シン訳 機動戦士ガンダムZZ   作:溜め無しサマソ

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1部 シャングリラの少年たち


「カミーユをもうMSに乗せるな、そういうことですか、先生…」

 

ブライト・ノアの言葉にアラブ系の風貌をした白衣の男が軽く口ひげをしごいて頷く。

 

「ええ、先の戦闘を乗り切れたのが奇跡的、といえるでしょう。ファの存在がなければ最悪自我を失っていた可能性すらある…ここの限られた検査でも重度のPTSD、そう診断できます。早いうちにもっと精密な検査をした方がいい」

 

「なるほど…全く、我々大人は何をやっているんでしょうね…ハイスクールの子供を戦争に駆り出した挙句、精神を崩壊させる寸前までこきつかって…それで勝ったところで……」

 

「艦長、あなたのいうことは尤もだが、それではあなたまで気を病んでしまう。カミーユについてはエゥーゴやアナハイムに要請して、いい療養先を紹介してもらいましょう。それが今の我々に出来るせめてもの償い、というものでしょう」

 

「償い…そうですね」

 

エゥーゴの旗艦、アーガマの医務室では艦長であるブライトと主治医のハサンによる話し合いが重く、ゆっくりと続く…。

 

 

 エゥーゴ、とは「Anti Earth Union Government(反地球連邦政府)」という意味の組織名だが、実際にはその構成員の多くが地球連邦の関係者たちで、他に民間人や旧ジオン公国軍人、また主なスポンサーである宇宙世紀最大のコングロマリット、アナハイム・エレクトロニクス社からの出向者で成り立っている軍事組織である。このような寄合所帯の組織が生まれた背景には、少々複雑な事情がある。

 

一年戦争終結後、ジオン公国軍残党によるテロ事件が相次いで発生したため、それを取り締まる名目で地球連邦軍内にティターンズ(TITANS)という組織が生まれた。

 

ティターンズとは神話に登場する巨人、タイタンの複数形であり、その名が指す通り「力こそ正義」という思想を標榜する組織であった。あらゆる手段で軍事力を強化し、その強大な力を以て容赦なくジオンの残党や対立派閥を潰していき、存在感を増していった。

 

そしてさらなる組織の発展を期して構成員の選抜を厳格化、能力はもちろん、地球出身者であることを条件に加えるなどして、「ティターンズといえばエリート集団」という認識を内外に示していく。やがて「ティターンズに所属する者の階級は一般の連邦軍人の一つ上」などという常識外れの好待遇や、一般の連邦軍人とは見た目からして異なる漆黒の制服が若い連邦軍人たちの憧れとなり、宇宙世紀83年に生まれたこの組織はわずか3年ほどの期間で、もはや母体である地球連邦軍を自らの下位組織としつつあった。

 

だが、そこに生まれた増長が暴走を始めるのにもそう時間はかからなかった。ジオン残党の粛清というお題目が拡大解釈され、単に地球連邦に反対する人々に対しても容赦のない弾圧が始まる。

 

とあるコロニーに毒ガスを注入して市民を無差別殺害するに至ったところで、ティターンズの暴挙に対し警鐘を打ち鳴らす組織として誕生したのがエゥーゴであった。最初のうちは宵闇に紛れて活動する旧世紀のレジスタンスのような地下組織であったが、徐々に優れた指導者や技術者、そして出資者を集めることに成功し、さらにティターンズの行ってきた非道を暴き出したことによって世論を味方につけ、ついにはこれを打倒した。

 

そしてその殊勲者が巡洋艦アーガマに配属されたZガンダムのパイロット、カミーユ・ビダンという少年であったのだが…。

 

 

「先ずは何より寄港地を探すべきでしょう。それなりに医療施設の整ったコロニーがいいが…」

 

ハサンの言葉にブライトは考え込む。

 

「しかし、一度は地球圏を離れるといっていたアクシズ艦隊の動きがどうにも読めない。Zガンダムのパイロットがこんな状態であることを知られるわけにはいかないので、どこでもいいというわけにはいかないのですが…おっとすいません、先生にこんな話を…」

 

「いや、構いません。クワトロ大尉までいなくなってしまったんですからね。艦長も相談相手がいなくてお困りでしょう。さて、そうなってくると…ああ、シャングリラはどうです?」

 

「シャングリラ…サイド1の1バンチですか。確かに伝統のあるコロニーですし、設備は一通り揃っているでしょうが…」

 

「古いコロニーというのは隠れ蓑にも困らんでしょう?それになにしろ人類最初のコロニーだ。スペースノイドのために戦ってきたエゥーゴのことを意気に感じてくれている人も多くいるのでは?」

 

「ふむ…そうですね、ここからそう遠くもない。考えてみます。先生、ありがとうございました」

 

そういって、ブライトは医務室を後にする。居住ブロックから艦橋に戻るため艦内の通路を循環しているリフトグリップを握り、それに身を任せて進みながら、頭の中ではこれからエゥーゴがどうなっていくのか、考えを巡らせていた。

 

そもそもエゥーゴという組織はティターンズに対抗して生まれた組織であり、そのティターンズが壊滅した今、存在意義に黄色信号が灯っている。そう遠くないうちに、連邦軍に吸収されるなどして組織の解体が進むだろう。その時、自分たちは一体どうなるのか?

 

元ティターンズの連中はかなり厳しい対応を取られることになるだろうが、連邦軍本体はティターンズもエゥーゴもただのはみ出し者としか見ていないと思われる。ティターンズが存在し続けていたら自分の立場が危うかった連中も多いはずだが、だからといってエゥーゴ参加者を今後優遇していくとも思えない。

 

結局、連邦軍に居残ったままのらりくらりとしていた連中が出世をしていく…そういう組織なのだ。

詰まる所、エゥーゴは勝ったが見通しはそう明るくない。ブライトは地球に残している妻子のことを考えながら、ふと、

 

「シャングリラ…楽園、ねぇ…」

 

そう呟いていた。

 

 

 

 

 

 ハマーン・カーンの苛立ちはここ数日、募る一方だった。

 

「ですから、地球連邦が内輪もめで弱体化した今こそ、我らジオンの旗を再び地球圏に掲げる千載一遇の好機なのです。ここでまたアステロイドベルトに戻るなどありえんことです。どうか、ご再考願いたい」

 

老人たちの繰り返される「具申」にはもう完全に辟易していた。

 

 

一年戦争後、旧ジオン公国軍の軍人の中には終戦を良しとせず、徹底抗戦を主張して宇宙・地球のあちこちで軍事活動を続けようとする者が多く現れた。

 

彼ら戦争継続派の主張は、開戦時のジオンはザビ家を中心とした「ジオン公国」であったが、終戦条約を締結したのは正当な国家指導者を有さない「ジオン共和国」であり、ジオン公国軍人としては到底そのような終戦条約を吞むことは出来ない…というものである。

 

確かに筋の通った話かもしれないが、一年戦争終結間際の時期にザビ家の主だった者たちは全て戦死しており、ジオン公国の代表者を終戦協議の場に出すということは事実上不可能であった。

 

よって、ザビ家統治下にあっても存在していた政府が共和制を復活させ、その首相によって地球連邦との終戦条約は締結されたのだが、サイド3本国や月面のグラナダという都市にはまだ公国軍の余力が残っており、尚且つこの終戦協定は半ば秘密裡に進んでいたため、前線で戦い続ける公国軍軍人たちにとってみればまさに寝耳に水の事態であった。

 

戦争は一応終結したのだが、同じジオンを名乗りながら「共和国」と「公国」の間には大きな対立が生まれるという何とも後味の悪い終わり方が、今なお尾を引いている。

 

ジオンの降伏を認めず、武装解除を拒んだ「公国軍残党」と言われた勢力の規模は、連邦軍がその討伐を理由にティターンズを結成しえたことからみてもわかる通り、決して小さなものではなく、さらにその中で最大の規模を誇ったのがザビ家の忘れ形見である8歳の少女、ミネバ・ザビを盟主とする「アクシズ」という勢力であった。

 

ハマーン・カーンという女性は幼いミネバに代わって実質アクシズを統括する立場にあり、つい先ごろ終結したティターンズとエゥーゴの争いに介入、巧みに立ち回って、最も多くの戦力を温存したまま戦局を乗り切るという軍・政に渡る大きな功績を上げている。ハマーンは、この優位を維持したままアクシズを地球圏から離脱させることを決めていた。

 

ジオン公国の正当な後継者たるミネバの養育にはまだ時間がかかる。せめて彼女が今のハマーンと同じ年になるまでは、これ以上大きな動きを取るべきではない、と考えている。今回見せつけたアクシズの力は地球圏の人々に大きなショックを与えたはずだ。ミネバが成長するまでの間、今まで以上に地球連邦から譲歩を引き出せる見通しが立ったのだから、戦果としてはこれで十分なのだ。

 

「確かに、ティターンズが壊滅し、エゥーゴも消耗している今、地球連邦軍は組織の建て直しから計らねばならず、混乱しているといえるだろう。我が方の力があれば今の地球連邦を叩くことが可能、という話もわからなくはない」

 

ハマーンは座したまま、足元に控える老人たちを見やった。揃いもそろっておよそ好きになれそうもない、狡猾そうな顔つきをしている。特に右端にいる一年戦争時にニュータイプ研究をしていたフラナガン機関の出身だという老人の下卑た面構えは目に入れたくもなかった。

 

「だが、結局のところエゥーゴを切り崩せなかった。お前たちの工作でアナハイムを取り込むことも出来なかったのだろう?」

 

老人たちは一瞬表情を曇らせ、その中の一人が口を開く。

 

「確かに、エゥーゴの元ジオン軍人は我らになびきませなんだな。あの時、シャアをこちらに引き戻すことが出来ていたら、アナハイムのこともまた話は変わってきたのでしょうが…」

 

この老人共は自分たちが無能であるということに気づいていないらしい。ハマーンはこみ上げる笑いをかみ殺した。

 

「いない人間をあてにしてどうする…お前たち自身は何をしていたというのだ?」

 

「な…我々とて…」

 

「私がティターンズとエゥーゴを相手に交渉をして、前線で戦ってシャアを倒したからこそ今のアクシズの優位があるのだ。その間、お前たちは何をしていた?そう聞いている」

 

これには場の老人たちも言葉が無かった。確かに、先の戦いにおけるハマーン個人の活躍は圧倒的であった。強いて失点を挙げるとすれば、最終局面でベテランパイロットたちを多く失った、ということくらいだろう。だが、戦場に赴くことさえしていない男たちには、そんな指摘をする資格すらない。

 

「残念だがお前たちの里心に付き合ってはやれんのでな」

 

情けない老人たちを一瞥し、結局時間の無駄だったと思い席を立とうとしたところへ、

 

「ハマーン様、火急のご報告です」

 

脇に控える長身の男が、手にした端末を示しながらそういった。

 

「何だ…構わん、見せてみろ」

 

「はっ…」

 

そういって手渡された小さなモニタには、確かに火急の報告というに相応しい二つの知らせがあった。ハマーン自身、一瞬顔を歪ませる。それを目ざとく見つけた男の一人が、

 

「何用ですかな?」

 

などと口にした。質問をしていたのはこちらなのだが、とハマーンは思ったが、この老人たちを利用するにはちょうどいいタイミングだ、とも考えた。一瞬の間の後、

 

「アーガマが見つかった。サイド1宙域を航行中とのことだ」

 

そう答える。すぐに、老人たちが互いの顔を確認するような動きを見せた。 

 

「アーガマにはZガンダムとそのパイロットのニュータイプがいる。これを残したままにしておくのは我々、いや、ミネバ様にとって後々の憂いとなるだろう…。幸いサイド1は近い。ここはお前たちの意を汲んで、威力偵察を兼ねた先遣隊を送る、ということにしても構わん」

 

「…アーガマを牽制しつつ、サイド1が我々に友好的かを確認する…そういうことですかな?」

 

「そうだ」 

 

これは老人たちにとっても悪い話ではないはずだ。ここで各サイドの反応が良ければ地球圏へ残ることを主張する根拠ができるし、そうでなければハマーンのいうことを聞いて地球圏侵攻を諦めればよいだけの話だ。自分たちの腹は何も痛まない。老人たちが頷きあうのが見えた。

 

「その先遣隊派遣、是非にもお願いしたい。テストを行いたい試作MSも何機種かありますので用意いたします」

 

「そうか、ならば船についても新造の巡洋艦を充てるか…派遣する将兵の人選だが…」

 

「若手を中心に選抜されるのがよろしいかと」

 

ハマーンが頷くと、あのフラナガン機関出身の老人が口を開いた。

 

「失礼、そういうことであればこちらから一人、そうですな、軍監としてつけていただきたい者がおるのですが?」

 

「軍監…誰だというのだ?」

 

「はっ、ハマーン様もご存知かと思われます。トト家の令息でして…いつまであれを一兵卒のように扱うつもりだ、と苦情が入っておりましてな」

 

トト家、といえばサイド3でも有数の貴族であった家だ。とっくに没落していたが、一年戦争の際にザビ家と何やら上手く結びついて家勢を盛り返していた。

 

「ああ…確かグレミーとかいったか。優秀な男だと聞いている。いいだろう、加えておけ」

 

「ありがとうございます」

 

そういって老人は歯の抜抜けた笑顔をのぞかせた。ハマーン自身、貴族というものに抵抗は無い。

そもそも自分の家がそのようなものだし、何より家名にかけて働くのであればおかしなこともしないであろう。家名を実力と勘違いさえしなければ、そこそこに扱いやすい者たちだと思っている。

 

「アーガマはエゥーゴの虎の子、奴らの現状は出来るだけ早く掴んで叩けるときに叩いておきたい。試作MSの件、至急手配するように」

 

ハマーンはそういって立ち上がり、謁見の間を後にする。それからすぐに、執務室に向かった。部屋に入って、一つ溜息をつく。

大きなアンティークの机につき、2、3の動作で正面にスクリーンを開く。先程受けた報告の詳細が、一人の男の映像と共にそこに浮かび上がっていた。

 

「生きていたか、シャア…」

 

ハマーンはスクリーンの男に向けてそう、呟いた。それはつい最近、月で取られた画像らしい。取り巻きに囲まれ、一応顔を隠すような素振りは見せているが間違いない、それはシャアだった。アーガマの所在とシャアの生存、その二つが彼女にもたらされた火急の知らせ、であったのだ。

 

シャアが生きている…その一文を読んだ時、ハマーンは自分の中で何かが昂揚するのを感じた。胸の一部が甘く痺れた。あの時確かに、自分の目の前であの男の乗ったMSは大きな爆発に巻き込まれた。死んだとばかり思っていた。それでいいと思っていた。

 

だが、シャアは生きていたのだ。

 

ハマーンは、アーガマとサイド1の調査を理由に先遣隊を派遣するといった。これは地球圏へ残る可能性を示したことになる。アクシズは地球圏を去る決定をしていたにもかかわらず、何故こんな、自らの言葉を翻すような提言に及んだのか…ハマーン自身その本当の理由はわかっていた。

 

一人の男への愛憎入り混じったこの感情、この執着こそが地球圏残留への決め手に違いないのだ。

 

「ふふふ、私も女ということか…」

 

ハマーンは一人、そう呟いてから通話回線を開いた。すぐに、取次の者が画面に現れる。

 

「何かご用でしょうか?」

 

「マシュマー・セロを呼べ」

 

「はっ、承知いたしました」

 

回線が切れ、再び静寂が訪れる。ハマーンは立ち上がり、窓の方へ向かう。その小さなガラス越しに、月の影を探した。

 

 

 

 

 




エゥーゴについては個人的に馴染みのある「Anti Earth Union Government」を採用していますが(昔のプラモの説明書はこうだったはず…)、最近では「Anti Earth Union Group」の方が一般的のようですね。まあ、正式名称が絞られていないというのがいかにも地下組織という感じでいいのではないかと思います。
今回もZまでの組織、キャラクター紹介で説明多目でした。お付き合いありがとうございました。
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