『あの輸送船はサイコガンダムの頭部を収容した後、この宙域からの反応が消えました。それと、最初に撃墜した機体のパイロットたちもどこかへ行ってしまったようです』
「そうですか…。それで、すいませんがこのままあのMSについて行きたいんですけど…」
『あ、はい…。実は、上の方からもカミーユさんをこのまま行かせて構わないとの連絡が入っていまして…一体どういうことなのかわかりませんが…』
フロストがかなり戸惑っているのがわかる。
「何となく、わかる気はしますけどね」
先行する赤いMSのパイロットが本当にカミーユの思っている通りの人物なら、アナハイムの上層部に何とでも話をつけられるだろう。
『心当たりがおありと?』
「まだわかりませんけどね」
『そうですか…では、この辺りで全ての通信を切るようにもいわれています。こちらからのモニタリングも出来なくなりますのでどうぞ、お気をつけて』
「ええ、ありがとうございます」
言葉通り、そこでアナハイムとの交信が、システム面も含めて全て途絶える。カミーユは一つ、深呼吸をした。
月の直径は地球の四分の一程度しかないが、コロニーと比べれば桁違いの大きさだ。自分がどこを飛んでいるかモニタ上に表示はされても、頭の中ではどこにいるのか理解できていない。
「一体どこまで…」
そう、独り言ちたところで、不意にシュツルム・ディアスの姿が消える。そして次の瞬間、あ、と思う間も無くそれがほとんど谷、というくらい急峻な斜面であることに落下しながら気がついた。あわてて各部のアポジモーターを吹かして機体を制御し、周囲の荒々しい岩肌を眺めながら着地する。見上げればここは地の底…月の底のような場所だとわかる。
前を行くシュツルム・ディアスはそんなカミーユの様子を振り返って見るようなことはないが、かといって全く気にしていないという感じでもなく、ゆっくりと岩肌の裂け目のようなところへと入っていく。
「なるほど、隠れ家ってわけか…」
そういいながら機体を進めていくと、急に周囲が明るくなる。そして、
『ようこそ、カミーユ・ビダンさん。機体をそこで止めてお待ち下さい。すぐにご案内いたします』
快活な女性の声がその広い空間に響いた。見渡せば、地形を利用したMSの整備場のような場所になっている。前方をさらに進んで行くシュツルム・ディアスを見送りながら、カミーユは無言でMK-Ⅱを止めた。
「こちらの部屋で少しお待ち下さい。大佐は少々準備に手間取っておられるようです」
「大佐…大尉ではなく?」
「ええ、大佐です」
そういって女性はコーヒーの入ったカップを二つ、置いていく。
「では、私はこれで」
明らかに軍人の匂いを漂わせながら、服装はあくまでカジュアルな若い女性が一礼して去って行き、ドアが閉まる。そこは数脚の椅子とテーブルが置いてあるだけの小さな部屋だった。カミーユは椅子に腰かけて、辺りを見まわすと観賞用の、これまた小さなサボテンの鉢植えに目が留まる。
「どうして…こんなもの…」
何となく落ち着かなくなり、湯気を立てているコーヒーに口をつける。そこでまた、ドアがスライドした。
先程の女性だったが、何やら表情が険しい。
「全く、何であんなところで突っ立っていたんですか?コーヒーが冷めちゃうじゃないですか!さあ、お早く!」
そんな風に急かす女性の後ろから、ゆっくりとした靴音が響く。そして、
「ああ、わかっているよ…」
その声に、カミーユは弾かれたように立ち上がった。女性の後ろから、サングラスをかけた金髪の男が姿を現す。
「そんなに…僕に会いたくなかったんですか?」
「そういうな。君に会うには…勇気がいる…」
「それでそちらの女性に叱られたんですか?そういうところは相変わらずですね、クワトロ大尉」
「私を…まだその名で呼んでくれるのか、カミーユ?」
クワトロ、と呼ばれた男が小さく笑い、サングラスを外す。
「当たり前です。僕の中であなたは、ずっとクワトロ・バジーナです。それ以上でも、それ以下でもない」
その顔を見てカミーユもまた、笑う。二人の笑う声が少しずつ大きくなり、小さな部屋がそれで満ちる。
「はあ…男同士で何を笑い合っているんだか…それでは私はこれで」
「ああ、すまなかった、ハーコート君」
「そう思うのでしたら、行動は時間厳守でお願いしますよ」
去り際に人差し指を立ててそういった女性の姿を見送って、クワトロがカミーユの対面の位置に座り、カミーユもまた、それに合わせて座り直す。
「カミーユ、よく、無事でいてくれた…」
「あなたこそ…いや、あなたが死んだなんて僕は思っていませんでしたけどね」
「そうか…ファも元気にしているようだな?」
「知っているんでしょう?わざわざ確認を取らなくてもいいですよ」
「ああ…だが、君の口から聞きたいこともある。それはわかってほしいな」
「そういうセリフは女性を口説く時に使って下さいよ」
クワトロは、そこで目を丸くしたようだった。
「ほう、カミーユ・ビダンはそんなことをいうようになったのか」
「…ムダ話ばかりしていると、さっきの女の人に怒られますよ」
ふとクワトロが見せたその子供のような戸惑った笑顔を、カミーユは懐かしく思う。
「そうだな…。ああ、さっきの連中、最後にサイコガンダムにビームを撃ったヤツらだが…」
「話を聞いたんですか?」
「ああ。彼らはグラナダを守ろうとしたらしい。戦争とはいえ市民を巻き込んではいけない、といっていたよ」
「へえ…」
「一旦は私のところで預かることにした。アクシズに戻るかどうかは彼ら次第、だな」
「そうですか。人が…パイロットが欲しいんですか?」
共に、そこで笑顔が消える。
「カミーユ、私が今、何をしているか…想像がつくか?」
「何かって…立ち上がるための準備をしている、そんなところでしょうけど…アクシズと連携する気はないようですね?」
「ああ…まあ、そんなところだ」
「それで?」
クワトロはそこで口をつぐむ。カミーユはこの男の優しさも、優柔不断な所も知っている。冷徹になり切れない結果、自分にとって不利な結果を招き入れることもあるが…それがまた、この男の魅力であるということもまた、カミーユは知っている。
「もう、僕を巻き込みたくはない、そう思っているんでしょう?」
「私の力になって欲しい、とは思う。だが…君は良く戦った。もう十分だ。ここから先は政治をやらなければならないこともある。ゆっくり休んで、私のすることを見ていてほしい。このグラナダにいる限り、君とファの安全は保証しよう」
「…僕を助けてくれたのはあなたの手の者、ってわけですか。それには感謝しますけど…」
そう答えながらカミーユは段々と、自分が苛立って来るのを感じる。気が付けば立ち上がっていた。
「何なんですか、その歯切れの悪さは…!だったら…力になって欲しいだなんて言わないで下さい!僕の前に現れないで下さいよ!」
サイコガンダムが現れた時のあの悪寒を消してくれたのは結局、この人なのだ。自分はこの人に構ってほしい…この人に請われれば何だってやりたい、今なお、そんな風に思う自分を意外に思いながら、カミーユはこのどうしようもない感情をぶつけるしかなかった。
「カミーユ…」
「僕はシャアやキャスバルのことは知りませんし、信じてもいません。だけど…あなたのことは、クワトロ・バジーナのことは信じるっていったでしょう!」
クワトロは、そんなカミーユをじっと、穏やかな目で見ていた。
「すまない…だがわかってほしい。私はな、君があの戦いの後も無事でいてくれたことが何より嬉しかったのだ…。君が、その感じやすい才能のせいで自分の心を壊してしまうような気がしていたからな…」
「それは…僕にはファやあなたがいてくれたから…」
「それは、そうなのだろう。だが…私はそんな風になっていく若者の姿を見て…それに甘える者たちの姿を見て…地球に居続ける者たちにも、それを守ろうとする者たちにも完全に失望したのだ。未来を託すべきニュータイプをすり潰すようにしていくそのやりように、怒りを覚えたのだ」
「…僕のことが、あなたが立ち上がる理由の一つになっていると?」
「そうだ。だからこそ、君には私が事を為した後の世界を任せたいと思っている。君の力が必要なるのは、今ではない。私たちが死んだ、その後だ」
カミーユは、腰砕けになったように、座る。
「私『たち』…ですか?」
「ん?ああ、そうか、私たち…といったか…」
その様子を見て、カミーユはクワトロがもう、エゥーゴのクワトロ・バジーナ大尉ではなくなっていることにやっと気が付いた。彼はもう、ジオンのシャア・アズナブル大佐として、別の男のことを見ている。
「わかりました…。でも、自分が原因の一つになっているなんて聞かされたらやっぱり何もしないわけにはいきませんよ」
「ん…」
「使うんでしょう?サイコミュ搭載型の機体を…」
「開発に協力してくれる、というのか?」
「アナハイムの人たちにいわせると僕はテストパイロットとして優秀らしいですからね。さっきの様子を見ると時間も人も、そんなに余裕がないんでしょう?」
「ああ…そうだな」
「あなたは…今度はちゃんと組織のリーダーをやるんでしょう?そんなはっきりしない態度でどうするんです?」
少し強い調子でそういうとシャアは真顔になり、
「ふむ…相変わらず、手厳しいな…わかった。カミーユ、頼めるか?」
神妙な口調でそういったので、カミーユは思わず吹き出した。
「ん?そんなに可笑しかったか?」
「いえ、最初からそういってくれればいんですよ、全く…。ああそうだ、アーガマには今、新しいパイロットがいるの、知ってますか?」
「多少聞いてはいる。君がスカウトしたんだろう?」
「はは、そうですね。ジュドー・アーシタっていう子です。一度、あなたにも会ってほしかったな…」
「そうか、そういう少年か…」
シャアは、そういってカップに口をつけた。今のエゥーゴにはあまり興味が無いらしい。少なくともジュドー達の敵になることはないのだろうとわかって安心し…それから、今頃アーガマのみんなは地球降下のための準備で忙しいのだろうな、と思いを巡らせながら、シャアに合わせてすっかり冷めてしまったコーヒーを口にする。
「…苦い、ですね」
「ああ…何か、甘いものでも用意させるか?」
「そういえば…覚えてます?ヘンケン艦長がエマ中尉のケーキを食べてしまいそうになったことがあったでしょう?」
シャアがすぐに、屈託のない笑顔を浮かべた。
「ああ、叱られていたっけな」
「ええ、二人とも本気でしたよね」
「あの二人を争わせるとは…甘いものは人を狂わせるのかな?」
二人はそこでまた、声を合わせて静かに笑う。
ほんの数か月前のあの頃はもう、決して戻ることの出来ない遠い遠い昔の出来事になってしまった。自分と、この人の人生が交わることは多分、もう無いのだろう。
これから先、この人が何と名乗ろうと、誰を見ていようと、何をしようと構わない。ただこうして、死んでいった仲間たちの存在を心に留めているのなら…自分はこの人のことを信じるだけだ。
舌の上で苦いコーヒーを転がしながら、カミーユはそう思った。
今回はまず、塩谷浩三さんに哀悼の意を表したいと思います。Z、ZZではロベルト、サエグサ、モンドと欠かせない役を演じておられましたね。劇場版Zのラストでカミーユとファの真似をする演技はすごく良かった…。合掌。
そして、本日より閃光のハサウェイ第二部「キルケーの魔女」公開、早くも量産型νガンダムやリ・ガズィカスタムの話題で持ちきりですね(笑)。すごい映像になっているそうで、楽しみです。
さて、ついにシャアの登場となりました。アニメ本編ではOPであくびしている(笑)だけで出番はありませんでしたが、本作ではカミーユが無事なので、やはりカミーユと絡ませた形がいいだろうということで二人の共演となりました。
シャアとカミーユの間には師弟愛のような深い信頼関係があり、照れ屋の富野監督がこんな関係を割とストレートに描くというのは結構珍しいことなんじゃないか?と思えるほど、互いが互いのことを思いやっています。逆シャアへ繋がるシャアの意思についてはいろいろと見方があると思いますが、カミーユを精神崩壊に追いやった世界への怒り、というのは非常に大きいのではないかと個人的には思うのです(初代プレイステーションのZガンダム、クワトロ編のエンディングでシャアが激怒しているように見えるのが印象的でした)。
劇場版→逆シャアのケースではカミーユが無事であることからその怒りはやや抑えられ、どちらかというとあの男との決着を望むというシャアの公私混同っぷりが強調される感じになるのではないかと思います。しかも後事を託せるカミーユはあの男も認めているので思う存分アクシズ落としをやれる(笑)、というところでしょうか。より純粋に動ける、という点ではシャアもこの方が健やかもしれませんね。