キシリア・ザビ閣下は・・・   作:桐錠

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感想、誤字修正、ありがとうございます。
3話ほど山場続きですので、色々とネタバレしてしまいそうなので、落ち着いたら返信させていただけたらと思います。



29 キシリア様は殉教者

 

 ニアーライトと言う男がいる。

 

 普段はオネエ言葉で掴みどころがなく、人を不愉快にさせるのは一流とまで言われるこの者は、軍人として特に諜報員として超一流の腕の持ち主である。

 下級階層という生まれから虐げられていたところを拾い上げたのがザビ家で、私設の暗部である「マッチモニード」に所属していた。現在はジオン公国軍の情報部に身を置き、キシリアが率いる突撃機動軍に出向という形で所属していた。

 彼はキシリアの命により、地球連邦議会の若手議員であるエドワウ・マスのところへ書簡を届け、さらにコロニー落下による地球の被害状況の調査をしていた。そしてその中間報告を携えてサイド3「ジオン公国」に帰国した矢先に、部下から驚くべき報告を聞く。

 

 キシリア・ザビ准将は、地球連邦軍サイド3駐屯基地本部に出頭し、現在も拘束中である…と。

 

 地球行きの度に壺の代理購入を頼む陰険陶磁狂いを怒鳴りつけるか、サンバイザーの赤い高慢クソガキを吊し上げようかと思ったが、揃いも揃って不在。加えてリアナやカイル、ドズル閣下やガルマ坊ちゃんも不在と聞いて、ニアーライトは嫌な予感がした。

 埒があかないとニアーライトは一人、駐屯基地本部へと侵入する。キシリアが居ると推定された客間は使われた形跡があり、キシリアの筆跡で書かれた紙を数枚見つけたが、本人の姿は見当たらなかった。

 さらに探ると、時刻は未明だと言うのに妙に騒がしい。そしてニアーライトは、紫色のジオン軍の改造軍服…キシリアが常に身に纏う服を持って歩く連邦士官を見つけた。

「っ⁈」

 そして連邦士官が来た道を遡っていくと、大型ジェネレーターが稼働している部屋にたどり着いた。監視カメラに映らないよう中を探り、近くに脱ぎ捨ててあった白衣を拝借して胸ポケットに入っていたIDカードで扉を開け、ニアーライトは中へ侵入する。幸い連邦兵の姿はなく、大型冷却装置に接続されている、中央にガラスの箱が埋め込まれた装置を見つけた。

「冷凍睡眠装置……なぜ…稼働して……」

 そしてガラス越しに収められている者の姿を見た後、ニアーライトは絶句する。

 

 そこに居たのは、敬愛するキシリア・ザビその人であった。

 

 キシリアが出頭した翌日の未明、ザビ邸本邸にある自室の寝室で就寝していたギレンは、人の気配を感じて目を覚ました。

「誰だ?」

「早朝に失礼します。情報部所属、突撃機動軍付きのニアーライトです。至急ご報告申し上げたいことが…」

 その逼迫した声色からギレンが上半身を起こすと、気配を感じさせることなくニアーライトはギレンの側に姿を現す。そしてニアーライトは一枚の写真をギレンに見せる。

「…………何だ…コレは?」

 手振れでボヤけて写っているモノを見て、ギレンは一気に覚醒する。

「本日0:38、首都バンチに所在する地球連邦軍サイド3駐屯基地本部で、キシリア・ザビ准将のコールドスリープ処置が行われました」

 そしてニアーライトはデータの記録媒体を、ギレンのナイトテーブルに置く。

「詳細はこちらに」

 そう言い残すや否や、ニアーライトは闇に隠れるように立ち去った。

 一人残されたギレンは、ニアーライトが置いていった記録媒体にある動画データを閲覧する。そして……

 

 ギレンは手近のグラスを叩き割った。

 

「これも想定の範囲内だったと…言わせはしないぞ……キシリア」

 

 即座にギレンは秘書のセシリアを呼び出し、サイド3を不在にしていたマ・クベ、キャスバル、ガルマ、ドズルを緊急に呼び戻すように命令した。

 全員が揃ったのは翌日の午後であった。

 

 白い医療用ガウンを纏ったキシリアは、丁寧に畳んだ軍服と手記を連邦士官に渡す。

『落ち着いてからでいい、服をザビ家に届けて欲しい。それと……これをゴップ中将に届けてくれ』

 余りにも落ち着いた様子を見た医官らが呆然としている中、キシリアは裸足で静かに歩く。そしてその先の冷凍睡眠装置のカプセルの中に、自ら身体を横たえた。

『就寝予定ではあったが、これでは相当長い眠りになりそうだ』

 軽口を言いつつキシリアは、静かに医官の処置を受ける。

『あと60秒で意識が消失します。何か言付けは?』

『…………後は頼む……』

 

 冷却装置の静かな唸り。

 装置の蓋が閉じる音。

 最後の眠る姿……

 

 キシリアが自主的に冷凍睡眠装置に入り、コールドスリープ処置を受けるまでの15分足らずの、ニアーライトが入手した記録映像を最後まで流した。

 誰も言葉を発さなかった。

 

 会議室の照明が付く。

 徐にキャスバルは口を開いた。

「……これはどう言うことか、ギレン総帥。なぜキシリアは、こんな真似を⁈」

 今にも掴み掛からんとするような怒りを抑えた声で、キャスバルはギレンに訊ねる。

「ジオンの正当性の説明と抗議のために、アスタロス制作総責任者としてキシリアは出頭した」

「婚約者である私に内密に? 総帥が命じたのではないのか⁈」

「キシリアの発案だ。このままでは連邦は我らをテロリストと喧騒する。それ防ぐためには、相手の要求を呑んで筋を通すのが…」

「なんで姉さんなんだよ! 今のアスタロス関係の責任者は僕じゃないかっ‼︎ キシリア姉さん……何で……」

 そこから先は言葉にならず、ガルマは体を震わせて俯いた。

「ギレン総帥は、今の映像のような処置がキシリア閣下に施される可能性を見越した上で、策に乗ったのですかな?」

「それは持ち上げすぎだ、マ少佐。仮にも軍団司令でザビ家の人間に対して、ここまでの強硬措置を即日やるような理性の欠片すら存在しない相手とは、幾ら私でも予想がつくわけなかろう」

「………確かに。最初から議論する価値なしと、交渉相手を問答無用で凍らせ黙らせるとは、文明的な我らとは思考が異なるようですな」

 淡々とマがそう返した直後、凄まじい音と振動と共に会議テーブルの一角が砕けた。

「………連邦の奴ら皆殺しにしてでも、姉貴を連れ戻すッ‼︎」

「ドズル待て。落ち着け」

「これが落ち着いてられるかッ‼︎ ギレン兄貴! 姉貴を見殺しにするのかッ⁈」

「そうではない。連邦軍に問い合わせた所『キシリア准将は拘束中』という回答だ。連中は内密に事を進めている」

「どういう事だ⁈」

「表向きは『尋問中』で通すつもりであろう。適当なタイミングで『釈放後に失踪』とでもすれば、『キシリアは逃亡した』と逆にジオン国民の支持を失う。それが連中の狙いだ」

 皆が言葉を失う中、ギレンはさらに話し続ける。

「感染症対策の失敗で各サイドが連邦に不満を抱いている。連邦寄りであったサイド1ですら、反乱の予兆があったほどにな」

「連邦はサイド1を潰して見せしめにしましたが、今度はコロニーの落下が起きた。ジオンに全ての責任を押し付けるつもりなのでしょう。スペースノイドを生贄にするのは、連邦が良くやる手だ」

 ギレンの言葉を引き継いだマの話を聞き、ガルマは青ざめる。

「そんな……めちゃくちゃだ………」

「軍から政府への報告など、書類の一枚でどうにでもなる。そして、それが公式記録となるのだ。下手にこちらが動けば、キシリアは直ぐにでも地球に送られるだろう」

「そうなれば……奪還は実質的に不可能になりますなあ」

 ギレンとマの言葉を聞き、ドズルは静かに席に座った。

「我らが情報を掴んでいる事を連邦に察知されるわけにはいかぬ。作戦が固まるまでは、本件について口外するな」

 

 ギレンの言葉を最後に、会議は解散となった。

 

 その夜、マは一人コレクションの茶器を手に取って眺めていた。

「……あの方が、連邦によって“冷凍物”に貶められるとは……」

 一度は抑え込んだ怒りが蘇る。そして片付けようとした茶器が棚の縁に当たり、そのまま床に落ちた。

 

 ぱりん。

 

 呆気なく割れた茶器を拾おうとした時、マはようやく手の震えに気づいた。

「マ・クベ様? 今、物音が……」

「入るなウラガン!」

 扉越しにウラガンが息を呑んだことに気づき、マは冷静さを装って口を開く。

「……私の不注意だ。私が片付けるから問題はない」

「……承知しました」

 ウラガンの足音が去ってから、マは割れた茶器の欠片を拾う。

「清水焼の花結晶の器……」

 昔キシリアと地球へ降りた時、彼女から金銭借用してまで購入した代物であることに気づいた。

「…………キシリア様……」

 割れた茶器を雫が静かに濡らした。

 

 5日後、ニアーライトから衝撃の報告が届く。

 

「キシリア・ザビを『永久保管』措置とする。10日後前後を目処に、低温生体安定格納庫を備えた特殊艦艇にて地球まで輸送。凍結保管地点の詳細は後日に指示……か」

 重苦しい空気の中、ギレンが淡々と内容を確認するように口にしたその時、無窓の会議室にノックが響き渡る。ギレンの秘書であるセシリアから、デギンとサスロが帰還したと告げられた。

 

「キシリアが自主的に地球連邦軍のサイド3駐屯基地本部に出頭後、今だに拘束されていることは各サイドにも伝わっている。連邦より先にドズルがサイド1の残存コロニーの食糧援助をした事もあり、我らジオンを中心としたサイド間の同盟ができる目処は立ったが……」

 片手で頭を押さえつつ、サスロが何とか冷静さを維持しようと努める。

「……愚かな……文明を誇っていた筈の連邦が……我が娘を『永久保管』だと⁈」

 デギンはそれ以上言葉を続けることができなかった。

「ギレン兄! 何故キシリアを止めなかった⁈」

「……他に有効な手立てがあったと? 世論は『今回の惨劇はジオンによるもの』と言う連邦の主張に傾きつつあったことは、各サイドの交渉に当たっていたお前がよく知っているのではないのか?」

「……確かに現状を打破できたことは認めよう。だが兄さん、連邦がキシリアを冷凍庫に放り込むと分かっていたのか?」

「キシリアがコールドスリープ処置を受けたのは、出頭から僅か15時間後だ。その時点で既に俺の想定外だ!」

 人前で口調を乱した事に気づき、サスロはギレンが精神的に追い込まれている事に漸く気づいた。

「ギレン兄さんもサスロ兄さんも落ち着いて下さい! 早くキシリア姉さんを助けないと…」

 ガルマの言葉の途中で、ドズルが会議室を出ようとする。

「おいドズル、どこへ……」

「止めるなサスロ兄貴! 今から殴り込みをして姉貴を奪還するッ‼︎」

「馬鹿な真似はよせ! 今動いたら世間はジオンが暴発したと……」

「つまり世論を味方に付ければ動ける…と言うことですか?」

 今まで黙っていたキャスバルが、徐に口を開く。

「サスロ内務大臣が戻られた今、世論を動かせますか?」

 尋ねてはいるが、実質命令であると理解した。

「…3日待て。それで場を整える」

 命令されるまでもなく、サスロは実行するつもりであった。

「……キシリア閣下の奪還には、一時的とは言え連邦軍の駐屯基地本部の制圧が必要でしょう。となれば、警備が分散する特殊艦艇の到着前後が狙い目かと」

 マが提示した具体案を聞き、ギレンは一度閉じた目を開き、決心したように口を開く。 

「連邦との開戦は避けられん。キシリアが戻り次第、ジオン公国の独立宣言…それでよろしいですかな、父上?」

 ジオン公国の摂政である父デギンにギレンは尋ねる。公国に移行してから、非常事態では公主キャスバル、摂政デギン、総帥ギレンの同意により、議会を通さずに国としての決定が可能となっていた。

「構わん。先に対話による解決を拒否したのは連邦政府の方だ。ここで行動せねば、連邦にとって不都合な者は全て、凍らせ“保存物”として倉庫に積まれ、歴史から消し去られるであろう。キシリアのように」

「決まりだ。キシリアの奪還後、我がジオン公国は地球連邦政府に独立を叩きつける」

 キャスバルの言葉を以て、ジオン公国としての方針は決まった。

 

 会議が解散となった中、まだ席に座っているマにキャスバルは歩み寄った。

「珍しいな。いつもより静かだったではないか? マ・クベ少佐」

「皆様おそろいの中、私ごときが口出しする場ではございません」

「怒りのあまり、何を言い出すか分からなかったからでは無いのか?」

 そう言いキャスバルはマの手を指差す。

「手が震えているぞ」

 端的に指摘されマは苦笑する。

「これはお見苦しいところを……」

「貴様の美学など、私には興味はない。だが、その文化人気取りの鍍金が剥がれる様を見るのは悪くはない。私の想像以上にお前はキシリアを……」

「敬愛する上官です。あれ程の御方を、連邦の展示棚に並べて晒し物にされる謂れなど、ある筈もありません」

 珍しく熱の籠った声でそう返し、マはキャスバルに敬礼を向けた後、会議室を後にした。

 

 会議室には、キャスバルとギレンの二人だけが残された。

 

「………この流れは、キシリアの読み通りか?」

 キャスバルはポツリと尋ねる。

「自身の出頭で他のサイドを含む世論はジオン側に傾く。開戦のタイミングは任せる……と」

「有利な条件での蜂起の火種になるためにあいつは……あの女は何故そこまで背負う…」

「何を他人事のように仰る? 貴方も背負うのですよ、公主殿下」

「……一つ条件がある。連邦からの独立後は公国から共和国へ戻す。この約定、決して違えぬと誓え」

「公主をお願いした時の約定は『貴方から公主の座を奪わない』のはずでしたが?」

「権力の固着化は碌なことを起こさない。連邦を見ればそれは明白だ」

「……良いでしょう。それでは当面、共闘ということで」

 そう言いギレンが差し出した手を、キャスバルは躊躇う事なく握ったのであった。

 





次回はお待ちかねのMS戦です。

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