ブリーフィングを終えて、ハヤトと二人でアーガマの小さなミーティングルームへ入ると、そこで待っていた男が立ち上がって手を差し伸べてきた。明るいグレーのスーツが、細身の身体によく似合っている。
「よう、ブライトさん。お久し振り」
「カイ…!なるほど、お前が特別なお客、というわけか」
握手を交わすと同時に、自然と笑みがこぼれる。カイ・シデン、ハヤトと同じくかつて一年戦争を共に戦った「戦友」である。今は軍を離れてフリーのジャーナリストとして活躍しており、先のグリプス戦役の際にもティターンズが秘密裡に行っていた数々の非道を白日の下に晒すなど彼の活動はエゥーゴ、カラバにとってありがたいものだった。歩んでいる道は違うが、今なお同じ方向を見ている頼もしい同志、というところだろうか。
「特別ってほどでもないでしょうけど、取材がてら、ね」
「なるほど。だが必要以上のことをしゃべる気はないぞ?」
「フフ、そういうと思って、お土産を持って来ています」
カイがそういって胸ポケットから取り出したのは、小さなモバイルメモリのようだった。
「ミライさんとお子さんたちからのメッセージです。ルオ商会経由で撮ってもらいました」
「む…ジャーナリストというのは取引も上手くなるものなのか?」
「何しろ取材交渉ってのがつきまとうものですからね。手土産を選ぶ目も養われるんですよ」
「なるほど、これはお手上げだな」
ブライトがそういっておどけると、ハヤトも笑う。
「実際、さっきもお話ししたアクシズの情報についても、カイが掴んで来た物がかなりあるんですよ」
「そうか…あの、アクシズが組織を改めようとしている、というのはカイが出どころか?」
「ええ、そうです。連中、予め地球に降ろしていたミネバ・ザビも使ってセレモニーか何かを行うつもりのようですね」
カイが、メモリをブライトに手渡しながらそういった。
「セレモニー…上手く宣伝されると厄介だな。しかし先遣艦隊と合わせても思ったより降下してきた戦力が少ないように思えるが?」
「ですね。当初見積もった数より少なく思えます。連邦軍もなめられたものですが…」
「もしかすると連中、並行して宇宙でも何かやらかすつもりかもしれませんがね」
「ン…わからんことを話しても仕方がない、か…。今は対峙する戦力が少なかったことを幸運に思うか」
ハヤトもカイも頷く。
「どのみち連邦議会が抱き込まれたとなっては荒っぽい手段を取らざるを得ない。アムロがいれば手を貸して欲しかったところだが…」
このアウドムラには少し前まで、同じく一年戦争を共に戦った連邦軍屈指のエースパイロット、アムロ・レイが乗っていた。少し前に別の基地に移ったということだったが、詳しいことは聞いていない。
「そうだ、アムロのやつは何をやっているんだ?」
ブライトとカイからの視線に、ハヤトが苦笑する。
「アムロは新型機のテストやパイロットの教導役であっちこっちから引っ張りだこでしてね。ただ、出る前にディジェをかなりいじって行きましたよ。カラーリングも派手にして…アーガマへのプレゼントだといっていました」
ディジェはエゥーゴの名機、リック・ディアスを元にカラバが再設計した地上用のMSだ。グリプス戦争の後期にアムロが乗って戦果を上げた機体で、その信頼性の高さは折り紙付きだった。
「ああ、資料にあったものだな。地上用のMSをもらえるのは助かる」
「全く、一年戦争の英雄様は世間が放っておかない、か。アイツはどこにいっても人気者だねえ」
カイがそういうと、3人は軽く笑い合い…それから沈黙が訪れる。そろそろ本題に入らなければならないことはブライトにも、おそらくハヤトにもわかっている。二人の様子に気を利かせたのか、カイが口を開いた。
「カツのことは…残念だったな…」
カイらしい、端的な言葉だった。ブライトはまた、ハヤトに頭を下げる。
「すまない、ハヤト…」
「よして下さいよブライトさん…ティターンズとの最後の戦いは激戦だったと聞いています。カツは…良く戦ったのでしょう…?」
「ああ、良く戦ってくれた。それに…我々大人たちがいかにつまらないことに拘っているか…教えられたよ」
「そうですか、生意気ばかりいっていたんでしょうね、あいつは…」
ブライトはそこで、小さなブロックのようなものをハヤトに手渡す。
「カツの部屋の鍵だ。そのままにしてある。何か形見になるものがあれば持って行ってくれ」
「ありがとう…ございます。フラウのやつも喜ぶでしょう…」
「ああ…誰かに案内させよう。アウドムラのクルーには…少し時間をくれと私から話をしておく」
ブライトはそこまでいってからカイに軽く頭を下げて、ハヤトを押すようにして部屋を出た。
「ガンダムチームで隠密行動って…そんなの上手くいくのかよ…。しかも俺があいつらに説明しろって…ふざけんなよな、ちくしょう…」
ブリーフィングルームを出てから、そんなことをぶつぶつといいながらちょっとサボってやろうとブリッジの反対方向に向かって歩いていたのがよくなかったらしい。
「おおビーチャ…ちょうどいい。すまんがハヤト艦長をパイロットの個室の方へ案内してくれ」
鉢合わせたブライトに声をかけられたビーチャは、有無を言わさず個室のカギを握らされた。
「え?ちょっと、何すか、これ!」
「送ってきたらアウドムラ組が戻って来るまで自由にしていい。頼むぞ」
ブライトはそれだけいうと、さっさと行ってしまう。
「あ、ちょっと!ブライト艦長!」
どうやらいうことを聞くしかないようだ。まあ悪くはない条件か、と思い直してビーチャはハヤトに一礼する。
「すまないな…ビーチャ君、でいいか?」
「あ、はい。ハヤト艦長、その、何て言ったらいいのか…」
「…私とカツのこと、知っているんだな?」
ビーチャは少し目を泳がせながら頷く。先ほどのブリーフィングの際にブライトとハヤトの関係そして…カツという少年の話はトーレスから聞いた。
「そうか…まあそういうことだ」
ビーチャは何と答えていいのかわからず、黙ってハヤトの少し前に立って歩き出す。
「アウドムラに行っている子たちも含めて、君たちは民間の協力者らしいな?」
「ええ、そうです。サイド1のシャングリラから何だかんだでそうなってます」
「そうか…あの頃と同じなんだな…」
「ホワイトベースの頃とってことですか?」
ハヤトが自嘲気味に微笑んで頷いた。
「ああ…君たちの親は…君たちが軍に入ることを許可したのか?」
今度はビーチャが同じように笑う番だった。
「はは、さて、多分知ってはいるんでしょうけど…何の連絡もありませんね。友達の親で駆けつけて来たのはいたみたいですけど…まあオンボロコロニーの下町育ちなんてそんなもんです。親はどこかに出稼ぎに行って、子供のことなんて覚えてもいないんじゃないですか?」
「…そんなことはないさ」
「あ…はい。すいません…」
さすがに、子供を失った親の前でいうことでもなかったか、と思っている間に、目的の部屋の前に着いた。
「あの、多分ここです…」
今なら、この部屋が立ち入り禁止といわれていた理由もわかる、というものだ。ビーチャはハヤトに鍵を手渡した。
「ああ、ありがとう」
ハヤトはそういって、鍵を受け取ったが…しばらくそのまま動かなかった。
「…あの、どうかしましたか?」
「ああ、いや…この部屋に入ってしまったら、いよいよ…あいつが死んだことを認めなければならないのか、と思ってね…」
この親子は自分や自分の親とは違うようだな…と思ったその時、
「ビーチャ君、子供が死んで悲しまない親はいない。君のご両親だってきっとどこかで君のことを心配しているはずだ」
心の中を見透かされたように、そんなことを言われた。
「…わかりませんよ、そんなこと」
ハヤトの真っ直ぐな目に耐えきれず、ビーチャはそっぽを向く。
「たとえ親でなくとも…君や、君たちのことを思っている大人は必ずいる。そう簡単にはわからないかもしれないが…忘れないでくれ」
「そう…なんですかね?」
「その様子だと、心当たりはあるんじゃないか?それなら君が思っている以上にそういう大人は沢山いるはずだ」
そういってから、ハヤトはビーチャの肩に手を置いた。
「ここまででいい。ありがとう」
「はい…」
そこでようやくハヤトの方に顔を戻すと、ハヤトは満足そうに頷いてそのまま部屋に入って行った。
扉が閉まるのを見届けてからも、ビーチャはその場を動けずにいた。
「子供は…知らない間に大人に守られてるっていうのかよ…」
ハヤトにとってカツは血の繋がらない子供だった、とは聞いていた。そして自分はさっき、ブライトの顔を浮かべていた。
本当は、大人たちは自分の、自分たちのことをよく見ているのかもしれない。子供たちはそれに気付いていないだけなのかもしれない…そんなことを考え始めていると、部屋の中から嗚咽が聞こえてきそうな気配が感じられ、ビーチャは慌てて、その場を後にした。
「アクシズは、我々を束ねようという気があるのだな?」
深い皺によって険しい表情が築かれているその男の顔は、やはり凄みがある。8年もの間アフリカの砂漠で灼かれ続けると、人の顔というのはこうなるものなのだろうか、とグレミー・トトは思った。
グレミーは一人、アクシズの本体から離れて広大なサハラ砂漠の西部に降下していた。それ自体は不運な出来事ではあったのだが、その土地がジオン残党の勢力下にあったということ、そして、
「そうです。ロンメル中佐。このアフリカ、そしてヨーロッパに残るジオンの勇士たちを再びミネバ・ザビ妃殿下の名の下に結集しようというのです」
彼を拾ってくれたのが目の前に座るこの男、ジオン残党の中でもその名の知れた「デザート」ロンメル中佐であったことは、不幸中の幸いといえた。
「ふむ、確かに先遣隊も早くから協力要請を寄越して来ていた…。我々もようやくビッター少将のように戦えると勇んでいたのだが…」
「そのようなことを気にされる必要はありません、中佐。連邦軍の腑抜けっぷりが知れただけのことであります。このような施設を作ってこのアフリカに確固たるジオンの拠点を築いているということだけでも十分な軍功といえましょう」
アクシズ先遣隊は当初からダカールの西、海側からの侵攻を計画しており、東の陸側については残党軍の支援を想定していた。その戦略上、重要な位置にあったロンメル隊へは早い段階で協力を打診していたのだが…結果的に連邦軍の抵抗が思いの外小さかったため、アクシズの戦力のみでダカールの制圧は成功した。つまり、ロンメル隊に見せ場は無かったのである。
「とはいえ、手土産も無しに参じるというのでは我らの沽券にかかわる」
「いえ、ですからそれは気になさらずとも…」
「この8年、ただ砂漠に潜んでいたというだけではドズル閣下の忘れ形見、ミネバ様のご尊顔を拝する栄誉にはとても釣り合わん」
「中佐のいう通りです。グレミー殿、我々はあなたのようにずっと宇宙でミネバ様と共にあったわけではないのです。我々の忠義を示すためには相応の手柄がなければ…」
同席しているロンメル隊の少尉、カラハンという男もそんなことを言う。軍人としての面子というものがあるのはわかる。
このアフリカでは5年前、ロンメルの言葉にもあったビッター少将こと、ノイエン・ビッター少将が宇宙におけるジオン残党の一部が決起した星の屑作戦に協力して連邦軍に一矢報いるという戦果を挙げ、一躍勇名を馳せた。同じくアフリカにいる自分たちが手ぶらでアクシズに合流するのでは格好がつかない、そう考えているのだろうが…いずれにしてもグレミーは彼らの頑迷さにやや呆れつつも、同時に噂通りの熱烈なザビ家信奉者であることがわかり安堵した。これならば色々とやりやすいというものだ。
「なるほど…ロンメル隊のザビ家に対する忠誠、このグレミー・トト、感服いたしました。ですが、それであればなおのこと、些細な手柄など必要ありません。何故ならあなた方は、このグレミー・トトを助けたのですから」
一瞬の間の後で、
「確かにトト家はサイド3の名家、貴殿はアクシズのエリート士官かもしれんが…」
ロンメルがそういった。ロンメルの目は、「この若僧ごときが何を」と言っている。グレミーはそれを気にせず鷹揚に二、三度頷き、立ち上がった。
「あなた方にはお話しておきましょう。私はザビ家の血を、デギン公王の血を継ぐ者であります」
二人の顔色が変わる。
「…何か証拠はおありかな?」
グレミーは無言で胸元のペンダントを取り出し、その中からデギンと母、そして生まれたばかりの自分が映った写真を見せた。
「これは…」
「信じる信じないはあなた方次第ですが、私はいずれザビ家の者として世に出ることとなりましょう」
ロンメルとカラハンが顔を見合わせたところで、一人の兵が部屋の前に現れて敬礼をとった。
「何だ?」
カラハンがそういうと、兵はやや上を向いて口を開く。
「はっ!アクシズからの客人です。グレミー殿を迎えに来た、とのことですが、いかがいたしましょうか!」
「私の…迎え?」
グレミーが訝しむようにそういうと、報告をした兵を押しのけて屈強そうな二人の男が現れ、直立して敬礼を取った。
「『デザート』ロンメル中佐!お目にかかれて光栄であります!アクシズ先遣艦隊よりグレミー・トト大尉の迎えに参りました、ラカン・ダカラン大尉であります!」
「同じく、アリアス・モマ中尉!」
二人の名乗りにロンメルはやや困惑したようだが、一瞬グレミーの方を見た後で、
「ふむ…まあ両名とも座れ」
含むようにそういった。
ガンダムシリーズで前方不注意といえばやはりカツ。生意気で、あまり視聴者からも愛されていませんでしたが…まあ、ホワイトベース隊のメンバーから見れば思うところは大きかっただろうな、と思います。
ロンメルについては未だに「デザート」が本名なのか通称なのかわからないということになっていますが、まあ、これは二次大戦のロンメルが砂漠のキツネといわれていたところから取られたものと解釈して、通称ということにしています。