一体あのエルピー・プルという少女はどこに消えてしまったのか?ジュドーは例の感覚を頼りに屋敷の中を駆け回った。何が原因なのかわからないが、ここでは自分の感覚が乱される。壊れた磁石をあてにしながら彷徨っているようなものだった。階段を上がったり小部屋を確認しているうちに、もう元の入り口がどこかすらわからなくなっていた。
「こりゃあ…参ったな…」
そういって足を止めたところで、背後から声を掛けられる。
「失礼、あなた、ここで何を?」
立っていたのは品の良さそうなおばさん…ジュドーの最も苦手とする部類の人だった。
「え?俺?俺はさ、その…アナハイムの社員でさ、えーっと新聞?を書く…んだっけ?」
「はあ…ちょっと、こちらに来ていただけますか?」
そういって、付いて来るよう促されたが、
「いや…ごめん、おばさん!」
そういってまた走り出した。
「あ、あなた!ちょっと、誰か!不審者です!早く捕まえて!」
そう、金切り声が響いた直後に、あちこちからジュドーを追う人の気配が迫って来る。
「やばい!やばいってこれは!」
そういいながら、ジュドーはまた階段を駆け上がり…何となく、気になったドアに手を掛ける。幸い、鍵は掛かっていない。一気に、部屋の中へ転がり込んだ。
「ハマーン様、よろしいでしょうか!」
「何だ、騒々しい」
このフロアの警護を担当している男の声だ。
「邸内に侵入者ありとの報告です。既に潜んでいる者があるやもしれません。部屋を確認させていただきたいのですが」
「そうか。好きにしろ」
「はっ、失礼します!」
男が入って来て、調度品や収納棚を調べていく。
「何か、変わったことはありませんでしたか?」
「いや、何も。私はずっとここにいたが?」
「そうですか…ああ、窓はお締め下さい。念のためバルコニーも調べさせていただきます」
「待て、あそこには先程まで私が立っていたのだ。何もないよ。もういい、少し考え事をしたいのだ。行け」
「はっ、これは失礼いたしました」
「不審者を調べるのであれ通常の配置に拘らなくていい。協力してやれ」
「はっ、それではこれで…ああ、くれぐれも窓はお閉め下さいますよう…」
「わかったよ」
ハマーンが苦笑しながらそう答えると、男は一礼して去っていく。その様子を見届けてから一つ溜め息をつき、
「少年、もういいぞ。出て来い」
そういうと、冷や汗でも拭っているのか、額に腕を当ててバルコニーの影から「少年」が姿を現した。
「ふー、助かったよ。あんた、偉い人なんだな」
「フフフ、まあ、そうだな」
「けど、何で俺を助けてくれたんだ?」
歩み寄って来た少年のきれいな瞳が、ハマーンをじっと見つめて来る。
「少し話をしてみたくな」
「俺と?何で?」
「少年、名は?」
「俺はジュドー、ジュドー・アーシタだ。あんたは?」
「ハマーン・カーンだ。ジュドー、手を出せ」
「え?ハマーン…って!」
手を伸ばしながら、弾かれたように大きく目を見開いてこちらを見るジュドーを、ハマーンは笑いを堪えながら少し強引にその手を握った。
その瞬間、だった。二人を取り巻く風景の全てが溶けて、意識の共有が起こる。
「うわっ!」
そういってジュドーが慌てて手を離したが、その一瞬で十分だった。
「このイメージ…貴様、カミーユ・ビダンを思い出したな!知っているのか、カミーユ・ビダンを!」
「な、何だよあんたこそ…!その、ドロッとした感じは…!!」
「答えろ!貴様はエゥーゴの者か!」
ハマーンは拳銃を取り出して構える。ジュドーは対峙したまま、ジリっと後ずさった。
「あんた、そんなこと言ってる場合じゃないだろ。そんなドス黒いものを抱えてたんじゃ…自分が自分で無くなるぞ!」
「ほう、私の心配をしてくれるのか、ジュドー?」
「あんたさ…あんたがアクシズの親玉のハマーン・カーンなのか…。親玉なら親玉らしくしてろよ!」
「何をいっている?」
「そんなんじゃ…そんなんじゃさ、人がついてこないだろっていってんだよ!」
「フン…何をどう捉えたのかは知らんが…」
ジュドーと名乗った少年は、先ほどからずっと興奮といおうか混乱気味のようだ。思考に言語が追い付いていない。あまり刺激するのも良くないようだ。ハマーンは銃を下ろす。さすがに、少年よりは冷静だった。
「ジュドー、お前はいろいろと私のことを感じ取ったようだな?」
「感じ取った…そういうことなのか?あれが…?」
「理解出来ないのも無理はない。だが、今の一瞬が、あれがニュータイプ同士の感応というものだよ」
「ニュータイプ…またそれかよ…」
どうやらいわれ慣れてはいるらしい。そこで、ハマーンはマシュマーの調書を思い出す。
「フ、そうか、お前がエゥーゴの新しいパイロットだな?マシュマーのエンドラを沈めてくれたという…」
「マシュマーさんのことを知ってるって…やっぱりあんたがあのハマーン・カーンなのか…」
「そうだよ、ジュドー」
ハマーンは銃をしまい、再びジュドーに近づく。密着するほどの距離でまっすぐに、顔と顔を合わせた。
「な、なんだよ…」
「なるほどな…お前は確かに優れた素質を持つニュータイプのようだ。エゥーゴの関係者かどうかなどと、この際問うのはやめよう」
ハマーンはそういって、ジュドーの肩に手を乗せる。
「私の元へ来い、ジュドー・アーシタ。私と共にニュータイプによる新たな世界を築こう」
「…何をいってるのかわからないね」
「今はわからなくてもいい。私の傍にいれば…お前ならすぐにわかるよ」
ジュドーがそこで、視線を強めてきた。
「残念だけど、俺はあんたのことをわかりたいとは思わないな」
「何故だ?」
「さっきもいったろう?あんたには良くないものを感じるんだよ」
ジュドーが、肩に乗せていた手を振り払った。
「人を呼ぶぞ?お前を捕らえることなど造作もないことだ」
「大人の脅しにイチイチ屈してちゃ、シャングリラじゃ生きていけないんだよな」
不敵に笑うジュドーの顔は、ハマーンにとって新鮮だった。この少年が欲しい、純粋にそう感じる。
「残念だな。私はもう少しお前と話をしてもいいと思っているんだが?」
「悪いけど…これでも急いでるんだ。妹を探してるんでね…!」
「妹…?」
少し前に姉のことを考えていたハマーンは、虚を突かれた。その瞬間、ジュドーは跳んでカーテンを掴み、バルコニーから飛び降りていた。声を上げる間もなかった。隠れていた時にカーテンを外していたのだろう。何という抜け目の無さだろう。追ってバルコニーに出ると、カーテンを上手く引っ掛けてあるのがわかる。手すりを掴みながら身を乗り出して下を見ると、ジュドーは見事に芝生に着地していた。こちらを振り返ってニヤッと笑顔を見せて駆けていく。
「全く…急ぎの客が多い日だな…」
しばらくその背中を見送った後で、ハマーンは人を呼んだ。慌ててさっきの男が入って来る。
「何かございましたか!」
「ああ、不審者とやらだ。向こうへ走っていった」
「なっ!?お怪我はございませんでしたか!?」
「私は問題無い」
男は無言で頷いて後ろを向き、手持ちの端末で部下を呼び出す。これはモウサを上げての大捕物になるだろう。
「警備の者がすぐにやって参ります。その者たちと交代で私はこの場を離れます。不手際の責めは侵入者を捕らえ次第いかようにも…」
男はそういって深く頭を下げる。
「そう気にする必要は無い。私も少し楽しめたからな」
「は?」
「その不審者には色々と聞きたいことがある。決して殺すな、いいな?」
「は…わかりました」
やや、不服そうな様子を見せる男だったが、大人しく従うだろう。
「ああ、それから、新しいカーテンを持って来るように伝えておいてくれ」
「は?ああ、はい…」
男がまた慌ただしく連絡を取り始めると、数人の警備兵がやって来る。すっかり騒がしくなってしまったので自室に戻ることにすると、兵たちが前後についた。
ハマーンは、ジュドーがアナハイムの関係者であることを示す身分証明を首から下げていたのを思い出して、例の取材の関係者だったのだな、と思い至るが、そのことは警備の者たちには伏せておく。
部屋に戻るとすぐに侍女がやって来て、澄んだ黄色い液体の入ったグラスを置いて去っていく。お気に入りの良く冷えたハーブティーだ。
「アナハイムめ…趣向を凝らしてくれたものだ。無事逃げおおせるか、それとも私の前に引き出されるか…お前の運を見せてもらおう、ジュドー・アーシタ」
そういってグラスに一口つけた後でふと、一つの可能性に思い至る。それは別にニュータイプの直感などではない。
「いや、アーガマが来ているとしたら…もう少し楽しませてくれるか…?」
ハマーンはグラスを置くと、また人を呼んだ。
自分の地位がとりあえず保留される…それを聞いてさしものマシュマーも安堵したものだったが、その後に付いたニュータイプ研究所に協力をすること、という条件にやや不穏なものを感じた。
アクシズの士官任官にあたっては多くのテストが課されるが、その中にはサイコミュ適正の検査も混じっている。結果は極秘扱いとされたが、ここで適正の高い者は何かと優遇される、と専らのウワサだった。いわゆる「ニュータイプ」と目される人物は善かれ悪しかれ早くからマークされている、ということだ。
マシュマー自身、おそらくこの検査の結果でニュータイプ適正がある、と見られたのだろう。エンドラを任され、ハンマ・ハンマのような簡易サイコミュを積んだ機体を与えられたのがよい証だ。つまり…自分は多大な期待を寄せられていたにも関わらず結果を出すことが出来なかったのだ。
そんな自分がニュータイプ研究所に協力、というのはおそらく何らかの投薬を受け、実験台にされる、ということだと思われる。強化人間、とかいうものにされるのかもしれない。だが、それでも構わない。どんな形であれ、また再びエンドラのクルーたちと戦うことができる可能性が残ったのならば、そんなことで挫けてはいられない。そしてあの少年、ジュドー・アーシタとも決着をつけなければならないのだ。
そんなことを考えながら広い邸内の回廊を歩いていると、次第に闘志が湧いて来る。
「フフ、フハハハハハ!アクシズのため、ハマーン様のため、私はまだまだやるぞぉ!」
周囲に誰もいないのいいことに、そう、声を張り上げた。
3階の部屋から飛び降りるのは賭けだったが、幸い上手くいった。だが、さすがに相手の動きは速い。あちこちから警備兵が出て来ていた。監視カメラもあるだろうから普通の道は使いたくないし、出入口は当然封鎖されているだろう。捕まってみるのも手か、と思ったが、あのハマーン・カーンのプレッシャーをまた味わうのはゴメンだ。
最早ミアとアナハイムに迷惑を掛けることは必至であったが、それくらい、ジュドーにとってあのハマーンの感覚は嫌悪すべきものだったのだ。とはいえ、現状は完全に手詰まりだ。ジュドーは裏庭の植え込みに隠れながら、どこかに都合よく抜け道でもないものかと思っていると…そこへ、聞き覚えのある声が耳に響く。植え込みから頭だけ出して見回すと、思った通りの人物がいた。
「おーい、マシュマーさん!」
声をかけられた男がキョロキョロと頭を動かしてからこちらに気づき、すぐに駆け寄って来た。
「何と!ジュドー少年ではないか!」
「奇遇だね、マシュマーさん。いや、実はちょっと訳ありでここから出たいんだけどさ、人目に付かないような逃げ道はないかな?」
「何!?ここはハマーン様の宮殿だぞ?お前、一体なにをやらかした!」
「まあ、その…あれ?そういや別に何もやってないんだよな、俺。リィナを探して変な女の子に連れて来られて…」
「ん?リィナ、だと?確か…グレミーが連れていた少女がそんな名だったような…」
そこでようやく、ジュドーの記憶が繋がった。
「あーっ!思い出した!そうだ、ビーチャとモンドが言ってたんだ!そうか、あいつがグレミー…!最初っからあいつに聞けば良かったんだ!」
「何だ、あの少女はお前の知り合いだったか?」
「妹だ!妹なんだよ、くそっ…!」
「何と、そうだったのか…そういえばお前が母上と話している時に少女の声も聞こえたな」
「そうだけど、そこは早く忘れてくれ!」
「うむ、あの少女か…私もしばらく謹慎していたからな。あの後どうなったのかは知らんが…逃げ道なら、そこに庭師のための小屋があるだろう?」
「え?ああ、あれか」
マシュマーの指す先に、確かに木造の建物がある。宇宙暮らしで本物の木造というのはかなり贅沢なのだが、それだけこの庭園には力を入れている、ということなのだろう。
「そうだ。あれはな、この庭園を手入れするための器具や肥料を入れているものなのだが、それらの搬入のために外と繋がっている」
「へえー。そんなこと良く知ってるね?」
「フフフ、ジュドー、その一角に素晴らしいバラの園があるのだ。ハマーン様も大層お気に入りでな。ここのバラがどのように育つのかを見せていただいたことがある…。そうだ、お前も鑑賞していかないか…っておい、ジュドー!」
ジュドーは既に、その小屋に向かって走っていた。
「ありがとよ、マシュマーさん!悪いけど今日の所は見逃してくれ!」
それを聞いて、呆れたように大きく口を開けたマシュマーだったが、すぐに、
「フ、いいだろう!このマシュマー・セロ、妹を探す兄を足止めするような卑劣漢ではない!何だか知らんが今日の所は全力で見逃してやろう!」
そういって高笑いをし始めた。
ジュドーは、この快男児に心の中でまた礼をいいつつ、もう少し静かにしてほしいなと思いながら苦笑する。
手持ちの端末でミアの居場所は大体わかる。とにかくあのグレミーという若い男からリィナの居場所を聞き出さなければならない。ジュドーはここへ来た時と同じように、全力で走った。
どうやってハマーンと接触してどうやって逃がすかは考えどころだな、と思っていたのですが割と勢いでこんな風になりました。
マシュマーさんにオレンジみたいなことをいわせてしまいましたが、ハマっているので気に入っています(笑)。