「サダラーンと思しき艦と護衛の艦2隻、このまま地球に降下するものと思われます!予想ポイントは…アフリカ大陸と見て間違いなさそうです!」
トーレスの声に、ブライトは頷く。
「やはりダカールか。先遣部隊が連邦議会の制圧に向かっているという情報は間違いないらしいな…」
そういってから、ノーマルスーツのヘルメットを被る。
「総員、第一戦闘配置。大気圏突入のギリギリまで戦闘になる。気を抜くなよ!」
「前方のアクシズ艦隊、MS部隊を出してきたようです!」
サエグサの声にブライトはすぐにモニタを確認すると、確かにいくつかの光点が現れたが、数は少ない。艦隊護衛のために最低限のMSを展開しているのだろう。ここまで地球に近づいての戦闘は出来るだけ避けたいというのは向こうも同じだろう。
『こちらジュドー、ゼータガンダムで出るよ!』
その敵軍の動きに応じるかのように、MSデッキからジュドーの声が響く。
モウサへ潜入した一件の後、アーガマはグラナダでの補給を続け、アクシズ艦隊に大規模な動きが出るのに合わせて大気圏突入作戦を開始した。この間にゼータガンダムの修理・改修が終わり、量産型百式改も同様に改修を受けていたが、増備予定であったMSはトライアル中のトラブルが原因ということでこの作戦には間に合わなかった。最も、パイロットの頭数も足りていないので、あったところで運用は難しい状況だが…。
「まだだ、少し待て。」
『ええ?もう敵は出てるんだろ?』
「出撃はもう少し状況が動いてからだ。ルーの方はどうだ?」
『ダブルゼータはバリュートのチェック中だよ』
MSや艦が宇宙から地球に降下する、というのは大変なことだ。何の準備もせずにそのまま地球へ降りようとすれば、大気との摩擦で燃え尽きてしまう。だからバリュートと呼ばれるエアバックのようなものを背部に装備し、それに包まれるような恰好で降りていく。ゼータガンダムのように飛行形態に変形し、大気との摩擦を軽減させることで突入を可能にするMSもいるが、これはあくまで例外、非常に特殊な機体といえた。それだけに、こういった状況下での価値は高い。今回、ジュドーがゼータガンダムに志願したのもわからない話ではなかった。
「そうか…。いいか、ジュドー、ゼータはこの作戦の切り札になるということを忘れるなよ」
『わかってるよ!』
あの一件以降、ジュドーはかなり素直にいうことを聞くようになったが、さすがに気負いが感じられる。
「ジュドー、リィナやヨハンソンさんのことはとりあえず気にするな。今は作戦のことだけを考えろ、いいな!」
『了解!』
ジュドーなりに気持ちに整理はつけているらしい。ブライトが一つ頷いていると、
『艦長、俺も出させて下さいよ!百式は使えるんでしょう!』
ビーチャの声が入って来た。いうことを聞くようになったのはジュドーだけではない。
ビーチャをはじめ、シャングリラの子供たちは一様に、今回の大気圏突入作戦では準備段階から積極的に動くようになっていた。ただ、そうなってくると、
「バカをいうな!素人同然のパイロットを出せるか!説明した通りMSはゼータとダブルゼータだけだ。お前たちは地上戦のシミュレーションをする、ということだったろうが!」
『そうですけど…』
差がついている、と感じた方には焦りが出て来る。無茶をさせるわけにはいかないが、やる気は買ってやりたい。ブライトは一瞬考えてから、
「…わかった。ビーチャ、モンド、イーノは左舷の機銃座に向かえ。指揮はビーチャ、お前が執れ」
そう答えてやった。
『機銃座?了解です!』
「いっておくがかなり危険だぞ」
『構いませんよ。左舷に向かいます!』
『艦長、私は?』
今度はエルだ。エルは、今の所ジュドー、ルーに次いで最もパイロット適正が高く、このまま訓練を続ければものになりそうな様子を見せている。
「お前こそシミュレーションだ。地球に降りたらすぐに機体を任せることになる。地上戦の感覚をしっかりつかんでおけ!」
『でも…』
「大気圏付近の戦闘はベテランでも難しい。今は次の機会に向けて訓練だ。いいな」
『わかりました…』
不満気な様子ではあるが、理解はしてくれたようだ。
「艦長、ミノフスキー粒子の濃度が上がりました!こちらの位置を把握されたようです!」
キースロンの声に、ブライトは頷き、MSデッキに呼び掛ける。
「アストナージ、ダブルゼータはどうか?」
『すいません、手間取りましたがもう行けます!』
「よし、ジュドーを出せ!ルーはアーガマの直掩だ、いいな」
『了解です』
アストナージの返事のすぐ後で、
『ジュドー・アーシタ、ゼータガンダム、行きます!』
ジュドーの大きな声が聞こえ、ゼータガンダムがカタパルトから射出された。伸びていく光の筋を見送ってから、横目で高度を確認する。重力に捕まるあの感覚まで、もうあまり余裕はなさそうだ。
ブライトはクルーたちに気づかれないように、そっと深呼吸をした。
「随分とハマーンに借りを作ってしまいましたな、グレミー様?」
サンドラの執務室に押しかけてきたマガニーの言葉に、グレミーは明らかに苛立っていた。もう大事な作戦が始まっているというのに、この老人にも困ったものだ。
「そろそろご自身の身分というものをわかってもらわねば困ります。あなたこそは…」
「正統なるザビ家の後継者、だというのだろう?それはわかっている。だが、今ここでハマーン様と対立をしてどうする?まずは連邦を確実に叩き、それからジオンの行く先を決めれば良いではないか」
マガニーが、大げさに首を横に振りながら溜め息をつく。
「ハマーン『様』、などといつまでいっておられるのか…。あれこそは摂政という立場を利用してアクシズを、ジオンを思うがままにしようとしている女狐ですぞ?連邦を潰すなど、今となっては容易いこと、それよりもハマーンの専横に疑問を抱く者たちを、グレミー様の血の正統性によって糾合するのです」
「そんなことをすれば…同士討ちになるということがわからないのか?」
「ですからそうならぬように、この度の地球降下におかれましては、地球に残る者たちの支持を得てしっかりと足元を固めるのです。ハマーンとの対決が話し合いで済むとは思えません。故に、ここでの行動が今後を大きく左右するということ、しかと胸に刻んでいただきたい」
「…わかっている。地球に降りたらこのサンドラはハマーンとは別に行動を取るようにしよう。もう作戦が始まっている。ここまでにしてくれ。お前も帰れなくなるぞ」
「承知いたしましたグレミー様。しかし、あなた様は我々の希望であるということを、くれぐれもお忘れなきよう…」
そういって白髪頭を下げてから、マガニーは退室していく。そのくたびれた後ろ姿を見送りながら、
「老いたな、マガニー…」
そう、呟いた。そこには、一抹の寂しさが含まれている。
グレミーがトト家の跡取りとして大事に育てられていた幼少期の頃から、マガニーは専属の医師として定期的にトト家を訪れていた。どんな不調も必ず治してくれた上に、常に自分の身を案じてくれる老医師のことを、グレミーは純粋に慕っていた。
15歳になったある日、自分の出生の秘密をそのマガニーの口から聞いた時は、確かに驚きはしたが、成長するにつれて感じていた違和感がそこで解消されたような気もして逆に納得したものだった。それ以降、養父母は遠慮がちな態度を取るようになったものの、マガニーの忠誠には変わるところがなく、それが一層グレミーの信頼を厚くしていたのだが…さすがに今回の言いようには疑問が生じる。ジオン内部での内輪揉めなど、望んで行うべきではない。アクシズが地球圏を離れていた間、サイド3でもダイクン原理主義派など、決してアクシズを快く思わない連中が増えているとも聞いている。そういう連中を従わせるにもまずは、アクシズこそがジオンの中心勢力であることを実力で示さなければならないのだ。
「連邦やエゥーゴを甘く見過ぎだ。研究者が政治や軍事に口を挟むなど…」
窓の外を見ると、ハマーンを乗せた旗艦サダラーンがいよいよ高度を落とす準備を始めている。とにかく今は、目の前の作戦に集中しなければならない…そんなことを思っていると、
「失礼します、グレミー様!」
慌てた様子の大声が、ドアの向こうから響いて来る。
「何だ、騒々しい。入れ」
すぐにドアがスライドして副官の男が入って来る。
「エルピー・プルがキュベレイで無断出撃しました!」
「何!?何故止められなかった!」
「それが、あっという間の出来事でして…」
「ええい…、通信も繋がらんのか!」
「繋がりはするのですが、『ジュドーが来たから、止めないで』などとよくわからんことを言っているようで…」
グレミーはそこで一瞬言葉を失い、それから、
「来たか、アーガマ…!」
「アーガマですか?まだ確認はされていないようですが…」
「来ているはずだ!ズサ隊をアーガマへ向けろ!私もバウで出る!それと…リィナに異常はないな!?」
「あ、はい。今頃はピアノのレッスン中かと…」
「ならばいい!指揮は任せる。突入限界まで私が帰らなければ構わず地球へ降りろ!」
「は、了解です!」
敬礼する副官を後にして、
「プルめ…!再調整は失敗か…?」
グレミーは前へ飛びながらそういって、壁を拳で叩いた。
「この感覚は…あいつだ!エルピー・プル!」
少女を感じたジュドーは、ゼータガンダムを変形させた。アーガマの近くであのファンネルとかいう武器を使われたら守り切れない。向かってくるのであれば最優先で何とかしておかなければならない相手だ。だが、機体の勝手が違ってプルの気配を純粋に感じ取る余裕がない。それは、ダブルゼータからゼータに乗り換えたことが原因ではない。
「こいつが…地球の引力か…!」
まだかなりの高度があるにもかかわらず、ウェイブライダーの底面が引き寄せられるような感覚があるのだ。本能的に恐ろしい、と思わせるその感覚を生み出しているもの…地球の方へ目をやると、アクシズの艦が2隻見える。一方はハマーンが乗っているという旗艦、サダラーンのようだ。
「もうあんなに下がってるのか…!プルは置いといて…作戦通り、やってみるか!?」
アーガマでサダラーンを直接攻撃できなかった場合、ゼータガンダムによる単独攻撃が作戦プランの一つとなっていた。実際、このまま近づいて大気圏に突入していく無防備な艦を墜とすのはそう難しくないことのように思われた…が、事はそう簡単に運ばない。幾筋かのビームが飛んで来たので回避運動を取りながら確認すると、それはモウサから脱出した時に交戦したあのオレンジ色の機体、バウによるものだった。
「グレミーの機体か!」
ジュドーはウェイブライダーを変形させてブレーキをかけ、その機体に近づく。
「聞こえるか、そこの機体!グレミーだろう!」
ややあって、
『やはりお前か!ジュドー・アーシタ!』
そんな怒声が返って来る。しかしやはり、とはどういうことだろう。
「うん?俺が来るのわかってたような口ぶりだね?」
『ふん、アーガマが我らを追って来るのはわかっていたからな!』
「ご期待通りってわけかよ!で、リィナとミアさんは無事なんだろうな!」
『無用の心配だ。彼女らは地球に降りたら社交界にデビューさせる。お前はそれをあの世から眺めることだな!』
「何!?」
ミアは地球で返す、とハマーンがいっていたが、リィナも地球に降りる…ということは確認されている3隻のどれかにリィナがいる、ということなのだろうか?…と、そこまで考えてから、作戦に集中出来ていない自分の頭を叩いた、その一瞬だった。
バウのビームライフルが、的確にこちらを狙ってきた。回避が間に合わない。
「しまった!?」
反射的に叫んだそこへ、視界を黒い影が覆う。その影は、
『きゃあっ!ジュドー!』
という少女の声を残して間の前から消える。
『しまった!エルピー・プル!』
それを追うようなグレミーの声が、コクピットに響いて、ジュドーはようやく状況を理解した。黒い影…キュベレイMK-Ⅱが、ゼータガンダムとバウの間に入り、そのおかげでジュドーは直撃を免れたが、キュベレイMK-Ⅱの方はバウの放ったビームライフルの一撃に背中を押されるようにして、弾き飛ばされたのだ。真っ直ぐ、地球へ落ちて行っている。
「何っ!?プル!?プルなのか!」
動きを止めたバウを尻目に、ジュドーはほとんど無意識にゼータガンダムを変形させる。もう作戦どころではない。何とかウェイブライダーをキュベレイMK-Ⅱの下に滑り込ませなければ、プルは焼け死んでしまうのだ。
「な、バカな!?そんな角度と速度で突っ込めばお前も焼け死ぬぞ!」
自分は敵に向かって何をいっているのか、とグレミーは思ったが、そんな言葉が咄嗟に口を突いていた。
『だからって黙って見ていられるかよ!』
という、その言葉を最後に、ゼータガンダムとの通信は途絶える。その後ろを撃とうとしたが、グレミーにはビームライフルの発射ボタンは押せなかった。
「私も…甘い…」
見送ったゼータガンダムの飛行形態は次第に赤くなっていくが、それは大気との摩擦だけでは無いように見えた。同時に、身体の中を戦慄が駆け抜けていくのを感じる。
「このプレッシャー…ジュドー・アーシタの意思の力だとでもいうのか…?くそ、何故あいつばかり…!」
グレミーの中は嫉妬に近い感情が生まれていた。プルも、リィナも、あれだけ世話をしてやっているのに自分のことなど見てはくれていない。何かといえばジュドー、ジュドーだ。
そんなことに気を取られているうちに、限界高度を告げるアラートが響きだす。
「しまった、サンドラに戻るのは…無理か!」
グレミーは自分の迂闊さを呪いつつ、バリュートを開く。
「この私が見逃してやったのだ、ジュドー・アーシタ…!せいぜいプルを助けてもらわねば割に合わんぞ…!」
そんな誰に対するでもない虚勢を張って、グレミーは重力に身を委ねた。
2部も大詰め、ガンダム名物大気圏突入のお話になります。
普通に考えてそんなところで戦闘するなよ!と思いますが、コースや目的地がわかりやすいので作戦は立てやすく、そりゃあ戦闘になっちゃうか、という気もしますね。
「アメリアー!」