「アナハイム・エレクトロニクス広報部から参りましたミア・ヨハンソンです。本日はよろしくお願いします」
「ええっと、同じくジュドー・アーシタです。よろしく」
自分より少し年上と思われる若い女性と、明らかに子供と思われる二人が手元の端末に身分証明を表示させると、グレミーはカード型端末を2枚取り出し、その身分証明にタッチする。既に入管の時点でチェック済ではあるが、正常に認識されたのを見て、そのカード型端末を二人に手渡した。
「こちらは本日のあなた方の身分証明代わりになります。このモウサは軍事施設の側面もありますので、あちこちでチェックを受けます。手離さないようにして下さい」
「はい、ありがとうございます」
ミアと名乗った女性は丁寧に頭を下げたが、少年の方は街の入り口の方をずっと見ている。
「ああ、申し遅れました。私、本日お二人のエスコートをさせていただきます、グレミー・トトと申します。よろしくお願いします」
そう言って一礼するとミアはもちろん、さすがに少年の方も頭を下げて来た。
「では、参りましょう。エレカを用意してありますので、こちらへ」
グレミーが運転席に、2人は後部座席に乗り込む。グレミーが予定のコースを設定すると、エレカは軽快に動き出す。その後ろに、警備兵の乗った車両が付かず離れずで続いた。
「お二人まで、と人数の指定はさせていただきましたが…まさかヨハンソンさんやアーシタ君のような若い方が来られるとは思いませんでした」
興味深そうに街の様子を眺めていた二人が、こちらに顔を向ける。
「ええ、うちの部長も来たがっていたんですが、こういうのは若い感性に任せた方がいいだろうということになりまして」
「そうそう、俺は見習い記者なんだけどさ、どうしてもアクシズを見てみたくって、お願いしたんだ」
「そうですか。私としてもお偉い方たちよりお二人のように年の近い方たちのほうがやりやすいので助かります」
グレミーがそういって笑うと、後ろの二人も合わせて軽く笑った…が、しかしこれはどういうことだろう。身分のある者を出して、人質になるリスクを警戒したのだろうか?
アナハイムから取材の申し出が来た時には何か裏があるのではないかとアクシズの上層部は色々と勘繰ったらしい。何しろアナハイムはエゥーゴのスポンサーだ。まずは疑ってかかるべきなのだが、現在の情勢を見ていち早くアクシズに付いた方が良いと判断した上で友好関係構築のための足掛かりとしようとしているのではないか、ということも考えられた。いずれにせよ、アナハイムにあまり敵対的な態度を取るのは好ましくない、という結論に至り、とりあえずどんな人間が来るかによって対応を変えようということになったわけだが…事前の情報通りとはいえ、こんな何の権限も持ち合わせていないような若者二人を寄越して来るとは拍子抜けだった。
まあ、今の自分が任されるのはこのくらいのことなのだろう。グレミー個人としては若干消沈しつつも、今回のお役目については納得していた。
「えーっと、まずはこの大通りに出るんですね?」
ミア、と名乗った女が地図を確認しながらそういった。
「ええ、商店街もある市民生活の中心地です。しばらく時間を取りますので、買い物などをされても結構ですよ」
「わあ、それは楽しみです!」
なかなかに礼儀正しく、可愛い女性だ。もちろんルー・ルカほどではないが、グレミーはこの女性にあっさりと好感を持った。エレカが止まり、商店街の一角に降りる。折角の機会なので、彼らと友好的に接しながら色々と情報を聞き出すのもいいだろう。これも任務、だ。
「ヨハンソンさんはアナハイムに入って何年目なんですか?」
さりげなく横に立って歩き出す。
「もう3年になります。あ、ミア、で構いませんよ」
「ああ、それでは私もグレミーと呼んで下さい。そうですか、3年目…ええっと、アナハイムのような大きな会社の広報部ともなると皆さんエリートなんでしょうね?」
「え?ええ…あの、私は多分縁故入社なんです。連邦政府のヨハンソンという議員、ご存じないですか?」
事前の調査でそれくらいのことは掴んでいるが、敢えて驚いておいた方がいいだろう。
「まさか、ヨハンソン議員のお嬢様…なのですか!?」
少し芝居がかった反応を見せると、ミアは顔を伏せた。
「そうなんです…アナハイムには私の実力ではなく、父の名前で入れたんです。広報部にいられるのもそれで、だと思います…」
「それはミアさんの思い過ごしでは?お飾りでやれるほど大企業は甘くないでしょう?」
「わかりません…ただ、そんな目が私に向けられているのは間違いありません。だから私、このアクシズ行きを志願したんです。誰も行ったことのないアクシズに行って、誰も書いたことの無い記事を書いてやるって…!」
生まれた家に釣り合うために必死で努力する…その姿はグレミー自身にも重なるものがあった。先程の好感に加えて、熱い感情がこみ上げて来る。
「何と、そうだったのですか!そこまでの決意をもって来られたのですね…!わかりました。このグレミー・トト、ミアさんがいい記事を書けるよう全力で協力いたします!」
「グレミーさん…!ありがとうございます。アクシズの方たちはきっと地球圏の人たちに深い恨みを持っているのだろうと思ってすごく緊張していたんですけど…皆さんのような方たちで良かった。ありがとうございます!」
そういって目を潤ませながら頭を下げるミアに、グレミーも、すぐ傍にいた2人の警備兵もすっかり…といおうか、あっさり魅了されてしまった。
それで、もう一人、その場にいるはずの少年がいなくなっていることにしばらく気が付かなかった。
リィナの名前を出したいのは山々だが、そこからエゥーゴの関係者だと辿られてしまう可能性がある。そうなれば簡単には帰してもらえないだろう。上手くモウサ内に潜入出来さえすれば、いつもの「感覚」で何とかリィナまで辿り着けるのではないか、と思っていたのだが…さすがにそう甘くはなかった。自分の感覚やイメージが、何か色々なものに阻まれているような、奇妙な感じがある。
「アクシズの本拠地か…けどそんな感じは全然しないな」
ジュドーはそう呟きながら市街のメインストリートを歩く。ゲームや漫画で描かれる最後の敵の基地、といったものをイメージしていたのだが…街並みは明るく、歩いているのも普通の人たちだ。少なくともここには、戦争を連想させるようなものは何もない。シャングリラやグラナダと同じように普通の街の景色が広がり、普通に人々が行き交っている。そんな様子を眺めていると、不意に、
「あ、いたいた!お兄ちゃん!」
という声がする。ほとんど反射的に、その「お兄ちゃん」という言葉に振り返ると、そこには確かに少女が立っていたが、残念ながらそれは自分が思い描いていた少女ではなかった。当たり前のことだが、自分を呼んだのではないだろう。振り返ったことが少し恥ずかしくなりながら、彼女の兄らしき人がいるのではないかと思ってさりげなく周囲を見回す。だが、それらしい人の姿は無く、少女の方はさらに近付いて来てジュドーをじっと見上げてきた。おや、と思いジュドーもまたじっとその少女を見てみたが…全く覚えがない。
「えっと…お嬢ちゃん、俺、君に会ったことあるっけ?」
「わかんないけどここにお兄ちゃんがいるって聞いてきたんだ!」
会ったこともない兄を探しているのだろうか?少女は大きな目をくりくりと動かしながらジュドーを見つめている。
「いや、俺にも妹はいるんだけどさあ…」
といったところではた、と思いつく。
「あ、もしかしてあいつが君のお兄ちゃんじゃないのか?グレミー・トト、知ってるだろ?」
「知らなーい」
あっさりと、しかも何の悪気も無いその言葉に、ジュドーは溜め息をつく。
「ええー何だよ、ただの迷子ってこと?参ったな…」
といいつつ、そこでふとグレミーという名は前にどこかで聞いたな、などと思っていると、少女が頬を膨らませて抗議してきた。
「あたしは迷子じゃないよーだ!何よ、お兄ちゃんが人探しをしてるみたいだから手伝ってあげようと思って来てあげたのに!」
「え…?」
「どこだ、どこだってずっといってたじゃない」
そこでジュドーは、はっきりと理解した。この少女は、自分が発していたであろうあの感覚を受け取ってここまで来たのだ。
「おまえ…」
「プルだよ!」
「え…?」
「エルピー・プル!私の名前!お兄ちゃんは?」
「…ジュドーだ。ジュドー・アーシタ」
「ふうん…ジュドー、ジュドーね!いい名前!」
「ああ、ありがとう。それで、俺は妹を探してるんだ。リィナっていうんだけど」
同じ感覚を共有しているという気安さが出て、ジュドーはリィナの名を出してみた。さすがに、こんな少女が軍と関係しているということもないだろう。
「リィナ…あれ?リィナ、リィナ、リィナ…」
エルピー・プルは、もっともらしく唇の下に手を当ててそういいながらその場をぐるぐると回り出す。
「おい、どうしたんだよ?」
ジュドーの声に、エルピー・プルはぴたりと止まる。
「あたし、知ってるかも!」
「ほんとか!?」
「うん!」
と、そう答えるや否や、プルは走り出した。
「な、おい!どこ行くんだよ!」
「プルプルプルプルプルー!」
両手をまっすぐ横に伸ばしてプルが駆けていく。少女が満面の笑みで走って行くその姿は、普通に見れば微笑ましいものかもしれなかったが…どういうわけか、この少女は信じられないほど、速い。
「な!?ちょっと!待ってくれよ!」
ジュドーもつられて走り出す。気付けばこの、嵐のような少女のペースに、すっかり巻き込まれていた。
一体どれくらい走ったのだろう。気が付くと、何やらとんでもないお屋敷の敷地に足を踏み入れている。
「こっちだよ、ジュドー!」
プルは迷いなく突っ走っていくが、付いていくだけで精一杯だった。これでもシャングリラでは散々大人たちを巻いて来たから足にはそれなりに自信があった。頭脳犯を気取るビーチャとは違い、いざとなれば自分の身体が頼りだと思っているジュドーにとって身体能力はちょっとした誇りでもあったのだが…それは前を走る小さな女の子にすっかり打ち砕かれてしまった。
その女の子が、黒塗りのエレカが何台か停まっている建物のエントランスに差し掛かって減速したところで、ジュドーはようやく追いついた。
「おい、こんなところ勝手に入っちゃあ…」
「ごくろーさんでーす!」
ジュドーの袖を引っ張りながらプルがそういって敬礼を取ると、衛兵なのだろうか?軍服姿の男が素早く敬礼を返し、二人は何事もなくその巨大な宮殿のような建物の中に入った。
スペースノイドの欧風趣味、というのはどういうわけかよく聞く話で、ジュドーもシャングリラで似た雰囲気の建物を見たことはある。いわゆるバロック建築と呼ばれる類のものだが、さすがにこれほど大規模なものは見たことも聞いたこともなかった。
「おいおい、どこなんだよ、ここは…」
「ここはね、あたしのうちだよ!」
「あたしの…うちぃ!?」
見回すとエントランスホールと思われるこの場所には石像が置かれていたり、大きなシャンデリアがかかっていたり、吹き抜けの上階につながる階段が威厳たっぷりに配置されている。もしかしたらこの女の子はとんでもないお嬢様か何かなのだろうか?とてもそうは見えないが…。
「あー、汗かいちゃった。気持ちわるーい!お風呂入って来る!」
「は?」
といってジュドーが振り返った時にはもう、プルの姿は通路の奥へ消えている。
「ちょ、お前!…って何なんだよあいつ…!自由過ぎるだろ…!!」
そんな風に少女の悪態をついたところでどうしようもない。とにかく、こんな所に一人でいるわけにはいかない。
「クソっ…何だってここはこんなに広いんだよ!」
そう毒づきながら、ジュドーは、プルの消えた方へ走り出した。
「リィナ様、いかがされましたか?」
従者の女性に連れられてそこへやって来たのは、学校の制服姿の少女…リィナ・アーシタだった。リィナは先程まで兄がいた空間を見回し、
「まさか、ね…」
そう小さく呟く。そう、まさかこんなところに兄がいるはずはないのだ。
「すいません。なんでもありません」
「そうですか。では、参りましょう。車を待たせてあります」
それでも何故か、気になって仕方が無い。後ろを気にしながら、リィナは従者と共に車に乗り込んだ。
プル、登場です。
自分で書いといて何ですが、本多知恵子さんの声が頭に響いて来て非常に切なくなりました。もっとあの声を聴きたかった…。
改めて、ダブルゼータはヒロインに恵まれた作品ですよね。最近では女性の多いガンダムも珍しくありませんが、1stもゼータもそこまでではなかったので、アニメ放映当時はかわいいお姉さんがいっぱいで何だかドキドキしたものです…。