アーガマの巨大な姿が視界一杯に広がってくるようになっても、まだビーチャ自身はイマイチ乗り気になれなかった。アーガマで働ける…そのジュドーの話に乗って、モンド、エル、イーノとリィナまでもアーガマの前に来ていた。
ビーチャには、金が必要だった。自分の仕掛けたジャンク回収業が暗礁に乗り上げてしまった。口うるさい学校の債権者たちから一斉に資金の引き上げなどされようものなら破産は免れない。だから何とかして稼がなくてはいけないのはわかっているし、軍艦ならそれなりの給料が見込めるということもわかっている。だが…
「ほら、カミーユさん行っちまったぞ。早く来いよ」
こうやってジュドーにイニシアチブを取られるのが、とにかく気に食わなかった。
「わかってるよ」
それだけいって両手を頭の後ろにやり、一番後ろを歩きながらアーガマを見上げた。
「ね、すごいねビーチャ!本物のアーガマだよ!」
エルが前から小走りに駆けてきて隣に並ぶ。その笑顔の眩しさも、今のビーチャには気に食わなかった。
「…ああ、そうだな」
「何よ、随分不機嫌じゃん」
「うるさいな…」
「どうしたってのよ?」
食い下がってくるエルに、ビーチャは一つ舌打ちしてから適当な答えを考えていた。
「…あれだよ、イマイチ信じられないんだよ。俺たちをアーガマのクルーにしようっての」
エルはキョトンとした顔でビーチャの顔を覗き込む。
「正規のクルーじゃないんだからさ、別にありなんじゃないの?ほら、そんなこといってないでさっさと行くよ!」
「おい、わかったから引っ張るなよ!」
エルに袖を引っ張られ、結局はそれに従うしかない。どうやらそんな自分自身にも苛立っていることに、ビーチャは気が付いた。
カミーユの案内で本当に全員がアーガマの艦内に入ることが出来た。MSデッキを見下ろす通路に案内されると、眼下に広がる光景に男子たちからはもちろん、エルとリィナからも歓声が上がった。見たところMSは2機だけだったが、そのうち1機はあのゼータガンダムだ。ビーチャとしてもその雄姿に興奮せざるを得なったが、表情には出さない。
「君たちにお願いしたいのは主にここの手伝いっていうことになる。あそこ、MSハンガーの裏にメカニックがいるだろう…」
カミーユの説明を話半分に聞きながらぼんやりと動き回る人たちの様子を眺めていると、一行とは距離はさらに広がっていった。フェンスに両肘をかけて、溜息をつく。
「このままアーガマに乗るってのも確かに悪くはないけどさ…」
そう、独り言ちていると、
「悪くはないけど、どうなんだ?」
不意に背中から声をかけられ、驚いて振り向くとそこには軍服姿の背の高い男が立っていた。どこかで、見た覚えがある。
「え?えっと、ははは…えーっと、おじさん…どこかで見たことあるな」
「カミーユが連れて来た子供だな?何故一緒に行動していない?」
こちらの意を介すことなく放たれたその言葉は、人を斬るような鋭さがあった。普段は大人相手でもビビらない、ビビらずにいようと思っているビーチャだが、たったそれだけの言葉にたじろいだ。するとこちらの様子を察したのか、軍人はゆっくりとビーチャの隣に来て、同じようにフェンスに肘を掛けた。
「何を見ていた?」
先ほどとは違う穏やかな声だ。ビーチャはさっきまでの緊張感があっさりと失せていくのを感じる。
「皆さんの働いてる姿を…見てました」
言葉遣いが自然と丁寧になる。そんなビーチャをみて、軍人は微笑んだ。
「たくさんの人が働いているだろう?」
「はい…」
「この船に、どれだけの人がいるか、わかるか?」
そういわれても見当もつかない。ただ、これだけ大きな艦だし、今見ているだけでも20人はいそうだ。そうすると100人では少ないような気がする。
「え?えーっと…200人くらい…っすかねえ?」
「ふふ、いい線だが、そんなにはいらないな。正規の乗組員だけなら100人ちょっとといったところだ」
「へぇ…そんなんで動かせるのか…」
「あらゆる部分で機械制御になっているからな。旧世紀の大型戦艦は3000人の乗組員を必要としたというから、大きな進歩だ」
その数に、ビーチャはさすがに驚いた。
「3000人だって!?町が一つ動いているようなもんじゃないか!」
「ふ、まあ数の大小はあるが、船というのは今も昔も一人で動かせるものではない。大勢の人間たちが力を合わせて動かしている。そこは変わりがない」
「そりゃあこんなに大きなものなんだから…そうでしょうねえ…」
「ああ。だが…だから、というべきか、船が沈めば大勢の人が死ぬ」
急に何を言い出すのかと思い、ビーチャは男の顔を見る。そして、ようやくこの人のことを思い出した。
「だとすると艦長の責任ってのは重大ってことですね、ブライト艦長?」
ブライトは口元を歪めるようにして笑った。いつも相手が自分のことを一方的に知っている、有名人ならではの反応のように見えた。
「君は、なんという?」
「ビーチャ・オーレグ、ビーチャでいいです」
「そうか、ビーチャ…それで最初の質問に戻るが、何故お前はみんなのところにいかないんだ?あそこにいるのはお前の仲間たちなんだろう?」
ブライトの指さす先にいるあの連中は、さて、自分の仲間たちなのか?ビーチャは少し自問してから、
「そうですね。仲間たちです。ただその…思うところがありまして、少し距離を置かせてもらってます」
そう、出来るだけ冷静な風を装って答えた。
「ケンカをしているのか?」
「いえ、別に…そういうわけじゃ…」
ブライトのつぶらな瞳がビーチャを捉える。大人から、こんな風にじっと見つめられたのいつ以来だろう?そんな、話の内容とは全く関係の無いことが何故か気になる。
「ふむ…艦長の仕事にも色々あるが…乗組員のことをよく知っておく、というのはその中で最も重要だ」
ブライトはビーチャから目を離し、再び眼下のMSデッキで動いているクルーの方を見た。
「たかだか100人と思うかもしれんが、一人一人、特徴がある。MSの操縦が上手い者、
整備が上手い者、掃除が上手い者もいるし、料理が上手い者もいる」
後半の二つが軍艦にとってそんなに重要なのかはわからないが、ビーチャは黙っていた。
「クルーが集まると、最初は違う仕事をしている者同士で言い争うことが多い。同じ仕事をしている者同士のことはある程度理解出来るが、全く違う仕事をしている連中のことは理解が出来ないからだ」
「なるほど…」
「だがな、それが徐々に同じ仕事をしている仲間同士での揉め事の方が多くなって来る。何故だかわかるか?」
「…いえ」
「同じ船で過ごしているうちにな、自分と全く違う仕事をしている連中がいて、そのおかげで生活が成り立っていることに気付くからだ。自分には出来ないことをしている…そういう連中とトラブルを起こそうという気になるか?」
「なるほど…そうなると今度は、自分と同じことをやってるやつらのほうが理解できるだけに気に食わなくなって来る…ってことですか?」
ブライトが微笑んだ。
「そうだ。だから自分が争っている相手が、自分とどういう関係にあるのか、それをよく考えてみることだ。全く別のことをしているから理解できないのか、それとも同じことをしているからわかり過ぎて気に食わないのか…それぞれ接し方が違って来るはずだ」
頭の中に、かすかな光明が見えた気がする。ビーチャは、ブライトに顔を向けた。
「俺があいつらのことをどう思っているのか…なるほど、さすがっすねブライト艦長。戻りますよ、あいつらのところに」
「ああ」
ビーチャはブライトに軽く頭を下げてそのままフェンスを飛び越える。確かに、そういう考え方にあてはめてみる必要がありそうだ。自分と、あいつら…というか、ジュドーとは。
「ブライト艦長、戻って来ていたんですか」
キャプテンシートに座ったところで、カミーユがブリッジに上がって来た。ブライトはチマッターの話 -病院の話- をしようかと一瞬考えたが、口をついて出たのは全く別のことだった。
「カミーユ…どうだ、あの子供たちは?」
「…勝手なことをするなと怒らないんですか?」
「お前が必要と感じたから連れて来たんだろう?」
カミーユはじっと、ブライトの顔を見つめた。ブライトもまた、カミーユの目を見ながら黙っている。
「僕はもう、この船には乘っていられない、そうですね?」
「…それがお前のためだからな。それで、あの子供たちはお前の代わり、ということか?」
カミーユは意を決したような、力強い笑顔で頷く。
「そうか…私と初めて会った時のことを覚えているか、カミーユ?」
「そりゃあ、ええ…艦長がこの船に迎えられて…」
「フフ、忘れたか?グリーンノア1でMK-Ⅱの3号機に乗り込むとき、お前は確かに私の名を呼んだぞ?」
「あ…」
カミーユはそこで軽く口を開けたが言葉にはならず、視線をそらして苦笑した。
「あまり思い出したくない過去、といった感じだな。だがあんな大それたことをしでかした少年が、今や自分の後継を探してこようというのだから…大人になった、そう思いたいのだが?」
「…そういう風に僕のやっていることを理解してくれるのだとしたら、それはとても嬉しいですね」
カミーユの視線を受け止めて、ブライトはニヤっと笑う。実際、大きく成長したものだ。
「昨日の無断出撃の時に拾ってきた少年の家に泊まったそうだな?」
「ええ、あのジュドーという少年は、シャングリラにいる間だけでもいてもらった方がいいと思います」
「ゼータガンダムを任せられると?」
カミーユは頷く。
「そうか…そう思うか…」
「ええ…MSと正規パイロットの補充は目途がついたんですか?」
そのカミーユの問いには、トーレスが応じる。
「ああ、ラビアンローズ…アナハイムのドッグ艦がサイド1の宙域に来ているそうだ。そこで合流する段取りになってる。一応、エゥーゴのお偉方も俺たちを見捨てるわけじゃないみたいだぜ」
ブライトが口の端で笑う。
「そういうことだ。それまではカミーユのいう通り、あの子供たちの力を借りることにしようか…。それでトーレス、ジャンク山、だったな?」
トーレスが手元のモニタを眺めながら頷く。
「ええ、ジャンク屋組合からの申し出で、このジャンク山に入れるみたいですね。まあ、港からも近いですし、いいんじゃないですかね」
正面モニタにジャンク山の画像が映し出された。
「ルートは?」
「セッティング済みです」
ブライトは頷くと、艦内放送用のマイクを手に取った。
『これよりアーガマ出港、シャングリラ内のジャンク山に移動する。移動先で食料の調達も可能という話だ。みんな、もう少し頑張ってくれ』
そんなブライトの艦内放送が終わって少しの間の後、
「あれ、アーガマ出港しちゃうの?」
エルが、ブリーフィングルームに集められた6人の思ったことをいち早く代弁した。
ジュドーも驚きはしたが、ジャンク山、と聞いて納得した。あのジャンク屋組合のゲモンは約束を守ったようだ。
「いいじゃないか、中に入るだけなんだ。ジャンク山ならよく知ってるエリアだしさ」
「ジュドーは本当にアーガマのクルーになる気なの?」
イーノが少し心配そうな声音でそういうと、
「学校に行っても勉強しないくらいならそれもいいと思うの。イーノは反対?」
リィナがジュドーに代わってそう答える。
「いや、反対ってわけじゃないけど…軍艦に乗るなんて思ってもいなかったからさ…」
「それはそうよね。軍隊なんて一番決まりがやかましいところじゃない?ジュドーとは正反対っていうかさ」
エルがそういってジュドーの顔を覗き込む。
「普通の軍艦だったらさ、そりゃあ俺だって嫌だけど…あのアーガマなんだぜ?それにさ、あのカミーユさんって…なんていうかさ、放っておけないっていうか…」
「何言ってんのお兄ちゃん。カミーユさんはお兄ちゃんよりずっとしっかりしてる人よ!」
「いや、それはわかってるけど…ビーチャ、モンド、おまえたちはどうなんだよ?」
それまで黙っていた二人に話が向けられる。モンドはビーチャの顔色を窺った。それを察して、ビーチャが口を開く。
「まあ、ジャンク屋が失敗した以上、集めた資金を返すためにはここで働くのは悪くない」
「よし、じゃあ決まりだな。アーガマがシャングリラを出るまではみんなで働かせてもらおうぜ!」
「待てよ、ジュドー」
そういって部屋から出ようとしたジュドーの肩を、ビーチャが掴む。
「何だよ」
「さっきエルがいってたように、軍艦は規律が厳しいに決まってる。下らない決まりに縛られるようなら、俺はいつでも下りるからな」
「そんなのは俺だって御免だ。いわれるまでもないさ。何つっかかってんだよ」
二人がにらみ合いになったその時、
『アーガマ、出港する。港を出ればすぐに重力エリアだ。総員、1G対応をしておくように』
再びブライトの声が艦内に響き、二人はフンっとほとんど同時に息をついてそっぽを向く。
「二人とも、もう止めなよ。コロニーの中に移動したら今日はとりあえずそこまでにしてさ、明日もまた来てみて、それから決めればいいじゃない?」
イーノがそういって間に入り、何となくそれで決まり、という雰囲気になる。
この頭に血が上りやすい二人には、間を空けるということが何より重要なのをイーノはよく理解していた。エルとリィナが無言のうちにイーノに親指を立て、イーノも苦笑しながら親指を立ててそれに応えた。
アーガマの乗員を100名ちょい、としていますが…実はこの辺りのことは設定には無く、はっきりとはわかりません。ガンダムはあくまでロボット物なので、MSの設定は細かいんですけど、艦艇の設定は結構緩いんですよね(笑)。
一応、ホワイトベースには乗員の設定がありますが、これもwikiなどを見ていただいてもわかる通り、128名または225名とかなり曖昧です。ただ、0083のアルビオンは211名と劇中でいわれており、最近では漫画「機動戦士 ウェアヴォルフ」でペガサス級のヘカーテが200名とされています。
この後のネェル・アーガマは人数こそ記されていないのものの、かなり少ない人数で操艦が可能だった、とされていますので、間をとってアーガマの乗員は100名超、ということにしました。
因みに3000名も必要だった旧世紀の大型戦艦、とは大和型のことです(笑)。