セネガルの農家で育った青年、ラド・カディハがアクシズの徴用に応じたのは、とにもかくにも弟や妹たちを食わせていくため…というのはあくまで表向きの理由だった。若い彼からすれば軍服を着られたり、銃器を扱えたり、村を出てダカールのような大都会に出られるというのはそれだけで大きな魅力であったのだ。加えて、短い雇用期間でしばらく生活には困らないだけの給金が出るとなれば、契約書にあった「危険な任務への従事」などはむしろ当然であり、十二分に差し引けるデメリットといえた。
そんな現地徴用兵らは、主にダカール各所の警備任務に充てられているわけだが、もちろん、ぽっと出の彼らに主要な施設が任されることはない。
「やれやれ、警備といってもこんな街外れじゃなあ…」
ボヤキともつかないそんなことをいいながら、ラドは町外れの木立の中を歩いていた。
ダカールの治安は決して悪い方ではないが、夜間の外出の安全が保証されているほどではない。増して予め厳戒態勢がうたわれていた今夜に出歩こうという者はそうはいない。迎賓館の周辺や幹線道路を除けば、実に静かな夜だった。
「手柄を立てれば一時金が出るって話だけど…これじゃ立てようがないってね…」
同じような境遇の仲間たちとわざわざ別れて一人になってみたが、やはりボーナスに繋がるような事とは出会えそうもない…などと思ったその時だった。突然の爆風を受けて空を見上げると、いつの間にかそこには戦闘機らしきものの姿があった。そして、それは騒音と共にラドを目がけるように垂直に降りて来た。声を上げる間もなく慌ててその場を離れて木立の陰に隠れると、着陸したその飛行物体のコクピットハッチが跳ね上がり、
「何…?子供…?」
およそ、その戦闘機には似つかわしくない私服姿の少年が飛び降りて来た。これは思わぬチャンスが巡って来た。ラドは肩にかけていたライフルを構えて飛び出した。
「止まれ!そこの少年!」
不意に声を掛けられたジュドーは、しまった、と思いながら立ち止まり、声のした方を振り返る。
「両手を上げろ!この戦闘機はなんだ!お前はエゥーゴのパイロットか!」
木の陰から現れた銃を構えた兵士の制服は、見慣れたジオンのものだった。全く何でこんなところに見張りの兵がいるのだろうか?ジュドーは自分の不運に思わず溜め息をついてしまう。いつもの感覚もここが危険であるとは伝えてこなかったのだが…。
「おい、どうなんだ!答えろ!」
そういわれて何と答えたものか、改めて相手の姿をよく見てみる。その顔は、およそ軍人のようには見えない。着慣れない軍服を着た近所のお兄さん…といった風情だ。もしかすると自分のように正規の兵ではないのかもしれない。ジュドーはとりあえず、シラを切ることにした。
「ああ、ええっと…そんなに怒鳴らないでよ。俺はただそのエゥーゴっていうの?その人たちからこの飛行機をここに運んでくれっていわれただけなんだからさ」
「何…?」
「調べてくれたっていいんだ。俺、操縦できるからさ、ちょっとしたアルバイトのつもりだったんだよ」
躊躇うような素振りを見せるその兵は、やはり悪人には見えない。これはもう一押し、人情に訴えてみるのがよさそうだ。
「妹がいてさ、両親は戦争でいなくなっちまって…何とか稼がなきゃいけないんだよ」
「妹が、いるのか…」
「ああ、俺なんかよりよっぽど出来が良くてさ、なんとかしていい学校にいれてやりたいんだ…」
ウソはついていない、ジュドーは自分にそう言い聞かせながら相手の様子をうかがっていると…その兵士は銃を下ろした。
「そうか…だが、お前の持っている情報は必要だ。本部までついてきてもらおう」
完全に一般人のような服装をしていたのも良かったのだろう。その兵士はジュドーのいうことを信じてくれたらしい。
「わかった…」
そう答えると、兵士は頷いて背を向けて歩き出そうとした…そこへ、ジュドーは隠し持っていた小型の物体を、その背中に押し当てる。
「ぎゃあっ!?」
という悲鳴を上げて、兵士が倒れた。
「さすがモンド、とんでもないもの作ったな…」
それは、こんなこともあろうかと出発前にモンドが作ってくれた護身用の特製スタンガンだった。
「で、次はこれか…」
そういって小さなスプレーを取り出して、朦朧とした表情の男の顔に吹き付ける。すると男は一瞬こちらへ目を向けた直後に、ガクリと首を落とした。本来は傷つけてはいけない野生動物に対応するため、ということでカラバから支給されていた麻酔薬だった。一応、人に使っても問題ないといわれていたが…まさかこんな用途で使うことになるとは思わなかった。
「ほんとごめん、でもその妹を助けに行くんだ。勘弁してくれよ…」
ジュドーはそういいながら男を木の陰まで運んで隠し、そこでこのジオンの制服が使えるのではないか、と思い立って心の中でさらに謝りながら兵士の身ぐるみを剝いで行く。少しサイズは大きいが、自分の服の上から着ればちょうどいい。多少着ぶくれ感はあるが、そこまで不自然ではないだろう。
下着姿になった男をどうしようか一瞬迷ったが、ここでこれ以上時間を使うわけにはいかない。このまま放置していくことにする。気が付いてコアファイターのことを知らされればマズイことになるが、気が付く前に帰ってくればいいことだ。ジュドーはコアファイターの方へ走り、コクピットから折り畳みのバイクを取り出してそれにまたがると、
「ようし、待ってろよ、リィナ!」
そういってエンジンをふかせた。
壇上に設えられた玉座にはミネバが、そしてその脇にはハマーン・カーンが立った。儀仗兵、というのだろうか。背の高い男たちが数人、その前に立つ。
「…あれが、ミネバ様ですね?」
リィナが小声でそういうと、
「そうだ。そういえばお目にかかる機会がなかったな。歳も近いことだし、今度ハマーン様にお願いしてみよう」
「あ、はい…」
間違いない、ナツメヤシの木の下にいた少女だった。リィナがじっとその目を見ているとその「ミネバ」もこちらに気が付いたらしい。それとはわからないようなさりげなさで頷いて見せてきた。
「やっぱり、あの子なんだ…!」
リィナはそれを見て嬉しくなる。と同時に、ひどく懐かしい感覚が急にドっと頭の中に入って来た。
「え…?これって…!?」
リィナは慌てて左右を見回す。
「どうしたのです、落ち着きなさい、リィナ!」
「あ、はい…」
グレミーにいわれて我に返るが、リィナにはまだ、この感覚が信じられなかった。鼓動の高鳴りを抑えきれず、唾を飲む。
「緊張するのも無理はないが…リィナ、ここからとても大事な話があります。よく見、よく聞いておくのですよ」
その間に壇上では何か動きがあったらしい。グレミーが神妙な顔つきで前方を見ながら声をかけて来た。リィナもまたその視線の先を追うと、ミネバの前に、ハマーン・カーンが立っている。鮮やかな照明がハマーンと、その頭上にあるジオン公国旗、アクシズ旗を浮かび上がらせていた。
『アクシズ摂政、ハマーン・カーンである。まずはお集まりいただいた各位に御礼申し上げたい』
一体何が始まるというのだろうか?リィナには全くわからない。わからないといえば、この場の大人たちの大半が地球連邦政府の関係者であるはずなのに、彼らが何故アクシズの、ジオンのセレモニーを歓迎ムードで眺めているのかもわからなかった。
『まずは、これをご覧いただこう!』
ハマーンの高らかな言葉と共に、会場の上空に多数の立体映像が現れる。それらが一度大きな輪を描き、そこへさらに浮かび上がって来た地球と月の映像に絡むように、サイド1、サイド3、そしてルナツーの位置に収まって行く。
驚嘆とも嘆息ともつかない声が漏れ始めたのはそれからだった。
映像の中に、サイド1、3の主要コロニーとルナツーの連邦軍基地が現れ、さらにその周辺にアクシズの艦船とそこから進発したMSの姿が映し出されたのだ。
『これは紛れもなく、現在の、現実の映像であります。皆さま方であればここに映るルナツーやコロニーと今、連絡が取れる方もありましょう。存分にご確認いただいて結構』
会場のざわめきが高まると同時に、実際にその確認をした者たちからの慌てふためく声が漏れだした。どうやら、ハマーンのいっていることは全て事実らしい。喧噪は、次第に緊張感を伴う静寂へと変わっていく。いつの間にか、楽隊も演奏を止めていた。
皆の目は、壇上のハマーンの笑みに釘付けだった。見事な間の取り方だった。
『そう、硬くなられることはありません。何も我々は連邦に戦争を挑もうとしているのではない。むしろ、その逆…我らアクシズはこの後、連邦軍に協力し、地球圏の平和のため共に手を取り合いたいと考えているのです』
ハマーンのその声が聞こえていたかのように、モニタ上の無数のMSが一斉に敬礼をとった。敵意は無い、そういうことなのだろうが…。会場は一瞬の絶句の後、大きなどよめきに包まれた。
リィナも、すぐにはハマーンの言葉が理解出来なかった。
「ジオンと連邦が…手を結ぶ…そういうことなの…?」
独り言のように発したその言葉に、隣のグレミーが得意げな様子で反応する。
「そうだ。現在の連邦軍はグリプス戦争で消耗し過ぎ、地球圏の防衛すらままならない。
そこで我らが、手を貸そうということだ」
「そんな…そんなことって…!」
「出来るのだよ、今ならば、な」
そして、会場中を騒ぐに任せていたハマーンが、それを断ち切るように声を上げる。
『はみ出し者のティターンズも、エゥーゴも必要ない。連邦軍は今の体制のまま、我らの力を得られるのだ。その意味…ここにおられる方々はようくおわかりのことと思う』
リィナの頭の中に、得体のしれない多くのドス黒い意志が流れ込んでくる。それは、嘔吐感すら覚えるものだった。咄嗟に口元を押さえる。
『そして…既に我らはジオン公国でも、アクシズでも無い!』
ハマーンはそういうと、うやうやしく頭を下げて、後ろに座していたミネバを前に導いた。
照明を浴びた金髪が輝いているように見える。ミネバは強い視線でゆっくりと、会場を見回した。それはまさに睥睨する、といった具合で、会場中がこの小さな少女に呑まれていくようであった。とても、あの時と同じ少女とは思えない…リィナは気持ちの悪さを上書きするようなその威に、思わず見入っていた。
『ミネバ・ザビである!我らはここに、新たなるジオン…ネオ・ジオンを名乗ることを宣言する…!』
少女のよく通る高い声が響き渡ると同時に、彼女の頭上にあった2つの旗が一つとなり…そこには新たなるエンブレムが浮かび上がっていた。「NEO・ZEON」の文字と共に鋭角的に生まれ変わったエンブレムが現れると、感嘆の声が波打つように会場に広がっていく。あれほど乱れていていた人々の意志が、いつの間にかまとまっていく…このあまりの単純さに、リィナは眩暈を覚えた。
「は、はははは!やりやがった、本当にやりやがったぞ!」
隣の父が、そういいながらいかにも可笑しい、という風に手を叩き始めた。するとそれに呼応するかのように、拍手の輪が広がり始める。父が手を叩いたのはそういう意味ではないのだが、すぐに会場中が万雷の拍手に包まれた。
今日の都合でネオ・ジオンに迎合する連邦議会の人々を見て、さすがに呆れたミアは、この熱狂に不快感を覚えて静かに会場を出る。扉を閉めて、大きく溜め息をついたところで、
「ネオ・ジオン?ええっと俺たち、アクシズじゃなくてその、ネオ・ジオンになるの?」
聞き覚えのある少年の声がした。まさか、と思いその声の方に駆けて行くと、何やら先輩兵にしゃべりかけている少年兵の姿が目に留まり、ミアはその姿に目を疑いながらも言葉は滑るように発せられていた。
「ちょっとあなた!?まさかジュドー君!?」
「え…?ミアさん!?ほんとにミアさん!?」
お互いが、信じられないものを見ている、という風に、その場で固まった。
ハマーンが小悪党に成り下がった、というのは富野監督自身の言葉だそうですが、本来完結させるはずだったガンダムシリーズが劇場版の逆シャアで完結ということになったので、ハマーンは「繋ぎ役」にならざるを得なかったという背景があり、それを考慮するとその評価はちょっとかわいそうかな、という気がします。
そこで、「小悪党」などといわれないように潜伏しているシャアを圧倒するほどの策はないかと考えたとき、諸般の条件から連邦を丸呑みするジオンというのはいけるな、と思いこれをやってみようと思った次第です。
どうせやるならこれくらい風呂敷を広げた方が面白いでしょうしね!
ルナツーも制圧ではなく協力、ということならまあ、何とかなるんじゃないかなあ(笑)。