「ははは、いいじゃないか、光の教え!私は嫌いじゃないよ」
キャラは手を叩きながら槍を手にした男たちを押しのけ、ロオルと対峙する。
「ふむ、先程から…お前はなかなかの識者のようだな」
「はっ、それはどうも。まあ、その光の教えってのは何だか少しジオニズムに似ているからねえ…」
ジオニズムとはジオンの理想をまとめた思想のことであり、ジオン系の軍人であれば一応、その思想の実現こそが自分たちの戦う理由だと考えている。この思想において、人類は全て地球を離れてスペースコロニーで暮らし、地球と宇宙の人々の間にある対立構造を根本から排除した上で、人類は地球の自然が回復するのを宇宙から見守ればよい…とされている。
文明を排除する、という決定的な違いはあるものの、自然を尊重して人同士の争いを無くそうという光の教えは、確かにジオニズムの片鱗が垣間見えるものではある。
「ならば我々を外の世界に…」
「おおっと、そう簡単にはいかないよ。お前たちのような世間知らずを軍艦に乗せた日
にゃ何が起こるかわかったもんじゃないからねぇ…ゴットン!MSを呼べ!」
ゴットンが返事をして何やら動き始め、ロオルが血相を変えて男たちと共にキャラの前に立ち塞がる。
「我々が世間知らずだというか?」
「ああ、世間知らずでおめでたいよ、あんたたちはさ…うらやましいくらいに、ね!」
キャラはそういうと、腰から銃を取り出して構える。アクシズの兵士数人がそのキャラを囲んで同様に銃を構えた。
「あたしら軍人ってのはテクノロジーに命を預けてるんだ。つまりは文明の信奉者ってことさ。それは…向こうの連中も同じだよ」
キャラはアゴをしゃくってブライトらを指す。
「なるほど、そういう人間たちが我々の意を汲むはずがない…ということか」
「ははは、それくらいはあんたたちでもわかるんだねえ。そうさ、あんたたちとは相容れない。けど…どうしてもっていうなら私たちの船に乗せてやらなくもない」
「なに…?」
「態度を弁えろといってるんだよ!」
キャラの言葉に、激高したと思われるムーンムーンの男の一人が槍を振り上げて来たが、瞬く間にアクシズ兵が発砲してその槍を吹き飛ばした。男は何が起きたのかわからない、といった様子で立ち尽くす。
「まさか…銃も知らないってんじゃないだろうね…」
キャラは構えを解いて半ば呆れながらそういうと、今度はエゥーゴの方が身構え始めた。
「おや、エゥーゴの皆さんはやる気かい?」
「ここでの争いは控えるようにいわれたばかりだろう。現地の方たちに手を出すのは止めろ」
そういった司令官らしき男を忌々しいと思いながら、キャラは、この男をどこかで見たことがあるような気がしていた。
「ふん、何正義の味方を気取ってるんだい。あんたたちだってコイツらがどうしようもない連中だってことはわかっただろうに……ってお前、あれだな!ホワイトベースのブライト艦長だな!?」
しゃべりながら唐突に思い出した。
「そう…だが」
そのブライトの微妙な反応を見ていると、脇からゴットンが小声でささやいてくる。
「キャラ様、ブライト・ノアは、今はアーガマの艦長なんですよ?」
「わかってる!けど士官学校の教科書にも載ってる有名人なんだぞ?実際に会えたら驚くじゃないか!」
「いや、あの…キャラ様以外は全員気付いていたと思いますが…」
「何!?」
およそ周囲の人々の反応を気にしないそんなやりとりを繰り広げているところへ、その場を覆う大きな影が出来る。
『キャラ様!Rジャジャを持ってきました!』
上空のガザDから、割れんばかりの音声が響いた。ガザD2機が、キャラの愛機、Rジャジャを間に挟むようにして持って来ていた。赤を基調とした西洋甲冑のような装甲をまとったMSだ。
「よし!ここに下ろしな!」
暴風を巻き起こしながら3機のMSが聖殿のすぐ脇に着陸し、同時に地震のような揺れが建物全体を襲う。だが、それに足を取られているのはムーンムーンの者たちだけだ。アクシズやエゥーゴの者たちは衝撃に合わせていち早く身をかがめていた。
「ええい、うろたえるな!」
ロオルがそう叫ぶものの、男たちは「巨神だ!、巨神だ!」と騒ぎ立てて右往左往している。それを見てあざ笑うでもため息をつくでもなく、キャラはガザDが伸ばして来た手の平に飛び乗ると、Rジャジャのコクピットに滑り込んだ。
「フフフフフ、MSのコクピット!ああ、上がって来たー!」
キャラ・スーンという人間は、どういうわけかMSに乗ると極度に興奮してしまう。
MSに搭乗している際の精神状態は全てのパイロットがチェックを受けるのだが、キャラの場合、大きなものに拘束されながらも、それを自在に動かすということがマゾヒズムとサディズムを煽り、情動が暴走する傾向が見られる…そんな分析をされ、あまり長くこの状態が続くと心身に不調を来す、とまでいわれたことがある。だが、そんなことはどうでもいい。長生きしたければ軍人の道など選ばない。どこか背徳感のあるこの高揚感に包まれていると、自分は気持ちよく我を忘れられる…それだけわかっていれば充分だ。
「ハハハハハ!行くよ!この原始人共がー!」
Rジャジャは大きく右手を振りかぶると、聖殿めがけてその拳を撃ちこんだ。一応、人がいないところを狙ってはいたが、眼下では落ちて来たガレキを避けようと大混乱になった。それを見てキャラは、逃げ惑う人間たちのことはさて置き、妙なことに気が付く。
「何だ?この建物…石造りってのは見た目だけか…?」
Rジャジャの右腕をゆっくり抜いていくと、建物の破片がパラパラと落ちていく。よくはわからないが、少なくとも石や木で出来ているわけではないらしい。プラスチックか何か、人工的な材質のように思われる。折角の興奮に水を差す嫌な感覚だった。
ここの自然は、何か作為的なもので造られている…偽物だ。
「うわ!あの女、何てことしやがる!ブライト艦長、どうすんのさ!」
建物の破片が降り注ぐ中、統制の取れなくなったムーンムーンの男たちの間をかいくぐって、ジュドーたちは合流していた。
「アーガマへ戻るが…ここでアクシズの連中が暴れるのであればMSで止める!」
「うん!ジュドー、戻ってダブルゼータを動かそう!」
「おうよ!」
そういって全員が走りだそうとしたところで、
「待て!お前らは逃がさんぞ!」
銃を構えたゴットンがそういうと、部下たちがビーチャとモンドを拘束した。
「うわっ!」
「何だよ!」
ジタバタと動き回るビーチャとモンドにゴットンが銃口を向けると、二人はピタリと動きを止める。
「お前ら、アクシズのMSにしっかり乗っておいて、エゥーゴに寝返るつもりか!」
「寝返るも何も…」
「俺たちゃそこのオッサンに拉致られたんだぞ!」
ビーチャは相変わらず伸びているゲモンを指したが、
「そんなことは知らん!とにかく、MSに乗る前にサインしただろうが。お前らはもうアクシズの現地協力者なんだよ!」
ゴットンのいったことはあまりに正論であったため、ビーチャとモンドはもちろん、ジュドーたちも一瞬動きを止めざるを得なかった。その時、
「どきなぁ!あんたたち!」
野太い女の声がしたかと思うと、破壊された建物の方から女たちが雪崩を打って駆け出してきた。あの女王のような巫女を数人で抱え上げている。
「ま、待て!お前たち、巫女をどうするつもりだ!」
ロオルが立ちはだかったが、
「やかましいよこのジジイ!」
先頭を行く女がその横っ面を殴打すると、ロオルはそのまま昏倒してしまった。全員が唖然とする光景だったが、女たちは道端で伸びているゲモンを蹴飛ばし、慌てふためくムーンムーンの男たちやアクシズの兵士たちを突き飛ばしてジュドーたちの方へやって来た。目を上に向けると、Rジャジャは何やらわけのわからない動きをし始めてガザD2機に押さえられようとしている。
ジュドーはこれまで15年生きて来て、こんな意味の分からない状況に置かれたことがあっただろうか、と自問しかけた…が、そんな場合ではない。
「あんたたち!サラサ様からのお言葉だ!心して聞きな!」
女たちはアーガマクルーの前で止まると、そこで巫女を下ろす。サラサ、という名前らしいその少女は、「みな、ありがとう」などといいながら極めて落ち着いた様子で進み出て来た。
「白い船の皆さん、どうやら我々はあなたたちに助けを求めるより他ないようです」
「いえ、その、そういわれましても…」
さらにバラバラと聖殿が崩れていく中で、ブライトが応対する。
「不幸にしてロオルも倒れてしまった今、頼れるのはあなた方しかいないのです。どうか…」
そういって、サラサはブライトの手を取った。ロオルのことなど、言いたいことは色々あるが、血相を変えているエマリーを前にして、ジュドーたちに発することの出来る言葉などない。
「ちょっとあなた!突然何なんですか!」
エマリーがそういって、ブライトの手を取り上げる。
「ああ、これはすいません。こちらの男性はあなたの旦那様でしたか」
「え?旦那様…って、あらあら、ええ、そう、そのようなものよ」
一転するエマリーの様子に、ジュドーたちは再び言葉を失ったのだが、
「エマリー…不倫はいけない」
ブライトが大人の理性をみせた。
「ブライト艦長…私、お子さんたちを引き取ってもいいと思っているんです…!」
エマリーのその一言と雰囲気を察したのか、アーガマの女性陣だけでなく、サラサの後ろにいるムーンムーンの女性たちも大いに色めき立ったが、さすがにジュドーが割って入る。
「ちょっと!そんなメロドラマやってる場合じゃないでしょ!ほら、アクシズの連中逃げちゃってるじゃない!あんた、早く本題に入りなよ!」
サラサが頷く。
「ええ、そうですね。では、とりあえず我々をあなた方の白い船に連れて行っていただける、ということでよろしいでしょうか」
「いえ、ですからそんなことは一言も…」
「さあ皆、この方たちについて参りましょう!」
サラサの後ろにいる十人近い女たちがそれに歓声で応じると、ブライトは諦めたように溜め息をついた。
「ええい…仕方無い、とにかくここは危険だ!全員アーガマに戻るぞ!ムーンムーンの方々、そうまでいわれるのであれば、あなた方にはアクシズの連中との間に入って盾になってもらうがそれでもよろしいか!」
「構いません。それでは皆、白い艦の方々を守りつつ白い艦に向かいます。良いですね?」
女たちの同意の声を聞きながら、ブライトは苦り切った顔で歩き始めた。
「ああいうの、女難っていうんだよね」
エルがポツリとそういったのを聞いて、多少は調子が戻って来たか、とジュドーは少しほっとする。見回すと、アクシズ兵たちの動きは早く、ビーチャとモンドも連れて去られてしまったようだ…が、先程吹き飛ばされたゲモンは少し離れた所に残っていた。
「おいゲモンのおっさん、あんた行くとこがないならついて来いよ!」
仕方なくジュドーがそう声をかけると、
「お、お前…!いいのか!?」
そういって感極まった様子でジュドーのところへ駆け寄って来たが、
「邪魔だよ!」
そういって先を急ぐラサラの従者に平手打ちを食らった。ゲモンは「痛えじゃねえかよ」などといいつつも笑顔を浮かべながらその女の後にほいほいと着いていく。
「何かもう…もうめちゃくちゃだね」
イーノがポツリとそういうのを聞いて、
「ああ、けどこのコロニーにリィナが流れてきているとしたらこの人たちが何か知ってるかもしれない。とにかくアーガマに戻ろう」
エルと、うつ伏せのまま倒れているロオルをつついていたルーも、それに頷いた。
無事に階段を駆け下りたアクシズの兵士たちは荒ぶるキャラを説得し始めた。
現地民を武力で恫喝して意を通す、というのは軍としては常套手段の一つなのだが、あまり多くの人的・物的な損害を与えると却って死に物狂いの抵抗を受けかねない。ジオン公国軍には一年戦争の時に多くのサイドを攻撃した結果、それら宇宙で暮らす人々の支持を得ることが出来なかったという苦い教訓がある。そのため、次世代のアクシズの士官たちは、「現地民の恐喝は計画的に」という教育を受けているのだが…これ以上キャラに暴れられるとまさにそんな、一年戦争の二の舞になってしまう。
ゴットンらは何とかキャラをなだめすかして、3機のMSは聖殿の背後に広がる森の中に入ろうとしていた。Rジャジャとそれを押さえているガザDに踏まれてはたまらないから、文字通り右往左往しながらの行動だ。
「おい、モンド、これって逃げるチャンス…か?」
「そうだけど…アーガマのみんなはもういないみたいだし…どこに逃げるってのさ」
監視の目が緩くなったのを幸いにビーチャとモンドは逃走を画策するも、アーガマのクルーはどこかへ行ってしまったようだし、見知らぬコロニーのどこに逃げるかなど見当もつかない。この隙に何とかしたいのだが、どうにも行動に踏み切るだけの材料が、決定打となるものがない。そこへ、
「あの、よろしいですか?」
背後の大木の影から突然、若い女の声がした。ギョッとして二人が振り返ると、
「あなた方、一緒に来てはいただけないでしょうか…?」
そこには少女の姿があった。よく見れば、
「あれ、あの巫女さん…?」
聖殿の奥に座していたあの巫女にそっくりだった。だが、モンドのその言葉に当の少女は首を横に振る。
「いいえ…その辺りのことも詳しくお話します。さ、早くこちらへ」
それまで迷っていたはずの二人は同時に頷くと、導かれるままにその場をこっそりと去る。行動の決定打は、その少女が美形であったこと、に他ならない。
キャラに、軍人はテクノロジーに命を預けた文明の信奉者、なんてことを言わせてますが、戦争の度に科学技術が長足の進歩を遂げるという歴史を見ればまあ、そういうことになるでしょう。
しかし何と言いますか、人は人を殺すために文明を進歩させてきたのだと考えると暗くなってきますので…ジュドーたちにはどんな時でも大人の論理に飲み込まれないように頑張ってもらおうと思っています。