「…何だ、このサイド1のコロニーに対する慰謝料・賠償金というのは?」
モウサの執務室で現場からの報告事項に目を通しながら、ハマーンは眉間にシワを寄せる。
「はっ、キャラ・スーンの部隊が民間施設に与えた損害の補償と、罪人として囚われたクルーの解放時に支払われたものです」
「金銭による捕虜解放か…キャラもアーガマの追跡には失敗していたな」
「何らかの処罰を科すべきだ、との声も上がっております」
ハマーンは軽く頷く。信頼出来る数人のスタッフのみで構成されたこの集まりは、定期的に内外の情報をまとめてアクシズの運営について検討する勉強会のようなものだ。実際の政治的な判断をこの場で出たアイデアを元に下すことも多く、ハマーンにとっての有用性は老人たちの陳情会などとは比較にならない。
「マシュマーの懲罰委員会の方はどうなっている?」
「エンドラを沈めた以上、さすがにお咎め無しとはいかないでしょうが…奇跡的に人的損害が少なく、またエゥーゴの新型についてのデータも入手しているというのは好条件です。配置換え程度で収まるよう、検討中です。難しいかもしれませんが…」
さっきとは別の男が言葉を濁らせながら答える。ハマーンの意を理解していればこその反応だ。
「何らかの救済策、バーターが必要…か」
マシュマーもキャラも、アクシズで育てた生え抜きの部下であるため、ハマーンへの忠誠心は高い。派閥などを考慮する必要がない有用な手駒である以上、出来れば変わらず手元に置いておきたい。人を育てるには時間がかかるし、アクシズにはそもそも人が少ない。代わりなどそう簡単には出てこないのだ。
「あの老人たちに、妙な動きはないか?」
「ニュータイプ部隊の編制については色々と報告があります。先日量産型キュベレイの生産についてはご裁可されたとか」
「ああ、プルシリーズの件か…」
「はい。今の所、そのくらいかと。地球降下作戦に絡んでくるような動きもありません」
「そうか…調査は継続しておけ。私が地球に降りている間に、何か仕掛けてくるかもしれん」
「はっ、了解です」
「ハマーン様、それに対して進めているティターンズ戦力の接収についてですが」
若い女性が手を挙げる。
「うむ、どうなっている?」
「はい、MRXナンバーの機体を数機、研究者ごと地球・宇宙の各拠点で接収完了しました。すぐに実戦投入可能な機体もあります」
女性はそういって、データを送って来る。
「ほう…MK-Ⅱに量産型か…よくやった」
ハマーンのその言葉に、女性は「ありがとうございます!」といって頬を紅潮させた。
MRXナンバー、つまりはサイコガンダム系列の機体が手に入った、ということだ。この先、老人共をあてにしないサイコミュ搭載機体は絶対に確保しておく必要がある中で、これは価値のある報告だった。作戦立案にも幅が出て来る。
「ん…私のキュベレイについても改修を進めておけ。今後の戦闘ではサイコミュ兵器の存在感がさらに増していくことになる」
場の者たちが頷いたところで、最も近くに座している秘書の男が、
「…ハマーン様、グラナダからの客人が到着したようです」
そういった。
「客人…アナハイムの取材とかいうのはグレミーに任せていたな?」
「はい、それについてはコースもこちらで指示済です。そちらではなく、例の…」
ハマーンはそこでようやくその客人について思い出した。
屋敷にいくつか用意してある応接室のうち、小さいが眺めのいいものを指定しておいた。入るとそこには、ソファに腰かけた壮年の男が待っている。
「本当に来るとは思わなかったぞ。久しいな」
背中から声を掛けられて、男は振り向いて立ち上がった。
「おお、ハマーン様…!何とご立派になられて…!このお姿…マハラジャ様にもお見せしたかった…!」
男の笑顔が、みるみるくしゃくしゃになっていく。
「随分涙脆くなったな。歳か?カイザス」
その目に涙を湛えている男、カイザス・M・バイヤーにハマーンはそう軽口を叩く。この男は子供の頃に初めて会った時からいい歳であったような気がするが、それでも、こうして再会するといやでも年月の流れを感じさせる。
「お戯れを…しかし、マハラジャ様が亡くなられてから5年ですか…本当に早いものですな…」
「ああ、もうそんなになるか…」
確かに父、マハラジャ・カーンの突然の死からもう5年になる。思い返せば余りにも色々な事があり過ぎた激動の5年間だった。自分の人生も、自分という人間も、この5年間ですっかり変わってしまったような気がする。
「まあ座れ。昔話をしに来たわけではないのだろう?」
そんな感傷めいた気持ちを打ち消すようにそういって、それから二人は対座する。一呼吸、整えてから、ハマーンが切り出す。
「グラナダから、ということだったな」
「はい。おおよそ、私の目的についてはお察しではないのですか?」
そこでハマーンは自らの鼓動が高鳴っているのを感じ、それを悟られないよう、溜め息に見せかけた深呼吸をする。
「…シャアは、生きているらしいな」
カイザスがしっかりと頷く。
「ええ、大佐は生きておられます」
「未だキャスバルを名乗らず、か」
「お覚悟は出来ておられるようです。ただ、シャアの名の方が何かと通りが良いものですからな」
「だろうな…それで?」
ハマーンは背中をソファに預けた。これから何を言われても、アクシズの摂政として受け止めなければならない。カイザスはスーツの襟を正す。
「共に新たなジオンを築かないか、大佐はそう言っておられます」
それは本当か、といいかけて言葉を飲み込む。その様子を見られたかどうかはわからないが、カイザスは続ける。
「ハマーン様と大佐が手を組めば、ダイクン派とザビ派、共和国と公国という我らジオンの根幹に関わる対立を解消した理想のジオンを作ることが出来るのではないか、と我々も考えております。無論、ミネバ様のお考えを伺う必要もありますが…いかがでしょう?大佐はこれまでのことについて拘るつもりはない、ともおっしゃっております」
ハマーンは少し可笑しくなった。あの男が、そんな潔いことを本心からいうはずがない。
「……シャアに伝えておけ。もうアクシズはお前と組まずともジオンを再興出来る。現状をよく見てから物を言え、とな」
カイザスは恭しく頭を下げた。すかさずハマーンは続ける。
「それと…人にものを頼む時は、自ら頭を下げに来るのが礼儀だろう、ともいっておけ」
カイザスが苦笑する。
「そうですな。確かに今のアクシズには勢いがある。頼むのは大佐の方、でありましょう。しかとお伝えします」
「ああ…連邦が弱体化し、エゥーゴの戦力も実質アーガマのみという今は、まさに千載一遇の好機…我らはこの機を逃さずに動く」
「確かに、ここで地球に残る者たちをまとめ上げれば、地球圏にジオン公国を再興することは決して絵空事ではないでしょうな…」
地球降下作戦のことについて鎌をかけて来た、といったところだろうか。既に艦隊を集結させつつある今の段階であれば、もう隠す必要もないだろう。
「お前たちがどこまで調べているのかは知らんが…そういうことだ。お前はダイクンの子がジオンを継ぐ姿を見たいのだろうが…悪いが、我々が先に新たなジオンを名乗らせてもらう。その後でお前たちはどうするか…よく考えておくことだ」
カイザスはまたそこで頭を下げる。
「そのご決断、大佐にお伝えしましょう。時に…ミネバ様はご健勝であられますかな?地球へ留学中とは聞いておりますが…」
「ああ、問題無くお過ごしだ」
「お住まいは…地中海の辺りですかな?」
「それに答える必要はないな」
切って捨てるようなハマーンの口調に、カイザスは柔らかに苦笑して応じる。
「おおっと、これはいけませんな。歳を取るとどうも、つい余計なことまで口走ってしまうようで…何卒ご容赦下さい」
そういって、また頭を下げるカイザスの口元が少し歪んでいるのを、ハマーンは見逃さなかった。
「気にするな…さて、すまんが私はここまでだ。これでなかなかに忙しい身でな。部屋を用意しよう。お前はゆっくりしていくといい」
「いえいえ、私もただの遣いの身です。すぐに発つことにいたしましょう」
そういってカイザスが立ち上がった。滞在を延ばして隙を見せるつもりはないらしい。ハマーンもまた、立ち上がる。
「そうか…。カイザス、私が掲げる新たなジオンは『公国』にこだわっていない。お前たちが希望するなら対話の窓はいつでも開こう」
カイザスは目を細めながら頷く。
「なるほど…ありがとうございます。我々は同じジオン、こちらとて決してハマーン様の敵になるつもりはございません。そのことだけは、どうぞお心に留めおかれますよう」
「ん…わかっているつもりだ」
「結構です。では、お邪魔になってもいけません。私は、これにて」
帽子を被って一礼して、ジオンの臣は部屋を出て行った。
短い時間ながら言いたいことを言い、確認したいことはしていき、しかもこちらに悪い印象は残らない…見事な「外交官」っぷりだった。
一人残ったハマーンは、またソファに掛ける。
「ああいう、老獪な者が欲しいものだな…誰か」
部屋の外に控えていた若い男が、静かに入って来た。
「こちらの動きが少なからず漏れているようだ。老人たちの周辺とグラナダの内偵は強化しておけ」
「はっ」
男が短い返事を残して去ると、ハマーンは天井を見上げる。
シャアは、おそらくアナハイムのグラナダ支社を押さえにかかっているのだろう。一年戦争の後、かつてジオンのMSを生産していたジオニック社やツィマッド社などはその技術力に着目していたアナハイム社に接収されたが、アナハイム社はそれら外部からの技術者たちを積極的に従来の組織に組み込むようなことはせず、事業部や系列子会社として半ば独立した形で残していた。
技術者たちに政治的思惑を持つ者は多くないが、自分たちが育み、蓄積してきた技術には誇りと愛着を持っている。そういうそれぞれの「流派」とでもいうべきものは下手に混ぜない方がいい、ということをアナハイム社はわかっていたらしい。そのお陰で、というべきか、かつての「顧客」もそのまま引き継ぐ形になり、旧ジオンの軍人が、旧ジオニックの技術者たちに接触するのはそう難しいことではなかった。
エゥーゴ時代からそういった実績を持っていたシャアは、旧ジオン系の技術者が多いグラナダ支社の連中と組んで、決起を謀っているとみていいだろう。
問題は、その動きを牽制する必要があるか、ということだが…。
アーガマもグラナダに入った、という情報が上がっている。両者をつついてみるのも悪くはないかもしれない。
「それにしても…」
ハマーンはそう、特に意味の無いことをいって背伸びをする。伸ばした腕は我ながら瑞々しいと思う。かつてその美貌でザビ家の三男ドズルに囲われた姉に、22歳になった自分が似て来たと思うことがある。男たちの視線が、ふとした瞬間に自分の肉体に向けられていることに気づくこともある。自分には人を率いる能力も資格もあると思っているが、それに加えてこの匂い立つような、人を惹きつける要素が加わったことは自覚せざるを得なかった。
ミネバが男であったら、あるいは自分が男であったら、この要素を使って姉の寿命を削ってくれたザビ家の血を乱してやれたものを、と本気で思ったことがある。だが、それは適わぬ話だ。
そしてそんなことを考えてしまうのは、シャアが自分を対等な相手として見てくれなかったからだ…という歪な思いが根底にあるということは、自分でも認めざるを得ないところだった。
カイザスからの話は、真偽のほどは別として、一考の余地はあったのかもしれない。
だが、それを受け容れるわけにはいかなかった。地球連邦を屈服させ、サイド3を奪還し、ジオンを再興する…ジオンに関わる全ての人々の悲願が、もう少しで実現する。これはハマーン自身の手で、アクシズだけで行って来た軍政の結実に他ならない。そこにはアクシズを去り、帰参の誘いを断り続けたシャアの意思は一片も介入していない。
シャアが死んでいるのであれば、ここまでのことをする必要はなかった。地球圏の喧騒など捨て置き、アクシズの地力を貯えることだけ考えていれば良かった。
だが、シャアが生きて、ダイクンの血でジオンを塗り替えるというならば、アクシズとしては黙っているわけにはいかない。
そしてハマーン個人の感情としても、新たなジオンを打ち立てるのが自分であるということをシャアに見せつけて、自分とアクシズを認めさせなければならないと思っている。その後で、シャアが帰って来るというのならそれはそれで認めてやればいい。たとえ稚拙な自己満足といわれようと、それが自分の元を離れて行ったシャアに対する、アクシズと自分の意地なのだ。
組織を私しているといわれるかもしれないが、自分とアクシズの存在意義が同じである以上、その批判は的を得ない。アクシズはハマーンであり、ハマーンはアクシズなのだ。
立ち上がってバルコニーの方へ行き、カーテンと窓を開け放つ。暗殺の危険から窓辺に立つことは控えるようにいわれているが、今は、そうしたかった。ハマーンのお気に入りである初夏に設定された気候の爽やかな風がカーテンを泳がせ、部屋の空気を洗う。
こういう、新しい風が欲しい。強いて言えばカミーユ・ビダンのような新しいニュータイプの力がもう少し自分に加われば、もっと思う通りに世界を変えて行けるはずなのだが…。
そんなことを考えていたからか、奇妙な感覚が頭の中に生まれる。
「これは…まさか、シャアが一緒に来ていたのか…?いや、違う…?」
自分に戸惑いを感じさせる存在が、すぐ近くにいるらしい。ハマーンは、まだその予兆ともつかぬ気配に好ましいものを感じて、うっすらと笑みを作った。
ダブルゼータのラスボスは本来シャアであったのに、急遽映画の企画が出たことでその役をハマーン様がやることになったというのは周知の事実ですが(前期OPでシャアとジュドーが叫んでいるのがその証拠ともいわれますね)、そのせいなのかはわかりませんがダブルゼータのハマーン様はちょっとどうかと思うところが多いですよね。
いやに高圧的かと思えばジュドーの怒りにビビり、グレミーの反乱を止められず、さして人間的な魅力も見られないうちに勝てたはずの戦に負けて死んだ上に、実はミネバにも逃げられていたという…結果だけ見るとなかなか残念なことになっています。
おそらく制作側の都合で逆襲のシャアの前に片づけておくべき色々なことを全部背負わされた結果、こんな悲しい結末になってしまったんでしょうね…。
シン訳のハマーン様は割と個人的な感情で動いているように見えるかもしれませんが、これが血の通った人間らしさ、年相応の女性らしさを加えた自分なりの解釈です。そういうわけで、今回の話はとても書きたかった内容です。
結局好きなんですよね、ハマーン様のこと(笑)。