ジョン・バウアー、といえば最近よく聞くようになった地球連邦議会議員の名だ。ティターンズとエゥーゴによる連邦軍の内輪もめの結果、大幅に弱体化した地球圏の防衛力を強化するために奔走している男…という情報がハマーンの元にも入っている。
戦略的観点からアクシズにとって最も動向に注意を払わなければならないその人物は、さすがに今、ダカールにはいなかった。当然、ジオンに尻尾を振るのを良しとしていないのだろうし、暗殺のリスクを避けるためであるとも考えられる。一筋縄ではいかない、用心深い人物なのだろう。いずれにしても、本人がいないのであればまずは近しい人物を懐柔するなり排除していくことから始めるのが定石、ではある。
ハマーンにとって幸いであったのは、そのために打てる「石」が、手元に転がり込んでいた、ということだった。
「ミア!無事だったか!」
「お父様、アクシズの方々にはとても良くしていただいたんです!そんなことをいっては失礼です!」
「そうか、まあ何にしろ良かった!」
接収しているホテルの一室に入って行くと、父が一方的に娘を抱擁しているという…そんな再会劇が繰り広げられていた。緊張感のない親子だ、と思いつつハマーンは彼らに話しかけた。
「ヨハンソン議員、ご令嬢は聡明だよ。アクシズに滞在中、我らの想い、為さんとすることをよくご理解いただいた」
「あ、これは…何と、ハマーン・カーン…様!?」
「ハマーン様!」
親子が同じようなタイミングで礼をとろうとするのを片手で制して、そのまま歩み寄る。ハマーンのすぐ後ろには二人の男…ニーとランスが影のように付き従っていた。
「良かったな、ミア。約束通りお父上が来てくれた」
「はい、あの…ハマーン様をはじめアクシズの皆様には本当にお世話になって、私何とお礼をいっていいのか…」
頭を下げるミアにハマーンが微笑んで見せると、
「これは驚いたな。ミア、お前…ハマーン様と随分懇意のようじゃないか?」
ヨハンソン議員がそういって目を丸くした。
「だから良くしていただいたっていったでしょ!」
「ははは、そうだな。色々と話が出来て楽しかったよ」
「これは…何と恐れ多い…。今回の一件、アナハイムとエゥーゴに非があったと伺っております。娘の身は半ば諦めておりましたが、それをこのように寛大な…」
また頭を下げる議員に、ハマーンはあまり悪い気がしなかった。それは本当に娘を案じていた父の顔に見え、さらに口ひげを蓄えたその顔や細身の体型が、どこか自分の父マハラジャを思わせるところがあったからだ。
「無論…ヨハンソン議員、貴殿がアナハイムを出身母体とする連邦議会の議員であるから、という打算はこちらにもある」
「ン…そう直球で来られますと、こちらもごまかしは効きませんな…。しかし連邦議会の掌握、ということであれば既に達せられていることと思いますが…?」
「連邦政府の迎賓館を貸していただけるというのは、そういうことでありましょうな」
「では、何を…?」
口を挟むことの出来ないミアが、ハマーンと父の方を交互に見ている。この娘はこういう、人の顔色を伺うところがあるな、とハマーンは改めて思った。昔の自分に似ている、さして自分と年齢の変わらないこの娘と自分は、一体どこで道を違えたのだろうか?などと余計なことを思いながら話を続ける。
「ヨハンソン議員は国防委員会に入っていると聞いている」
「…ええ、何しろ私の後ろ盾はアナハイムですからね。まだ2期目の私が存在感を出せるのはそこしかないもので」
率直なものいいだった。ハマーンは、口の端を歪めるようにして苦笑する。
「ミア、お父上はなかなか面白い方のようだな?」
「え?ええ、そうですかね…まあ、いつもくだらないことばっかりいっていますけど…」
「はは、私のセンスについてはともかくとして…ハマーン様は国防委員会に…地球圏の防衛に興味がおありで?」
ヨハンソンの、そのどこから湧いてくるのかわからない余裕を感じる笑みに、ハマーンも嘲笑で応じてやる。
「ああ。大いに興味があってね。アクシズは地球圏の防衛に力を貸してもいいと思っているのだよ」
その、ほとんどさりげない、とすらいえるハマーンの言い様に、ヨハンソンはおろかミアでさえ一瞬絶句したようだったが、
「ア…ハッハッハ、これは驚いた!アクシズが…ジオンが、不倶戴天の敵であると連邦軍と共に地球圏を防衛して下さるとおっしゃるのか?」
あくまで冗談としてヨハンソンは返してきた。ただ、その不遜ともいえるものいいに、後ろに控える二人が咄嗟に身構えた。
「ン、構わん…。議員、これは冗談でもまやかしでもないよ。連邦軍は今極端な戦力不足だろう?だがその解消のために旧ティターンズやエゥーゴの連中を抱えることに不満を持っている者たちも多い。違うかな?」
ヨハンソンはそこで、ようやく真顔になった。しばらく、ハマーンの顔を見つめて来た。
「なるほど…こちらの事情はよく把握されておられるようだ。さすがはハマーン・カーン様…一流なのはその美貌だけではありませんね」
それを聞いて、さすがにニーとランスがヨハンソンを両側から押さえに入ったが…彼はそ
れをスルリとそれをかわしてミアの後ろに立つ。素人とは思えない身のこなしだった。
「おっと失礼。私、どうもこう美しい女性を見ると軽口を叩いてしまうもので…お気を悪くされたのなら謝罪いたします。しかし、今の言葉に嘘偽りはありませんよ」
ミアの両肩に手を置いて、ヨハンソンはそういって頭を下げた。
「すいません、ハマーン様、無礼な父で本当にすいません…」
その父親の盾になって謝るミアの姿に、ハマーンも、従者たちも何やら脱力する。こうなると、ムキになってはこちらの器が問われることになるだろう。
「ああ…構わんさ…。ただ、話を逸らすのは止めていただこう」
「いえいえ、そのようなつもりはありませんよ。私は先ほどのハマーン様のご提案を委員会の議事に上げればよい、そういうことでありましょう?」
「…わかっておられるならば結構。然るべき場に上げ、然るべき人物に話をしていただければそれで、な」
「ジョン・バウアーに伝えておけ、そう理解すればよろしいので?」
「最初からそういっていただければ時間をムダにせずに済んだんだよ、議員」
「はっはっは、これはまた手厳しいことですな!」
「お父様!いい加減にして下さい!」
ハマーンはいつまでも笑みを浮かべているヒゲの男を見据える。食えない男だ。これ以上は本当に時間の無駄になるだろう。
「では、そういうことだ。もう行け。ミア、達者でな」
短く、それだけいうと親子は改めて一礼をしてから、こちらに背を向けた。娘からの叱責を、目を細めながら受け止めている…そんな睦まじい様子をみせながら部屋を出てく親子を見送っていると、
「よろしいのですか?あのような者を信用して…」
ニーが、憤るような口調でそういった。
「構わんさ。むしろああいう男の方が泳がせがいがある」
「それは、そうかもしれませんが…」
言い淀むニーに代わり、ランスが口を開く。
「我らの大計、今の連邦に覆すだけの度量を持つ者がいるとは思えませんが、あまり御身に危険が及ぶようなことはなされますな」
その忠心からの言葉に、ハマーンは笑みを返す。
「ああ…しかし、これでミネバ様のお披露目までに連中がどう出て来るか…楽しみが増えたというものだ」
そういってから、いかにも楽しそうに笑った。今この時に、この「大計」を為すことが出来るのは、ハマーンしかない。軍事力を背景に連邦政府と連邦軍を掌握することは、決して無理ではないのだ。もちろん、シャアへの当てつけということもある。ここでハマーンが正統なジオンの代表者として連邦政府を抱きこめば、シャアが何を企んでいようと、それは弱小勢力の遠吠えにしかならない。本物のミネバを擁して自分の軍門に降る他無くなるだろう。
これこそがハマーンが描く新たなるジオンの姿、そして散々舐めた真似をしてくれたシャアに完全な形で勝利するためのシナリオだった。
だが、まだ不安要素はある。アーガマとカラバの戦力、そしてジュドー・アーシタという少年の存在…。あの少年へのこだわりは個人の感情が生み出しているものかもしれない。だが、この感覚を頼みに今日までの戦いを潜り抜けてきたハマーンだ。ジュドー・アーシタは必ずこの戦乱の渦の目になる、そう、見ている。
そんなことを考えていたところへ、既に廊下を歩いているであろうミアの笑う声が微かに耳に入った。その瞬間に、ハマーンはいつから自分はこんな難しいことばかり考えるようになったのだろうと思い、それから、自分はもうあんな風に父と笑って過ごすことは出来ないのだな、と思った。
「ハマーン様…?」
ニーの呼び掛けに我に返ると、ハマーンは少し自嘲気味に笑って、
「『スペア』の方は順調ということだったな?」
自分の思考を逸らすように、そう短く言った。
「はっ、教育では間に合わないこともありますので催眠も併用しているということでした」
多少強引なやり方だが時間が無い以上は仕方がない。ハマーンは頷いて歩き出す。余計なことを考えたり、立ち止まっている暇はないのだ。二人の男は黙って、それに付き従って来た。
レッスンの休憩時間に外へ出てみると、妙な気配を感じる。それをたどるように歩いていくと、裏庭の大きなナツメヤシの木の陰に、小さな人影があった。さらに近づいていくと、それは自分とそう歳も違わない少女であることがわかる。
「あの、どうかされましたか?」
「あ…お前は…?」
こちらへ向けたその顔を見て、やはり、と思った。
「リィナ・アーシタと申します。妃殿下」
いかにグレミーの「お気に入り」として遇されているリィナとはいえ、その顔を直接目にするのは初めてだった…が、その人がミネバ・ザビであることは容易に察せられた。教育係から散々ジオンの系譜に関する映像資料を見せられてきたのだ。
「リィナ…初めて見る顔だな…」
そのミネバの顔には、いくらか警戒の色が浮かんでいる。当然のことだろうと思うのと同時に、リィナの中に理由のわからない、かすかな違和感が生まれた。
「グレミー・トトの元で教育を受けている者です。明日の式典にも出席する予定でおります」
リィナがそういってドレスの裾を広げて形式ばった礼をとると、ミネバはいくらか安心してくれたように見えた。
「そうか、トト家の縁者か…すまない、私がここにいることは内密にしてもらえるか?」
「はい…ああ、でしたら、ミネバ様におかれましても、私がここにいることは伏せておいていただけませんか?」
「ん…?何故だ?」
リィナはそこで笑みを浮かべながらミネバの耳元に顔を寄せる。
「ピアノだ、テーブルマナーだ、ダンスだって、レッスンが厳しいのでサボタージュしてきたんです」
この距離感も、咄嗟に出た嘘も、その少女に対するリィナなりの配慮だった。案の定、それを聞いたミネバは一瞬目を丸くした後でくすりと笑った。
「そうか、実はな…ああ、いや、私も似たようなものなのだ…」
多くを語らない子だな、と思う。余計なことはいうな、といわれているのだろうか?
「明日のご準備で大変なんですよね?演説とかそういうの、されるんですか?」
リィナは敢えてあけすけに聞いてみた。
「ああ、そういうことはする…でも、上手く出来るかわからない…。だって、私は…」
そこまでいってミネバは言葉を詰まらせたかと思うと、じわり、と涙目になっていく。
そこで、リィナにはさっきの違和感の正体がはっきりとわかった。
この女の子は、ミネバ・ザビではない。
だが、だとすればこの子は一体誰なのか?はっきりしたことは何もわからないが、それでも、この子が大人の都合で生み出された「身代わり」であることは嫌でもわかる。この子は自分で自分を否定しようと努力しているのか…と思うと、リィナの中には激しい感情が生まれていた。気づけばその感情の走るがままに、その子を抱きしめていた。
「大丈夫、大丈夫です!あなたは、あなただから…!」
美しいブロンドをやさしく撫でてやると、少女はリィナの腕の中で堰を切ったように泣き始めた。リィナもまた彼女のために涙し…それからその泣きはらした顔を互いに見合った後で、二人はようやく落ち着いた。互いに言葉は少なかったが二人の間で何かが繋がった、そういう実感があった。
「すまなかった…リィナ」
「ううん、明日はあなたのことしっかり見てるから、頑張って。今は何も出来ないけど…きっと、何とかなるから!」
思ってもいないような、根拠のない言葉が口を突いて出る。この少女を助けたい、その一心だった。
「うん…ありがとう。それじゃあ、私は行く。お前もちゃんと戻れよ?」
「え?そう、そうですね!私も戻らないと!」
一つ頷いて歩いていく少女の後ろ姿を見送ってから、リィナは少し険しい顔になる。
どんな理由があろうと、こんな小さな子にこんな思いをさせるような大人は絶対に許せない…そう思い、拳を握る。その手を見て、こういうところは兄に似たんだろうな、と思う。そして思ってしまえばふと、
「お兄ちゃん…」
そんな風に兄を呼んでいた。口に出してみれば想いはさらに強くなる。
「お兄ちゃん…!」
リィナはもう一度、同じ地球の空を見ているであろう兄に、呼び掛けた。
ジュドーはきっと来てくれる。またあふれ出した涙を、リィナは力強く拭った。
富野監督はZZのハマーンをして「小悪党に成り下がった」といっておられましたが、確かに諸般の都合で急遽シャアに代わってラスボスになってしまったということもあってか、今一つ狭量な感じの人になってしまった感は否めないと思います。
本作ではその辺りを考慮して、この時期のアクシズならではの気宇壮大な(というかブッ飛んだ)やり方として、連邦と結ぶ、という決断をハマーンにさせることにしました。
まあこれくらいの方が面白いんじゃないかと(笑)。
そういえばギミックとして二部から活躍してもらっているオリジナルキャラのミアについては今まで触れていませんでしたが、明確なヴィジュアルイメージがあります。「ご注文はうさぎですか?」の桐間紗路です。
「何いってんだコイツ?」
と思われたかもしれませんがシャロなんです。