キシリア・ザビ閣下は・・・   作:桐錠

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お待たせしました。
すっぽんフルコース温泉旅行回です。



13. キシリア様は旅行者

 

 地球連邦軍。

 地球連邦政府の軍事部門であり、国内治安を担うべく加盟国の軍事組織を統合および再編することで設立された、地球圏最大規模の軍事組織である。圧倒的な物量を有することから正面からの全面抗争はできる限り避け、抗争に陥った場合は優勢の状態を作り出した上で休戦交渉をしなければならない。前世で嗜んだサブカルチャー由来の情報によると、それに失敗して我がジオンは戦争に敗北してしまったようだ。

 余談であるが前世の情報の中には、私キシリアが暗躍して戦争を長期化させた設定もある。その理由はギレンから権力を奪うためであり、確かに私ならばやりかねないと思った。今となっては、やる気は全く起きないが。

 

 連邦軍は巨大な組織であるため、官僚主義や縦割り行政による運営の弊害が顕在化しており、管轄間の不和が起きている。さらに軍閥組織が乱立して派閥間の抗争があることから、親ジオンの派閥を育てれば内部から崩す事も可能と言えよう。

 ルナ・ライン先端技術研究所関係で接点を持ちやすいのは連邦軍の技術畑に所属する派閥であるが、ルナ・チタニウム製の複合装甲材の特許買取で盛大に喧嘩を売っているので難しい。アレは最初に連邦軍側が目をつけていたのだが、加工の難しさから自身ら以外の競争相手は無いと二束三文で買い叩こうとしたところを、私が横から掻っ攫ったのだ。先方の言い値の適正価格で特許を買い取った私には、非は無いと断言できる。

 と言うわけで交渉手段としてある手札は、宇宙線被曝症の予防・治療薬、そして新規に創り出した抗生剤となる。そこで私は兵站担当のゴップ中将を標的として、何とか無事に伝手を作ることに成功した。

 宇宙線被曝症の予防・治療薬は、宇宙軍を抱えている地球連邦軍だけではなく、放射性物質の汚染地域での活動やガン治療での放射線治療において、被曝の予防薬として一定の需要がある。抗生剤については、地球降下作戦を見据えた我が軍の感染症対策として、キシリア個人の資産から研究費を出資していた。帰還兵から閉鎖空間であるコロニーへの病原体を持ち込まれては、目も当てられないからである。

 

 実は抗生剤の開発には、前世の情報で知ったある兵器開発を阻止する目的もあったわけで…

 

「それにしても…面白いことを考え付きますね?」

 地球で購入した陶器を梱包材に包みつつ、マが話しかけてくる。

「ん?」

「例の新しい抗生剤のことです」

 その言葉を聞き、考えていたことが口から漏れていた事に気づく。ただ兵器云々は聞こえていなかったらしく、私は何食わぬ顔で口を開く。

「コロニー内での農業生産性を上げるため、ウイルスベクターを用いた遺伝子改変技術が盛んに行われている。驚異的な繁殖力を持つ株があると聞いて、有効活用できないかと考えただけのこと」

 因みに前世のサブカルチャー由来の情報では、その技術応用で生態系を破壊する生物環境兵器「アスタロス」が開発された。コロニーの水と空気は地球産で補っているのに、その供給源である地球上の植物を根絶やしにするとは大馬鹿者だと思う。しかもそれを実行しようとしたのが、私キシリアの部下と言うのが笑えない話だ。

 将来の蛮行の危険性を少しでも減らすため、研究費をぶら下げ提案し、研究の方向性を変えた訳である。

「植物を遺伝子改変して、薬効成分を大量かつ短期間で生み出すと言うのは素晴らしい発想です。お陰で薬の開発スピードが上がったと聞いております」

 興奮した様子でマはそう褒めるが、なんて事はない。この世界では確立されなかった、前世の記憶にある技術を元にしただけである。抗生剤と銘打っているが、その実は抗体医薬…体内の異物を排除する抗体蛋白を、遺伝子改変した植物に作らせたものだ。因みにこの技術はワクチン開発、がんや免疫疾患の治療薬にも応用できる展望があり……大きく目減りした筈の個人口座の額が、元の額を超えた時点で見るのを止めている。

 このままではまたマレーネ義姉上に、「ザビ家が富を独占していると思われる」と文句を言われてしまう。だがしかし、投資したい事業はこれ以上思いつかないのだが…ミノフスキー博士やテム博士たちへの出資額を倍増するしかないな…

 

 そんな説明ができる訳もなく、私はただ静かな笑みをマに向けた。

 

「さて……これを緩衝材に使いなさい」

 紙を軽く握って袋詰めにした、簡易的な緩衝材を大量にマの方へ渡す。

「こんなには使いませんが…」

「全部使いなさい。私が作ったその緩衝材の中身は、廃棄せずに全てサイド3のカイルに渡せ」

 私の口から側近の名を聞き、マはそっと袋に中身を覗き込む。

「紙に書かれている文字……旧世紀時代の日本語ですか?」

「よく知っているな」

「流石に内容までは読み解けませんが……アナログ的なやり方ですね」

 地球で手に入れた資料を内密に本国へ送ろうとしていると、瞬時に察するこの男は優秀である。

「検閲は端末内のデータか、チップやディスク中心とのこと。これでしたら中身を見られたところで咎められる可能性は限りなく低い上、内容がバレたとしても『知らなかった』と惚けることもできる」

 マの購入した陶器類と共にサイド3首都バンチのコロニーへ送ろうとしているのは、地球からの持ち出しを禁じられている情報…旧世紀時代に地球上で起きた戦争の軍略や戦略、戦術、兵器が記された本を冊子から解いてバラバラにした紙類であった。

 ここ数日マが骨董市を巡っている間に、私は同時開催していた古書市を訪れ目ぼしい本を購入していた。今居る旧日本領では、日本語で書かれた旧世紀時代の書物が数多く販売されていた。宇宙世紀以降では共通語の英語以外はあまり扱われておらず、店主も内容もよくわからずに売っている様子であったが、前世の記憶のおかげで私は何なく読み解くことができた。そして改暦後の連邦軍設立時の混乱で流出したとされる、旧世紀時代の自衛隊幹部学校の教本と装備品のカタログ仕様書を見つけ、それらを私は購入したのだ。

「一般の宅配輸送を使います。故にこれ以上の骨董品の購入は認めぬ」

「え⁈」

 私の宣言に驚き、マは手に持っていた緩衝材を取り落とす。

「これ以上の量の骨董品をコロニーに送るのであれば、ビスト財団を介さねばならない。そこだと流石に、日本語を解読されてしまう」

「それはそうですが……」

「そもそも、今日の購入分だけでも手持ちが足りず、私が立て替えてたであろう?」

 前世の情報と比較して随分自分に砕けた態度をするマを睨め付けると、男は叱られた猫のような表情をする。これは絶対に反省していない。

「……私は温泉に入ってくる。発送準備を終えたら貴様も入れ。入浴を終えたら隣の部屋で食事だ」

「あの……夕食は自分で何とかしますので…」

「この宿の夕食は2人分からしか対応していない。だから付き合いなさい」

 そう言い私はタオルと浴衣が入った手提げ袋を持って、部屋を後にした。

 

 ようやく見つけ出した、すっぽん料理を食せる場所。

 この宇宙世紀では極一部の温泉宿でしか振る舞われておらず、地球を離れる事になった私はその温泉宿での逗留を決めたのであった。

 コラーゲンだけではなく、アミノ酸として吸収された後に再構成する時に必須となるビタミンと鉄分をも豊富に含む、まさに鼈は最高の美容食! それに加えて美白美肌の効能があると有名な温泉の源泉掛け流し露天風呂! サイド3では味わえない満天の空と月と言った風情を楽しみ、老化の原因となるストレスから解放される理想的な空間! この地に滞在する事で、私のアンチエイジングは更なる段階へと進化することは確実であろう‼︎

 こうして私は温泉を堪能し、夕食ですっぽん料理を楽しんだ。

 すっぽん料理コースは2名からであったため、こうしてマを連れてきた訳だが……初めて見るスッポンのグロテスクさに、さすがのマも少し引いていた。昔…と言うより前世の経験を元に私が仕上げた鍋と〆の雑炊は、最初は驚いた表情を見せるも喜んで食べていたため、これまで色々と無理を言ってきた埋め合わせに少しはなったと思う。同じく無茶させたカイルやリアナにも食べさせたいが、最初嫌厭したマの様子を見る限りでは別の労い方を考えた方が良さそうだ。

 

「それは確かなのですね?」

 

「はい。マス邸周辺の難民キャンプの治安維持目的で派遣された傭兵ですが…全てアナハイム・エレクトロニクス社の息が掛かっている者であると判明しました」

 翌日早朝、宿の従業員に扮したニアーライトが突然訪ねてきて、何時ものオネエ言葉を抑えた緊張した面持ちで報告してきた。難民キャンプを訪れてから短時間でゴップが警告に来たことから、連邦関係者が張っていると私は予想していた。

 しかしアナハイム・エレクトロニクス社となると…

「ジンバ・ラルは?」

「今までと変わらず、アナハイムのチェルシー副社長の別荘におります」

「……急ぎマス邸に向かいます」

「チケットを押さえておりますが…護衛を除くと一人分のみでして…」

「私が先行しましょう。次の便でマと共に来なさい」

 どのみちマが起きるのは当分先であろう。昨夜の夕食ですっぽんの生き血入りワインを飲んで暫くした後、呆然と私を見た後に倒れてしまったのだ。うわ言で「首筋が……鎖骨が……」と言っていたが、すっぽんの効力が強すぎたようである。

 

 何はともあれ、急ぎマス邸へ駆けつけないと…

 嫌な予感がする!

 

 ニアーライトを退室させ、手早く浴衣からスーツに着替えて宿を出る準備をする私の脳裏に浮かぶのは、前世の記憶由来の情報にあるマス邸の襲撃事件だ。ジンバと共に地球へ亡命したキャスバルとアルテイシアに対して、私キシリアが差し向けた刺客が起こした騒動であるが……

「滞在先がマス邸と聞いた時に、思い出すべきだった…」

 今現在の状況とは全く異なるため完全に記憶から除外していた。兎に角、一刻も早く現場を確認する必要がある。杞憂である可能性もあるのだから…

 荷物を持ち部屋から出るや否や、側に控えていたニアーライトに耳打ちをする。

「少なくとも1時間後にはマを叩き起こせ。そしてマス邸へは武官を見繕って同行させるように」

「キシリア様、それはどう言う……」

「命令に対して理由は必要か? 遂行することを第一に考えよ。お前を頼りにしている。わかったな?」

 





次回は早ければ木曜日、遅くとも来週月曜日に更新予定です。

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