キシリア・ザビ閣下は・・・   作:桐錠

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週1〜2を目指して更新していきたいと思います。



2. キシリア様は長女

 

 前世の私が嗜んでいたサブカルチャーからの情報では諸説あるが、この世界におけるデギン・ソド・ザビの子息子女は、私キシリアを含む5人全員が異母兄弟である。この事実だけを見ると、父デギンが奔放な性格だったように思えるが、実情を知るとそうとも言えなかった。

 ザビ家は開拓地で社会体制を整える役目を負い、コロニーへ移住したらしい。そしてデギンは宇宙移民第三世代に当たる。

 ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉ができる前のコロニーは、人工太陽由来の放射線やコロニー外からの宇宙線への対策が不充分であった。そのため、コロニー育ちの両親から生まれた最初の世代である宇宙移民第三世代は、最も宇宙線被曝症に蝕まれた世代でもあった。野外作業に従事することの多い男性が早世し、生活に困窮する女性が続出した。そこで最先端の治療を受け生き残った者たちが、未亡人達を側室として養っていたというのが実態であった。

 キシリアとしての私には、実母の記憶はほとんどない。他の兄弟も実母は早いうちに故人となっており、デギンの正妻であったナルスに育てられた。そのため身内で「母」と呼称するのは、基本的にナルスの事を示していた。そのナルスも、唯一の実子であるガルマを出産した後に亡くなっている。

 

 存続できる環境を整え、必死に次世代へと繋いできた、デギン達の苦労は到底想像し切れるものではなかった。

 

「最初期からコロニーに居る先発移民組と、途中から移入してきた後発移住組との間に、温度差があって致し方なし……か」

 ダイクン家やラル家は最近コロニーへ移住した者達であった。とどのつまりザビ派が先発移民組、ダイクン派は後発移住組と言うわけである。ザビ家の方が宇宙移民たちの苦しみを良く知っているのは、当然のことであった。

「ザビ家と同じ先発移民組の名家の令嬢と婚姻して、ジオン・ズム・ダイクンは足場を固めた訳だが……ダイクン邸の名義はローゼルシア。正妻の実家の邸宅を引き継いだのだから当然か」

 現在、療養のため正妻のローゼルシアは屋敷には居ない。代わりに側室のアストライアと彼女が産んだジオンの子供達…キャスバルとアルテイシアが住んでいた。

 

 そして先日ジオンが急死した後、彼の遺族である3人はザビ家の政敵であるラル家の屋敷に居た。それは、落ち目のラル家を軽視した私キシリアの失態が原因なのだが…

 

 手持ちの端末から得られた情報を整理したところで、部屋にノックが響き渡る。入室を促すと静かに戸が開き、緊張というより警戒を隠しきれない様子の男が入ってきた。

 サスロ・ザビ。

 前世の記憶が戻る切っ掛けを作った、下の兄であった。

「サスロ兄上、ご用件は……」

 そこで私は、部屋に一歩踏み入れた所で止まり、驚愕した表情でこちらを見ているサスロに気づいた。

「……兄上?」

「……ドアを開けて良かったのか?」

 サスロのその言葉で、私はやってしまったと気づく。最近のキシリアとサスロの関係は険悪で、入室を許可するどころか門前払いすることがほとんどであった。今更サスロの行動を咎めるのもおかしい訳で…

 咳払いをして気持ちを切り替えつつ、引き攣りつつも作った笑みをサスロに向けた。

 

「私たち兄妹の仲ではありませんか」

 

 沈黙は金。

 余計なことは言わずに、意味深な笑みを浮かべておけば、向こうで勝手に解釈して勝手に納得するはず。

 私の予想通り、私の態度を無駄に深読みしたサスロは、言いかけた言葉を飲み込み不遜な態度で静かに入室した。

 

 保安隊からの報告書を手に、二、三事務的な会話を終えるや否や、サスロは足早に部屋を退室した。気がつくと、彼が座っていた椅子の脇に紙袋が置いてある。紙袋の中身は、紅茶の茶葉と花の形をした飾り砂糖がそれぞれ詰められた瓶であった。

「…仕事を絡めないと、見舞いすらできないのか……」

 不器用な兄の心遣いからの行動に対して、以前の私ならば敵情視察に来たと邪推したであろう。実際に紙袋の中身を見て最初に浮かんだのは、毒が入っている可能性。キシリアはサスロ・ザビの排除を狙っていたのだから当然であった。

 しかし前世でそれなりに生きた記憶がある今となっては、幼少期から政争に巻き込まれ続け、先手を打たねば自分が害されると恐れていた故の思考と気づいてしまった。

「相手も自分と同じ事を考えていると疑心暗鬼。サスロ兄も立場上、言質を取られまいと明言を避ける傾向にある。結果、コミュニケーション不足に陥って、不信が膨らんだといったところか…」

 こんな家庭内まで政争が持ち込まれる中で上手くやっていけるのかと、私は思わずため息を吐いた。

 先刻の医師の診断で、仕事の復帰は2日後となっている。サスロが届けてくれた保安隊からの報告書に目を通しつつ、早速紅茶を楽しもうと備え付けの給湯装置で準備をした。

 そして紅茶一式を来客用テーブルに揃えたその時、扉を叩く音が響き渡った。

 

「ずいぶんと久しく感じるな。お前が淹れた紅茶を飲むのも…」

 

 父でありムンゾ自治共和国の副議長、デギンは目の前に置かれた紅茶を一瞥しつつ、呟くようにそう言う。

「先ほど、サスロ兄上から頂いたものです」

 何気なくそう言い、私は紅茶を口に含む。前世の記憶が戻ったと言えども、味の嗜好はこれまでと変わらない様子で、紅茶の香りと味に心が和らいだ。

「父上?」

 視線を戻すと、カップに手を伸ばそうとしたまま手を止めていたデギンの姿が目に入る。しかしそれは一瞬のこと。先ほどのことが目の錯覚だったと言わんばかりに、デギンは紅茶に口を付けた。

「…ああ見えてサスロは、家族と言う関係を重視しておる」

 デギンが静かに口にした言葉に、私も内心同意する。茶葉がアールグレイであったことからも、私キシリアの好みを把握している。家族として気遣っている事は明らかであった。しかし…

「サスロ兄上も甘いことで」

 それを今の時点で口にすれば怪しまれると判断し、いつもの憎まれ口をたたく。

「だがその思考こそが、多数派であることは明白。故に、ムンゾ国民運動部長はサスロでなければ務まらぬ」

「随分と買っておられますね。政治部部長のギレン兄上でも無理ですか?」

「ギレンもお前と同類であろう。弱者の思考が分からぬ者に、務まるわけがあるまい」

 ため息混じりにそう言うデギンを一瞥し、私はカップの紅茶を口にする。最後の一口を飲んだ時にデギンの視線を感じたため、カップをソーサーに戻して静かに視線を向けた。

 

 私の様子を凝視し、何故か一瞬戸惑った色を浮かべるデギン。

 

 暫くした後、デギンは視線を空になったティーカップに向けて徐に口を開いた。

「近いうちにローゼルシア・ダイクンが屋敷に戻る」

「ダイクン議長の正妻として、国葬に参加するためですか?」

「それは無理であろう。あの身体では長時間の式典は身体は保たんからな」

「議長の後継を手に入れるのが目的という事ですか…国葬後に議長のご遺族が屋敷に戻られる可能性は?」

 デギンは無言で首を左右に振る。

「それは無かろう」

「御側室と共に国葬には出席されますよね?」

「その後は再び己が屋敷に連れ帰るであろうな。ジンバ・ラルは」

 私生児の誕生が発端となった確執故に、ローゼルシア派もまたダイクン派であるラル家の政敵であった。権力を取り戻すことを諦めていないジンバ・ラルが実権を握っている現状では、ジオンの遺児達を屋敷に帰らせるとは思えなかった。

「ダイクン派の一部では、長子のキャスバルをジオンの後継者と見る者もいる」

 キャスバルを囲い込もうとするラル家を放置できない。表情と声色からして、それがデギンの結論のようであった。

「キシリア。お前は側室のアストライアと面識があったな?」

「はい」

「ラル家の出方次第でお前に任せる。儂からの話は終わりだ。お前の用件は?」

 事前に情報整理していて良かったと内心安堵していた所で、デギンが尋ねてくる。実はボロが出ないうちに、カミングアウトしようかと思っていたのだが…

「今の会話で私の用件も終わりました。お忙しい中ご足労していただき、ありがとうございました」

 何とか誤魔化せたので、説明は今でなくても良いと結論付けた。

 問題の先送りとも言う。

 

「あ……もしかしなくても、失敗した?」

 

 デギンの退室後、ティーカップを片付けつけていたときに私はふと気付く。

「サスロ兄からの贈り物と言った途端、父上の態度がおかしくなりましたね?」

 キシリアは兄サスロとの仲が険悪である事は、おそらく父デギンにバレている。先ほどの会話でサスロを持ち上げる話をした様子からも、それは間違いないだろう。

「潜在的な敵と認識している相手からの贈り物をホイホイと口に入れて、尚且つそれを振る舞ったと…そう思われかねない行動」

 事実、毒が入っている可能性が一瞬脳裏に過った。そんな物をデギンに出して、しかも自分も口にしたと言うことになる。「サスロ兄上も甘いことで」と宣った上で。

 何も考えていないバカな行為と思われるならまだいい(実際はある意味そうだが)。深読み次第ではヤバい性格と認識されたのではっ⁈

 だってキシリアだから。

 

「……ま、いっか。大丈夫だいじょうぶ…多分」

 

 ********

 

「で、キシリアは?」

 デキンが執務室に戻ると、開口真っ先にギレンが尋ねた。

 

 ドズルに引き続き、先ほど打ち合わせをしたサスロの様子も何処となくおかしかった。2人に共通していることは、キシリアに面会したこと。

 先日、ギレンとドズルの目の前でサスロに叩かれたキシリアは、倒れた拍子に卓の縁に頭部を打ち付け意識を失った。頭の傷は小さく直ぐに出血は止まり、その後の検査でも異常は見当たらなかった。そして医者の見込み通り、半日も経たないうちにキシリアは目を覚ました。

 心配して部屋にいたガルマと、様子見に行っていたドズルが本人確認をしており、医師の検査結果からも間違いなくキシリア本人である事は確定しているのだが…

 

「人への興味が薄れたか?」

 

 先ほどキシリアと会った時のことを思い出しつつ思考を巡らせていたデギンの口から、そのような言葉が溢れた。

 サスロから送られた飲食物をデギンに薦めてきた行動に対して、毒見をさせるつもりなのか、またはサスロを失脚させるための生贄にするのかと疑った。しかしキシリアもまた口にした事から、サスロとの関係改善をアピールしているのだと理解した。

 しかしデギンがサスロを褒めた時、キシリアは嫉妬の陰を感じさせる事はなかった。時折漏れ出ていた、デギンに対する執着に似た思念すらも…

 

「……業務に影響がないのであれば、話はここまでとしましょう」

 

 デギンが深い思考に浸る前に話題を打ち切り、ギレンは書類を手渡す。

 自身らが権力を手中にできるかどうかと言う正念場である今、そのような些事に気を回す無駄などしている場合では無かった。

 





ザビ家や宇宙移民の歴史は、複数の設定を元に独自解釈をしております。原作との齟齬につきましては、スルーしていただけると幸いです…

第二章「ジオン自治共和国」篇に進みますか?

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