まさかコロニーの中でこんな暮らしをしている人たちがいるとは思わなかった、というのがアクシズメンバーたちの率直な感想だった。ゴットンは自分たちを囲みながら進む槍を携えた男たち、そして眼前にそびえ立つツタに覆われた巨大な建造物を見上げながらそう思った。
それにしても、
「確かに責任者が来いということでしたが、何も本当にキャラ様自らお越しにならずとも…」
丸一日以上、港に閉じ込められていたから、ということもあるのだろうが、やや興奮気味に隣を歩いている新たな上官は、果して、自分の立場をわかっているのだろうか?
「何言ってんだい。こんな辺境のコロニー、今見ておかないと二度と見られないかもしれないじゃないか」
「いえ、何だかこちらの常識が通じる相手では無さそうですし、キャラ様の御身に何かあったら…」
「フフフ、来てみるもんだよ。こんなに自然が豊かなコロニーなんて聞いたことがない。んー、清々しい空気じゃないか!」
ゴットンは周囲の兵士たちに聞こえないよう小声でいったのだが、キャラの方はお構いなしで大きな背伸びをしている。どうやら自分はマイペースな上官に縁があるらしい。
エンドラ隊が船外活動中にこのコロニーを発見したという一報をランドラに入れた直後、妙な女の声に招かれてランドラはこのムーンムーンに乗り入れた。丸一日待たされた後で「聖殿」なる場所へ来るように、と言われてここまでやって来たわけだが…やはりここはおかしなところだ。
「聖殿」の前に着き、改めてその威容を眺めていると、傍の男たちが長い、とても長い階段を上り始めた。
「あの、エレベーターなんかは…」
「何?えれべーた…?」
「はいはい、無いんですよね。全く…」
ブツブツといいながらもランドラクルーたちは階段を上り切った…かと思うとさらに奥の間へと誘導される。
「結構歩かされましたね…」
とゴットンがボヤくと、
「情けない!軍人がこんなことで弱音を吐くな!」
少し息が切れて不機嫌な様子のキャラに一喝された。
「おいお前たち、モタモタするな!」
腹いせに、上陸を希望したにもかかわらず、すっかり元気を失ってしゃがみこんでいるシャングリラからの民間人たちを怒鳴りつける。
「うるせー…、こんなに歩かされるなんて聞いてねえぞ…」
図体のでかいのがそう言ったが、一緒にいる子供二人はそんな元気もないらしい。口を開けたまま荒い息をしている。トレーニングも行わずに無重力下で暮らしているからそうなるのだ。
「全く、情けない奴らだ…」
そういいながら正面に向き直ると、何やら雰囲気のある老人が出て来た。周囲の男たちが恭しく礼をしながら道を開ける。
「ようこそ、ムーンムーンへ、赤い艦の方々。私は光族のロオル、巫女に仕える伝道師をしている者だ」
ゴットンとキャラは顔を見合わせる。こんな名乗りを受けたのは初めてだ。
「ははあ…光族、ですか…その、伝道師…といいますと?」
「『光の教え』を誤ることなく人々に伝え、導く…そういう役目を受け持つ者のことだ」
「光の教え…なるほど、このコロニー独自の宗教ってところですか」
ロオルと名乗った老人が、白髪頭を縦に振る。
「まあそう思っていただいて構わない。だが『光の教え』は宗教というより日々の暮らしと共にある掟、といえるものだ。我々は『光の教え』を守るからこそ光族なのだ」
生活の様態が宗教の規範に則っている、ということなのだろう。宇宙世紀以降も新旧含めて様々な宗教が存在しているが、生活にまで影響を与えるようなものはあまり聞かない。一応、アクシズの士官ともなれば旧世紀の歴史を学ぶ「地球史」を修めているので、こういった宗教と生活の結びつきを理解することは出来る。
「ふうん。なかなか面白い生活をしてるみたいだねえ。アタシはさ、こういうの嫌いじゃないな。自然と一緒に生きてるって感じでさ」
「ほう、我々の暮らしを理解していただけるか。光の巫女よ、我々の救世主とはこの方々か?それとも白い船の方々か?」
白い船の方々…その言葉を聞いてアクシズの者たちは息を飲む。
「おいゴットン、白い船っていうと…」
「ええ、まさか…」
二人が小声で話していると、聖殿の奥、正面のベールがゆっくりと上がっていく。
少し見上げるような位置に、玉座に奉じられた少女の姿があった。両脇には侍女らしき女たちがおり、それは巫女というよりさながら女王、といった風体だ。
「それはすぐに…そう、すぐにわかるでしょう」
女王のような巫女のその声は間違いない、自分たちをここに招いたあの声だった。そして、その言葉の通りということか、後方の、先程上がって来たあの長い階段から自分たちとは違う軍服の一団が現れた。
「おい、あれ!」
「ビーチャとモンドじゃない!」
「おーい!ビーチャ、モンド!」
長い階段をやっとの思いで上ったそこには、思いがけず探していた仲間の姿があった。ジュドー、エル、イーノが駆け出す。
「お前ら…!」
「え、みんな!?何で!?」
グッタリしていたビーチャとモンドも立ち上がり、5人は輪になって肩を叩き合った。
「良く生きてたな!」
「お前らこそ!」
ジュドーとビーチャも、今は互いの無事を喜び合った。互いの中に、今までの禍根など大したことは無かった、という共感さえ生まれていた。
「んあ…シャングリラのガキ共…?」
一人、間の抜けたことをいう中年はいたものの、
「良かったよう、二人とも無事で…」
エルがそういって涙ぐむと、今度は一気にしんみりと感動的な空気が広がった。ルーはその輪に踏み込めずにいたが、まあ良かった、と思いながらそれを眺めていた。そう、子供たちは、それで良かったのだが…。
それぞれの後ろにいる大人たちはそうはいかない。
「アクシズの連中か…!」
ブライトはエマリーをかばうようにして、前に出る。それに対して、
「野郎…!よくもエンドラを!」
アクシズの兵士が数人、今にも掴みかかろうかという勢いで迫ってきた。が、
「お止めなさい。このムーンムーンではいかなる争いも許しません」
そう、エゥーゴの人々にとっても聞き覚えのある若い女の声が響き、同時にムーンムーンの男たちが両者の間に割って入って来た。それぞれに槍の穂先が向けられ、さらに、ロオルが進み出てくる。
「あなた方の間にどのような確執があるのか知らんが、それは我々には関係が無い。今、あなた方は等しく我々の客人であり、客人は主人の言うことを聞くものだ。ここでの勝手は許さない」
その威圧的な物言いに、両者は緊張感を維持したまま立ち止まった。ブライトはロオルに非難の目を向けた。
「敵対する者同士を一度に呼び寄せればこうなることは明らかでしょう…!あなた方の目的は一旦何なんです!」
それは、アクシズの面々にとっても聞く必要のある問いであった。故に、両陣営の不審の眼差しがロオルに向けられたわけだが…この老伝道師は何故か満足そうに笑みを浮かべて口を開く。
「我々の目的…それは『光の教え』を遍く全ての人々に伝えることにある」
ロオルはさらに前へ進み、エゥーゴとアクシズ、両者の間に入っていく。槍を持った男たちは円を描くような配置になり、両陣営を威嚇したまま穂先を天に捧げるように持って、直立した。その中央で、伝道師の演説が始まる。
「人類は新たな世紀を自らの手で迎え入れたにも関わらず、客人たちよ、あなた方のように未だに争いを続けている。我らの父祖はこのコロニーに入ってその愚を悟り、必要以上の文明は全て放棄すると決めたのだ」
「文明を放棄…ですって?」
ブライトの言葉にロオルは頷く。場にいる「客人」たちは、半ば絶句する。
「コロニーに住んでいながら文明を拒否するなんて…矛盾しているのではないですか?」
ここぞとばかりにブライトの肩にしがみつくエマリーから出た言葉は、客人たちには当然の感覚だった。
「そうだよ。コロニーが故障したらどうするんだよ」
「それに文明を捨てるって…そんなことしたらケガや病気だって治せなくなるんじゃないの?」
ジュドーと、それに続くイーノの指摘もまた、最もだった。だが、ロオルをはじめ、ムーンムーンの人々は動じる気配もない。
「コロニーについては最低限の修理を行う者たちがいる。だが、ケガや病気については人間の有する治癒能力を尊重し、元来自然界に存在しない薬を使った治療などは行わない」
ブライトはやや唖然としながらも、
「それでは…外科手術も、再生治療も行わないと…?」
そう、尋ねる。
「人が人の身体を切ったり、まして模造をするなど人の領分を超えている。人が人を救えるなどと思うこと自体、既に人の思い上がりなのだ」
「何よそれ…それこそエゴじゃないの?それじゃ救える命を救わずに見捨てるのと同じじゃない」
ルーが、少し苛立った口調でそういった。
「ならば聞くが、それらの処置を施したところで人が無限に生きることが出来るのか?」
ルーは溜め息をついて呆れ半分に両手を広げる。
「は?無限に生きる人なんているわけないでしょ?ちょっと話のスケールずれてません?私はその時の最善を尽くさずに人を見殺しにしていいのかって聞いてるんですけど?」
「お前のいう最善とはなんだ?それはその時点で出来うる限り高度な治療を受けさせる、ということではないのか?」
「え?ええ、そうだけど…」
「ではその人類最先端の高度な治療は、誰もが平等に受けられるものか?」
「そりゃ誰もが平等ってわけにはいかないでしょうよ。ねえ、聞いてるのは私の方なんですけど!」
ルーの苛立ちが強くなっているが、おそらくこれが相手のやり方なのだろうとブライトは思う。なかなかに弁論慣れした強かな老人のようだ。それにしても、妙な話になってきた。
「ふむ、いいだろう。では我々の、光の教えの見解を話そう。今もいったようにそもそも医術には程度の差があり、万人が最高のものを享受することは不可能だ。一般的にいって高度な治療を受けるには金がかかるし、しかも設備の整った場も必要だろう。則ち持たざる者は命短く、より多くを持つ者はその命を長らえる…そういうことになる」
「それは…ちょっと極端だと思うけど…」
ルーが言い淀むとロオルはすかさず、
「だが事実だ。我々は、そのような医療を否定する。何故ならばそれは命の価値に優劣をつけるということになるからだ」
強い言葉で畳みかけて来た。
「い、命の優劣って…」
「ことは医療だけにとどまらん。人類の平等と平和を考え抜けば過剰な文明はむしろ弊害にしかならんのだ。何故かわかるか?」
その場が静まり返る。問いかけがあったとはいえ、どう答えたところでロオルの持つ結論に向かうだけだろう。最早この老伝道師の独壇場だ。
「文明とは、人類の驕りであるからだ!全てを自然に委ね、その中で他の生き物と変わることなく子を産み、育て、そして死んでいく…この生活にこそ真の平等と平和があるのだ!」
槍を手にした男たちから歓声が上がる。ロオルはそれを両手で制し、ブライトに向き直る。
「ではその者の質問に戻ろう。繰り返すが我々の目的はこの光の教えを外の世界の者、本来人のあるべき姿を忘れた者たちへ伝えることだ。そのためにお前たちの船と巨神を使いたい、そういうことだ」
「文明を否定するために我々の船を使うと…?」
「無理強いをするつもりはない。まずは光の教えを広めた上で、行き過ぎた文明を徐々に排除していく。これに同意するのであれば、力を貸してほしいと考えている」
「はあ…」
「何、難しい話ではないだろう?」
何という浅はかな連中だろうとは思ったが、ここでそれを口に出して無事に済むとは思えない。かといってこんな輩を船に乗せるわけにもいかない…さて、どうしたものか…ブライトは躊躇った。
「光の教え」の解釈については、福井さんがムーンガンダムでヒッピー文化っぽいもの、としています。ベトナム戦争時にインテリがはじめた自然回帰主義って感じですかね。まあ、ヒッピーよりは禁欲的なもののようですが…(笑)。
日本におけるヒッピーは1960年代に学生運動なんかと結びついてラブアンドピースをフォーク音楽で訴える人たち(ざっくりし過ぎ)といったイメージがあり、おそらくこれが後に竹の子族にも繋がって現在にも影響を与えていると思われます。
ヒッピー文化の担い手たちは過激に政治的メッセージを打ち出していく学生運動とは違い、コミューンを作ってオーガニックな生活を目指すような人たちもいて、それがやがて宗教の母体となるようなこともあったので…本作の「光の教え」ではその辺の思想を宇宙世紀風にしてみようと思った次第です。