カードゲームを広めたら、息子が世界の命運を背負ってました 作:ユースト
気がついたら、俺は赤ん坊になっていた。
(え、マジで?)
動かない手足。聞こえるのは女性の声と、古いテレビの音。
それに、鼻をつく粉ミルクの匂い。
俺の目の前で見知らぬ女性が「かわいいわね〜」なんて言いながら、ほっぺをぷにぷにしてくる。
まさかと思ったが、いやでもまさかなのか?
だってこれは明らかに異常事態だ。
体は動かないし、声も出ない。
でも、この違和感は明らかに『生まれ変わった感』がある。
自分の名前もまだ聞いたことがないけど、でも確信はあった。
俺は転生した──そして、なぜか女の子として。
前世の俺は日本でごく普通の冴えない会社員だった。
特に大きな夢もなく、職場とアパートを往復する毎日。
だけど、唯一の生きがいがあった。
カードゲームだ。
会社の帰りにショップに立ち寄っては新しいパックを買い漁り、土日は大会に出て、寝る前はデッキ構築。
金も時間も全力で注ぎ込んでいた。
勝ち負けじゃない、あの世界観と駆け引きが好きだった。
それが──なぜだ。
「なんで、こんなことに……」
時は流れた。
体が自由に動くようになり、言葉を覚え、ある程度まともに考えを巡らせられる年齢になった頃、俺はこの世界に対する疑問を抱きはじめていた。
冷蔵庫もある。
白黒だけどテレビもある。
車も走ってるし日本語も通じる。
生活レベルはまあまあ。
でも、どこか『古い』のだ。
調べてみると、この世界の今は──だいたい1980年代初頭らしい。
まあまあ現代、そこそこ文明。
でも。
「……娯楽がない」
いや、厳密に言うのならばあるのだろう。
ただ、悲しいかな、物足りなさがすごい。
漫画は週刊誌で何本か連載されていたがコマ割りは地味だし、ギャグのテンションが低い。
ゲームに至ってはボードゲームやすごろくが主流で、あとは紙の将棋や百人一首。
小学生の間でブームになっているのは、紙飛行機の飛距離競争だった。
そう、ありていに言ってしまえばカードゲームが存在していない。
「嘘だろ……この世界、TCGがないのか?」
絶望のあまり、夜の布団で小声でつぶやいた。
あの濃密な世界観をカードという小さな媒体で味わいながら、手札を握りしめての読み合い、デッキ構築の自由──そんなものが存在しない世界に生きていくなんて、耐えられるか?
俺はそのとき、静かに決意した。
「ないなら……作ればいい」
とはいえ、当時の俺はまだ5歳。
できることは限られていた。
でも幸いなことに、うちは文房具店を営んでいた。
紙もペンも、道具は揃っている。
お父さんの知り合いに、簡易印刷を請け負ってくれる人もいた。
環境は整っている。あとは──俺の根性次第だ。
最初に作ったカードは、厚紙をハサミで切って表面にペンで描いたドラゴンだった。
《フレア・ドラコ》
爆炎属性、攻撃力300、コスト2。
今見ると性能もバランスもガバガバだったが、それでも俺は興奮した。
これは世界に一枚しかない、俺だけのカードだ。
そう思うだけで、胸が高鳴った。
それからはもう、毎日が創作の日々だった。
6つの属性──爆炎、氷界、雷陣、闇妖、聖護、機巧。
それぞれに特性を設定し、コスト制度を設け、召喚ルールを作った。
基本的なゲームの流れは、毎ターン増えるポイントを消費してカードを場に出し、最終的に五つのライフを削り切れば勝ち。
属性にはそれぞれ得意な分野がある。
例えば爆炎はシンプルに攻撃力が高い、とか。
氷界は相手を行動制限状態にする、とか。
カードはおおよそ三種類でモンスターカード、イベントカード、そしてサポートカードだ。
モンスターカードはその名の通り、イベントカードは魔法カードと言い換えても良いかもしれない。
サポートカードは結界かな?
なんにせよこう言うのはその時点で楽しかったし、ワクワクした。
そして何より、カード名には魂を込めた。
《氷刻のディアナ》
《閃光のグランシエル》
《微笑む亡者ルグス》
《機神連環ゼルヴァ》
そう、中二病全開。
でもいいんだ、この手のゲームは名前がかっこよければ勝ち。
問題はこの紙切れをどうやって世間に広めるかだ。
「……とはいえ、まずは友達からだな」
俺は、学校で仲のいい男子に手製のカードを見せた。
やり方を簡単に説明して、一緒に対戦してみた。
「なにこれ、めっちゃ楽しい!」
「『氷界』ってなんかズルくない!? 動けなくなるの強すぎ!」
「お前の『闇妖』カード、墓地ゾーンから出すとか変だよ!」
予想以上に反応は良かった。
子供は新しい遊びに敏感だ。
すぐに興味を持ち、真似をし、自分なりのルールを考え出す。
そして。
1980年、日本のどこかで、一人の女児(いやまあ、正確に言うのならば中身は元サラリーマンなんだけど)が、世界初のカードゲームを創造した。
それが、やがて『文化』になり、『神話』になり──そして、『運命』を変える武器になるとは。
この時の俺は、まだ知る由もなかった。