乾いた熱風が頬をよぎると痛みさえ感じる。事前に知識は仕入れていたが、やはり、ジュドーのような生粋のスペースノイドにとって地球の環境というのは何かにつけて人が暮らしていくには向いていない、と思うことが多い。
「全く、食べ物なんて少し放っておいただけですぐ虫がたかってるのよ!?もうあんなの気持ち悪くてすぐ捨てちゃったわよ!」
また何か食べ物がダメになったのだろう。カビや害虫のせいだとわかっていても、保存の効くレーション以外はなかなかに扱いが難しい。エルが怒鳴っているのを聞きながらジュドーはホットドッグを口に押し込み、双眼鏡で辺りを見回す。
「どうだ、ジュドー?ゼータは見つかったか?」
暑さとエルのヒステリーにウンザリした様子のビーチャがそういってきたが、特に変わり映えのしない砂の海が広がっているだけだ。
「いや…けどゼータガンダムの反応が消えたのはこの辺りで間違いないんだ。どこに行っちまったんだ、全く…」
「ねえ、ダブルゼータを変形させるか分離させて探すのはどうなのよ?」
足元からのルーの提言は、
「ダメだ。近くの集落はジオンの勢力下にあるっていったろ?飛んだりしてたらすぐに見つかる」
「分離も勘弁。ジョイントに砂が入ったら整備が厄介だ」
ビーチャとモンドによるネガティブな反応で没になる。ルーの大きな舌打ちに、男たちはおののくしかない。水だけでなく自分の機体まで取られたルーのハラワタが煮えくり返っているのは、全員よくわかっていた。
『うーん、こっちのセンサーにも反応なしだね。ただ、ビーチャの言う集落の手前には大きな砂丘があって、ここからだと視界が遮られてる。もしかしたらプルはそれを越えていったのかもしれない』
安全地帯であるメガライダーのコクピットにいるイーノが、のんびりとそういった。
「町の中にならMSも隠せるだろうし、そうかもね」
「うーん…仕方ねえな。気を付けながらこのまま進んでみるか」
モンドの言葉にビーチャが答え、ジュドーは再びダブルゼータのコクピットに入った。
「砂丘越えとなると…メガライダーを使いたいな。イーノ、こっちに来てくれ」
そのジュドーの言葉にイーノが返事をする前に、ビーチャが割り込む。
「いや、飛べるダブルゼータは後からでもいい。エル、百式でメガライダーに乘ってくれ。偵察だ。俺とモンドもメガライダーに移る」
「そうね、じっとしてるよりずっといいか。了解!」
「じゃあ私はディジェで一旦ジュドーと待ってるか」
不機嫌だった女子二人も明確にやることが出来たのが良かったのか、素早くMSに向かって駆けていく。
メガライダーは陸戦仕様になった量産型百式改を乗せると、文字通り滑るようにして砂漠を進み、砂丘を上がっていく。快適そうなその走りを見ながらジュドーは自分が行きたかったな、などと思ったその時、
『ん?ジュドー…これ、ミノフスキー粒子の濃度が…!』
ルーに言われてダブルゼータもアラートを発しているのに気付く。
「何だ、戦闘濃度になってるのか…?」
『え?ちょっと、あれ!』
砂丘を越えた、と思われたメガライダーと百式が、吹き飛んだように見え…同時に黒い煙が上がった。
『エル!聞こえる!?』
ルーが呼び掛けたがこのミノフスキー粒子の濃度では聞こえるわけもない。
「行くぞ、ルー!」
「ええ!」
罠がある、ということはわかっているが、仲間の生死がかかっている時にそんなことを気にしてはいられない。ダブルゼータとディジェは、その砂丘目掛けて最大出力でジャンプした。
ニキにはこの状況がほとんど訓練のように思われていた。猛スピードで砂丘を下って来たバイクのようなSFSと金色の派手なMSは、地雷原に入って想定通りの方向へ吹き飛ばされて行った。そして今、これまた想定通り、仲間と思われる2機の白いMSたちがちょうど自分たちの真上を通り過ぎた。
「よし、行くぞ!」
ニキの掛け声と共に、デザートザクの小隊が砂丘の中から飛び出した。完全に敵の背後を取った形だ。
「うおぉぉー!」
興奮状態のニキは絶叫を上げながら、敵の背中にマシンガンを放つ。
『ニキ!熱くなるなよ! ガンダムはマシンガンじゃ倒せない!地雷地帯に押し出すんだ!』
「わかってるさ!…けどこの野郎!直撃なんだぞ!」
何という装甲だろうか。最初の数発は確実に当たったのだ。だが、2機共にそれを物ともしない様子で素早くターンし、その後の連射はシールドで防ぐなり、射線を外してきている。
『このままでいいんだ!とどめを刺すのは俺たちじゃない!ニキ!聞いているのか!』
仲間の通信は聞こえている。だが、それがニキの突進を止めることはなかった。
「ガンダムを倒せば、俺は、俺たちはっ!」
弾が切れたマシンガンを投げ捨てて、ニキは腰のヒートホークを取り出し、
「食らええっ!」
ザクをジャンプさせてガンダムに斬りかかった。たとえマシンガンが効かなくても、ザクの質量を乗せたヒートホークの一撃なら、無傷というわけにはいかないだろう。
相手がようやく背中のビームサーベルに手をかけたようだがもう遅い。こちらの斬撃が通るのは間違いなかった。ニキの興奮は、まさに頂点に達していた。
ハイパービームサーベルの射程に飛び込んで来たザクの両腕をジュドーは難なく切り落とし、ディジェの背中にダブルゼータを寄せる。
『やるじゃない。いい反応だった』
「ああ。けどどうする?待ち伏せだ」
『ええ…でもいくら砂漠用になってても所詮は一年戦争のザクよ。慌てなければどうにでもなるわ』
「そうだな…さっさと片づけてエルたちのところに…」
ジュドーが言い終わる前に、足元にマシンガンを撃ちかけられる。軽く後ろにジャンプしてそれをかわしたが…着地した瞬間、爆発が起きた。
「うわっ!」
砂柱が上がると共に、ダブルゼータとディジェは共に機体の体勢を大きく崩される。
『マイン!?クラシックな武器を…!ジュドー!大丈夫!?』
「大丈夫だ!そうか、あいつらこれにやられたのか…あっ!!ルー、後ろだ!」
ジュドーの頭を、殺気が走っていく。敵の攻撃が来る感覚だ。
『あんですってえ…!』
反応良くルーのディジェが回避運動をとった直後に、口径の大きなビームが走っていく。
そのビームの射線はようやく降り終わった砂の雨の向こうからだった。カメラを望遠にすると、そこにさらなる敵機の一団が見える。
その中心にいる赤い機体が、何かの合図のように悠然と左腕を上げた。
「ねえ、アマリ、ゼータガンダムのところに連れて行ってよ」
基地内で見張られているプルの言葉に、アマリは口をへの字に曲げる。
「ダメだ!ここでじっとしているようにいわれただろ!みんな戦いに行って、ここに残ってるのは俺たちだけなんだ。お前もジオンの人間なら命令は守れ!」
「はぁ…つまんない男…」
大人用の高い椅子に腰かけたまま、プルはそういって足をブラブラと泳がせている。
「な、何だと!」
「だってそうじゃない。あ…何、これ…戦闘が始まったの…?」
「戦闘!?ガンダムを取り返しに来た奴らか!?」
アマリは血相を変えたが、プルの方は全くそれに動じた様子もなく立ち上がった。目を、つむっている。
「おい…お前、聞いてるのか!」
「うるさい!静かにして!」
気圧されて、アマリは言われた通りに通りに黙る。何か言い返してやろうと考えている間にすっと、プルが目を開けた。
「ジュドー!私を探しに来てくれたんだ!!」
そういって、プルはすぐに走り出す。
「なっ…!おい、どこに行くんだよ!」
アマリもすぐに追いかけるがとんでもない足の速さだ。しかも、教えていないはずなのに回収してきたあの白いMSの方へ真っ直ぐ進んでいく。
「プル、お前…MSのあるところがわかるのか!?」
「わかるよ!ゼータガンダムは応えてくれるMSだもん!」
もうアマリにはわけがわからなかった。とにかくこの女の子は自分には計り知れない何かを持っている…そう、考えるしかなかった。
「ふん、まるで素人だな!カラハン、お前の隊は先に吹き飛ばした金色を押さえにいけ。合流させるな!」
『はっ、了解です!』
カラハンのドワッジが、2機のザクを連れていく。
「よし、第一小隊は私について来い!第三小隊は前にいるザクと合流して紅白のヤツを囲め!各個撃破だ!砂漠の戦い方を教えてやるぞ!」
まさに士気軒昂、ロンメルは隊員たちの雄叫びを聞きながらガンダムに向かう。さすがに、敵のMSはこちらより性能が上らしい。だが、いかに高性能な機体といえども味方との連携を分断されたのではその性能を引き出すこともできないだろう。しかも、つい最近まで宇宙で泳いでいたような連中がこの重力、この砂漠に対応できるはずがない。
味方機はガンダム共の足元に射撃をして、さらに地雷を起爆させている。ロンメルはニヤリ笑って、かつて連邦軍から鹵獲したビームキャノンを構える。強烈な一撃を放てるものの、エネルギーの関係で撃ててあと2、3発だろう。だが、この状況まで持って来ればそれで十分だ。
「次は外さんぞ…!」
よろめいているガンダムに照準を合わせたロンメルが呟いた、その時だった。
ガンダムを捕捉していたザクが、突然爆発した。一瞬、何が起きたのか理解できなかったが、さらにもう一機、雷に打たれるようにして斃れた味方機を見てようやく状況がわかった。
「何!?上か…!!」
見上げると高速で飛ぶ戦闘機が大きくターンしてまたこちらへ向かってきていた。
「戦闘機がいるのを…見逃すはずが…」
それから、ロンメルは自分の目を疑った。目標に捉えていたガンダムが、一瞬のうちに戦闘機のようなものになって空へ舞い上がったのだ。
「な!?バカな、MS…なんだぞ…!?」
戦況が、一瞬にして変わった。2機の戦闘機からの狙い撃ちで、勇ましかった仲間たちの声が、次々と断末魔へと変わっていく。
ロンメルはそれを、信じられない思いで見るしかなかった。
本来、航空兵器などはMSの相手ではない。ミノフスキー粒子下における戦闘ではレーダーによる索敵・火器誘導が出来ないため、航空兵器の自慢とする速度もミサイルの射程も意味を為さなくなってしまう。目視まで近づいて攻撃しようとすれば、近距離戦闘に特化したMSによってそれこそカトンボのように墜とされてしまう。
だが、地球上の戦闘において、空中から陸上に攻撃を仕掛けることの優位性自体に揺るぎはない。3次元的運用が可能な航空戦力が、地上を這う目標を制圧するのはそもそも圧倒的に有利なのだ。
だから仮に、地球の空を自由に飛び回るようなMSが現れれば、また戦闘の常識は一変する可能性がある。UC88年時点の技術ではまだそこまでには至っていないものの、MSを空気抵抗の少ない形状にして推力を一点に集中させることで飛行を可能にする…いわゆる可変MSについては既に数年前からその技術は確立している。
「可変MS…フ、フフフ…グレミーが乗っていたのも確かにそうだったか…」
グレミーのバウは、同じような可変機であった。だが、あんなものは特殊な機体であると気にも留めていなかった。この8年の間にMSの開発が長足の進歩を遂げていたことを知りつつも、砂嵐に遮られ、外の世界が見えていなかった…いや、見ようとしてこなかったのだ。
今、この現実を突きつけられても尚、ロンメルと彼の部隊の男たちは自分たちのやり方で過ごして来た8年に拘泥し続けた。自分たちの積み重ねてきたことを否定するのは…自分たちが無為に時を経て来たのだと認めることは、死ぬより恐ろしいことだったのだ。
だから、男たちは最早滑稽とも思える奇声を上げて、累々と築かれた友軍機の屍の間をぬって、手の届かない敵機の方へ突撃していくしかない。
それが、この大人たちの限界であった。
「アハハハ!上から狙われてるのに何やってるの?それそれ!ドンドンやっちゃうからね!」
眼下のMSたちは必死に空へ向けて攻撃をしかけているようだが、それらは何の統制もとれておらず、全く意味を為さない動きとなっていた。次々と倒れていく一つ目の巨人たちは、もう、プルにとってシューティングゲームの的でしかなかった。
『プル!助かった!けどもういい、十分だ!』
プルの操るウェイブライダーのすぐ横に、Gフォートレスが並ぶ。
「ジュドー!良かった、無事だったんだ!でもまだダメだよ。ほら、あの赤いの、こっちに何かしかける気だよ!」
一機だけ形が違う赤いMSが、手にした巨大な両刃のヒート・トマホークを振りかぶってジャンプしてきた。だがそれは、ジャンプへの予備動作も含めてあまりにも緩慢な動きだった。
「何してるの?本当に」
プルはためらいなくビームライフルの一撃をその赤いMSの腹に入れる。赤いMS…ロンメルのドワッジ改は、あっけなく砂に墜ち、爆散した。プルはそれを見届けもせずに上昇をかけ、戦場を見回す。そして砂の丘の影に、一機のデザートザクが潜んでいるのを見つけた。
「アハハ!隠れてもムダなんだから!」
牽制のビームを足元に放ってやると、両腕を失っているそのザクは、慌てて走り始めた。
「一人だけ逃げようったって、そうはいかないんだから!」
連射されるビームで逃げ道を塞がれ、ザクが棒立ちになったその時、
「ハハハハ!これでお終い!」
プルがそういってトリガーを引いた。そこへ、
『プル!笑って人殺しをするんじゃない!』
ジュドーの怒声が、そして怒りの思念が頭の中に入って来る。プルが思わず身を縮めたちょうどその時、きれいにコクピットを貫かれた最後のザクが、倒れた。
8年間、ロンメルたちが築き上げてきたのは文字通り、砂上の楼閣であった。男たちの虚栄が生んだ蜃気楼に飾り立てられたそれは、ある視点からは確かに美しく見えた。だが、ジュドーたちからすればそんなものは吹けば飛ぶようなものでしかない。
何の実も結ばない大人たちの拘りや誇りなどは、理解のしようがないものだった。
それは、過去を持たない子供の強さなのだろう。
だから、ジュドーらはロンメル隊が拠点としていた町を訪れることにさして躊躇をしなかった。砂漠に生きる者の掟に従った住人たちから水を分け与えてもらう中で一部の者たちからは険しい視線を向けられたが、子供たちの前向きな図太さはその真意に触れようという気さえ起こさせなかった。
ただ一人、プルだけが落ち込んだ様子を見せ、もう水を無駄遣いするようなことはしなくなった。
アニメも、小説版でもロンメル隊との戦闘はなかなか印象深いエピソードになっているので、本作では敢えて外していこうかなとも思っていたのですが…やっぱりジオン残党の代名詞といったところがあるので、ロンメルさんには結構長めに出てもらいました。
最期はあっという間でしたがね…。
ガンダムの要素の一つとして、子供と大人のすれ違いっていうのがあって、ZZは特にその要素が強い作品だと思っています。子供が大人の思惑なんて知る由もないんですが、大人はいろんなものに縛られているうちに子供だった頃のことを忘れているという…そういう寂しさみたいなものが出せたらいいな、と思いながら書いていました。