カードゲームを広めたら、息子が世界の命運を背負ってました   作:ユースト

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第3話

 それから数ヶ月の間に、『レガリアコード』は子供たちの間で爆発的な人気を博した。

 お父さんがどこからか手に入れた「プロの絵師が手掛けたイラスト」入りのカードは、子供たちの収集欲と遊び心を刺激した。

 文房具店を訪れる子供たちは皆、目を輝かせて『レガリアコード』のカードを求めるようになった。

 

「お父さん、すごいね! このカード、みんな欲しがってるよ!」

「ああ、よかったな静流。お前のアイデアがみんなに受け入れられて」

 

 お父さんは嬉しそうに目を細めた。

 俺は、自分が生み出したカードゲームが、こんなにも多くの子供たちに受け入れられていることに、この上ない喜びを感じていた。

 しかし、その「プロの絵師のカード」は、あくまで俺が個人的に「父」に依頼して作ってもらったものだ。

 継続的に大量生産できるわけではない。

 やがて、供給が追いつかなくなり、子供たちの間からは「もっとカードが欲しい」「新しい種類のカードは出ないの?」という声が聞かれるようになった。

 そんなある日、店にスーツ姿の男が二人訪ねてきた。

 そのあからさまに大人って感じの人は見るからに営業マンといった風貌で、俺たち親子は少しばかり緊張した。

 

「早乙女さんでいらっしゃいますね?」

 

 男の一人が、低いながらも響く声で尋ねた。

 お父さんが「はい、私が早乙女ですが」と答えると、男はにこやかに名刺を差し出した。

 

「株式会社トイズ・ドリームの田中と申します。突然のご訪問、大変恐縮です」

 

 トイズ・ドリーム? 

 その名前に俺はピクリと反応した。

 トイズ・ドリームは、この時代の日本で急速に成長している大手玩具会社だ。

 子供向けのおもちゃ、それに最近だといわゆる「特撮」関連にも関わっていたりしていたはずだ。

 

「それで、本日はどのようなご用件で?」

 

 お父さんが訝しげに尋ねる。

 田中と名乗る男は、ちらりと俺に目をやってから、改めてお父さんに向き直った。

 

「実は、早乙女様のお嬢様が考案されたと伺っているカードゲーム、『レガリアコード』についてお話がありまして」

 

 俺は思わず息をのんだ。

 まさか、俺が作ったカードゲームが、大手玩具会社の耳にまで届いていたとは。

 

「レガリアコード、ですか」

 

 お父さんは少し警戒した表情で、田中氏の言葉を待った。

 

「ええ。子供たちの間で大変な人気を集めていると聞きまして。弊社の調査チームでも、そのブームは確認しております。そこで、単刀直入に申し上げますと、早乙女様には『レガリアコード』の著作権を弊社にお譲りいただけないかと考えております」

 

 男の言葉に、俺とお父さんは顔を見合わせた。

 著作権を譲渡。

 それはつまり、『レガリアコード』という俺の生み出したものが、完全にトイズ・ドリームのものになるということだ。

 

「どういうことでしょうか?」

 

 お父さんが眉をひそめた。

 

「弊社としましては、『レガリアコード』を全国展開したいと考えております。今のままでは、供給が追いつかず、せっかくのブームが尻すぼみになってしまう。しかし、弊社がその権利を買い取り、本格的に製造・販売を手掛ければ、このゲームはもっと大きなものになるでしょう」

 

 田中の言葉は理路整然としていた。

 彼の言うことは、ある意味で正しい。

 俺が個人でできることには限界がある。

 大手玩具会社が手掛ければ、全国の子供たちに『レガリアコード』を届けることができる。

 しかし、お父さんの表情は険しくなっていた。

 

「著作権を譲渡するとなると、いくらぐらいになるのでしょうか?」

 

 お父さんの問いに、田中氏は事前に用意していたであろう書類を取り出した。

 

「具体的な金額はこちらに記載してありますが、まずは権利譲渡に伴う一時金と、販売数に応じたロイヤリティをお支払いさせていただきます。もちろん、開発協力という形で早乙女静流さんには引き続き関わっていただきたいと考えておりますし、その報酬も別途お支払いします」

 

 田中氏が示した金額は、お父さんにとっても、そして俺にとっても、想像を絶するような大金だった。

 正直、文房具店の経営だけでは到底稼ぎ出すことのできない額だ。

 お父さんはしばし黙り込み、書類の内容をじっと見つめていた。

 彼の顔には、葛藤がはっきりと見て取れた。

 

「……静流。お前はどう思う?」

 

 不意に、お父さんが俺に問いかけた。俺は、少し考え込んでから、ゆっくりと口を開いた。

 

「あのね、お父さん……私、この『レガリアコード』を、もっとたくさんの人に遊んでほしいんだ」

 

 俺の言葉に、お父さんは目を見開いた。

 

「このカードゲームが、全国の子供たちに届くなら、私は嬉しい。もちろん、お父さんが『ダメだ』って言うなら、それはそれでいいんだけど……」

 

 俺の視線は、田中氏に向けられた。

 彼はこちらの反応を伺うように、静かに俺の言葉を聞いている。

 俺は深呼吸をして、再び口を開いた。

 

「もし、トイズ・ドリームさんが、本当に『レガリアコード』を大事にしてくれるなら……私、協力したい」

 

 お父さんは、俺の言葉に複雑な表情を浮かべた。

 お父さんの顔には、俺が一生懸命作ったものを他人に譲ることへの抵抗と、それが大きな成功を収めるかもしれないという期待が入り混じっていた。

 

「静流……」

 

 お父さんは俺の名前を呼んで、深く考え込んでいるようだった。

 しばらくの沈黙の後、お父さんは田中氏に向き直った。

 

「一つ、条件があります」

 

 お父さんの言葉に、田中氏の表情に安堵の色が浮かんだ。

 

「なんでしょうか?」

「『レガリアコード』のゲーム性や世界観については、静流の意見を最大限に尊重すること。これは絶対です」

 

 田中氏は一瞬、隣の男と顔を見合わせたが、すぐに笑顔で頷いた。

 

「もちろんです。早乙女静流さんには、弊社の開発チームの一員として、中心となって関わっていただきたいと考えております。むしろ、これまでのノウハウをぜひお借りしたい」

 

 その言葉を聞いて、俺の胸に熱いものがこみ上げてきた。

 俺の生み出した『レガリアコード』が、もっと多くの人々に広まる。

 そして、俺自身がその開発に深く関わることができる。

 こんなに嬉しいことはない。

 お父さんはまだ少し納得がいかないような顔をしていたが、俺の強い眼差しを見て、最終的にため息をついた。

 

「……分かりました。前向きに検討させていただきます」

 

 お父さんの言葉に、田中氏は満面の笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます、早乙女様! それでは、後日改めて契約の詳細についてご説明に上がらせていただきます」

 

 男たちが帰り、店の中に俺たち二人だけになると、お父さんは大きなため息をついた。

 

「本当にこれでよかったのか、静流……」

「うん! 私、すごく楽しみだよ!」

 

 俺は満面の笑みでお父さんを見上げた。お父さんは、そんな俺の顔を見て、少しばかり寂しそうに、でもどこか誇らしげな表情をしていた。

 

「まあ、お前がそこまで言うなら……親としては、応援するしかないか」

 

 その夜、布団の中で、俺は興奮でなかなか寝付けなかった。

 前世ではただの冴えない会社員だった俺が、この世界でまさか、自分の作ったカードゲームを大手玩具会社に買い取ってもらうことになるなんて。まるで夢のようだ。

 これから、『レガリアコード』はどうなるんだろう? 

 もっとたくさんの種類のカードが作られて、もっと洗練されたルールになるのかな? 

 全国大会とか開かれたりするのかな? 

 想像するだけで胸が高鳴った。

 しかし、同時に、漠然とした不安も感じていた。

 それは、俺のコントロールが及ばなくなることへの恐れ、そして、本当にこの決断が正しかったのかという疑問だ。それでも、俺は自分の直感を信じることにした。

 

「ないなら……作ればいい」

 

 あの時、心に決めた言葉を、俺はもう一度胸に刻んだ。そして、今度は「広める」という新たな目標ができた。

 

 

 数日後、お父さんはトイズ・ドリームとの契約書にサインをした。

 そして、俺は小学六年生になったばかりの春、株式会社トイズ・ドリームの開発部に「スペシャルアドバイザー」として招かれることになった。

 最初の顔合わせの日、俺は少し緊張しながら、お父さんと一緒にトイズ・ドリームの本社ビルを訪れた。

 ガラス張りの近代的なビルは、文房具店の二階にある我が家とはまるで別世界だ。

 通された会議室には、田中氏の他に数人の大人がいた。

 企画担当、デザイナー、プログラマーらしき面々だ。彼らは皆、俺を見るなり興味津々といった表情を浮かべた。

 

「早乙女静流さんですね。初めまして、開発部長の佐藤です」

 

 開発部長と名乗る男は、白衣のようなものを羽織っており、眼鏡の奥の目は鋭かった。彼は俺の手を取り、力強く握手をした。

 

「まさか、これほど若くして、これほど完成されたゲームシステムを考案されるとは……驚くばかりです。我々としても、全力でこの『レガリアコード』を世に送り出したいと考えております」

 

 佐藤部長の言葉に、俺は背筋を伸ばした。

 俺の考えたゲームシステムが「完成されている」とまで言われるとは、正直想像していなかった。

 

「こちらが、現在我々が試作中のカードです」

 

 そう言って、佐藤部長がテーブルの上に何枚かのカードを並べた。

 それは、これまでの俺の手製カードとは比べ物にならないほど、精巧に作られたものだった。

 カードの素材は光沢のある上質な紙で、イラストはこれまでよりも遥かに緻密で色彩豊かだ。文字のフォントも統一されており、まさに「商品」と呼べるクオリティだ。

 

「すごい……」

 

 思わず声が漏れた。

 目の前には、《フレア・ドラコ》の新たなイラストバージョンがあった。

 炎の表現はより躍動的になり、ドラゴンの鱗一枚一枚までが丁寧に描かれている。

 

「イラストレーターは、現在弊社で最も人気のあるアニメの作画を担当している方にお願いしました。キャラクターデザインも兼ねていますので、子供たちにも受け入れられやすいはずです」

 

 田中氏が補足する。

 

「テキストのフォントや配置も、視認性と世界観を両立させるために、何度も試行錯誤を重ねました」

 

 俺は、カードを手に取り、その細部までをじっくりと観察した。

 俺が漠然と頭の中で描いていたものが、現実の形として目の前にある。

 これは、本当に感動的だった。

 

「ただ、一つ課題がありまして」

 

 佐藤部長が、少し難しい顔で続けた。

 

「やはり、現在のルールでは、もう少し戦略性に幅を持たせたいと考えております。例えば、特定の属性を組み合わせることで発動する効果や、より強力なモンスターの召喚条件など……」

 

 俺は、彼の言葉に頷いた。

 確かに、今の『レガリアコード』は、まだシンプルすぎる部分がある。

 子供たちが手軽に遊べるようにと、あえて複雑な要素は省いていた。

 しかし、本格的に展開するとなると、飽きさせないための深みが求められる。

 

「私も、そう考えていました。実は、いくつか新しいアイデアがあるんです」

 

 俺がそう言うと、佐藤部長や田中氏は目を輝かせた。

 

「ほう! ぜひ聞かせていただけますか?」

 

 俺は、ノートに書き留めていたアイデアを説明し始めた。

 例えば、同じ属性のモンスターを3体並べると、特別な効果が発動する「属性連携」の概念。

 あるいは、特定の条件を満たすことで、より強力な「超進化モンスター」を召喚できるシステムなどだ。

 俺の説明を聞きながら、彼らは真剣な表情でメモを取り、時には質問を挟んだ。

 俺が話すたびに、彼らの顔に興奮の色が浮かんでいくのが分かった。

 

「素晴らしい……! これは、ゲームの奥行きを格段に広げることになります!」

「特に、この『超進化モンスター』のアイデアは秀逸ですね! 子供たちの収集欲をさらに刺激するでしょう」

 

 彼らの反応は、俺が想像していた以上だった。

 彼らは、俺のアイデアをただ聞くだけでなく、それをどうすればもっと面白く、もっと魅力的にできるかを真剣に考えているようだった。

 

 その日以来、俺は学校が終わるとトイズ・ドリームに通うようになった。

 開発部の一員として、新しいカードのデザインや効果の考案、ルールの調整、そしてテストプレイに没頭した。

 俺が提示するアイデアに対して、佐藤部長をはじめとする開発チームのメンバーは、常に真摯に向き合ってくれた。

 時には、俺のアイデアがうまく機能しないこともあったが、彼らは決して頭ごなしに否定することはなかった。

 

「静流さんのアイデアは面白い。ただ、この部分をもう少し調整すれば、もっと良くなるかもしれません」

 

 そう言って、具体的に改善点を提案してくれるのだ。

 彼らは、俺の創造性を尊重しつつ、プロとしての視点から的確なアドバイスを与えてくれた。

 特に印象的だったのは、新しいカードのイラストについて話し合った時だ。俺が「このモンスターは、もっと禍々しい雰囲気にしてほしい」とか「このキャラは、もっと凛々しい感じがいい」といった抽象的な要望を出すと、担当のデザイナーは何度でも修正を重ねてくれた。

 

「静流さんのイメージを完璧に形にしたいんです」

 

 彼らのプロ意識と情熱に、俺は何度も感銘を受けた。

 前世で会社員だった頃の俺は、仕事に対してここまで情熱を傾けたことがあっただろうか、と考えてしまうほどだ。

 もちろん、小学六年生の俺が、毎日開発部に通い詰めることは簡単なことではなかった。

 学校の宿題、友達との遊び、そして何より、周囲の大人たちの好奇の目に晒されることもあった。

 

「静流ちゃん、いつもどこに行ってるの?」

「なんか、大人と会議してるって聞いたけど、ほんと?」

 

 友達からの質問に、俺はいつも曖昧な笑顔で「ちょっとお手伝いしてるだけだよ」と答えていた。

 まさか、自分が大手玩具会社の開発に携わっているなんて、口が裂けても言えない。

 それでも、俺は一切苦には感じなかった。

 むしろ、毎日が刺激的で、新たな発見の連続だった。

 俺が心血を注いで生み出した『レガリアコード』が、プロの手によって、より洗練され、より魅力的なものへと進化していく過程は、何物にも代えがたい喜びだった。

 

 

 

 そして数ヶ月の激務(小学六年生にしては)を経て、ついに『レガリアコード』は完成した。

 全国のデパートや玩具店の店頭に、『レガリアコード』のスターターデッキとブースターパックが並んだ。

 カラフルなパッケージには、俺がデザインを監修したメインモンスターたちが描かれており、見ているだけで胸が高鳴った。

 発売日当日、俺はこっそり近所のデパートの玩具売り場を訪れた。

 すると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

「『レガリアコード』ください!」

「ブースターパック、まだありますか!?」

 

 多くの子供たちが、親と一緒に『レガリアコード』のコーナーに群がっていたのだ。

 あっという間に在庫が減っていくのを見て、俺は感動で胸がいっぱいになった。

 そして、発売から数週間後、トイズ・ドリームの社内では、『レガリアコード』の予想をはるかに上回る売れ行きに、歓喜の声が上がっていた。

 佐藤部長は満面の笑みで、俺の頭を撫でた。

 

「静流さん、やりましたね! 『レガリアコード』は、今年の夏最大のヒット商品になりそうです!」

「はい!」

 

 俺は嬉しくて、思わず飛び跳ねてしまった。

 

 学校でも、『レガリアコード』の話題で持ちきりだった。

 休み時間になると、あちこちで子供たちがカードを広げ、対戦している光景が見られるようになった。

 

「静流ちゃん、『フレア・ドラコ』引いたぜ!」

「すげー! 俺、『氷刻のディアナ』欲しいんだよなー」

 

 友達が興奮しながら話しかけてくる。

 祝福の言葉を素直に伝えてくれることが、ただただ嬉しかった。

『レガリアコード』のブームは、瞬く間に全国へと広がっていった。

 テレビCMも放映され、子供向け雑誌には特集記事が組まれた。

 そして、その人気は、ゲーム業界全体に大きな影響を与えることになる。

 それは、まるで静かに始まり、やがて大きな波紋を広げるような現象だった。

 

 それまでボードゲームや紙の遊びが主流だった子供たちの娯楽に、新たな選択肢が加わったのだ。

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