キシリア・ザビ閣下は・・・   作:桐錠

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Q) 何で連邦はキシリアをコールドスリープ処置をしたのですか?

A) キシリアの語る正論を聞いて、連邦に疑問を持つ者や離反する者が続出する危険性があるからです。またバレた時に「精神衰弱による心身崩壊を防ぐ医療行為」と言い張るためでもあります。加えて自力で逃げられない、連れ出しも困難となります。処置されていなかったら、ニアーライトが調べにきた時点で救出可能でした。



30 キシリア様は象徴

 

 ………ここは?

 

 雪が舞い降り、青白い光を乱反射させるも、地面に落ちる前に雫も残さず消え去る世界。

 

「ああそうか……コールドスリープでは、このような夢をみるのか…」

 

 自分が置かれている状況を思い出した私キシリアは、ただただ舞い落ちる雪を眺める。ここ最近は思考の連続で、何も考えずに風景を眺めるのは、ずいぶんと久しぶりに思えた。

 

「いつまで景色を見ているのかね?」

 

 背後から思念が伝わり振り返ると、一人の男が中国茶の準備を進めていた。年齢はわからない。その者は、三種類の茶をそれぞれ小さな茶器に注いで、私を手招きした。

 

「いやはや……同じ身の上同士だ。共に茶を飲まないかね?」

「……貴方もコールドスリープを?」

「こう見えても高齢でね…延命措置だ。今まで独りだったものでねえ…話し相手でもしてくれんか?」

「他にコールドスリープ処置を受けている人は居ないと?」

「いや……同じ“視点”を持つ者がいないだけ。サイアムも処置を受けているが、ここでは会えていない。つまりはそういうことであろう…」

 酷い孤独を滲ませていたことから、私は同席することにする。

「それにしても〈君〉は変わらないね…その決断で、どれほどの者達を傷つけた?」

 席に座った途端、男は深い溜息と共にそんなことを口にする。

「以前私と会ったことが?」

「君とは無いよ。まあ…忘れて貰って構わない。どうせ目覚めればここでの記憶は、淡雪が溶けるように消えるからね」

「目覚め……ですか。当分は難しいでしょうね。50年くらいは此処に居座るかも…」

「君はそれでいいのかい?」

「布石は全て置きましたからね。後は皆がいれば大丈夫ですよ」

 

「その中に君が居なくてもいいのかね?」

 

 ********

 

 サイド3「ジオン公国」、首都バンチ。

 コロニーの宇宙港に隣接した立地に、地球連邦軍サイド3駐屯基地本部が所在している。艦隊や兵士の大半は、首都バンチ近くのガーディアンバンチに配置されているが、基地司令など上層部と護衛の兵士がこの本部に所在していた。普段は民間人は居てもまばらであるが、ここ1週間は違った。

 

 駐屯基地本部に拘束されているキシリア・ザビを解放するよう訴えるデモ隊が、数日前から押し寄せるようになっていたのだ。

 段幕だけではなく拡声器も使用していることから、駐屯基地に居る連邦軍兵士たちはうんざりしていた。

『連邦の行為はぁ……著しく人権を損なうものでありぃ…』

 副司令が忌々しそうに窓を閉めて騒音を追い出したところ、バスク少佐が持ってきた報告を見ていた司令が声を上げた。

「ジオンが艦隊を動かした⁈」

「はい。ルナツー近くで大規模演習を行うとかで…」

「そうやって圧力をかけることしか芸のない私兵艦隊さ」

 軽く流そうとした副司令に、バスクは食い下がる。

「まさかとは思いますが……キシリアを奪還なんてことは……」

「ありえんよ。向こうの情報部は最近になってようやく探り始めた様子だが、もう遅い」

「やはり、もう少し哨戒を増やした方がいいのでは…」

「そうは言うがバスク少佐、“特別生体貨物”の輸送作戦の安全確保で手一杯なのが現状だ」

「輸送が終われば『キシリアは工作員の助けで逃走後に行方不明』と声明を出して、一件落着だ」

「分かっていると思うが今回の処置が表沙汰になれば、我々全員が議会に吊るされる。まあ、最悪そうなった場合は『尋問中の不幸な事故』にするだけの話だが」

「…………」

「現状はあまり刺激させたくはない。故に輸送作戦は最優先事項だ。そこを間違えるな」

 副司令、司令ともに言われ、バスクは黙るより他になかった。なぜなら3日後の2:00に、地球へ向けた“永久保管措置予定個体:キシリア・ザビ”の輸送作戦が実行されるからである。

 

 3日後の 1:15。

 地球連邦軍サイド3駐屯基地本部。

 “特別生体貨物”の輸送作戦の開始に向けて、連邦兵たちは警戒を強めている。ただ、ジオン側は此方の動きを察している可能性は低い上、何かあれば近くのガーディアンバンチから応援を呼べることから、どことなく緩い空気が司令塔の中に漂っていた。

「ん?」

「どうした?」

 突然声を上げたレーダーを観測していた同僚に声を掛ける。

「いや……何か一瞬乱れたようだが……」

 一方でコロニー外壁、地球連邦軍サイド3駐屯基地が効果範囲内に入る位置で、高機動型通信特化に設計されたMSのヅダが潜んでいた。

「熱源センサーと赤外線センサーへ干渉…レーダーの掌握は完了。ガーディアンバンチへの通信を遮断…あとは基地内をスキャンして…」

 そう呟き操作を進める者…キャスバルに似た容姿だが、その瞳の色は鳶色。シャア・アズナブル中尉であった。

「ミノフスキー粒子が一番楽なんだが、それは次にとっておくさ。今日は正攻法の電子戦。裏方は影武者の僕がやりますから、キシリア閣下は任せましたよキャスバル様」

 

 コロニーの中央は無重力であることは周知の事実である。そこを静かに慣性移動するMSが7機。

 閉鎖性コロニーであることから、深夜ではその影すらも目視することは困難である中、7機のMSの内4機は駐屯基地本部のゲートがある上空で待機し、残り3機は司令塔の上空で待機する。

 司令塔の周辺に赤いMS1機…ルナ・ライン研究所のテム・レイが設計したキャスバル専用機「ガンダム」を残し、残り2機…紅のザクⅡ-R2と蒼色のドム・キャノンが散開する。

 

『聞こえるか? こちらガルマ。シャア中尉から送られてきた、基地内のスキャンデータを送る』

『了解。アルファは配置完了』

『ベータも配置完了』

 

「作戦開始だ。ラル大佐!」

『はっ!』

 赤いガンダムに搭乗しているキャスバルが命じると、了承の返事と共にドム・キャノンの重砲が火を吹いた。

 そしてシャアから送られてきた基地内のデータをもとに、ランバは次々と基地の防衛機構を沈黙させていく。

『対空防御はあらかた潰した。キャスバル様!』

「ジョニー大尉!」

『了解‼︎』

 赤いガンダムと紅のザクⅡ-R2が、同時に駐屯基地に降り立つ。

 ジョニーが乗る紅のザクⅡ-R2が点在している電波塔を潰していき、そして宿舎の建物へと向かう。同時にキャスバルは、司令塔の電波塔を潰し、通信施設を破壊していく。

「私の婚約者は返して貰おう‼︎」

 司令塔から慌てて退避しようとする連邦兵を逃がさないように脱出ルートを潰しつつ、キャスバルは静かに命令を下す。

 

「マ・クベ、吶喊だ」

『仰せのままに』

 

 一方で連邦軍駐屯基地本部、正面ゲート前。

 キャスバルらが司令塔を襲撃したタイミング…ラルの放った重砲の着弾を合図に、3機のドムがゲート正面に降り立った。

『マッシュ!』

『おう‼︎』

 ガイアから名を呼ばれるや否や、マッシュのドム・キャノンの重砲が火を吹いてゲートを吹き飛ばす。直後ゲート近くに控えていた、連邦のガンタンクが火を吹くが、最前列に居たオルテガの重装仕様ドムが難なく防ぎ、その隙にガイアが距離を詰めてヒートロッドを叩きつけて、ガンタンクを沈黙させた。

 そしてガイアら通称「黒い三連星」は、次々とゲート付近の防御機構を崩していく。続いてアンリ・シュレッサーが率いる歩兵が突撃しようとするが、遠距離から狙撃されて歩みを止める。しかしそれも束の間、宇宙港近くで待機していたゲールのドム・キャノンが、連邦の狙撃部隊を沈黙させた。

 

『こちらガルマ。奪還対象の現在位置を特定! 各ルートの情報を送る‼︎』

 その時、ガルマが搭乗する高機動型通信ヅダに地対空砲が放たれる。

『おっと……』

 制作初期にエンジン暴走と機体の脆弱性が指摘されていたMSのヅダ。新素材であるガンダリウムβを使用した機体。メイ・カーウィンの作成した制御OSで振動共鳴の回避及び機体のG負荷を軽減し、自動安全制御を強化。加えてルナ・ライン研究所のモスク・ハンの助言で追加された冷却補助機構により安全性は向上。その結果、ヅダは機動性と持続性に優れた機体に生まれ変わった。

 砲撃を鮮やかに回避した直後、ラルが最後の地対空砲を破壊した。その様子を見つつ、ガルマは冷や汗を拭いた。

「怪我なんかしたら、キシリア姉さんに心配されるからな……絶対……取り返して見せる‼︎」

 

 一方で突然の襲撃により通信が遮断され指揮系統が混乱する中、連邦軍のバスクはどうにか特殊艦艇を出港させようと手を打っていた。コールドスリープ状態のキシリアが納められた冷凍睡眠装置は、装置の外装保管庫ごと特殊艦艇内の低温生体安定格納庫への収納を終えている。そして特殊艦艇の艦橋で出港準備を始めた時に、襲撃を受けたのだ。

「熱源確認…これは……」

 監視の連邦兵が詳細を確認する前に、特殊艦艇に振動が走る。

「っ⁈」

 バスクが目にしたのは、特殊艦艇を抑え込むように掴んでいる、藤色と銀色の鉄の巨人……マ・クベ専用MS「ギャン」の姿であった。そしてその背後には、もう一機のMS…シーマのザクⅡ-F2が宇宙港の出入り口を完全に抑えていた。

 直後、特殊艦艇の艦内へアンリが率いる歩兵が雪崩れ込み、特殊艦艇内の連邦兵は無力化されたのであった。

 

 マが率いるMS部隊に囲まれつつ、特殊艦艇は出港して宇宙空間を進む。程なくキャスバルのガンダムが接舷し、マのギャンが低温生体安定格納庫の扉を開く。侵入したキャスバルのガンダムは、キシリアの冷凍睡眠装置を収納している外装保管庫を、ガンダムのジェネレータに繋ぎ直して輸送を開始した。

 演習から一足先に戻った大型戦艦「グワラン」が付近で待機しており、シン・マツナガとアナベル・ガトーのザクⅡ-R2の誘導で、グワランの改装された特別格納庫…大型ジェネレータが完備された低温生体安定格納庫へと、外装保管庫ごと積み込んだ。

 

 キャスバルらジオン軍が、連邦軍の駐屯基地本部を制圧した時間はわずか48分。

 通信施設を軒並み破壊されていたことから、サイド3のガーディアンバンチ並びに地球の地球連邦軍本部へ報告が届いたのは、キャスバルらが撤収した8時間後のことであった。

 

 ドズルの乗艦であるグワラン。

 格納庫の一部を特別に改造して作られた低温生体安定格納庫。そこに収められたキシリアが入っている外装保管庫だが、その電子錠を開けることができず内部の確認ができない状態に陥っていた。

「累計5回誤った番号を入れたら、保管庫内部の冷却維持装置が強制停止する仕組みか……暗号解析機は?」

「それが…侵入兆候でも同様の事態になるようでして…」

 その時マは、電子錠の裏の隙間に何か紙が挟まっているのを見つけた。それを引き出して中を改めると、“12桁の番号”と“短い文”が記されていた。

 “宇宙線曝露症治療薬で放射線障害から救われた過去の精算とする”

「放射線障害……サイド3駐屯基地勤務の連邦士官、バスク・オムでしょうな」

 ニアーライトが集めた情報と電子錠の番号を知る立場にある人物と言う点から予測し、マはキャスバルに紙を渡す。

 判断はキャスバルに委ねるという事であろう。

 意を決したキャスバルは、紙に書かれていた数字を電子錠に入力した。

 

 カチリ。

 

 電子錠が解除されて外装保管庫の扉がようやく開き、マ・クベ、キャスバル、ガルマ、ドズルが中を確認するために前へ進み、ランバ、ジョニー、シーマ、ゲール、ガイアは少し離れたところで見守っていたが…

 

「っ‼︎」

 

 全員が目にした冷凍睡眠装置の中のキシリア……ガラスの棺に納められたと言っても過言でもない姿は、生命の気配を全く感じさせず、繊細な氷の彫像……“芸術品”と化していた。

 

 キャスバルはサンバイザーを外して凝視したまま、身体が崩れ落ちないように扉の縁にしがみついた。ドズルが一歩踏み出そうとするが、無意識に立ち止まる。ガルマは涙を浮かべたまま、そこから一歩も動けなくなった。

 彼ら3人が立ちすくみ誰もが近づけない中、マは一人キシリアが眠る冷凍睡眠装置に近づいた。

 

 断熱ガスを封入した三重構造の特殊ガラスに囲われて横たわっているキシリア。生気を失った白磁の肌表面にはうっすらと透明な氷が覆い、容器の中を舞う微小な氷の結晶が青い光を放ち幻想的に照らしていた。

 マは近づき、膝を床に着けてキシリアを見る。

 微笑を浮かべたような穏やかな表情で、睫毛や髪の一本一本が精巧に作られた彫像のようにも見える。

 右下のモニターが示す微弱な脳波のみが、キシリアの命が辛うじて繋がっていることを証明していた。

「………美しい…理念そのものです………完璧だ……」

 ガラスに触れようとした手を止め、マは静かに項垂れた。

 

「…………申し訳ございません…キシリア様…」

 

 暫くした後にマは立ち上がり、後ろの方に居たシーマ達に声をかける。

「速やかにフラナガン医療センターへ搬送する必要がある。サイド6到着まで、その準備に取り掛かれ!」

 





次話以降、少しずつ感想に返信できればと思います。
第三章も残り2話ですので、よろしくお願いします。

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