腹はいつだって減っているけど、いつも満足に食えるとは限らない―そういう境遇は多分あまり幸せとはいえないのだろうと思う。でもそれなら、食える時に食えるだけ食えばいい。食えるチャンスを逃さず最大限利用すれば、次のチャンスが来るまで腹は持つ。
だからジュドーは、昼になればいくらでも食べられる学食のホットドッグが気に入っていた。ナイフもフォークも必要なく、あっという間に腹の足しになる。たとえその大きなソーセージが人工肉であっても、タダでいただけるのだからこれほどありがたいものはない。
「ジュドーはほんと、ホットドッグ好きよね」
そういいながら当然のように隣に座ってきた少女のプレートに乗っているのはパンケーキとサラダに、いくつかの透き通ったゼリーのような、一口サイズのキューブだった。
「エルか…何だよ、お前だっていつもそんな感じじゃないか」
「美容優先メニューなの。乙女だからね」
コロニーのミラーから届く光を透してキラキラと輝くそのキューブに、エル・ビアンノは手首を返す仕草だけでフォークを突き立てて、口に運ぶ。その様子を追っていると嫌でもエルと目が合った。その大きく青い瞳は、ゼリーの輝きなんかよりもずっときれいだとジュドーは思ったが、
「あらジュドーどうしたの?私に見とれちゃった?」
そんなことをいわれて、慌ててホットドッグにかぶりついた。
「馬鹿な事いってんじゃないの」
エルと話しているとたまにこうやって口にも出していないことを気取られて冷や汗をかくことがある。全く女ってやつは、怖い。
「ふうん…まあいいけどさ。それより野菜も食べなきゃだめよ、ほら」
エルはそういってにやっと笑い、束ねた金髪を快活に揺らしながらジュドーの皿へ野菜を移した。
「やめろよ。エルまでリィナみたいなこと…」
「そのリィナからいわれてんの。お兄ちゃんに少しは野菜を食べるように言って、ってね」
「あいつ…そんなこと…」
リィナとはジュドーの4つ下の妹だ。勉強ができて料理も上手く、しかもかわいい。兄のひいき目が相当に入っていることはジュドー自身も自覚しているが、とにかく良く出来た妹なのだ。ただここのところ、色々と口やかましくなってきてはいるのが少々面倒なのだが…。ともあれ、そんな面倒な展開になってきたところへ、
「あ、ジュドー、エル。僕もいいかな」
「よう、イーノ!」
長身の少年、イーノ・アッバーブが現れる。本当に間のいい奴だ、と思いながらジュドーは隣の席を叩いた。
「何だジュドー、またホットドッグなの?」
「そんなことはいいからさ、イーノ、午後から空いてるか?」
「ああ、そういうだろうと思ってたよ。プチモビの予約、とってあるよ」
イーノはそう答えて大盛のパスタを口に運んだ。細身だが、イーノはよく食べる。
「さっすが!持つべきものは友達だね。それじゃあ今日もサポート頼むぜ。分け前は6:4でいいか?」
「うん、いいよ」
「ちょっと二人とも、午後からも授業あるんだよ?何しに学校に来てるわけ?」
エルのいうことは尤もだったが、ジュドーにとってそれはひどく意外な言葉でもあった。
「何って、メシを食うためだろう?なあ、イーノ?」
「ははは…そうだね」
エルが呆れて溜息をついたその時、
「よう、皆さん、お揃いじゃないか」
「よっ、邪魔するよ」
ソバカス顔の少年と、小柄な色黒の少年がやってきて3人のすぐ隣のテーブルについた。
「何だよビーチャ、モンド、お前らも今日は学校来てるのか?」
ジュドーがそういうと、ビーチャと呼ばれた少年は高く盛られたソーセージの山に、フォークを突き立てた。ビーチャ・オーレグとモンド・アガケ、この二人を合わせたジュドーたち五人は小さい頃からの付き合いで、今も何かと縁の切れない間柄だった。今更友達、などというのも少し違うような、妙な関係だとジュドーは思っている。
「ああ、いいこと思いついたもんでな…それよりエル、この後付き合わないか?」
「やーよ。私まで落第させる気?」
「こんな学校の勉強なんてよ、いくらやったってどうせこのシャングリラじゃまともに稼げる仕事になんかつけやしないんだ。やるだけ無駄さ」
「そうそう、俺たちの親だって結局他のコロニーに出稼ぎに行って帰ってこないじゃないか。勉強より自分たちで食っていく方法を今から探さなきゃ」
ビーチャの言葉にモンドが続く。
「おいビーチャ、嫌がってるのを巻き込むなよ。エルは別に勉強が嫌いってわけじゃないんだからさ」
「何だよジュドー、お前に聞いてるんじゃないだよ」
「何だと!」
立ち上がってにらみ合いになった二人の間にエルが割ってはいる。
「ちょっとやめてよ二人とも!もう、私をめぐって争わないで!」
それを聞いたジュドーとビーチャは目を合わせ、溜息をつく。
「はいはい、そうですね」
「エルの好きなようにしろよ…っと」
そういいながら、再び鷹揚な動きで腰掛けようとしていたビーチャの動きが止まる。その視線の先には、食堂の真ん中に掲げられている大きなモニタがあった。
「お、来た来た!おい、見ろよ、あれ」
そういわれて4人が目を移すと、『グリプス2を巡る攻防が終結、ティターンズ事実上の壊滅』というテロップが流れ、キャスターによる解説が始まっていた。
「戦争が…終わったのか?」
ジュドーのその言葉に、ビーチャは一度首を縦に振った後で、すぐに横に振った。
「どっちなんだよ?」
「一旦は終わったんだろうが…黙って見てろ」
モニタを凝視しているビーチャの視線がいやに真剣なので、ジュドーは大人しくいうことを聞くことにする。
『2月22日未明、エゥーゴのコロニーレーザーによる攻撃でティターンズ艦隊は壊滅、エゥーゴとティターンズによる一連の戦争はこれで一つの区切りがついた形ですが、この戦争の終盤に地球圏へ戻ってきたジオン軍の残党勢力、アクシズはまだ完全に地球圏から離れておらず、今後の動向に目が離せない状況となっています。それでは、戦闘の様子を軍事評論家のオカベ先生に伺います…』
激しいMS戦の様子が映し出されるモニタを眺めながら、ジュドーはそこにエゥーゴの旗艦、アーガマと主力MSであるZガンダムの姿を見つけて顔をほころばせた。アナハイムジャーナルやアングラの雑誌で何度か見かけたことがある、イケてる艦とMSだ。
いけすかない地球至上主義のティターンズと戦うエゥーゴは宇宙で暮らす人々、スペースノイドには人気があった。そしてその象徴であるアーガマとZガンダムはジュドーたちジュニアハイの生徒たちから見れば、まさにヒーローなのだ。プラモデルだって売っている。
「これこれ、このニュースを待ってたんだよ!」
ビーチャが飛び上がらんばかりの様子でそういった。
「だから何なんだよ?」
「おい、みんな、聞いてくれ!」
ビーチャはジュドーの質問には答えず、食堂を見渡す。
「見ただろ、今のニュース!大きな戦闘がすぐ近くの宙域であったんだ。それでそれが終わった!こいつはチャンスだ!」
食堂の生徒たちがとりあえず、ビーチャに注目し始めた。
「だから何だよビーチャ、うるさいぞ」
そんな声が上がってきたのをビーチャはさもありなん、という風に頷いて受け止める。
「いいか、よく聞けよ。今回の戦闘はかなり激しかったらしい。このサイド1の方向に向けてメガ粒子砲をバンバン撃ってる。と、いうことは、だぜ?これからガンガン戦艦やMSの破片が流れてくるってわけだ!」
場の全員が、ビーチャの話に引き付けられた。ビーチャは得意そうに続ける。
「俺たちがジャンク屋をやってるのは知ってるよな?そこで提案だ。みんな、俺たちに資金を提供してくれないか?みんなからの金があればいろんな機材が借りられる。それを使って戦艦やMSのパーツを集めて売るんだ。すげえもうけになるぞ!」
そこへ間髪入れずにモンドが立ち上がる。
「そうそう、今度の戦争ではエゥーゴもティターンズも超高性能のワンオフ試作機を結構作ってたって話だからさ、その腕や脚のユニットだけでも結構な金になるんだ。この話に乗ってくれる人はこれ、ここの口座に振り込みよろしく。倍にして返すぜぇ」
そういってモンドが手元の端末からその場の全員に案内メッセージを送信すると、一気に食堂全体がざわついた。ジュドーは嫌な予感がして、ビーチャをつつく。
「おいビーチャ、お前いつからジャンク屋なんてやってるんだよ?」
「何言ってんだジュドー、お前とイーノが結構稼いでるって話、俺が知らないとでも思ってるのか?」
「な、おい、俺たちの商売に割り込もうってのか!」
「違うよ、稼ぎを大きくするチャンスをやろうってんだよ」
「ふざけるな!大きなお世話なんだよ!」
と、そんな二人の様子を見た生徒の一人が声を上げる。
「おいビーチャ、この話、ジュドーも乗ってるのか?」
「いや、俺は…」
いいかけたジュドーの首根っこをビーチャが押さえる。
「ああ、もちろんだ!お前らもジュドーの腕は知ってるだろ?この話、乗らなきゃ損だぜ!」
それを聞いたさっきの生徒はうなずいて、手元の端末を操作した。
「モンド、俺が一番乗りだ。配当はたっぷりたのむぜ!」
「お…よし、確認した。任せとけって!」
食堂の生徒たちが一瞬、互いの顔を見合わせるのがわかる。そして次の瞬間、モンドの端末にメッセージが殺到した。
「へっへっへ、まいどありい!」
はしゃぐビーチャとモンドのすぐ隣で、ジュドーは溜息をつき、イーノが苦笑しながらその肩に手を乗せる。エルはやれやれ、といった感じで両手をかざしてから、キューブを一つ、口に運んだ。
「宇宙世紀」というのは地球に住まう人々が一致団結して作り上げた「地球連邦政府」という統治機構が、宇宙への植民開始を記念して作った人類共通の新たな暦である。
その暦に突入してから半世紀、人類は大規模な戦争を起こすことなく何とか平和を保ちながら、地球と太陽と月の重力均衡点に人工の居住施設「スペース・コロニー」を打ち上げて着々と宇宙植民の手を拡げていった。だが、7つのコロニー群が形成されて開発が一段落すると、宇宙移民者と地球に残り続ける者たちの間で軋轢が生じ始める。
地球に残り続ける者たちは、あくまで自分たちが人類の宗主であると主張し、コロニー建設費用などはそこへ住むものたちに負担させ、宇宙移民者たちの稼ぎをピンハネするようなことまでやり始めた。もちろん、それで宇宙移民者が黙っているわけがない。
やがて地球連邦で議員をしていた一人の男が宇宙移民者、「スペースノイド」の自治・独立を叫ぶようになり、しばらくして地球から最も離れたコロニー群、サイド3でその思想を結実させ、一つの国家を作り上げた。その国は、男の名をとってジオン共和国、と命名される。
程なくしてジオン自身は不慮の死を遂げることになるが、その後継を自ら任じたジオンの盟友、デギン・ザビとその一族によってジオン共和国はザビ家による独裁色の濃いジオン公国へと国家の在り方を転換させる。これはスペースノイドの自治独立を許さない、という姿勢を崩さない地球連邦に対するサイド3の人々の強固な意思表明でもあった。
こうなれば双方の道が交わることはない。国力で大いに劣るジオン公国は新兵器、モビルスーツ(MS)を開発するなど着々と戦争の準備を進めていき、ジオンの死から11年後、人類の半数を死に至らしめることになる史上最大の戦争を引き起こす。
この、ジオン独立戦争とも呼ばれた「一年戦争」という大きな戦いはジオン公国の敗戦によって幕引きとなるが、宇宙移民者と地球に居続ける者たちの間にある確執が消えることはなく、この後も燻り続ける戦火の火種となり続けた。
そして今、宇宙世紀88年…一年戦争から8年後、人類が最初に打ち上げた記念すべきスペース・コロニー、サイド1「シャングリラ」の少年たちを、時代の目が映し出そうとしていた…。
ジークアクスも始まり新規ファンがもっと入ってくれればいいなあ、ということもあって、できるだけガンダムを知らない人でも読めるように書いていくつもりです。
そうはいってもZZ自体がZの続編の物語なので難しいところもあるのですが…ともかく、ガチのガンダムファンから見るとクドい内容もあるかと思います。どうぞ温かい目で見てやって下さい。