「MSを出してきた…!」
警戒のために機体を輸送船に向けたカミーユは、最大望遠でその輸送機からMSらしきものが降りて来るのを捉えた。
「ガザD2機と…新型か?」
MSは計3機、かなり距離があるのではっきりしないが、データベースに無い機体がいるようだ。画像が共有されているモニタルームから指示が入る。
『カミーユさん、危険です。後退して下さい』
「向こうからは何か言ってきているんですか?」
『いえ、まだ何も…』
と、いっている間にMSを吐き出した輸送船から、と思われる通信が割り込んで来た。
『アナハイムの諸君、聞こえるか?こちらはアクシズの月面駐留部隊だ!』
向こうから正体を名乗り出てきた。アナハイムはどうするのだろう、と思いながらモニタルームの指示を聞かずにMK-ⅣをアクシズのMSに近づけていく。ややって、
『こちらはアナハイムグラナダ支社の者だ。アクシズの方々が一体何の用だ?』
この声は確か、この実験場の責任者といっていた男のものだ。何度か会ったことがある。
『ここでテストをしたMSをエゥーゴに卸しているという情報が入っている!もしそれが事実ならば我々はこの施設を見過ごすことは出来ない。お答えいただこうか!』
さてこれはどう出るのか、と思っていると、
『これは我々の企業活動である!それをアクシズの方々にとやかくいわれる筋合いは無い!この施設は我々の社屋であり、テスト中のMSは我々の資産だ!もし、ここを制圧するというのなら相応の問題にさせていただく。速やかにお引き取り願おう!』
けたたましい怒声でそんな言葉がまくし立てられた。
「へえ…なかなか熱い人だな」
カミーユはそんなことをボソっといって微笑む。
『な、何だと!こっちが下手に出りゃ調子に乗りやがって…!その返答はアクシズに敵対する意思あり、と見なすぞ!後でほえ面かくなよ!』
通信はそこで切れた。わずかな間の後で、
『カミーユさん、その…申し訳ない。そういうことなので何とか後退してこちらに戻って来て下さい。連中もさすがに無抵抗の施設を攻撃したりはしないでしょうし…最悪、その機体を譲り渡しておけば黙るはず…』
サブモニタに、先程の責任者が現れてそういった。
「嫌ですね」
『…はい?』
「アクシズの連中にとやかくいわれる筋合いは無いんでしょう?そんな及び腰でどうするんです」
『何をいって…!戦闘になりますよ!?あなたの精神状態は…』
「たかが3機でしょう?どうとでもしてみせますよ。ああいう一方的なのは許せないんです。あなたもそうなんだと思いましたけど?」
『いや、それは…って、ちょっと、カミーユさん!』
カミーユは微笑みながら基地の方を一顧だにせず、機体をアクシズのMS部隊へ向けて思い切りスラスターを吹かせた。
「見ろよネル、ユラー!一機で突っ込んで来やがったぞ!」
ガ・ゾウムのクレイユが僚機のガザDにそういうと、
『なめられたもんだな!あいつは俺がいただく!そうしたらガ・ゾウムは俺に譲れよ!』
ユラーのガザDが突出して行く。
クレイユ、ネル、ユラー、の三人はいずれもエンドラでマシュマーの下にいた若いパイロットたちだ。彼らもアクシズのパイロットたちの例外に漏れず、基本的にガザシリーズに乘ってそのキャリアを築いてきたため、シリーズの最新型であるガ・ゾウムは羨望の機体、といってもいい。
たまたまシミュレーションで最も良い成績を出したクレイユが乗ってはいるが、うかうかしていたら誰かに奪われてもおかしくはない。
「待て!そうはさせるかよ!」
『おいお前ら、一応連携ってのを…』
ネルの制止など最早耳に入らない。
「あれはガンダムだ!墜とせばエンドラ隊の名が上がる!お前もさっさと来い!」
『しょうがねえなあ…!』
結果的にクレイユたちの3機はガザD、ガ・ゾウム、ガザDの順に一直線となった。そこでクレイユは、はたと気付く。
「おお、これはあれだ、ジェットストリーム・アタックだ!」
『確かに!こりゃあいい!』
『ここで手柄を上げりゃあ俺たちが新たな黒い三連星ってわけだ!』
3人のテンションは最高潮に達していた。一年戦争時代の伝説的なパイロットたちである黒い三連星のことは、彼らが得意として大きな戦果上げた戦術フォーメーション「ジェットストリームアタック」と共にアクシズの将兵であれば誰もが熟知していた。当の黒い三連星といわれた3人は一年戦争時にホワイトベースに所属していた「ガンダム」によって乗機を撃墜され、全員戦死してしまったのだが、遺されたジェットストリームアタックについては戦後、幾つものパターンが考案されてMS小隊運用の基本となり、パイロット候補生たちに叩き込まれている。つまり、この状況はアクシズのパイロットたちから見ればちょっとした意趣返し…といえるものなのだ。
3人はこれまで幾度も繰り返してきたシミュレーション通りに、ガンダムを正面に捉える。
『行くぜえ!』
ユラーが雄叫びを上げると共にナックルバスターを二連射する。目眩ましの攻撃だ。これに反応してきたところを、後続の2機が叩く。敵がどんな行動を選択しようと練り上げられたこちらの攻撃から逃れることは不可能だ。ガンダムは…前へジャンプして来た。これは最も想定されている行動だ。クレイユは興奮のあまり、唾を飲み込む。そして、
「もらったぞ、ガンダム!」
そう叫んでガ・ゾウムのビームサーベルを引き抜いた。後ろのガザDがガンダムの動きを封じるためにナックルバスターを放ち、完全な形が出来上がる。
飛び上がってガンダムに斬りかかったガ・ゾウムは、だが、次の瞬間にはシートに伝わる大きな衝撃と共に月の重力に捉えられ、ビームサーベルを空振りしながらゆっくりと墜落していた。
「な、何だァ!?」
何が起きたのか全く理解が出来なかった。機体のダメージを知らせるアラートを見てようやく、背中と足を同時にやられて推力を失ったことに気が付く。上を見ると、何か蜂のようなものが荒々しく飛び回り…一瞬、ガンダムの目と自分の目が合う。
不気味な緑色に発光するそれを見て、クレイユは総毛立つのを感じた。
カミーユはMK-Ⅳを空中で鮮やかにターンさせて飛び出してきた3機目のガザDの後ろを取る。インコムとビームライフルの一射ずつでそれは倒れ、慌ててこちらを向いた先頭のガザDも、その瞬間に同様の攻撃を受けてその場で動けなくなった。最小の動作とエネルギー消費で、あっという間にアクシズ機の残骸が三つ、築き上げられていた。
「ここが月面で良かったな…っていうのは、お互い様か」
3機は共通してスラスターと脚部を狙い撃ちにされていた。ここが地球上、つまり1Gの重力下であったなら、撃ち落とされた機体は地面に激突して爆散していただろう。あるいはここが宇宙空間であったなら、姿勢制御用のサブスラスターやアポジモーターで戦闘の継続は可能だっただろう。だが、ここは月面だ。撃ち落とされてもゆっくりと落ちるだけで、機体が砕け散るほどの損傷にはならない。そして緩いとはいえ重力がある以上、それを振り切るには脚部を使ってジャンプするか、それなりの推力で機体を押し上げる必要がある。つまり、月面では推力と脚部を失ったMSは生殺しになるのだ。
もちろん、固定砲台代わりくらいにはなるだろうが、動けなくなったMSにいつまでも乗っているようなパイロットはいない。それぞれの機体の足元を見ると、逃げ出すパイロットたちの姿があった。
パイロットが死ぬことが無ければ…人が、命が消えて行く時の強烈な思念の奔流を受けることが無ければ…何とか正常を保つことが出来るだろうとカミーユは踏んでいた。そしてそれは一応、その通りであったようだ。
文字通り一息ついたところで、モニタルームから通信が届く。
『カミーユさん…ええっと、さすが…ですね』
フロストの言葉はとりあえず、それだけだった。先ほどのMS同士の実戦が俄かには信じられない…そんな様子に見える。何だかカミーユは少し可笑しくなった。それだけの余裕が自分にあることにも安堵しながら、
「インコム、割といいんじゃないですか?反応が少し遅い気はしますが、これなら実戦レベル、といえるんじゃないですかね」
平然とそんな風にいってやる。
『あ、はあ…そういっていただけるなら…そうなんでしょう。いや、しかし驚きました。MS3機をこうもあっさりと片づけるなんて…』
「ここが月面だったから上手くいったんですよ。それで、どうします?あの輸送船、追い払いますか?」
『いや、そうですね…あ、先ほどアクシズの船と話をしたうちの次長が、カミーユさんと話をしたいとのことです』
「え?ああ、それは構いませんが?」
そう答えるとすぐに、別の発信から回線が開く。
『おお、カミーユさん!パイロットを殺さずにMSを無力化するとはさすがです!これならば大きな問題になることはないでしょう。やつらにはこれから警告を発します。それで帰ればそれでよし、ということに…』
と、いう言葉の最中だった。輸送船の影から大きな「何か」が動き出すのがわかる。
「ちょっと待って下さい、あれは…なんでしょう?」
『ん?ああ、確かに…何でしょう…?輸送船から切り離されたような…何?大型のMSだと!?』
モニタルームが再び喧騒に包まれていくのがわかる。カミーユは止めていたMK-Ⅳを再び輸送船に向けたところで、その「何か」が月面に着地した。
「な…何だ、アイツ…!!」
そのシルエットには憶えがあった。忘れたくても忘れられるものではない。ゆっくりと立ち上がり、その姿がはっきりと見えたところで、カミーユは自分の心臓が一瞬止まったのではないかと錯覚する。大きなショックと同時に、呼吸が一気に乱れ始めた。色や細部の違いがありこそすれ、あれは…間違いない。
「サイコ…ガンダム…だっていうのか!」
巨躯の後ろに一人の少女の艶やかな姿が浮かび上がるのを、はっきりと、カミーユは見た。
「フォウ…?いや、そんな、そんなはずは無いんだ…!」
必死に頭を振りながら、カミーユはこみ上げてくる嘔吐感に耐えなければならなかった。
量産型サイコガンダムのコクピットで、イリアは相手のガンダムの動きが妙に鈍いのを少し疑問に思ったが、その辺りは所詮民間のテストパイロットということなのだろう。さっきの動きは確かに尋常ではなかったが、偶然だった、とも考えられる。広範囲に放てる胸部のメガ粒子砲で牽制しながら、ゆっくりと間合いを詰めていく。
『やれそうか、イリア!』
「ああ、まあ見ていろ。墜とされた連中も回収して来てやるよ」
『はは、余裕だな。期待しているぞ!』
ゴットンからの通信が切れ、イリアは前方のガンダムに目を向ける。回避運動は確かに上手いが、それだけではどうにもならないだろう。この量産型サイコガンダムは総合的な性能ではオリジナルには及ばないが、操作系にサイコミュが内蔵され、信頼性の高い火器も多く内蔵している割に全体的にコンパクトにまとまっていて扱い易くなっている。あの程度のMSと拠点を制圧するくらいのことは、決して難しいことではない。
「こいつがティターンズの機体ってことは気に食わないが…覚悟してもらうぞ、ガンダム!アナハイム!」
イリアはそういって、内蔵されたインコムを飛ばした。
「向こうも…インコムか!」
サイコガンダムから射出されたのは間違いない、こちらにも装備されているインコムだ。
両機の装備が似ているのは無理からぬことだった。元々どちらもティターンズで開発されたサイコガンダムにつながる系譜を持つ機体だ。状況が違えば共に並んで出撃していた可能性すらある、そういう機体同士が今、皮肉にも砲火を交えている。
カミーユも自機のインコムを起動する。2機のほぼ中間となる辺りでインコムが交差し、紙一重で上手く撃墜することが出来た、が、
「2基目…!?しまった!」
サイコガンダムからはさらにもう1基のインコムが飛んできていた。完全に不意を突かれた格好だ。自機のインコムはチャージのために引き戻しているところだ。
「しまった…!」
回避運動が間に合わず、サイコガンダムのインコムから放たれたビームが、MK-Ⅳのバックパックに当たる。誘爆を避けるため、すぐにそれを切り離すと、帰る場所を失ったインコムが糸の切れた凧のように、慣性のまま飛び去って行った。最悪の光景を目の当たりにしていたそこへ、数発のグレネード…実弾が迫って来る。主となる推進力を失っている以上、撃ち落とすしかない。カミーユはビームライフルの早撃ちで何とかそれらを撃墜したが、距離が近い。
同時に発生した破片と爆風をシールドで受けたものの、本体にもダメージが入った。
「クッ!やってくれる…!」
その噴煙が切れてくると、どこから取り出したのか、サイコガンダムはランチャーを構えている。こちらの対応が、全て後手に回っていた。本調子ではないことを差し引いても距離の詰め方、状況に応じた火器の選択など、敵のパイロットはかなりの手練れであるといっていいだろう。
「避けきれないか…!」
今、あの大きさのランチャーからビームを放たれたら完全回避は難しい。被弾の覚悟を決めた、その時だった。頭の中に『乗り換えて来い』という「誰か」の意思が飛び込んできた。
「何!?」
カミーユはそう声を発しながら機体をジャンプさせるのとほぼ同時に、サイコガンダムのランチャーが爆散する。空中で、まだ煙を吹いているバズーカを構えたままの機体と、MK-Ⅳがすれ違う。
「リック・ディアス…いや、あれは…!」
それは、グリプス戦役で活躍したエゥーゴの主力機、リック・ディアスによく似ていたが、背中のバインダーが大型化した改良機だった。
「資料で見たことがある…シュツルム・ディアス、あの人のために作られたっていう…!」
その赤い機体は、挨拶でもするかのようにモノアイを明滅して見せた。
更新遅れました。今後仕事の関係で不規則更新になるかもしれません。
月面の戦闘もガンダムシリーズには欠かせない要素かなと思います。環境がかなり特殊なのであれこれ考えるのは面白いですよね。