キシリア・ザビ閣下は・・・   作:桐錠

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14. キシリア様は標的

 

 旧スペイン領、カディス。

 リアナ・キシに扮した私キシリアは、マス邸の客間に居た。

 部屋の外からノックが響き渡り、身内間の合言葉を含めた入室の許可を願う声が聞こえてきた。

「入れ」

 私の声に従い、護衛のアンディが入室していた。

「お呼びですか?」

「他の護衛と共に屋敷内を巡回して欲しい」

「……クベ中尉が到着してからでもよろしいでしょうか?」

「マから連絡があった。予定していた空港からの陸路が事故で不通となったそうだ。ヘリの手配をしているらしいが、到着は明日未明の予定だ。今夜一晩はお前たちに任せる」

「しかしそれでは貴女様の護衛が…」

「己が身くらいは自分で守れる。万が一の時は部屋に立てこもればいいだけの話」

「……承知しました。巡回警備にあたります」

「私はアルテイシア様の様子を見た後に就寝します。何かあれば即座に通信を入れなさい」

「はっ!」

 短い返事と共に敬礼し、アンディは退室する。

 

 ニアーライトの報告を受けた私は、旧日本領から旧スペイン領へと急行したが、マス邸は襲撃を受けた様子はなかった。しかし遊学を切り上げた方が良いと判断し、キャスバルの婚約者であり後見人であるキシリア・ザビの名で手紙を記し、テアボロ氏に急ぎサイド3へ帰国させる旨を伝えた。

 直ぐに帰国させるという話になったが、ここでトラブル発生。アルテイシアが昨夜から原因不明の熱を出していたのだ。そこで私は、営業用に持ち歩いていた例の新規抗生剤を医師に使うように勧めた。流行している病原体複数種類のカクテル抗体を凍結乾燥させたもので、室温での保管を可能にした優れ物であった。

 アンプルに滅菌生理食塩水を入れて溶かし込み、静脈投与としようとしたその時、医者に同行していた青年が分けて欲しいと懇願してきた。青年は難民キャンプの人間で、配布されている抗生剤が効かず困っていると窮状を訴えてきた。しかし開発までに多額の費用を掛けている新薬を、自己判断で無償で与える特例を作るわけにはいかない。難民キャンプに行き渡るように手配を試みるから待って欲しいと説得すると、悪態を吐きながらも渋々引き下がったのであった。

 

 昼の出来事を思い出している内に、私はアルテイシアの部屋に辿り着く。

 扉を叩き名乗りと用件を告げると、キャスバルが自ら扉を開けてくれた。礼を言って入室しようとしたタイミングで、キャスバルは小声で話しかけてきた。

「何故、前来た時に教えなかった?」

 その言葉の意味が分からずキャスバルの方を見ると、どことなく拗ねた視線を私に向けていた。

「……アルテイシア様から聞きましたか?」

「妹は気づいていたのか……」

 今回の訪問のタイミングで、キャスバルは自力で私がキシリアであると見抜いたようであった。

 

 深く眠りについているが熱が下がってきたアルテイシアの様子を確認して、私は安堵の息を吐く。これならば明後日には帰国できそうである。

「貴女からもらった薬が効いたみたいだ」

「それは良かったです」

「昼間来ていた医者の助手、彼の妹も原因不明の熱で寝込んでいるらしい」

 その言葉には暗に、薬を分け与えない私への非難が込められていた。

「彼一人だけに高額な薬を与えると言うのは、他の難民キャンプの人達にとって不公平ではありませんか?」

「それは……」

「難民キャンプで必要な量を把握した上で準備し、公平に分配する術を、今の私は持ち得ていません。それに難民高等弁務官が関わっている中で、私が…スペースノイドが横から手を出すのは、連邦政府の顔に泥を塗るのと同じ行為と言えます。一時の感情で施しを与えるのは、悪手であると判断しました」

 私の言葉を聞き、キャスバルは静かに視線を外した。

 暫しの沈黙が流れた後、私は思わず溢すように口を開いた。

「……驚きましたね」

「何がだ?」

「彼はアースノイドでしょう? そんな彼に配慮するとは、正直驚きました」

 私の言い方が癇に障ったらしく、キャスバルは音を立てて椅子から乱暴に立ち上がる。

「生まれなど関係ない!」

「そうですね。スペースノイドだから無条件で苦難に喘いでいるわけでも、アースノイド全てが豊かな生活をしているわけでもありません。確かに地球には水も空気も豊富にあり、アースノイド達はコロニーの管理をする必要もない。そのための多額な税金を、スペースノイドのように払う必要はない」

「……その代わり、健康を害することなく呼吸をして水を飲むためには、高価な有害物除去装置が必要となる。砂漠や汚染された土地が多く、住める場所が予想以上に少ない」

 地球、そしてアースノイドの現状を目の当たりにしたキャスバルは、色々と思うところがある様子であった。

「アースノイドの間で何故格差がある?」

「地球に在住できるのは、連邦政府が認めた者のみであると法律上定められております」

「政府高官、大手企業の経営陣と言った特権階級だな」

「はい。しかしそれよりも遥かに多く不法滞在者が居る。彼らは法律上では『存在しない人』。故に納税の義務はありませんが、逆に政府が彼らを国民として保護する根拠もないのです」

「……どう言うことだ?」

「端的に言えば、どう扱っても構わない人間であると同義。不要となればいつでも処分できる道具」

「不法滞在者を奴隷化して搾取していると言うことか」

「そのために敢えて残した可能性すらある。安い賃金で危険や苦痛を伴う仕事をさせて、その成果をスペースノイドへ高く売り付ける」

「彼らの生活を見る限りでは、スペースノイドが払っている金銭が報酬を受け取るべき実務者達へ行き渡っていないのは明白だ」

 そう言うキャスバルは、一瞬ではあるが酷く辛そうな表情を浮かべていた。

「……人類は全て宇宙へ上がるべきなのか?」

 声色から、おそらくそれが一番聞きたいことであろうと察して、私はきちんとキャスバルと向き合う。

「それで人類が進化するかどうかなど、誰にも分かりません。しかし…全員が宇宙へ上がるか、全員が地球に帰還するか、大衆が納得するのは二つに一つでしょう」

「……………」

「そして今いる全人類を地球は支えきれない。となれば現実的に取れる手段は一つしかない。それが私の考えです」

「それを阻む連邦政府を肥え太らせているのが、奴らに搾取されている我らだ。それが現状であろう?」

「連邦政府が全て腐っているわけではないのです。人類を一致団結させて目的を成し遂げるために、必要な組織であることは間違いない。しかし唯一となった時点で己を律する必要はなくなり、私利私欲を優先させる輩が蔓延るようになってしまった」

「競争相手が居なくなり自浄作用を失った。そう言うことか?」

「人類の生き残り策を妨害する輩の資金を断つため、そして連邦政府の自浄作用を促すため、そのために私は…」

「スペースノイドの独立を目指している」

 私の言葉を引き継いだキャスバルの目に、何かの意思が確実に宿ったように感じた。

「独立を実現するためには、どうすればいい?」

「サイド3でのコロニー管理業務は、コロニー公社に代わって我らの手で滞りなく実務をこなしている。しかし空気と水の浄化と供給は、現状を変えることは難しい。だからこそ、スペースノイドだけではなく大半のアースノイドからも搾取できる体制が維持できている」

「スペースノイドを押さえつける財源にもなっているにも関わらず、我らは空気と水を得るために金銭を払い続けなければならない…何とも愚かなことだ」

 

「だからこそ我らの手で、正しく管理していかなければならないのです。キャスバル様」

 

 意図せぬ声が聞こえ目を向けると、一人の老人が照明の光が届く場所へと姿を現した。

「………ジンバ?」

 キャスバルに名を呼ばれ、嬉しそうにジンバ・ラルは表情を緩めた。

「お久しぶりです、キャスバル様」

「ランバの手で地球に亡命していたお前が、今更何の用だ?」

「お迎えにあがりました。一緒に参りましょう」

「……どこへ連れて行くつもりだ?」

「偉大なる貴方のお父上、ジオン・ズム・ダイクンの意志に同調した同志の元です。貴方から父上を…権力を奪ったザビ家を打倒し、真の意味で『ジオン共和国』を樹立するのです」

 

 その時、屋外から発砲音が鳴り響く。

 

 アンディ達ならばバリケードを作るなりして対応してくれるはず。逆にこの場は私一人で対応しなければならない訳で…

 ジンバの拘束はそう難しくない。しかし、彼が一人だけでこの場に姿を現すとは考え難い。胸ポケットの中で着信のランプを点滅させる通信機を無視し、私は伏兵がいないかどうか探る。私の意図を理解してか、キャスバルは時間稼ぎのために口を開く。

「権力を手に入れるのは、私ではなくお前たちであろう? 第一、権力を手に入れてお前は何をやりたい? 権力を手に入れること自体が目的となっているようにしか見えない」

 拒絶の言葉を口にするキャスバルを一瞥した後、ジンバは深く溜息を吐く。

「致し方ない……手荒なことは避けたいのですが…」

 ジンバの声に応えるように、部屋の隅に飾ってあった騎士甲冑が動き出した。

「っ‼︎ 曲者⁈」

 それが甲冑を纏った侵入者であることに気づき、私は懐から拳銃を取り出し発砲する。サイレンサー内蔵銃特有の音と共に銃弾が放たれるが、難なく甲冑に弾かれてしまう。

 私の攻撃が通じないことが分かり、醜悪な笑みを浮かべたジンバであったが、次の瞬間に驚愕の表情へと変貌した。

「おい……何を⁈」

 ジンバの声を無視して侵入者は、抜き払った剣をキャスバルに向けた。一か八か、バイザーの隙間に拳銃の照準を合わせて、引き金に指を掛けたその時…

「キャスバル様っ‼︎」

 硬直していたキャスバルを突き飛ばして、ジンバが間に割って入った。しかし侵入者は躊躇することなく、庇ったジンバへと剣を振り下ろした。

 

 ゴトン…

 

 袈裟懸けに斬られ、断末魔もあげることなく命を絶たれたジンバは、真紅に染まった骸と化して床に転がった。一方私は、戦闘音が止んでいる事に気づき、ジンバが斬られてる隙に懐から通信機を取り出し護衛へ連絡を試みる。

「アンディ! アルテイシア様の部屋に…」

 しかし通信の途中で、侵入者…いや暗殺者が剣を突き出してきた。

「くっ!」

 通信機を放り出して腰の背部に隠し持っていたダガーを抜き、受け流すように剣を弾いて距離を取る。私を仕留められなかった事に癇が障ったのか、暗殺者は攻撃の矛先を私へと変える。しかし数合打ち合って、相手の方が圧倒的に腕が上である事に気づいてしまう。

 どう時間稼ぎをするか。考えを巡らせていたその時…

「アルテイシア‼︎」

 切羽詰まったキャスバルの声に驚き視線を向けると、いつの間にか昼間に訪問した医者の助手の姿があり、彼が寝込んでいるアルテイシアの喉元にナイフを突きつけている姿が目に入った。

 あの青年がジンバや暗殺者を屋敷に入れる手配をしていたのかと納得するも、私の集中力が一瞬途切れたことに変わりはなかった。そして対峙している相手は、それを見逃すような三流の暗殺者ではなかった。

 

 ズブッ‼︎

 

 最小限の動きで繰り出された鋭い刺突は、反応が遅れた私の左腹部を貫いた。私を仕留めたと暗殺者の気が緩むが甘い!

「っ‼︎」

 腰を落として私は足払いを仕掛ける。この動きは予想外だったらしく、技が決まって暗殺者は派手に倒れ込む。甲冑が重いためか起き上がるのに手間取っている相手に伸し掛かると、兜のバイザーが外れて露わとなった相手の驚愕した顔がよく見えた。

 

 ザシュっ‼︎

 

 私は躊躇うことなく暗殺者の顎下に向けて、体重をかけたダガーを隙間から差し込み、そのまま喉そして首を掻っ切った。

 反撃を受けまいと立ち上がり、激しく暴れる暗殺者から距離をとって振り返ると、血に塗れた私の姿を見た助手の青年は、小さな悲鳴と共にナイフを落とした。その隙を逃さずにキャスバルは青年に組みかかり、即座に昏倒させたのであった。

 再度暗殺者に視線を戻し、甲冑の身体が痙攣した後に動かなくなった事を確認して、私は壁を背に凭れ掛かる様に座り込んだ。

 

 寒い……

 刺された箇所が熱い……

 

 腹部から抜けかかっている剣を固定するように押さえて、そのままゆっくり上半身を横たえる。背や腰を伝い流れ続ける生暖かさに妙な恐怖を感じつつも、息を整える事に集中する。呼吸の度に体内を鈍痛が響いて正直辛いが、刺さった剣を今引き抜くのは命に関わる。

 

 キャスバルが何か言っているが、聞き取れない。

 声変わりをしてから前世で馴染みのある、テレビの前の乙女たちを誑かす美声となって生意気な……しかしここまで必死な声色はアクシズ落としの時くらいか?

 

 急に周りが騒がしくなった。

 アンディが駆けつけたか?

 

 急に増えた声の中に、前世の私を魅了した美声が混じっていることに気づき安堵した私は、引き込まれるように意識を闇に沈めた。

 





第二章の山場ですので少し続きます。
最初から予め決めてあったストーリー構成ですが、タイミング的にもジークアクス第6話にかちあう感じになったのは何故(汗)。
次回は月曜日更新、筆が進めば土曜日更新予定です。

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