ダカールの連邦政府議事堂と迎賓館の周囲は、現地のカラバ・エゥーゴの協力者たちからの情報通り、アクシズと旧ジオン軍のMSによる厳戒な警備体制が敷かれていた。ガンダムチームは20時を目途にアーガマ・アウドムラと合流する予定になっているが、今の所、どちらの艦の影も形もない。
「よく考えたらさ、アウドムラみたいに大きな船が奇襲なんて出来るのかな?」
「確かに、あの図体ならすぐに見つかっちゃうよな…」
エルの率直な意見に、ジュドーも同意しながらパックのスープをすする。
「だからミノフスキー粒子を撒くんだろ?」
ビーチャが双眼鏡を覗きながら最もらしい答えを返し、今度はその口にビスケットを放り込んで、バリバリと音を鳴らした。
「そりゃそうだけどさ、それだって撒き過ぎるとその辺にいるって教えてるようなもんじゃないか?」
「ま、そういうのを不自然にしないようにするのがプロの仕事ってことね。ミノフスキー粒子の散布職人って、どこの艦にもいるみたいよ」
「へえ…」
ストローで栄養剤を吸い上げているルーの言葉に曖昧な相槌を打っていると、
「おーい、イーノ特製ケバブ、焼けたよ!」
「モンドのおかげで煙をださずにきれいに焼けたよ!」
MSを隠している森の方から、イーノとモンドに呼び掛けられた。3人は哨戒を中断して、丘から降りる。誘われるように匂いの方へ駆けていくと、焼き上げた牛肉の塊が吊るされているという魅惑的な光景が広がっていた。
「うひょー!マジもんの牛肉なんていつ以来だよ!」
「こりゃすげえや!」
興奮するビーチャとジュドーの横で、
「このグリルの装置をモンドが作って、イーノが焼いたのね」
「器用ねえ、あんたたち…」
女子たちは比較的冷静であったが、口調がどうであろうとその香りの前には表情が緩むのはどうしようもなかった。
「はい!チリソースとヨーグルトソースがあるよ!好きな方をかけてね!」
容器を抱えながらプルが元気に駆けて来て、7人はそこで輪になるように座る。
騒がしく食べながら、よい2週間だったとジュドーは思う。ただ楽しいだけではなかった。こうして皆でつるんでいるのは、シャングリラにいた頃と同じようでいて、大きく違っていた。ルーとプルが加わっている、ということだけではない。全員がそれぞれ自分に出来ることを見つけてその役割をきっちり果たしている。クダを撒いて小銭稼ぎに走っていた悪友たちが皆、今は頼もしい仲間に見える…そんな感じだ。おそらく、皆もそんなことを思っているはずだ。そうでなければ全員の間にこんな、敬意のような感覚が芽生えるはずがない。
ただ…そんな仲間たちであっても行儀作法だけはどうしようもないらしい。そこら中に食べカスをまき散らしながらただ食欲を満たすというこの風景だけは全く変わらなかった。
そこへ、
「ジュドー」
ビーチャが真剣な眼差しを向けてきた。
「何だよ、改まって」
「リィナのことだ。今日のセレモニーとかってのにリィナが出て来るんだろう?」
「ああ、多分…だけどな」
そう答えると、ビーチャがジュドーを除く全員の方を振り返って頷く。
「ジュドー、お前は何とかあの迎賓館に忍び込んでリィナを取り返してこい。援護はしてやる」
「それは…いや、ブライト艦長からいわれた作戦があるだろ?」
「作戦開始してすぐのタイミング、アーガマとアウドムラの艦砲射撃の直後なら少し時間が取れると思うんだ。警備の連中も混乱するからね」
イーノがそういいながらさらにケバブに食いつく。一体いくつ食べるつもりなのだろう。
「少しって…」
「10分程度ってとこね。そこまではこっちの頭数を多く見せておいた方がいいからダブルゼータを分離して運用するわ。あなたはコアファイターで迎賓館に向かって」
ルーの言葉に全員が頷いた。
「お前ら…」
「ジュドー、リィナを助けたいのはジュドー一人じゃないの。だから、これは私たちの作戦、いいよね?」
エルの真っ直ぐな瞳にジュドーは頷き、仲間たちに頭を下げた。
「みんな、ありがとう。よおし…こなりゃリィナ救出作戦、何としてもやってやるぜ!」
やっぱり、こいつらは最高の仲間たちだ。ジュドーは微かに自分の涙腺が緩んでいるのに気づき、慌てて鼻をこすった。
「本空域でのランダム航行セット完了、ミノフスキー粒子も散布継続です」
サエグサがそういって艦内の操舵をオートに切り替える。ブライトはそれを見て頷き、インカムを取った。
「総員、戦闘配置は一旦解除だ、交代で食事をしておけ。今日の夜は長いぞ」
そう艦内放送をかけてキャプテンシートに深く腰掛けると、
「今頃あいつら、リィナを助けるとかいってるんじゃないんですかね?」
トーレスがそんなことをいう。
「かもしれんな。だが、それでも構わんさ」
「…もしかして、想定内ってことですか?」
ブライトは軽く笑う。
「私からリィナを助けに行ってもいい、とはいえんからな。あいつらが考えて、こちらの作戦とも歩調を合わせられるというなら、好きにさせるさ」
「艦長も甘いですね」
「お前は反対か?」
「そんなわけないでしょう」
トーレスが肩をすくめてそういうと、ブリッジが穏やかな笑いに包まれる。
「あいつらはもう、大人をやれるくらいには成長している。我々がしっかりフォローしてやれば期待以上の働きをしてくれるはずだ」
「そうですね。成長が無いのは俺たちだけですか」
サエグサの言葉にまたクルーたちが笑ったが、ブライトは首を横に振る。
「そんなことはない。お前たちがあいつらを育てているということだ。仮に…私がいなくなるようなことがあっても、お前たちがあの子供たちをしっかり導いてやってくれ」
「何です艦長、近々配置換えでもあるんですか?」
「可能性の話だよ。それより、ダカールの戦力はほぼ割れたんだな?」
その質問にはキースロンが振り向いて答える。
「残党軍がどの程度合流したかはわかりませんが、概ね当初の見込み通りですね。計算上はガンダムチームとアウドムラのMS隊で何とか対処可能、と出ています」
「当初の見込み通り、か…やはり引っ掛かるな。連中、宇宙に戦力を残し過ぎている」
「何です?艦長までそんなニュータイプみたいなこと」
トーレスの言葉に、ブライトは苦笑する。
「そんな直感のようなものではないさ…」
ブライトにとって、アクシズの戦力が予想以上に宇宙に残っているというのはやはり懸念材料になっている。少し考えを巡らせてから、だが、どれも根拠のないものだと頭を振る。
「どうしたんです、艦長?」
「いや…少し疲れているらしい。お前たち、行かないのなら先に食事に行かせてもらうぞ」
そういってキャプテンシートを降りると、クルーたちから一斉に「了解」という返事がある。ブライトはそれに軽く手を上げて応え、ブリッジを後にした。
迎賓館はすでに大勢の来賓で溢れていた。そしてその多くは連邦政府の関係者である。
「よくもまあ、恥も知らずに…」
グレミーがポツリとそういうのに、ラカンとアリアスも失笑する。
グレミー、ラカン、アリアスの3人は北アフリカで旧ジオン残党の募兵を行い、その大半を引き連れてダカールに入って来たばかりだった。これからはじまるという式典に参加するため、速足で迎賓館の中を歩いている。
「所詮は主義のない連中、ということだ。志を秘めて8年も耐え忍ぶなど、ここの連中には到底理解出来んことだろうな…」
「アクシズと連邦は直接戦火を交えたことはない、などという驚くべき詭弁を用いている者もいると聞きます」
ラカンの答えにアリアスが続く。皆、静かに憤りを抱いているようだ。グレミーがそれに、満足そうな様子で頷く。
「全く、仕方のない奴らだが、利用できるだけの権力は持っている…これからは精々我らのために尽くしてもらおうではないか」
そういって笑ったこの線の細い青年の評価は、ラカンとアリアスの間で最初の頃から一変していた。アフリカ北部の旧ジオンの戦士たちを説き伏せるその姿はなかなかに見るべきものがあったのである。巧みな弁舌、とはいえないがその若者らしい純粋なジオニズムへの熱意は確かに、胸を打つものがあった。天性のカリスマ、とでもいえばいいのだろうか。あまり信じたくはない言葉だが、この若者がザビ家の血を引いているというのであればそれも道理なのかと思う。
「グレミー、お前は今回のハマーンの企て、上手くいくと思っているのか?」
「さて…もちろん簡単に運ぶとは思っていないが、上手くハマれば我らジオンの悲願を達成して余りある結果が得られるだろう。賭けてみるのは悪くないと思っている」
「そうか…俺とアリアスは老人たちからお前につくようにいわれている。正直なところ連邦と結ぶなど虫酸が走るが、お前の判断には従うつもりだ」
そこで、グレミーが立ち止まって振り返る。
「ああ、私とてこのままで終わるつもりはない。お前たちが忠義を示してくれるというなら、必ずやそれに報いよう」
「正直、この一件、アクシズ内からの反発は大きいと思われます。ハマーン・カーンを見限る判断も選択肢には入れておくのが賢明かと」
アリアスがささやくようにグレミーに告げると、グレミーも神妙も頷いた。そこへ、
「あ、グレミー?帰っていたんですね」
交差する廊下の向こうから、侍女を連れた華やかな出で立ちの少女が現れる。
「リィナ…!」
グレミーはそういってから、その少女の周囲を回りながら思案顔で上から下まで眺め回し、頭につけた花飾りを少し触ってから、
「うん…よし、いいドレスアップです。ダンスとテーブルマナーも問題ありませんね?」
「はい」
少女の返事を聞きながら後ろの侍女が頷くのを見て、グレミーも頷いた。
「では私がエスコートしましょう」
「はい…」
少女はそう返事をしてから突き出されたグレミーの腕をそっと、取る。
「ラカン、アリアス、私はこのままハマーン様に報告をする。お前たちは式典に参加後、旧公国軍のまとめを頼む」
「ああ、了解だ」
二人は敬礼を返してグレミーらを見送った。その姿が大広間への扉の向こうに消えた後で、どちらからともなく溜め息をつく。
「…あの少女趣味さえなければ、な」
「全くです」
苦り切ったアリアスの顔を見てラカンも苦笑する。
「フ、まあいい。まずは連邦のやつらをどう捌くか…俺たちはハマーンとグレミーの手並みをじっくり見せてもらおうじゃないか」
「そうですね。我々の立場はそれから決めても遅くはない…」
ラカンとアリアスはそういって口の端だけで笑い、今の所の主であるグレミーの後を追った。
連邦議員とその娘、であればこの式典に招かれるだけの資格は十分にある。ヨハンソン親子の姿もまた、この式典会場の内にあった。
「ここの人たち、ほとんどが連邦議会の関係者なの?」
「そうだよ。父さんも含めて、ここにいる者たちは皆、アクシズのご機嫌取りをやっているのさ」
楽隊が奏でる緩やかな調子の輪舞が優雅な空間を演出してはいるが、人々の腹の底はおぞましい限りだ。ある程度まともな神経の持ち主であるこの親子は、さすがに辟易していた。
「…そういうこと、自分でいう?」
「ミア、議員なんてやっているとね、自分を皮肉らないとやっていられない時もあるんだよ」
ヨハンソンはそういって娘の言葉を受け流しながら、近くのテーブルにあるワイングラスを手に取り、それを呷った。適当に発したさきほどの言葉は案外、自分の意を表しているな、と思う。
ヨハンソンは先だってハマーンから打ち明けられていた「提案」を既にジョン・バウアーへ報告済であった。だが、バウアーから具合的な行動についての指示は何も出ていない。もし、「提案」が駆け引きなどではない真実だとすれば、アクシズ内部にも相当な混乱が生じるはずで、いくら事前に言い含められていてもそれに反抗する派閥が生まれてもおかしくはない。
そもそも、アクシズ内ではハマーンの頭一つ飛び抜けた行動力とカリスマが、却って反感を煽っているという情報もある。それらを踏まえれば、まずは事実確認が優先ということになるだろう。バウアーのことだから今頃連邦軍の中にアクシズと結びつきのある者がいないか探すくらいのことはしているだろうが、情報のウラが取れない以上、軽々には動けない…というところだろう。それはつまり、自分がこれからハマーンの真意を確認次第、この場の連中の品定めにかからなければならない、ということになる。
こういう時に、娘が一緒にいるというのは実にやりやすかった。他の連邦議員たちと距離を取っていても不自然には見えない。つくづく「持っている」娘だ、などと思っていると、
「あら、あれって確かリィナちゃん…?」
その娘があらぬ方向を見ている。
「どうした、ミア?」
「あ、いえ、前に会った知り合いの妹もいるみたいで…あら?」
そこで急に会場の照明が一段落ち着いたものとなり、楽隊が一旦演奏を止めた…かと思うと、指揮者が改めてタクトを振り始める。
「お父様…」
「ああ…威風堂々か、ド定番だね」
会場中央の扉が開くと、そこにはハマーン・カーンと、ミネバ・ザビの姿が現れる。同時に、静かな拍手が巻き起こった。
「さあて、おでましか…」
ヨハンソンは意を決して一つ頷き、手にしていたグラスを近くのスタッフに返して拍手に加わった。
チリソースとヨーグルトソースっていうのはSEEDネタですね!
やってやるぜ!もついにジュドーに言わせてしまいました(笑)。
本日発売のV作戦ビスケットをバリバリ食べながら更新です。これは素晴らしい食玩ですね。
Gファイターと武器セットが出ないのでまた買いに行かねばなりますまい。