カミーユの発した言葉は、ジュドーにとって特段嬉しいものではなかった。
「『ニュータイプ』ね…。別に、小さい頃から当たり前に持ってた感覚に今更名前をつけられてもって感じだけど…で、カミーユさんはさ、これからどうするわけ?MSに乗れないんじゃもうアーガマにはいられないんでしょ?」
「ちょっとお兄ちゃん、言い方がよくないわよ」
カミーユが苦笑いをした。
「そうだな…自分のことをまず考えないといけないんだろうけど…ジュドー、アーガマに乗る気はないか?」
「え?アーガマに?どういうことです?」
「率直にいおう、パイロット候補生にならないか?」
兄妹は顔を見合わせる。
「あの、カミーユさん、それってお兄ちゃんに軍人になれって、そういってるんですか?」
リィナの問いかけはもっともだ。
「うーん、少し違うかな。俺も軍人ってわけじゃないし…ただ、MSの乗り手が欲しいんだ。アーガマはこれからMSと人員の補給を受ける予定なんだが…ああ、これ以上は機密になるから話せないか…つまり、そう、俺がいなくなってから少しの間、正規のパイロットが補充されるまでのつなぎをしてくれないか?」
「パイロットのつなぎ…?」
妙なことをいうな、とジュドーが思っていると、
「それって、お兄ちゃんを戦わせるってことですか!」
リィナが立ち上がって随分と強い口調でそういった。
「いや、そういうことじゃない。そもそも戦争は終わっているし…俺がいうのも何だけど、子供を戦闘に出すなんてことはしないさ。ただ戦闘以外でもMSを動かすことって結構あるんだ。整備や宙域の安全確保、ジャンク屋みたいなことをすることもある」
カミーユはリィナの勢いに気圧され気味になりながらそういった。
「ふぅん…」
リィナは一応納得したらしく、ゆっくりと腰を下ろす。その大人びた横顔を見て、ジュドーは少し可笑しくなった。そんな二人の様子を見て、
「…いいもんだな、兄妹っていうのは。そうやって心配してくれるんだから」
カミーユがそんなことをいった。それはごく自然に出た言葉だということがカミーユの様子を見ればわかる。だが、ジュドーはその言葉の意味を自分が正確に捉えることが出来ないような気がして、同時に、カミーユという人の寂しさを垣間見た。
両親を失い、兄妹もいない。そんな身の上で戦争に巻き込まれて、他の人が感じることのない多くの人の気持ちを一身に受け止めながら戦い続けてきた…それはどれほど過酷で孤独であったろう。心も体も限界を迎えてしまうのは無理もない。自分がもし、そんな立場に置かれたらきっと逃げ出してしまうだろう。
「ねえお兄ちゃん、それならいいんじゃない?カミーユさん、学校にはアーガマの方から連絡してくれるんですよね?」
「ああ、それは大丈夫だろう」
ジュドーは意表を突かれる。
「おいおい、ちょっとリィナさん?」
「だってお兄ちゃん、このままじゃろくな大人にならないわよ?私はそういうところで少し社会勉強するのもいいと思う」
ジュドー自身、カミーユの思いを察してその提案には心が動いていたが、この妹は全く違う思いから同じ結論に達しようとしている。そうなると、何となく抵抗したくなってくる。
「はは、本当にしっかりした妹さんだな、ジュドー」
「ちょっと、からかわないでよカミーユさん。ええっと…俺はさ、稼ぎたい時に稼ぐ、そういうのが性に合ってるんだ。軍艦に乗るなんて…」
「でも考えてみてくれ。この辺りでジャンク屋をやるよりエゥーゴの給料の方が高いのは間違い無い。しばらくは楽ができるはずだ。迷っているなら一度アーガマに見学に来てくれても構わない」
「見学って…」
「何ならそのジャンク屋の仲間たちを連れて来てもらってもいい。何しろ人手が足りないんだ。アーガマがシャングリラを出るまでのパートタイマーっていうのも、悪くないと思うけど」
意外に押しの強い人だな、とジュドーは思ったが、諸般の事情はさておきアーガマに乗り込めるというのは確かに魅力的ではある。
「そうだな…ま、見学くらいなら考えとくよ。じゃあほら、冷めないうちに食っちまおうぜ!」
取りあえずそういって、ジュドーは丸のままのパンを口の中に放り込んだ。
グレミー・トトは一人、宇宙を漂流していた。
「もう5、6時間は経つのか…サバイバルキットがあって良かったが…何とかしてエンドラと連絡をとらないとこのまま野垂れ死にか…ああ、お父様お母様、不甲斐ないグレミーをお許し下さい…」
アーガマの砲撃が運良く外れてくれたのはいいものの、グレミーのガザCは完全に宇宙を漂流していた。もちろん、アーガマに救難信号を送ることもできたがそれはしなかった。生きて虜囚の辱めを受けず…そんな言葉が頭をかすめたからだが、それには彼自身の出自が大きく関係している。グレミーは肌身離さず持っているロケットペンダントをパイロットスーツから取り出し、深呼吸してからそれを開けた。ジオン公国公王、デギン・ソド・ザビと、お腹の大きな一人の女性が写った画像が映し出される。
グレミーはこの初陣にあたって側近であるマガニーからこのペンダントを渡され、同時に秘されていた、という自身の出生について聞かされていた。彼の実の父親はあのデギン公王であり、政敵や地球連邦の手から彼と彼の母親を守るためにトト家に預けられ、今日まで育てられた、というのだ。その話が本当だというなら、自分はジオン公国の正当な後継者ということができる…。
あまりにも信じ難い話で自覚は無かったが、そんな自分がこんなところで死ぬわけにも、まして捕虜になるわけにもいかないのだ。ガザCは推進剤を使い果たしてほとんど自力での移動はできないが、アーガマが向かっていった方向にシャングリラがあるとすれば、エンドラもやがてこの辺りに現れるはずだ。何とかして、それまでは生き延びなければならない。
「ん、何だ…これは」
不意に、センサーが反応した。モニタを拡大してみると、球形の物体が見える。
「これは…脱出ポッドか。バイタルサインが点いてるな…生命維持装置が動いているのか…」
どうやら自分と同じようにこの宙域を漂流している者がいるらしい。グレミーは奇妙な親近感と喜びを覚えた。
「たとえ自分が窮地にあろうとも、困っている人へは救いの手を差し延べる…それこそがジオンの騎士…!」
グレミーは自分に言い聞かせるようにそう言うと、残り少ない燃料を噴かして、何とかその脱出ポッドを捕捉する。すぐに接触回線で呼び掛けた。
「聞こえますか、中の方?まだ生きているんでしょう?」
返事がない。ポッドの機能がまだ生きているのは間違いないが、中の人はもうかなり衰弱しているのかもしれない。グレミーは意を決してポッドを確認しに行くことにする。腰に宇宙遊泳用のバーニアを付けてコクピットを開け、ガザCの両手で掴まれているポッドのハッチに取り付いた…その瞬間だった。
何かが炸裂したかのようにそのハッチが跳ね上がり、グレミーは慌ててそれに捕まる。すると中からパイロットスーツ姿の男が現れた。宇宙の闇に溶けるような漆黒のパイロットスーツ…バイザーの奥の顔は見えないが、がっしりとした長身だ。こちらに気付いたのか、さっと近づいて来て、ヘルメットを合わせた。男の顔が、はっきりと見えた。眉毛が、無い。
「おい、貴様アクシズのパイロットか」
育ちの良いグレミーからするとちょっと、考えられないような威圧的な態度だ。怖気づきそうになる自分を必死に鼓舞するように、グレミーは名乗りを上げる。
「そうだ!私はアクシズのグレミー・トト!貴様、わざわざ助けてやったというのにその態度は一体なんだ!」
「ハッ、助けただと?見たところお前も漂流してるようだが?まあいい、お前のMS、いただくぞ。代わりにソイツはくれてやる」
「なにっ…うわっ!!」
名乗りも返さない男はパイロットスーツのバーニアを器用に吹かしてポッドに蹴りを見舞い、その反動でガザCのところへ流れていく。
咄嗟の出来事に、グレミーは何もできなかった。男の姿がガザCのコクピットに消えるとすぐに、ガザCは今までに見たこともないような見事な挙動で ―手足の反動と最小限のスラスター噴射で― あっという間にシャングリラ方面へ消えてしまった。
「何というAMBAC制動…いや、それどころじゃない、どうしよう、MSまで奪われてしまった…!」
AMBAC(アンバック)というのは無重力下において、MSの四肢を上手く動かすことによってその反動で姿勢制御を行い、効果的に推力を得る動きのことをいうのだが…ともかくも、ザビ家だがトト家だかのこの御曹司様は、さらなるピンチに陥ってしまった。
「チッ、プロペラントがほとんど残っていないのか…まあいい、ジオンの機体とはいえ動くMSが手に入れば…」
グレミーをさらなるピンチに追い落とした眉毛の無い男は、他人の機体をいとも簡単に自分のものにしながらそういった。素早くコンソールを切り替えて情報を得ながら、サバイバルキットの中から固形食を取り出して食らいつく。
「シロッコは…死んだのか…ティターンズは壊滅…」
自分の所属していた部隊の指導者が死に、帰るべき艦隊が無くなった、つまりはそういうことらしい。
「ハッ、やはりそうなるか!まあいい。アーガマはシャングリラ、それがわかれば…ラムサス、ダンケル…ついでにシロッコ、お前らの仇は討ってやれるってもんだ!」
どんな逆境にあっても決して闘志を失わないその男、ティターンズの狂戦士ヤザン・ゲーブルは、そういってグレミーが節約しながら食べていた固形食の残りを一気に呑み込んだ。
ジークアクスでまさかのバスク、ゲーツが登場でしたね。そりゃあ0085年だからZ関連の人物も出てくるか、という感じですが…バスクはあの眼鏡をしているっていうことはジオンからの拷問は受けたんでしょうかね…。
さて、こちらはようやくヤザン登場です。子供の頃は怖いし強いしとんでもなくヤバイやつ、という印象でしたが、大人になってみると部下思いだし自分の主義主張はしっかり持ってるし、かっこいい男だなと思えるお方です。最近ではMK2にも乗ったりしてまた活躍されてますね。
ZZ本編ではちょっと雑な扱いをされてしまっていたので、こちらでは少し見せ場を作りたいと思っています。