辿り星の旅人たち   作:悠旅白樹

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転生の時間

 

 ————夢を見ている。

 

 すべてがコマ送りのように緩慢な白い世界。

 

 どこまでが俺なのかわからない、あやふやな感覚。

 

 思い出そうとして、すり抜けるようなもどかしさ。

 

 思い出すって、何を?

 

 ふと過った疑問も、うまく考えられない。

 

 でも、それはきっと、大事なことなんだろう。

 ぼんやりと思っていると、白い世界が裏返る。

 

 

 

 そこは薄暗い、どこかの道だった。

 

 淡い明るさの電灯や、雲の切れ目から星が覗き込む、夜の風景。

 

 原始的な怖さを覚える、黒い世界。

 

 幼い頃なら、その場に立ちすくんでいたかもしれない。

 

 そんな闇の中を、電灯が照らす道を辿って進む。

 

 なんとなく、呼ばれているような気がしたから。

 

 一歩、また一歩と進むと、道の先に古ぼけた紅い鳥居が現れる。

 

 神社だろうか。

 

 鳥居の額には、縦に《神社》と書いてあるようだが、《比》より上が暗くて読めない。

 

 にらみ続けてもキリがないので、一礼してから鳥居をくぐり、境内を歩いていく。

 

 ところどころひび割れながら、新しいものもある石畳。

 

 その側には人が何度も通ったような地面や、片付けた後と思われるテントの骨組み。

 

 祭りの後のような様子に、どこか懐かしさを覚えながら、石畳の先にある階段へ。

 

 

「——あ、見えますよ、天の川」

 

 

 その前に。

 

 少女が一人、電灯に照らされた階段にいつのまにか座っていた。

 

「今夜、晴れてよかったですね」

 

 濃紺の浴衣に身を包む彼女は、少し前より星が見えるようになった夜空を指さしながら、朗らかに笑っている。

 

 この子は、誰だったっけ。

 

「——まったくよォ。今日は夜まで快晴だって予報、誰が言ったんだか」

「——言ってたのは君でしょ〜? スマホにも場所によっては曇るって出てるのに」

「んな。それは、そん時に見た予報がなあ……!」

 

 いつから居たのか、俺の両脇を通って、隣の少女の言葉に反応を返す二人の男女。

 

 活発な印象を覚える少女と不器用さを感じる少年が、思い思いの反応を見せながら一緒に星を眺めている。

 

「ん、うわ。屋台が閉まってからもう1時間くらい経ってるな。また雲で星が見えなくなる前に早くお参りしようぜ」

「うん、じゃあそうしよっか!」

「あ、二人とも待って」

 

 階段を登る二人と、それを立ち上がって追いかける少女。

 

 十数段以上もある階段の先に、神社の屋根が頭を出していた。

 

 あの神社に呼ばれている。

 

 不思議とそう思った俺は、彼女たちの後を追うように階段へ踏み出す。

 

「ところで・・・は何をお願いするの〜?」

「ん? そりゃまあ色々と……■■・・・こそ何願うんだよ」

「私は恥ずかしいからちょっと言えない〜」

「人に聞いといてそりゃないだろ■■・・・!」

「いいじゃん先に聞いたってー!」

 

 そこで、違和感に気がついた。

 

 彼らの名前が不自然なほどに聞き取れないことに。

 

 そもそも、彼らは誰なんだろうか。

 

 いや、知ってるはずだ。

 

 だってこの神社に来ようと提案したのは。

 

・・・だったはず……っ!」

 

 ズキリと、脳に突き刺すような痛みを覚え、膝をつく。

 

 まるで、気づいてしまった違和感に、自分の中の何かが反応したかのように。

 

 そうだ、これはただの夢じゃない。

 

 ()()()()()()()()()だ。

 

 ・・・に誘われた七夕祭り。

 

 天の川の見える夜に、神社にお参りすれば、夢が叶うという噂話。

 

 俺と・・・、他に数人。

 

 片付けの終わった神社に集まって、噂話を確かめようとして。

 

 それならなんで、この後のことを覚えていないのか。

 

 なんで、一緒にいた誰か(みんな)の名前が思い出せないのか。

 

 ここは一体、どこなんだ。

 

 

『——思い出した?』

 

 

 どこからか響いた声に、ハッと顔を上げる。

 

 その一瞬で、世界は再び姿を変えていた。

 

 昼のように明るい。

 

 なのに、空には星が見えている。

 

 視線の先には、階段の上にあったはずの、屋根だけ見えていた神社。

 

 まるで造られたばかりのような壮麗さでありながら、厳かで重々しい雰囲気を漂わせている。

 

 そして神社の前に、先ほどの三人の誰でもない、金糸のような髪の少女が立っていた。

 

『ここは貴方の記憶の再現。かつて起きた出来事の断片』

「……記憶の、再現?」

 

 少女は神社を、社殿の扉を指す。

 

 どこか見覚えのある固く閉じられた格子戸。

 

 その奥で、何かが呼んでいる。

 

 ここにいる、と俺を待ち続けている。

 

『この先に進めば、貴方が忘れていることを思い出させてくれる』

 

 けれど無理に知る必要はない、と俯きながら彼女は言う。

 

「どうして?」

『……これ以上、貴方に悲しんでほしくないから』

 

 俯く少女の顔から、光るモノが零れ落ちる。

 

『私はあの夜、()()()()を守れなかった』

 

 罪を告白し、罰を受けるように。

 

 見えない何かに押しつぶされそうになりながら。

 

 彼女は泣いていた。

 

『きっかけがどうであれ、貴方たちを巻き込んだのは違いない。その上で、こんな結果に……』

 

 落ちた涙は、石畳を濡らすことなく、きらきらとした光になって消えていく。

 

『できることなら、すべてを元通りにしたいけれど、今の私にはもう、どうすることもできないんだ』

 

 次から次へと、とめどなく流れ、零れ落ちては散る涙。

 

『ごめんなさい』

 

 謝罪の言葉と共に、静かに泣き続ける少女。

 

 彼女は誰なのか。

 

 俺と、いや、()()()と何があったのか。

 

 どうしてこんなにも謝っているのか。

 

 きっと、今の俺にはわからない。

 

 彼女の言う通り、思い出さない方がいいのかもしれない。

 

「……そっか」

 

 それでも。

 

 

「ありがとう」

 

 

 これだけは言わないといけない、そう思った。

 

『————』

 

 ゆっくりと、顔を上げた少女。

 

 涙を流したまま、その双眸で俺を見ている。

 

「よく覚えてないけど、()()()のためにずっと頑張ってくれたんだよな?」

 

 感謝をするのは大事なことだ。

 

 当たり前なことでも、そうではないとしても。

 

「だから、ありがとう」

 

 感謝を直接伝えられるのは、相手が目の前にいる間しかないのだから。

 

「きっとその時も、俺はお節介なこと言ってたんだろうな。『一人でやるより一緒に手伝ったほうが早い!』とか」

『…………』

「『はやく終わらせて、お茶飲んで気分転換しよう!』とか言ったりして」

『……ふふっ』

 

 昔の俺なら、こんなことを言ったんだろうなというのを予想して、思いついたことを言ってみると、琴線に触れたのか彼女の表情が少し和らぐ。

 

『……貴方は変わらないんだね。あの夜から、ずっと』

 

 遠くを見るように、懐かしむように。

 

 感慨深そうに、彼女は笑った。

 

「だから俺、思い出すよ。忘れてること、一緒にいたはずの人たちのこと、そして()()()()のことも」

 

 彼女と約束するように声に出して、そこにあった名前に気づく。

 

「そっか。名前、リンさんだった……一つ、思い出せた」

『……うん、いいんだ。それだけ覚えてくれてたら、それで』

 

 涙の跡を拭うと、金糸の少女——リンさんは真っ直ぐこちら見据える。

 

 翳りの消えたその瞳には、静かな光が灯っていた。

 

『君が望むなら、引き止めないよ』

「……ありがとう」

 

 そして、前へ進む。

 

 今度は俺の意思で、向かうべき場所へ。

 

『扉の先で、貴方は《昔の貴方》の人生を追体験することになる』

 

 前へ進む。

 

 リンさんは、見送るように道を開けてくれた。

 

『そこには、今の貴方に必要なものがある。思い出すべき人たちがいる。だけど、心して』

 

 前へ進む。

 

 賽銭箱の横を通り抜け、閉じられた社殿の扉へ。

 

『今の貴方は記憶のほとんどが空っぽな状態。一度にたくさんの記憶が流れ込むことで、貴方自身を見失わせてしまうかもしれない』

 

 格子戸を開け放つと、光が溢れ出して。

 

『それでもどうか、貴方自身を諦めないで』

 

 世界の全てを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 光の奔流の中で、いろんなものが断片的に映る。

 

 自分の部屋ではない/住み慣れた子ども部屋。

 

 歩き慣れた/覚えのない帰り道。

 

 あるはずが無い/自宅にあった小さな庭。

 

 みんなと遊んだ/行ったことのない公園。

 

 堰を切ったように、荒れ狂いながら。

 

 次から次へと、膨大な記憶が流れ込んでくる。

 

 目でもなく、耳でもなく。

 

 俺という存在に、直接叩きつけるように。

 

 次第に時間の感覚がなくなって。

 

 いつしか記憶の荒波に呑まれて。

 

 過去といまの境めがあやふやになって。

 

 どちらが、いつの記憶かわからなくなる。

 

 知らない/でもしってる。

 

 シラナイ/ソンナワケガナイ。

 

 しらないだれかのきおく(これは自分の記憶だろう)

 

 まざっていく。

 

 ぬりつぶされる。

 

 うすれていく。

 

 きえていく。

 

 あれ。

 

 おれはだれだっけ。

 

 なにをしていたんだっけ。

 

 

『そんなツマラネー顔して引きこもる暇があんならよ、一緒に遊びに行こうぜ、□□・・・!』

 

 

 こえが、きこえた。

 

 どこかできいたこえ。

 

 だれのこえ、だっけ。

 

『へぇー、君が話に聞く……いつも・・・がお世話になってま〜す』

『お前はオレの母親か』

『え〜、いーじゃんホントのことだしさ〜』

 

 声が、ふえる。

 

 だれかはわからないけど。

 

 でも、知ってる。

 

 その声を、おいかける。

 

『ん? ■■・・・、誰だソイツ?』

・・・たちにはまだ紹介してなかったっけ? 私の小さい頃からの親友なんだー。ささ,自己しょ〜かい、自己しょ〜か〜い!』

 

 声か聞こえる。

 

 道標のように。

 

 必死に追いかけた先で、ようやく見つけた。

 

 それはいつかの記憶。

 

 ありふれた、日常の1ページ。

 

 教室で・・・と話していて。

 

 隣のクラスから■■・・・がやってきて。

 

『は、初めまして』

 

 ——そうだ。

 

 たとえ、全てを覚えていなくても。

 

 どんな姿になっても。

 

『わたしの名前は——』

 

 それでも俺は。

 

 《彼女》だけは、たとえ死んでも忘れないだろう。

 

 

————はるかッ!

 

 

 記憶の海から浮上する。

 

 混ざりあった記憶が(ほど)けて、やがて一つの物語のように繋がっていく。

 

 切り取られたように思い出せない記憶もあるけれど。

 

 金糸の少女と約束した。

 

 思い出す、と。

 

 この与えられた3度目の機会は、きっと。

 

 大事なモノを取り戻すためにあるのだから。

 

 そうして俺は——来生(きしき)悠人(ゆうと)は、目を覚ました。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「……さん、起きてください、ねえ……」

「……んん、ん……?」

 

 体を揺さぶられる感覚に、意識が呼び起こされる。

 

 長い夢を見ていたような、とぼんやり考えながら、突き刺すような強い光を感じて思わず目元を覆う。

 

「よかった。目が覚めたんですね!」

 

 何処かで聞き覚えのある声に、指の隙間越しに視線を向けると、そこに一人の少女が座っていた。

 

 あどけなさを残した可憐な顔。

 

 絹のように滑らかな印象を与える長い黒髪。

 

 太陽のように柔らかな光を灯した琥珀色の瞳は、見る者を虜にするほど綺麗なものだった。

 

「その、あんまり顔を見つめられると恥ずかしいと言いますか、なんというか」

「ぅえ!? ご、ごめっ、いつつ……」

 

 流石に見つめすぎだったせいか、若干頬を赤らめる少女の姿に、失礼すぎたと慌てて謝ろうと起き上がろうとして、後頭部に刺すような痛みがはしる。

 

「ま、まだ安静に。階段から転落して頭を強く打っているんですから」

「いつつ……かいだん? 頭を打った?」

「覚えて、ないんですか?」

 

 不安そうに確認する少女に、何て答えれば良いのだろう。

 

 起きたらベッドで寝ていていつのまにか頭を打っていた、つまりは目が覚めて以降の情報しか知らないので、どこまでを覚えているのかどころの話ではない。

 

 なんなら今もこうして話をする目の前の彼女の名前も————

 

『わたしの名前は——』

 

「——御縁(・・・・)さんの方こそ、怪我は大丈夫だった?」

「はい。あの時庇ってもらったお陰で、軽い打撲、くらいで……?」

 

 彼女を見て、思い浮かんだ名前。

 

 御縁(みえにし)(はるか)

 

 温和で親しみやすい性格の、少しばかり人見知りな少女。

 

 隣のクラスだったけど、休み時間になると、彼女の友人か誰かに連れられて俺たちのクラスに来ることが多く、たまに顔を合わせてたっけ。

 

 身体を起こしながらそこまで考えて、周りの様子に違和感を覚えた。

 

 鼻をツンと刺すような消毒液の匂いや、周りを覆うカーテン、そして今まで寝ていたのがベッドだったことから、病室かなにかのようだ。

 

 造られてまだ長く経ってないように見えるオフホワイトの天井や壁。

 

 そして、窓から見える大きな建物と、窓越しに見える、同年代くらいの学生たち。

 

 つまりこれらの情報から、学校の保健室ということは察することができた、のだが。

 

「うちの中学の保健室って、こんな新しかったか?」

 

 どうも学校の内装が、知っているものとずいぶん違う。

 

 通っていた中学校は築30年ほどの少し古い校舎で、規模もここまで大きくなかった、はずだ。

 

 もしかして、別の学校にお世話になっているのかと思い、側にいる御縁さんに事情を聞こうとして。

 

「いま、なんて?」

「へ?」

 

 信じられないものを目の当たりにしたような、驚愕の表情を浮かべている彼女を見つけた。

 

「えーっと。どしたの?」

「……今、わたしのこと、なんて呼びました!?」

「よ、呼び?」

 

 記憶にある彼女らしからぬ勢いで問い詰められ、思わずオウム返しをしてしまう。

 

 なんて呼んだか?

 

 はて、呼び方を間違えただろうか。

 

 交流ができてからずっと同じ呼び方をしていたはずと思い。

 

「あれ? 御縁さんで合って——」

 

 「るよね?」と言い切る前に、勢いのある何かに包まれる感覚。

 

「——悠人さんっ!」

 

 御縁さんが、抱きつい——え゛!?

 

「ちょ、ちょっと御縁さん、どうした、の……」

 

 あまりに唐突な彼女の行動に動揺したものの、肩を濡らすモノと、耳元に届いた小さな嗚咽に気がついて。

 

 何も言わず、静かに待つことにした。

 

 

 

「ほ、本当にごめんなさい……」

「いや、驚いたけど別に謝るほどじゃないから」

 

 5分くらい経った頃には気分が落ち着いたのか、元の座っていた席に戻った御縁さん。

 

 泣いていたこともあって目元や顔がまだ赤いけど、少し経てば落ち着くはずだ。

 

「それで御縁さん、ここって保健室……だよね?」

「はい。その、階段で転落した悠人さんを通りかかった他の生徒さんが此処に運んでくれたんです」

「階段で、転落……うーん?」

 

 改めて聞いても、全く身に覚えのない出来事なのでピンとこない。

 

 ただ、言われてみれば確かに後頭部以外にも身体の節々がズキズキと痛むので、御縁さんの言う通り転落したんだろう。

 

 さっきも無意識に彼女のことを心配していた気がするので、頭を打った影響から前後の記憶がほとんど抜け落ちてるのかもしれない。

 

 しかしそんなドジを踏むほど(踏み外しているから保健室にいるのだろうが)、変な降り方はしないはずだけどなぁ。

 

 それにもう一つ。

 

「おかしいなぁ。そもそも俺、神社に居たような……痛てて」

 

 頭をよぎるのは、古い神社の記憶。

 

 ところどころ朧げだが、誰かと会話をしていたと思う。

 

 だけど夜の神社と今いる昼間の校舎では時間も場所もチグハグすぎだ。

 

 前後の記憶をなくす代わりに変な夢でも見たのだろうか。

 

「やっぱり()()()()()()()()()()()()なんですね。でも、代わりに今までの記憶が……」

「ん、それってどういうこと?」

 

 何やら含みを覚える言い回しをする御縁さん。

 

 中学校で1年以上過ごしていれば、自分のクラスに来る珍しい生徒のことを知っていてもおかしくないと思うけど。

 

 俺はそこで、御縁さんの着ている灰色のブレザーの制服が、窓から見た生徒たちの着ている制服と同じものなことに気がついた。

 

 よく見れば俺自身も同じ色合いの制服を着ているが、俺の知ってる中学の制服と違う。

 

 別の学校にお世話になるくらいで制服まで借りるだろうかと一瞬考えたが それにしては見覚えがあるように思える。

 

 まるで、前にもこの制服を着ていたかのような————

 

 ——コンコン。

 

 廊下の方から聞こえた何かを叩く音に、俺も御縁さんも扉の方へ意識が向かう。

 

 ——コンコン

 

 再びノック音、誰かが保健室に来たらしい。

 

「っ……悠人さん。もし話しかけられたら、できる限り話を合わせてください。わたしもフォローしますから」

「え? あ、うん???」

 

 御縁さんの謎のアドバイス。

 

 どういう意味か聞き返す前に、失礼しまーす、という声と共に保健室の入り口が開く。

 

「——なんだ、《横川(よこかわ)》も起きてんじゃん」

「よかった。二人とも元気そうで」

 

 入ってきたのは、飄々とした感じの少年と中性的な顔立ちの少女(いや少年?)の2人組。

 

 見たところ同年代だが、御縁さんの同級生だろうか。

 

「あ、また来てくれたんですね。(カルマ)さんと(なぎさ)さん」

「まーね」

「二人の鞄、教室に置いたままだったから、様子見ついでに持ってきたんだ」

「態々ありがとうございます」

 

 カルマと渚というらしい少年たちから鞄を受け取る御縁さん。

 

 すると、カルマと呼ばれた少年が、何かに気がついたのかニヤニヤと面白そうに笑みを浮かべる。

 

 なんだろう、すっごく悪巧みしてるって感じな顔だ。

 

「……おや、おや? 《矢藤(やとう)》さん、なんかスッキリした顔してるけど、イイコトでもあったのかな?」

「え!? そ、そんなことないですよ。悠人さんが無事に起きてくれて安心したくらいで」

「あれ、矢藤さんって横川君のこと名前呼びだっけ?」

「あ……あの、これはその」

「ふ〜ん《悠人さん》、ね……」

 

 何だろう、カルマくんに一瞬悪魔みたいな角や尻尾が生えている気がした。

 

 悪巧みをしているような笑みのまま、カルマくんは獲物を狙うような視線をこちらに向ける。

 

 次は俺がターゲットになるのか、と若干の警戒をする。

 

 御縁さんとは面識があり、加えて俺のことも知っているようだが、対する今の俺は相手のことを全く知らない。

 

 なので御縁さんの言った《相手に合わせて会話》をするにも、ボロが出てまずそうだと思い様子を見ようとして。

 

「……? 横川、だよな」

「な、なにさ」

「ん〜、なんか微妙に……?」

 

 怪訝そうな顔をするカルマくん。

 

 訝しむくらいには交流がある相手なのだろう。

 

 というか、さっきから呼んでるヨコカワって俺のことか?

 

「ま、いいか……だけど付き合うにも節度は持ってね〜」

「おい待て付き合う話どっから出てきた」

「あ、やっぱり横川だ」

 

 訳のわからない確認の仕方をされて困惑を覚える。

 

 今のツッコミが判断基準って本当にどういうことなの。

 

 気が済んだカルマくんはベッドから離れていく。

 

「それじゃあ僕たち先に帰るから。横川君、矢藤さん、またね」

「あとは2人でごゆっくり〜」

「もう、カルマさん!」

「あ、あはは……」

 

 帰り際も悪そうな笑みを浮かべるカルマくんと、少し申し訳なさそうに退出する渚くん。

 

 パタンと音を立てて保健室の入り口が閉まって、再び2人だけになる。

 

 御縁さんはホッと一息つくと、鞄をベッドの横にある机に置いて所定の位置となった椅子に座り直した。

 

「あの、御縁さん。さっきの2人が言ってた()()()()()()()って、俺たちのこと?」

「……()()()()()()は、覚えてないんですか?」

「ええっと……?」

 

 先ほどの会話にあった、不自然な呼び方。

 

 あの二人は俺を()()と呼び、御縁さんは()()と呼ばれていた。

 

 ただし、妙にしっくり来るような、それこそ制服を見た時から違和感が薄れるように不思議と馴染む。

 

「さっきの二人は赤羽(あかばね)(カルマ)さん、そして潮田(しおた)(なぎさ)さん。私たちの同級生です」

 

 保健室に連れてきてくれたのも彼らが手伝ってくれたんですよ、と彼女は付け加える。

 

 赤羽業、潮田渚。

 

 二つの名前を聞いて、徐々に記憶の整理がついてくる。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 となれば、違和感を覚えるいくつかの記憶の矛盾の意味はなんなのか。

 

 まるで、別々の人生を経験したような。

 

 別の人物になったような————

 

「……もしかして、生まれ変わってる?」

「っ、その通りです」

 

 思いついた可能性を、御縁さんは肯定する。

 

 生まれ変わり。

 

 転生とも呼ばれ、ライトノベルやゲームを嗜んでいるとたまに目にする概念。

 

 原因、経緯は全くわからないが、一つ判明しているとすれば。

 

「ここは椚ヶ丘中学校。わたしたちは今、この学校の二年生なんです」

 

 二度目の人生は、中学生から始まるらしい。

 





 これは、とある物語の舞台。

 突如として現れたタコ型超破壊生物。

 ソレは月を三日月に変え、1年後には地球も同じ姿にすると豪語する。

 そんなタコ型超破壊生物が山の上にある古い校舎で、28人の生徒たちを相手に授業をしながら暗殺を受ける、一つの教室の物話。
 
 始業のベルが、鳴る日は近い。
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