ジュドーとしてはもう、一刻も早くこの場を離れてアクシズの「モウサ」を目指したいのだが、ここの人たちがどんな決着をつけるのか、それはきちんと見届けておきたい。
サラサがロオルに向かって、すぐ後ろにそびえ立つキャトルを片手でなぞるように示した。
「ロオル、ご覧なさい。これが伝説の巨神です。巨神は、この方々のお手伝いを得ることで動かすことが出来ました。そして、我らにとっての脅威を追い払ってくれました。この一事を見ても、文明は我々にとって助けになるものと思えます。違いますか?」
後ろにいるムーンムーンの男たちが少し、ざわつく。
「フ、巨神の威を借りるか、サラサよ…」
「何をいってるんだい。光の教えの威を借りて好き勝手してたのはあんたの方だろう!」
例の、ロオルを叩きのめした女がそういうと、ロオルは一瞬、怯む様子を見せたが、
「私は父祖の教えを発展させ、それを広めようとしたに過ぎん。そもそも光の教えの何たるかを理解もせぬ者たちが何をいうか」
そういって女たちを睨みつけた。それに噛みつこうとする女たちを、ラサラが制する。
「それがいけないのです、ロオル。あなたはそうして自分だけが光の教えを正しく理解しているとして、他の者を蔑むような態度をとる…」
「フ…サラサもラサラも私に意見するようになったか…大きくなったものだ…」
「おじいちゃん、また話が逸れてるわよ」
ルーが冷たくそういうのにサラサが頷いて続ける。
「ロオル。私たちは今の光の教えの在り方に疑問を持っています。私たちは、文明の進歩が平和と平等を阻害する直接の原因にはならないのではないか…そう考えているのです。この巨神も然り、結局は使う人の心のありよう、そこに絞られるのではないのですか?」
じっと目を瞑りながら聞いていたロオルが、ゆっくりと首を横に振る。
「より高度な文明を手に入れれば、より大きな欲望を満たせるようになる。その欲望が大きくなればなるほど、人の心を惑わせ、歪ませ、正しい判断が出来なくなる…それ故我らの父祖、第一世代の者たちはそのような人の業を断ち切るために文明を捨てるしかない、そういう結論に達したのです」
ルーが、あからさまに溜め息をつく。
「結局平行線なのよね。そんなこと言われたって人は自分と世の中をより良くするために文明を発達させることを止めないのよ」
ジュドーもそれに同意だった。
「ルーの言う通りだな。人間はさ、前に進みたいって気持ちを抑えられない生き物なんだ。それを捨てる、なんてさ…なんていうかな、それは無理がある生き方なんだよ」
ブライトが微笑む。
「なるほどな…進歩を捨てるのは人として不自然、そう考えると今の光の教えは根底から崩れかねないな。全ての在り方を自然のままに委ねる、というならば人が文明を求めて進歩したいという欲求も認めるべきだ」
それにジュドーは大きく頷いた。
「そうさ、無理に文明を捨てることなんてない。でも文明を捨てるっていう考えがあったっていい。とにかく光の教えなんて枠にはもう、こだわらなくもいいんじゃないか?ああだこうだいっているうちにさ、その主張に自分が縛られてるんだよ、あんた」
それが、ジュドーの見るこの老人の姿だった。だが…不思議なことに当の老人はなにやら嬉しそうに見える。
「フフフ、若造が…言うではないか」
そういいながら、ロオルは笑みを浮かべている。ジュドーらもムーンムーンの人々も、それを見て困惑したが…ただ一人、何やら頷きながらしゃべり始めた男がいる。ゲモン・バジャックだった。
「じいさん、あんたさ、ほんとは今までこんな話し合いは腐るほどしてきたんだろう?けど最近の若いのはまともに自分の考えも言えないようなつまらん奴らばっかで、そのうち自分を誤解してくるような奴らまで出て来て…要するにだ、もっとこうやって話をしたかったんだろ?」
ロオルは、その中年の男をじっくりと見て…それから大声で笑い始めた。
「はっはっはっは!そうだ!その通りだよ。愉快だ、今日という日は全く愉快だ!」
そういって、ロオルはサラサとラサラを見る。
「私はな、光の教えを正しく伝えることを使命として生きてきた。若い頃は先人たちや友人たちとこうして幾度も議論を重ねてこの教えの正しさについて語り合ったのだ…。だが、あの流行り病で何もかもが変わってしまった…本来であれば後事を託すはずであったお前たちの父、そしてその世代の者たちがほとんど死んでしまった…」
「ラサラさんのお父さんって死んじゃったの…?」
モンドの言葉にラサラは頷く。
「はい。酷い、流行り病でした。数年の間に私たちの親の世代だけがほとんど死んでしまって、残された私たちは本当に大変で…それで、文明がもっと発達していればあの病気も防げたのではないか、という疑問が私たちの中に生まれたんです」
サラサが、ロオルの手を取った。
「ロオル、私たちはまだ、あなたや父たちに比べれば知識も考えも浅いのでしょう…しかし、私たち、私たちの世代の者たちにも光の教えをより良いものにしていこうという思いは、確かに芽生えているのです」
「フ、フフ…そうか、そうでしたか…だがすまない、巫女よ。私は待てなかったのだ。私の命はおそらく、そう遠くないうちに燃え尽きる。それまでに外の世界に理解者を求め、このコロニーが平穏を保っていく姿を見たかったのだ…」
なにやら漂ってきた和解ムードに、
「フン、外の世界に理解を求めるなんて無理に決まってるじゃないか。いいように攻められてお終いだよ」
キャラが水を差す。
「コラ、キャラ!こういう時に余計なこというんじゃないの!」
ジュドーがキャラの頭をはたいた。だがその衝撃はフワフワのソバージュヘアにすっかり吸い込まれてしまうので、キャラは平気な顔をしている。
「良いのだ。そういわれても仕方の無いことはわかっている。だが、私は…寂しかった…そう、寂しかったのだ。仲間たちと築き上げてきた思想とこの生活様式が外の世界から全く理解もされず、このまま朽ち果てていくことを思うと…」
ジュドーにはロオルのいう「寂しさ」という感覚はよくわからない。だが、人生の終盤になると、人はそんな風に思うもの…なのかもしれない。
「それならそうと、さっさと言やあ良かったんだよ。そうやって一人で頭の中でこねくり回してないでさ…」
そういう例の大柄な女の肩に、何故かゲモンが手を置き、二人は見つめ合う。
「ロオルさん、どうでしょう。まずはサラサさん、ラサラさんたちとゆっくり話をしてみては?その上で、外で勉強したいという若者が現れれば、その時は我々も力をお貸ししましょう。このコロニーのことは口外するつもりもありませんし…」
ブライトのその言葉に、ロオルはゆっくりと頷いた。
「客人よ、例をいう。巫女の言う通り、あなた方は救世主であったのかもしれないな…。補給の水と食料は用意させよう」
「ありがとうございます。支払いの方はすぐに別の者をこちらに向けます。我々は先を急ぎますが、アクシズの者たちについてはこのキャラ・スーンを上手く使って収めて下さい」
ブライトがそういって軽く敬礼を取ると、ロオルが手の平を挙げる。
「いや、少し待ってくれないか…。サラサ、ラサラあの歌を、この者たちのために歌ってくれないか?私も、久しぶりに聴きたいしな…」
「え?歌?」
モンドがそういうと、
「はい、星を旅する者に向けた歌…私たちの中でずっと歌い継がれてきたものです」
「確かに、あなたがたに相応しいかもしれません」
ラサラとサラサがそう答える。そして、
「聴いて、いただけますか?」
「もちろん」
ラサラの言葉にモンドが応じると、サラサとラサラは顔を合わせて頷き、二人の呼吸が歌声に変わった。
「よかったのかモンド、ゲモンのおっさんと一緒に残っても良かったんだぜ?」
段々と離れていくムーンムーンの方を見つめ続けているモンドに、ビーチャがそう声を掛けた。
「いいんだ。俺、もっと機械のこと勉強してみるって決めたんだ。アストナージさんやミリィさんたちについてさ、真面目にやってみる」
「ふーん。ラサラさんとそう、約束したのか」
「うん。いつかまた会った時にお互いを自慢し合えるように…ってね」
涙を浮かべた目で、モンドはそういった。そんな相棒の姿を見て、こりゃあ自分もうかうかしていられないな、とビーチャは思う。そこへ、
「ここにいたのか」
ジュドー、イーノ、エルがやって来た。
「よう、何だよ。今モンド君は感傷に浸ってるところなんだ。邪魔しないでくれよ」
「止めてよビーチャ!」
そんなやり取りをみせて笑っていたら、ジュドーが神妙な顔つきになり、
「ビーチャ、モンド、すまなかった。エンドラを沈めたのは俺だ」
そんなことをいって頭を下げてきた。
「ああ…そうらしいな。あのダブルゼータって新型、すげえパワーだな」
「え?ああ…」
ビーチャはジュドーの肩を掴んで身体を起こしてやる。
「ジュドーだけじゃなくて、私たちもあの時エンドラを攻撃したんだ」
「左舷のエンジンをやったのは僕らで…」
顔を伏せながら話すエルとイーノに、ビーチャは可笑しくなった。
「ああ!あれもお前らだったのかよ!あの時大変だったんだぜ?艦はメチャクチャ揺れるしさ…」
「そうそう、我先に逃げようとする人たちばっかりでさ、死ぬかと思ったよ」
それを聞いてまた頭を下げようとするジュドーの頭をビーチャはひっぱたいた。
「もういいんだよ!俺たちゃ戦争をやってんだ!あんな有様を仕方が無かった…なんていいたかないけどな、けどそうしなきゃアーガマだって危なかったんだし、俺が同じ立場だったら同じことをしてる…それにお前、俺たちが逃げるまで待ってたんだろ?」
「ああ、そりゃあ…お前らが乗ってるかもって思ってたからな…」
「だったらいいさ。もう気にするな」
「ビーチャ、お前…」
「何だよ」
「少し、変わったか…?」
「フン…まあ、色々あったからな。それでお前ら、結局このままアーガマと一緒に行くことにしたんだな?」
「ああ、リィナのこともあるし…それに、アクシズのやつらとはちょっと因縁も出来たしな」
「ふうん…お前の方もいろいろあったみたいだな」
ジュドーとビーチャがお互いを見合う。
「ま、色々頼むぜ、ジュドー」
ビーチャは、そういって手を差し出した。
「あ…ああ、こっちこそ、これからはあてさせてもらうからな!」
ジュドーがそういってガッチリとその手を握って来た。
「きゃー、もう、どうしたのよ!二人とも!」
エルが満面の笑みで、二人の頭を抱えて歓声を上げた。
「あら…随分にぎやかね」
通路の奥から、ルーが姿を現す。
「あ、ルーさん。ええ、その、久し振りの再会で…何かジュドーもビーチャもいいんですよ。すごく、良くなった…」
イーノは、この感情をどう表現すればよいかわからず、ただ、そういうことしか出来なかったが、ルーはそれで充分に察したらしく、頷きながら微笑んだ。
「そうみたいね。あの時、トラックに連れていかれたっていう二人なんでしょ?」
「はい、ああ、あの時はありがとうございました。まさかルーさんがラビアンローズから来た方だなんてわからなかったから…」
「いいって、まあ良かったじゃない。丸く収まったみたいでさ」
「はい…」
ルーは、自分たちのことを気にかけてここに来てくれたのだろう。何だかんだで面倒見の良い人のようだ。
「あ、ルー!ちょうど良かった、紹介するからこっちに来てくれ!」
ジュドーがそういうのを聞いて、ルーが「何よ何よ」といいながら歩いていく。あの人もすっかり馴染んで来たな、とイーノは何だか嬉しくなった。
6人で一通りの話をした後、パイロット扱いのジュドーとルーを除く4人には呼び出しがかかった。色々と仕事を割り当てられるのだろう。
「しかし、妙なコロニーだったな…」
ジュドーはさっきまでモンドが眺めていた窓の前に立ち、そんなことを口にした。
「そうね。でもおかけであんたたち、また一緒になれたんだからいいじゃないの」
「そうだな…それに、何か妙に素直に話せたんだけどさ…それってもしかしたらあの歌のせいじゃないかって思うんだよな」
ルーが、そこでクスリと笑う。
「あーら、歌に心を動かされるなんてなかなかロマンチストなのね、ジュドー君?」
「そ、そんなんじゃないけどさ、でも…いい歌だったろ?」
「そりゃあね。ちょっと歌にも厳しい私から見てもなかなかの歌声だったし」
「そうなのか?」
「そうなの!」
実はルーがアイドル志望であったことはジュドーが知る由も無い。「ふーん」と生返事をしながら、ジュドーはサラサとラサラの歌と、歌を聴いていた時の自分を、ゆっくりと思い返していた。
人が地球から宇宙に出て、そこでも命を繋ぎ、それを重ねていく…。歌を聴きながら、ジュドーの中にはそんな悠久とも思える刻のイメージが、確かに拡がっていた。
星々の間で暮らすことが出来るようになった人には乗り越えていくべき壁も新たに生まれたのだろうが、この宇宙のもっと遠くまでまだまだ進んでいけるという希望と可能性も得たのだ。
ジュドーは窓の向こうの宇宙に手を伸ばす。その希望と可能性は、脈打つこの手の中にある…そう、勇気づけられた気がする。
「この手に触れ、光一千万年…か」
印象的だったその歌の最後の詞を口にして、それから力強く、拳を握った。
シン訳ムーンムーン編、少し理屈っぽくなったかなと思いつつもシャングリラチルドレン再集結も出来てまあよかったかな、という感じです。
「歌」についてです。
ダブルゼータの主題歌はご存知の通りOP・EDが2曲ずつの計4曲あるのですが、このうち富野監督が自らが作詞したのは後期EDである「一千万年銀河」だけとなっています(「井荻麟」名義)。
そのせいか、この曲こそがダブルゼータという作品のテーマを表現しているのではないか、と考えられます。作詞された段階で既に「逆襲のシャア」が決まっていたかどうかは分かりませんが、今までとは違う元気なニュータイプの少年に未来を託してガンダムを終わりにするという意図があったのではないかなあ…と思うんですよね。
原作で使われた時期を考えるとまだ早いんですけど、この姉妹に歌わせるのが似合うなと思ったのでやってみました。