キシリア・ザビ閣下は・・・   作:桐錠

31 / 76

感想ありがとうございます。
3桁に至ってますが、ぼちぼち返していければと思います。

また、アンケートありがとうございます。
第四章以降を書き進めたいと思います。



31 キシリア様は果報者

 

 雪が舞い降り、青白い光を乱反射させるも、地面に落ちる前に雫も残さず消え去る世界。

 

 私キシリアはこの不思議な世界で、男と茶を飲み交わしている。

「最近は娘が反抗するようになって困る。最終的に私の判断には従っていたが…」

 私が静かに茶を飲む中で、男は一方的に話を続けていた。

「新薬の密造コロニーを廃棄することは、流石に渋っていたね。『販路を作ったのに契約が白紙になると、マーサに嫌味を言われるのは私だから困る』とね……」

 その言葉を聞き、私は思わず立ち上がる。

「貴方が……黒幕なのか?」

「ふふふ……そうだね、いつも〈君〉はそうだ。はっきり言ってくれる」

 そう言い男は席を立つ。

「さて、そろそろお開きかね…」

「お開き? それはどういう……」

「娘がね……“端末”候補を連れてきてくれてね。3つの内2つは有力だそうだ。ならば直接確かめなければならぬ」

 そういうや否や、男は粉雪と化しサラサラとその身を崩して消え去った。

 

 一人残された私は、いつの間にか雪が止んでいることに気付いた。

 そしてそれと同時に、我が身も雪と化して静かに崩れていった。

 

(脳波に変化が……)

 

(……自発呼吸再開)

 

 なんだか怠い……一体何が?

 

 何とか片目だけ瞼を開く。

「キシリア様‼︎」

 泣きそうな表情を浮かべた、アルテイシアの顔が見えた。

 しかし、どうしようもなく眠い……

 

 私は再び眠りに落ちた。

 

 再び目覚めた時、私の視界に入ったのは白い天井。消毒薬の微かな匂いから、病院であることは分かった。

 

 ………目覚めたのか?

 

 視線を横にずらすと、丁度一人の男が入室してきたところであった。

 紫の癖っ毛に、少し陰気な雰囲気を纏った鋭い目の男。視線が合うと大きく目を見開き歩み寄って来た。

「お目覚めですか…キシリア閣下!」

 

 ああ……似ている。表情だけではなくてその声も……

 しかし、本人である筈はない。

 30年? 40年? それ以上経過した可能性が高い。

 だから、私が最後に見たマと変わらぬ姿を持つこの男は…

 

「マ・クベ……の息子か?」

 

 私の言葉を聞き、男は一瞬静止する。

 息子でないとすると孫か? それとも他人の空似?

「……違います。本人です」

「本人?」

「はい」

 マ・クベが変わらず側に居ると言うことは……

「私は……皆がいる時間に目覚められたのか……」

 

 皆と共に過ごす時間を諦めなくていいのか……

「…良かった……」

 

 だから…この言葉だけは……今言わなければ…

「……礼を………言わせてほしい」

 

「キシリア……様……」

 辛うじて絞り出すように私の名を口にしたマは、何度も頷きつつ俯く。床に落ちる雫は、私は見ないふりをした。

 

「それにしても随分早かった。何年経ちましたか?」

「一ヶ月です」

 ………………一カ月?

「一ヶ月で独立したのか?」

「違います。これからです」

「……ここは地球では?」

「いえ、フラナガン医療センターです。地球に送られる前に、キシリア様を奪還しました」

 マの言葉を聞き私は混乱する。

 それはつまり……

「……私の奪還を優先させたのか⁈ それより先にやるべきことが…」

「いえ、キシリア様の奪還が最優先。それだけは一致した意見でした」

「……あのギレン兄がか?」

「ギレン総帥もです」

 そう言いマが向けた視線の先には、一輪の白薔薇が生けてある花瓶があった。

「あの薔薇は……兄上が?」

「はい、総帥の薔薇園の花だそうです」

「花瓶はお前が?」

「はい……よくお分かりで」

 旧世紀の景徳鎮の白磁をあっさり使うのは流石にどうかと思う。そういえばマの部屋の訪問時に出される紅茶は、無駄に良い茶器ばかりだったと思い出す。私をもてなそうとするのは嬉しいが、気を使うので程々の茶器を使用して欲しい。

「そう言えば、以前地球で私に立て替えを願ってまでお前が買った茶器……清水焼の花結晶の器。あれは中々の逸品でしたね」

「実は……先日、不注意で割ってしまって…」

「お前にしては珍しい」

「はい。申し訳ございません…」

「割れた破片は? 残っているのであれば金継ぎ職人を紹介するのも吝かでないが」

「金継ぎ……」

「割れても直せばいい。直した箇所がまた、良い味わいを出してくれるでしょう」

「………はい…ありがとうございます」

 

 病院棟にはキャスバルも居るらしく、仮眠を取っている彼を呼びに行ってくるとマは席を外す。程なく、金髪碧眼の婚約者殿が訪れて来た。

「……顔つきが変わられましたね」

「貴女が不在中、あまりにも色々とあったからな」

 そう言いつつ、キャスバルはベッド脇の椅子に座る。

「サイド6へ行くよう指示を出したのは、私が貴女の行動を狭める可能性があったからか?」

「はい」

「ジオン内部を団結させ、他のサイドの世論をも味方につけ、有利な状況を作り出すために貴女は出頭した」

「正直、それ以外に策はありませんでした。そこまで追い込まれていたのですよ」

 少しでも出頭が遅れていれば、連邦側の恫喝が先に起きていただろう。恫喝の後で出頭となれば、こちらの正当性は著しく損なわれる。地球へコロニーを落とした報復と言う大義の下で、連邦政府がジオンを滅ぼす下地が完成してしまう瀬戸際だったのだ。

 冗談ではない。それでは前世の情報通りの展開ではないか!

 それを回避するための10年近くが無駄だったと突きつける世界に、私は一矢報いたかった。

「そうだとしても相談して欲しかった。いや……あの時の私はまだ、責任を負う覚悟はできていなかった。己が判断で消える命を背負う覚悟…その責任が伸し掛かる事実ですら目を背けていた事を、貴女は見抜いていた」

「そこまで理解した上で貴方は選択したのですね。ジオン公国の公主として生きることを」

 ジオン公国公主となった後も身に付けなかった公主徽章が、今キャスバルの胸元で存在を示していた。

「ジオンが独立するまでと言う限定付きだがね。ギレンと交渉してそうなった」

 キャスバルの言葉を聞き、私は少し驚く。こちらが提示することなく、自身で選択肢を見出せるほど、彼は成長を遂げたのだ。

「…私が連邦へ出頭したのは、この結果を引き起こすことが目的だったのです。つまりキャスバル様、貴方も利用した事になります」

「そうだとしても、結論を出したのは私だ。それに…貴方の行動は命懸けであった。非難などできるはずなかろう」

 そういうキャスバルは、私の手の上に自身の手を重ねる。

「ありがとう……帰ってきてくれて」

「お礼を言うのは此方の方です。また会えて、本当に良かった」

 

「一つ訊ねる。永久保管は想定済みだったか?」

 

 キャスバルとの面会後、アルテイシアが持ってきてくれた白湯を飲んでいた時に、兄ギレンが面会に来た。気を利かせてアルテイシアが席を外すや否や、ギレンはそう尋ねてきたのだ。

「想定はしていました。ただし、最悪の事態という位置付けでした」

「最悪の事態を考慮した上で、出頭したのか?」

「他にあの局面をひっくり返す方法はありましたか?」

「………そうだな」

 即答せず、沈黙を持った返答するギレン。その目に一瞬迷いのような陰が浮かび、私は違和感を感じる。

「兄上?」

 私の問いかけに答えることなくギレンは静かに近づき、私の頭の上に軽く手を置いた。

「今は養生に専念しろ」

 そう言い残し、ギレンは足早に部屋を立ち去った。

 前世の情報と比較して明らかに逸脱したギレンの行動に混乱して、私はただ呆然とするしかなかった。

 

「本当は……あまり見せたくないんだけどね…」

 

 ゼリー食を食べ終えた私のもとに、ドズルと共に面会に来たガルマは挨拶の後にそう言い、私に端末を見せてきた。

 流された映像の中には、特殊ガラスに囲われて横たわっている、コールドスリープ状態の私がいた。

 そこに近づこうとして躊躇するキャスバルにドズル、ガルマ。その中でただ一人側まで歩み寄り様子を改めるマ。眠る私に対して語りかけ、膝をつき項垂れる姿に心が痛んだ。

「二人とも……泣いたのか?」

「いや……俺は……」

「泣いてたじゃないか、ドズル兄さん」

「お前が真っ先に泣くからそれに釣られて…」

「それはすまなかった…この時の私の姿を見るのは、耐え難かったでしょう…」

 身内が凍結標本にされた姿を突きつけられるようなものだ。ガルマもそうだが、キャスバルに対しても情操教育に悪い物を見せてしまったようだ…

「違う! そうじゃない‼︎ 確かに姉さんのあの姿を見るのは辛かったけど…全部背負ってあんな目に遭った事がずっと哀しくて辛かった…」

 そう言いガルマは顔を背けるが、ボロボロと泣いている姿はしっかり見えてしまった。

「アスタロスの責任者は僕だ…姉さんは僕を庇って……それが悔しくて…」

「アスタロスの責任者であるお前は、随分と研究を進めてくれている。だからお前を残したかった。此方の製薬研究の鈍化もまた、連邦の狙いの一つであるなら尚のこと…」

「そう言う話じゃねえッ‼︎」

 持っていた端末に亀裂を入れつつ、ドズルが怒鳴る。

「家族なんだぞッ! 何で相談しなかったッ⁈ 俺とガルマを演習とか言って、追い出した隙に居なくなりやがって…氷漬けになって……」

 言葉を止めドズルは俯き身体を震わせた。

 

 そうか……私自身が辛い目に遭ったことに対して傷ついたのか…

 

 私はドズルに右手を伸ばし、そして左手を隣に座っているガルマの頭に伸ばして、ゆっくりと撫でる。

「心配かけたな…ありがとう。私は何も知らないまま、眠り続けるところだった」

 二人の嗚咽が収まるまで私は撫で続けた。

 

 夜中、気配を感じた私は目を覚ました。

「起こしてしまったか…」

 申し訳なさそうな声がした方へ視線を向けると、兄サスロと父デギンの姿があった。

「そのままで良い」

 そう制されたが私は上半身を起こす。それと同時に、デギンはサスロの補助でベッド近くの椅子に座った。

「様子を見て帰るつもりだったのだが…」

 そう言うサスロの目の下に見える隈の存在を私はすぐに気づいた。

「……ご負担をおかけしました、サスロ兄上」

「いや……何もできなかった。広報部の独自ルートで情報の拡散を試みたが、設立10年程度では太刀打ち出来んな。全て検閲にかかって消されてしまった」

 一般人が閲覧可能なデータは全て、地球連邦政府が一括管理する情報統制システムが、半世紀以上に渡って維持されていた。

「こちらが“真実”を出す前に、“虚構”が事実となっていた。『嘘でも先に出せ』『質より量と頻度』情報戦の鉄則を痛感した」

 苦々しくそう言うサスロの言葉から、サイド3内はともかく、他のサイドに跨る情報戦が不利な現状が理解できた。

「今回の件、ドズルやガルマはともかく、ギレン兄さんまで動揺するとは思わなかったぞ…」

「ギレン兄上が?」

「コールドスリープ処置など常軌を逸している」

 今だに怒りが再燃するらしく、サスロは腕を組んで黙り込んだ。

「尋問にはレビルも居たのか?」

「はい。通信機越しでの尋問でした」

「愚かな……誇り高き軍人であったはずが…」

 デギンは失望するような声で呟くように言った。

「……恨んでおらぬのか?」

「連邦側の事情も分からなくもありません」

 民の不満を外敵に逸らすのは常套手段。

 今までそうやって隠蔽し、スペースノイドに責任を擦りつけてきたのであろう。それに対して疑問を抱いた個人の良心は、組織が押し潰してしまう。性善説を元に構築された構造上、連邦政府自体の自浄作用は乏しい。歪みが蓄積した末期と言えた。

 

 今回発生した、サイド1の攻撃とコロニーの落下。

 それらの責任の押し付け合いが全ての発端。こちらが引けばジオンはテロ国家として滅ぼされ、連邦側が引けば内乱勃発の秒読み開始。

 私のコールドスリープ処置自体が、連邦側が追い込まれていた証左であって…

 

「そうではないっ‼︎」

 

 次の瞬間、父デギンは私を抱きしめていた。

 一瞬何が起きたか分からずサスロに視線を向けて助けを求めるが、サスロは無言で席を外してしまった。

「……父上?」

「…儂を……恨んでいるのではないか?」

「一体何を……」

 そこで私は前世の記憶を得る前の自分を思い返す。

 自分は……父からの信頼が欲しかった。

 しかし武官上がりのザビ家、それ以前に男性優位のジオンでは、女の身である私は性差だけで軽んじられてきた。

 だから権力を欲した。

 自分を見てくれるように…そう、ただ父に愛されたかったのだ。それが、前世の情報から分析して理解した権力欲の原因。父とはいえ結局は人だからと完璧を求めず、愛を求めることをいつしか諦めていた。

 

 それが今満たされた。

 

 まだ力が入りにくいが、何とかデギンの背に手を回す。

「ありがとうございます、父上。私を愛してくれて」

 私の言葉に返すことなく、デギンは腕の力を強めて、暫くした後に静かに私を解放し、病室を後にしたのであった。

 

 ********

 

 宇宙世紀0079年1月3日。

 

 真紅の礼服の左胸に金色の公主徽章を付け、漆黒のマントを纏うキャスバル。彼の側に控えるように並び立つ、紫の軍服正装姿のキシリア。その二人のもとへ、金の装飾が施された漆黒の軍服正装姿のギレンが歩み寄った。

 

「キャスバル殿下、檄は貴方が飛ばしますか?」

 ギレンが尋ねると、キャスバルは首を左右に振る。

「いや、ギレン総帥に任せる。私はそれを承認しよう」

「承知しました。公主陛下」

 そしてギレンとキャスバル、キシリアは、ズムシティ公王庁のテラスへと足を運んだ。

 

 ジオン公国の国民…いや、栄誉あるスペースノイド一人ひとりに問いたい!

 

 地球連邦政府は、地球の資源と恩恵を独占すべく、我らが祖父母、父母に宇宙移民を強制し、その命と尊厳を無視し続けてきた。

 そして宇宙の民が地球を見守り、地球を人間発祥の聖地とすべきこの時代に至ってもなお、連邦政府と言う名の旧世代の遺物は地球を離れる事を拒み、今だに宇宙の民たる我らを管理支配し続けている。

 にも関わらず諸君らは、地球連邦軍の物量と強権の前に、“屈服も致し方なし”と、諦念を抱いているのではなかろうか?

 

 本日、我らは歴史的選択を迫られている。

 

 我が妹、キシリア・ザビ准将は、和平と責任のためにその身を投げ出し、我らが宇宙の民の理念を護るべく、連邦政府の抱える矛盾を曝け出した。

 疫病の猛威、コロニー落下という未曽有の悲劇は全て、連邦政府の怠慢によるものであることは明白である。しかし連邦政府は、それに対して反省を示さぬばかりか我らに責任を被せ、正論をもって真実を訴えた我が妹を拘束し、あろうことか「永久保管」の名目で氷の棺に封じ、歴史の中に埋葬しようとしたのだ!

 

 これは単なる悲劇ではない! スペースノイドすべての、否、宇宙に生きる全人類に対する侮辱である‼︎

 

 今一度問う。

 地球連邦とは、何者か?

 

 人類の秩序の守護者か?

 旧世代の遺物が執着する、既得権益を保証する機構か?

 此度の蛮行を目にした諸君らであれば、正しい答えが分かるはずだ!

 

 我々は、自立した人類の理性と未来を託された主権国家として、理念と意思を掲げ、今正義と共に立ち上がる!

 

 ジオン公国公主、キャスバル・レム・ダイクンの名の下、我らは今日をもって、地球連邦政府からの完全なる独立を宣言する‼︎

 

 ジオン公国に栄光あれ!

 人類に正義と未来あれ‼︎

 





次話で第三章終幕です。

あなたが好きなキャラクターは?

  • キシリア・ザビ
  • マ・クベ
  • キャスバル・レム・ダイクン
  • ギレン・ザビ
  • サスロ・ザビ
  • ドズル・ザビ
  • ガルマ・ザビ
  • ランバ・ラル
  • その他
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。