこに?」
「ここに……舞弥さんが、最後の力で……」
「どうして君は無事だった?」
「奴らが来た時から、私は……土蔵で休んでいた……から。表にいた舞弥さんが……敵の目を引き付けてくれた。気付かれる前に、切嗣たちが帰って来てくれた。でも、舞弥さん……舞弥さんが……」
「そうか」
「……!……!?」
驚愕に驚愕を重ね、混乱の極みにあるセイバーだが……真の驚愕は次の瞬間だった。
「――アイリ、僕に“
「―――――――――ッ!?」
今、切嗣は何と言った?
アヴァロン?――“
「切嗣……けど……」
見れば、アイリスフィールは切嗣の言葉に疑問を覚えていない。……横目でセイバーを窺う彼女の目からは、「何を言っているのか分からない」ではなく「本当に良いのか?」という伺いの感情しか感じられない。
「構わない」
「……分かったわ」
アイリスフィールの体内から――光り輝く黄金が姿を現した。
「あ、……ぁああ……?」
驚きとも感動ともとれる曖昧な声が響く。
それは、遥か昔に失われたもの。
二度と目にする事叶わないと思っていた、
「ぁ―――――」
鞘が切嗣の手に収まった時、アイリスフィールはただでさえ弱々しかった面立ちをさらに萎れさせた。
サーヴァントの魂を取り込むことで、人の機能が失われていく……それが、聖杯の守り手であるホムンクルスの運命。外界からの干渉を遮断する“
いま、アイリスフィールは正しく『サーヴァント三騎分の魂を取り込んだホムンクルス』の現実を受け止めているのだ。
「……ありがとう」
だが、切嗣は――そんな妻の様子に構うことなく、鞘を手にさっさと土蔵から出ていってしまった。
残されたのは、たった一言のお礼のみ。
苦しむ妻を心配する事もせず、何の感情すら覗かせない、冷たい無表情のままで……。
「切嗣……」
――駄目だ。
セイバーはこの瞬間、切嗣との契約を破棄する事を決めた。
聖杯は欲しい。だが、あんな外道と手を結ぶことなどできない。己が聖杯を勝ち取れば、切嗣もまた聖杯の恩恵を得る。あの人非人が万能の願望器に何を願うのか――それを考えただけで虫唾が走る。
もはや問い詰めるまでもない。セイバーは衛宮切嗣の存在を認める事ができない。
あの男を殺し、聖剣の鞘を取り戻す――
「セイ、バー……」
「……アイリスフィール」
セイバーにとって、唯一の心残りは彼女――アイリスフィールであった。
切嗣に謀られ、知らず、何らかの陰謀の一端を担がされているであろう深窓の姫君。彼女に罪はない。なんとか彼女だけは助けたい。
「エクスカリバーの、鞘……黙ってて、ごめんなさい……」
「……いえ、気にしないでください」
もちろん、それは本心ではない。本当なら「気にしないで」と流せることではない。だが、セイバーはその咎をアイリスフィールに問おうとは思わなかった。
どんな事情があるのかは知らない。しかし、その全てはきっと切嗣が命じた事だ。被害者であるアイリスフィールは、正確な『真実』を知らないだろう――。
妻を愛する夫、娘を愛する父、平和を愛する男……そういう顔を使って、切嗣はアイリスフィールを欺いてきたのだ。全ては聖杯を得るために。自分の願いを叶えるために。
だから、問うべきは切嗣だ。断罪されるべきは切嗣一人だ。
セイバーが断固たる覚悟を固めかけたとき、アイリスフィールは言った。
「ねえ、セイバー……少し、お話を……しない?」
「話……ですか?」
「ええ、お話……」
力なく微笑むアイリスフィール。
「あのね、――――……」
――アイリスフィールは、ゆっくりと語り始めた。
それは、本当に他愛のない話だった。
重大な意味もなく、何らかの意図もない話だった。
小さくて、温かくて、優しくて……悲しい話だった。
セイバーはそれを大人しく聞いていた。
時に小さく頷いて、時に小気味良い相づちを打って。
整わない呼吸と疲れで途切れ途切れになりながら、それでも話は続いた――
その話が終わったのは、地平線の彼方に一筋の光が差したころ。
冷たい土蔵の中で、目の前の女性が同じくらい冷たくなっている事に、セイバーが気付いた瞬間だった。
「……アイリスフィール……」
何の合図もなく、最期の言葉もなく、アイリスフィール・フォン・アインツベルンは死んだ。……人としての機能を完全に停止したのだ。
いまのセイバーにはそれが、どこかでサーヴァントが脱落したためだと理解できていた。
「……アイリス、フィール……」
彼女と最後に話したコト、彼女が最期に話したコト。
それを思うと、運命を呪わずにはいられない――。
ギィ、と。
背後で扉の開く音がした。
差し込まれる淡い夜明けの光。それを背に立つ一人の男。
振り向く。
果たせるかな。そこにいたのは衛宮切嗣であった。
コートには僅かに血の跡が残っているが、バーサーカーにつけられた足の傷は消えていた。魔術で治したのか、聖剣の鞘を使ったのか……恐らくは後者だ。
「……セイバー、僕と共に戦う気はあるか?」
切嗣は右手の甲――令呪を見せながら言った。
ここでセイバーが「ない」と答えれば、どうなるか。
……聖杯を求めるマスターにとって、自分に従わないサーヴァントなど害悪でしかない。それが分かっていても、セイバーは首を横に振った。
「いいえ。……もう私は、貴方とは戦えません」
決定的な決別の表明。
それを受けた切嗣は、右手の令呪をかざしたまま……
「そうか。なら、
――ここで
こだまのように、決別を返した。
* * * * *
かくして、聖杯戦争三日目は終わりを告げ、四日目が幕を上げる。
それは、この第四次聖杯戦争が『後半戦』に移った瞬間でもあった。
だが、物語の続きを語る前に――時間を一旦、巻き戻す事とする。
これまで語られたのは、第四次聖杯戦争三日目の『表側』。
これから語られるのは、第四次聖杯戦争三日目の『裏側』である。
まだ、運命の三日目は終わらない――…。
TO BE CONTINUED・・・
【あとがき】
祝・UA10000&お気に入り100突破!
これもみなさんの応援のおかげです。ありがとうございます。