リィナが消えたと聞いて青ざめたのは何もジュドーたちだけではない。ブライトもまた、強烈な自責の念に苛まれていた。
「やはりリィナは帰しておくべきだった…せめてラビアンローズに残しておくか、アーガマに連れて来ていれば…」
艦長室でブツブツとそんなことをいっていると、備え付けのモニタにブリッジのトーレスから通信が入った。回線を開く。
「何だ?」
『あ、お休みのところすいません。ラビアンローズのエマリー艦長代理からです。艦長につないでほしいと』
「何?」
とブライトがいうが早いか、
『ブライト艦長…あ!すいません。お休み中だったんですね!』
モニタにエマリーが現れたかと思うとすぐに口元を押さえて顔を赤くした。確かに支給品の白いシャツ一枚ではあったが、別にそう驚くほどの姿ではない…と思うのが既に長年男所帯で暮らしている者の感覚、ということなのだろう。ブライトは慌ててモニタから離れ、制服を羽織って一つ咳払いをしてから、再びモニタのエマリーの前に戻る。
「ああ、失礼しましたエマリー艦長代理。それで、ご用の向きは…?」
『あ、こちらこそ失礼しました。あの、ちょっと思い出したことがあってアナハイムのデータベースにアクセスして確認したんですが、やはりこの辺りには今も使われている、コロニーのプロトタイプがあるようなんです』
「コロニー?妙ですね。この辺りは隕石群ばかりのはずですが…」
『はい、そうなのですが、かつてサイド1のこの宙域にはコロニー建設に従事した労働者のための、まだコロニーとは呼べないような居住施設がいくつかあったはずなんです』
「ああ、そういえば…そんな話がありましたね」
それはまだ宇宙世紀という呼び名が定着していない頃の話だ。初期の「密閉型」といわれるスィートウォーター型コロニーのプロトタイプとでもいうべき施設がこの辺りに存在していたというのは聞いたことがある。この才媛はそんなことにも詳しいらしい。
『リィナさんが飛ばされた方向のシミュレートの中でこの宙域という可能性もありましたし、アーガマはシャングリラで十分な補給も出来ていませんから調べてみるのもよいのでは、と思いまして…』
「なるほど…」
『いかがでしょう…?』
自分がくよくよと後悔している間にこんな事を思いついているとは…ブライトは感心すると同時にアーガマのことを心から考えてくれているこの女性にさらなる信頼と敬意を抱いた。少し考えた後で、
「わかりました。良いご提案、感謝します。周辺を調査してみましょう。トーレス、ジュドーとエルをブリッジに呼んでおけ」
それだけ言って回線を切り、自身もブリッジへ向かうために再度身なりを整えた。
「ちょっと聞いた、ミリィ?『良い提案、感謝します』ですって!」
弾けるような笑顔でそういうエマリーは素直にかわいいとミリィは思う。が、その浮かれようを理解することは出来ない。
「艦長代理は本当にブライト艦長がお好きなんですね」
「え?あらやだミリィ!あなたそういうことに関心あって!?」
「あのですねえ…私も一応年頃の乙女なんですけどねえ…」
「あら良かった!あなたったら新入社員の頃からメカにしか関心がないから、あいつはミリィ・チルダーじゃなくてチルドだ、いやチャイルドだ、なんていわれてて心配してたんだから!」
「え、私、そんなこと言われてたんですか…まあ、何をいわれても構いませんけど…」
メカにしか関心がない、というのはあながち間違いでもないため本当に構わないのだが、それで何故エマリーが心配するのかはイマイチわからなかった。怪訝そうな顔をしていると、
「私が何であなたのことを心配したか、わかる?」
エマリーはミリィの顔をのぞき込むようにしてそういってきた。
「いえ…」
「あなたのことはね、最初から目を付けていたの。MSについて話せる女子が来た、って聞いてたからね」
何故か得意満面の笑みを浮かべるエマリーに、ミリィはこれまでのことを思い出していた。そういえば、この先輩とは部署が全く違ったにも関わらず会えば何かしら話をしていたような気がする。ミリィの方から声をかけるようなことは滅多に無いので、やはりエマリーから声をかけられていたのだろう。
「エマリー先輩は本当に物好きですよね。広報からエゥーゴへの出向を希望するなんて信じられないってあの頃ウワサになってましたよ」
「広報なんて…あんなところにはいつまでもいられないと思っていたから渡りに船だったのよ。おかげでこうしてあなたとゆっくり話せるようにもなったしね」
そういって伏し目がちに見つめてくるエマリーは、女の自分でもゾクっとするほど蠱惑的だ。これだけ容姿に恵まれているなら大人しく花形部署にいればいいものを…とは思うが、そんな人が自分に興味を持ってくれているというのは、嬉しくないといえばウソになる。
「もう…そんなこといって、本当はブライト艦長と接点が出来たのが一番嬉しいんでしょう?」
「あらぁ、いうじゃない!」
最早隠そうという気もなく、嬉しそうにほほを押さえながらそんなことをいうエマリーに、ミリィは溜め息をつくしかない。
「まあ、業務に支障のない程度でお願いしますね」
「ええ、わかってるわよ。あ、そうだ!あなたもアーガマでいい男見つければいいじゃない。トーレスさんとかアストナージさんとか、どう?」
何が「そうだ!」なのだろう。
「結構です。私は男に身を預けるなんて考えただけでゾッとします」
「あら、潔癖ねえ。でもそのうちいい人が現れるわよ!さあさあ、それじゃ行くわよ!」
「え?行くってどこへ?」
「アーガマに決まってるじゃない!いいだしっぺなんだから調査に協力するのは当然でしょう?」
この人にはかないそうもない。軽やかにステップを刻み始めた細い足を、もうほとんど何かの魔法にかかったかのように、ミリィはフラフラと追いかけた。
宇宙に出るのはやはり気持ちがいい。ジュドーは久し振りに座ったダブルゼータのコクピットで思い切り背伸びをしていた。
「さーて、調査調査。リィナが飛ばされてるかもしれないコロニーのプロトタイプ、か…そっちはどうだ?エル、ルー!」
『今の所、特に何もないわね。ほらエル、岩が多いから気を付けて!』
『あ、うん、ごめん…』
ブライトに呼び出されたジュドーとエルは、とりあえず色々と騒動を起こしたことは許されて、指定された宙域の調査を行うよう指示された。ジュドーはダブルゼータで、エルは量産型百式改のサブシートにルーがついて操縦を教えながら任務にあたっている。
「気を付けろよ、エル。シュミレータは結構やったみたいだけど実際の操縦はまた別もんだからな!」
『あ、うん。わかったよ…』
エルの調子は相変わらずだ。
「もういいから元気出せよ、エル!大丈夫、リィナはきっとすぐに見つかるさ!」
『うん、でも…』
『ああ!ちょっとエル、しっかり前を見なさい!ってダメ、もう間に合わないからビームライフル撃って!』
『あ、ごめん!』
岩にぶつかりそうにでもなったのだろうか?まあルーがついていれば大丈夫だろう。ジュドーは改めて自分の担当エリアの宙域を調べ始める。ブライトからの指示には、ダブルゼータの慣熟運転も含まれている。
「ま、エルのやつも少しは気分が紛れるだろうし…ブライト艦長も気を遣ってくれたのかな…?」
そういって背中のビームサーベルを試しに引き抜き、振ってみる。出力を抑えていたにも関わらず、形成されたビーム刃は思いの外大きく、近くにあった岩が真っ二つになった。何とも凄まじい威力だ。
「こいつはすごい…けど、パワーは弱目にしてたんだけどな…」
などといっていると、サブモニタにさっきサーベルを振った際の速度と、ビーム刃の出力がグラフになって表示された。この両者は相関関係にある、ということだろう。
「なるほど、振った速さに連動してビームが出力されるのか…すごいな。」
パイロットスーツの動きもスキャンしているらしく、少し調べるとジュドーの操作がどの程度のスピードであったのかも記録されていた。
「へえ…これで無駄な動きをしてるかどうかもわかるのか…うん、でもやっぱり出力調整
が難しいな。余計なエネルギーは出来るだけ使わないようにしないと…。こいつの稼働時間、ゼータより短いしな…」
リィナのことを考えても気が急くばかりでエルにもプレッシャーを与えてしまう。ジュドーはダブルゼータの「大食い」を制御していくことをとりあえずの目標にして、余計なことは考えないようにしていた。そこへ、
『うわ、あれってミラーなの!?』
『そうみたいね…こちらルー。アーガマ、聞こえますか?』
開きっぱなしの回線からエルとルーの声が漏れて来た。
『どうした!』
と、いうブライトの声に、
『あ、艦長。見つけちゃいました…。あれ、コロニーだと思います。映像回します』
ルーがそう答え、同時に量産型百式改のカメラ映像が共有される。なるほど、コロニーといわれればそうとしか見えない、人工物の姿がそこにはあった。
『ほう…本当にあるものだな…。よし、ダブルゼータも合流してくれ。アーガマもそのポイントへ向かう』
「了解」
とジュドーが機体をターンさせた、その時だった。
『聞こえますか、こちらはムーンムーンです』
突然、若い女のものと思われる声がコクピットに響いた。まず、美声といっていい声音だが、
『聞こえますか、白い船、そして巨神たち』
妙に抑揚が無く、さらに意味不明なことをいっている。
「何…?巨神、だ…?」
『この声、あのコロニーからっていうのは間違いないみたいだけど…どうします、ブライト艦長?』
ルーの問いからややあって、
『聞こえております。ムーンムーン…そう、おっしゃいましたか?』
ブライトが応じた。アーガマとダブルゼータが、指定のポイントに到着する。ジュドーは、そのかなり変わった形のコロニーを肉眼で確認した。
『白い船の方ですね。そうです。我々はムーンムーンの光族です』
『ヒカリ…族?』
『そうです。あなたがたが水や食料を必要とするならば、我々にはそれに応じる用意があります』
『それは願ってもないお話ですが…』
『あなたがたが望むのであれば、入港を許可しましょう』
やや一方的な会話に聞こえる。ジュドーは何となく不安を覚えたが、
『…感謝します。では、誘導をお願いします』
ブライトはそう答えた。女の声が続く。
『わかりました。しかし、その大きな花のような船が入れる大きさはありません。白い船と巨神のみで、そして必ず責任者を伴っておいで下さい』
その答えと同時に港の位置が送られて来て、通信が切れた。
「ラビアンローズは入れないってことか…ブライト艦長、とりあえずダブルゼータと百式が先に行くよ」
『頼む』
ブライトの短い返事の後、エルとルーが何やら騒いでいるのが聞こえたが、エルもなんとか操縦出来ているらしい。ジュドーは注意深く進路を確認しながらダブルゼータを進めた。
ちょいと大阪・関西万博に行っておりました。いやあ、とんでもない人の数でした。予約が当日まで取れなくでどうなるかと追っていたガンダムパビリオンにも何とか行くことが出来ました。いやあ、いいものでしたよ。
さて、ご覧の通りでムーンムーン編に入ります。このシン訳ZZの内容をいろいろと構想していた当初は、ムーンムーン絡みの話は完全にスルーするつもりだった…のですが、ムーンガンダムをはじめ何となく無視出来ない感じになってきたので取り入れることにしました。
原作アニメとはちょっと違う感じになりますが、よろしくお願いします。