エンドラのブリーフィングルームでドリンクを飲み干して、グレミー・トトはやはり、あのルーという女性は幸運の女神であったに違いないと思った。
「しかし運の強い男だ。アーガマの砲撃から逃れ、再びこうしてエンドラに戻ることが出来たとは…」
目の前に座るマシュマーが、そういって感慨深そうに何度も頷いた。
ルーの言葉通り、あの後すぐにグレミーはエンドラに救助され、そのエンドラはシャングリラへの「根回し」が効いてあっさり入港を許可されていた。あの人に会ってから何もかも、上手くいっている。
「はい、本当に運が良かったんです。ガザCが壊れたと思ったらちょうど近くに脱出ポッドがあって…」
「さらにちょうど通りかかったシャングリラの自警団にエンドラの位置を教えてもらった…何だか出来過ぎた話だがまあ、生きていてくれて良かった」
「ありがとうございます。ゴットン中尉。疑われるのは最もかと思いますが…」
と、痛いところを突かれそうになったグレミーは何か言い繕おうと思ったが、
「ゴットン!お前は全く疑り深さが服を着て歩いているような男だな!我々は、ジオンの騎士としてこの世界から祝福されているのだ!だからこそグレミーはこうして帰って来ることが出来た!我らの正しい行いはいつも神とハマーン様に見守られているということを忘れるな!」
思いがけず、マシュマーに救われる。本当に読めないお人だ。
「神と…」
「ハマーン様、ですか…」
グレミーとゴットンは恍惚とした表情を浮かべるマシュマーを横目に顔を合わせる。
「ついにハマーン様は神と同格になられたのですね」
そういうグレミーに、ゴットンは大きく溜息をついてから改めて口を開いた。
「それでグレミー、アーガマがシャングリラに入ったというその情報は間違い無いんだな?」
「はい、その自警団の方からの情報です。コロニー内の調査を急ぎましょう」
このシャングリラで、またルーに会えるかもしれない。グレミーの頭の中は半分以上、その思いに占められている。
「はっはっは、グレミー、その意気や良しだ!」
とマシュマーが高笑いをしたところへ、インカムが鳴る。ゴットンがそれを取って
「何!」と叫んだ。マシュマーとグレミーが振り返ると、
「マシュマー様、コロニー内でグレミー機の、ガザCの反応が出たそうです!」
「何!?」
「私のガザCが!?…ええっと、何故だろう、あれは壊れたはずなのに…」
とグレミーはわざとらしくいってみる。これは少々まずい展開だったが…しかしどういうことなのだろう。あの、眉毛の無い男がコロニーに侵入したのだろうか…。
「ふうむ…ゴットン、ズサの整備は終わっているな?」
「ええ…ミサイルポッドは一部しか使えないようですけど」
ゴットンがインカムを持ったまま答える。
「それで十分だ。グレミー、ガルスJの操縦シミュレーションは済ませていたな?」
「はい、動かすことは出来ると思いますが…」
「よし、お前に自機奪還のチャンスをやろう。ついて来い!」
「は、はい!」
この人は、本当は全てわかっているのだろうか?全く読めない人だ、と思いつつ、
「ルーさん、私の女神…どうか再び巡り会えますように…!」
そう祈りながらマシュマーの背を追った。
「うっ、何よ今の…」
ルーは、背筋を走る悪寒にぶるっと身体を震わせた。
「風邪かしら…?ああいやだいやだ、さっさとアーガマを連れてラビアンローズに戻らないと着替えも出来やしない」
ルーのコアファイターはシャングリラの上空を一路、アーガマのいるジャンク山まで向かって飛んでいた。元々正式に入港許可を取っていたことと、それを知ったエゥーゴの協力者たちのおかげでアーガマの位置まで教えてもらっていた。おかげでここまでは順調だったのだが…。
「お、あれね…ん…?何だか騒ぎになってる…?」
ルーはようやく見つけたアーガマの様子にいぶかしみながらも減速し、裏の格納庫付近に垂直着陸する。ヘルメットを脱ぎ、少し髪を整えてからコアファイターのハッチを開けた。
「はあい、みなさんごきげんよう!」
こんなかわいいパイロットが突然現れたらクルーたちはさぞ驚くことだろう、と思いながらルーは笑顔を振りまいたが、
「おい、こんなところに着陸して!危ないじゃないか!」
そんなのんきな状況ではないことにすぐに気が付いた。ひどい喧騒の最中に降りてきてしまったらしい。クルーと思われる人たちが走り回り、後ろで大型のトラックが唸りを上げて走り去っていく。誰も自分に注目しないことに苛立ちを覚えつつコクピットから飛び降りると、何か奇妙なものを踏み潰した感触があり、転びそうになる。
「え、ちょっと何これ?オレンジ!?」
ルーのストレスは最高潮に達した。
「何なのよこれ!足が汚れちゃったじゃない!もう!何があったってのよ!!」
ドンドンと地団太を踏んでいると突然、
「あの、すいません!エゥーゴの方ですか?」
一人の少年に話しかけられる。
「は?誰よアンタ!」
かなりの剣幕でそういったのだが、
「さっきのトラック、追ってくれませんか?友達がさらわれたみたいなんです!お願いします!」
相手の方はルーの機嫌など構っていられないほどに切迫した様子だった。
「ええー…?ええっと、あなたは…?」
「イーノ・アッバーブ、アーガマの手伝いをしているっていうか…」
「そう…でも悪いんだけど私も結構大事な任務で来てるのよね。ほんとに、悪いんだけどさ…」
「そんな…どうしよう…!」
なんだって、自分の前には困った男ばかりが現れるのか…ルーはその少年の様子を見て短く溜息をついた。
「ああもうわかったわよ!けど私はあんたの友達がどういう人かなんて知らないんだから、一緒に乗りなさいよ!」
「ありがとうございます!お願いします!」
背の高い少年は、そういって頭を下げた。
ガザCはMSというには少し癖のある妙な操縦系統をしている上に、フレームが脆弱なのか極端に衝撃に弱く、これまで乗って来たティターンズの新鋭試作機に比べれば大きく見劣りする性能であった。だが、ヤザンの技術をもってすれば手足とすることは容易い。慣れてしまえばゼータガンダムなどは物の数ではない…いや、そんなわけはない。
ゼータガンダムはアナハイム・エレクトロニクス社が最新技術を投入して作った超高性能のワンオフ機なのだ。その機体を相手に、こうも一方的に闘えるはずがないのだ…。
「なんだこのゼータは…?あのパイロットじゃないのか?」
ゼータの様子がおかしい。あの、グリプスを巡る戦いの終盤で見せた鬼気迫る力が全く感じられない。それどころか、時折何をしているのか全く要領を得ない挙動をとる。
「コロニー内の戦闘に気を遣っているのか…いや、まるで素人のような…」
自分の言葉でヤザンは気が付く。おそらく何らかの事情で、あのパイロットではなく、素人同然の別の誰かが乗っている…そう考えるのが自然だろう。だがそれでも何かが、ヤザンの戦士としての勘に引っ掛かっている。
「誰が乗っていようとゼータはゼータ、ここ墜とせればそれでいいが…」
そう、呟いたところへ、
『おい、ヤザン!こっちは上手いこといった!もうそっちに向かってるからな!』
ゲモンからの通信が入った。
「ほう、そうか。ガキ共に一泡吹かせたか?」
『おう、主犯格のガキを捕まえた!これから学校に引き渡してみっちり叱ってもらうぜ!』
「お、おう、そうか…。お前、意外と常識があるんだな」
『何言ってんだ。他の生徒の前で叱られりゃこいつらの顔は丸潰れだ!そういうのが一番効くんだよ!』
「なるほどな…フフ…。よし、こっちもさっさと片づける。早いとこ合流するぞ」
『おう!』
あれだけ憤っていたのだから、子供たちを捕まえて多少なりとも痛めつけるのだろうと思っていたが、あんな見た目でも、割合まともな男のようだ。最も、一つのコロニーで一生を暮らしていく者の発想らしいともいえるが…いずれにしてもゲモンという男の感性は、案外悪くないと思えた。そしてそんなことを考えながらも、
「さて…言った以上はきっちり実行せんとな」
ヤザンはゼータガンダムのタックルをかわして、装甲の薄そうな部分にナックルバスターの照準を定めた。
きちんとシミュレーションをこなしていたおかげで、ガルスJは滑らかに動いてくれた。
「コロニー内とはいえ重力があるところだとガザCよりずっと動きがいいな…。さすがは地上戦を前提に開発された新型機だ」
グレミーは前を進むマシュマーのズサを追いながらそんなことを呟き、かつての自機の反応を追っていた。ある程度の位置はわかるとはいえ、コロニーの中は広い。そう上手く見つけられるかどうかはわからない。そんなことを思いながらモニタを見ていると、何やら飛行物体を知らせるアラートが入る。映像を拡大すると、見覚えのある機影が飛んでいくのが見えた。
「まさか…いや、間違いない…ルーさん!!」
『ん?何だ、どうしたグレミー?』
思わず上げた大声に、マシュマーが反応した。
「あ、すいません。あの、マシュマー様、あれです、あれを追いかけましょう!」
グレミーがメインカメラの映像を、ズサに転送する。
『何だこれは…戦闘機のように見えるが…』
「真っすぐガザCの反応に向かっているようです。付いていきましょう!」
『うん?まあ確かにそのようだが…何か確信でもあるのか?』
「きっとルーさんは私がガザCに乗っていると思って会いに来てくれたんだ!」
『何?ルーさん?』
グレミーのガルスJが、マシュマーのズサを追い越して行く。マシュマーが何か言っているようだが、もうグレミーの耳には入らない。そして、図らずもグレミーの言葉通り、戦闘機を追いかけた2機は目的のガザCを発見した。しかも、
『何と!あれはZガンダム!でかしたぞグレミー!』
そのガザCと一緒にゼータガンダムまでいたのだ。
「ああ、ルーさん!やはりあなたは幸運の女神だ!」
上空を旋回する戦闘機を見つめながら、グレミーは思わず叫んでいた。
ジークアクスはいよいよ次で最終回ですねえ。マチュのスマホにメッセージを送っていたのは我々の知る世界のアムロ、ということでいいんでしょうかねえ…。
さて、本編ですが、イーノのいいやつっぷりがもっと世の中に伝わるよう、頑張りたいと思います。