キシリア・ザビ閣下は・・・   作:桐錠

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いつも感想、誤字修正ありがとうございます。
第二部は慎重に書き進めたいですので、週1〜2更新になるかと思います(汗)。



35. キシリア様は裁定者

 

『急に連絡とは珍しいな?』

 

 通信機のモニターに映っている、サスロが開口真っ先にそう告げる。その後ろに座っているギレンもまた、警戒するような表情でこちらを見ている。

 今の私は、相当厳しい表情をしているのであろう。

「ルナ・ライン先端技術研究所のカイル所長から連絡がありました。監視していた研究員、クルスト・モーゼスが連邦軍に亡命したとのことです」

 サイド6にある研究所は中立ではあるが、私はあえて“亡命”と言う言葉を使った。

『監視……と言うと?』

「規律違反です。危険性が高く申請時点で却下した研究を無断で行い事故を起こしました。以降は他の研究者のデータ整理と解析のみに従事しておりましたが……MS関係の情報を連邦に持ち出した可能性が高いと判明しました」

 機密情報の漏洩となると、移籍ではなくて亡命と判定するしかない。加えてモーゼスは辞表も退職届も出しておらず、長期休暇申請で不在を誤魔化し、レビル奪還作戦関係による宙域の混乱に乗じてサイド6を脱出していた。完全に確信犯であった。

 加えて情報の抜き取りも巧妙であった。他研究者からデータのまとめを頼まれた時、「記録媒体を誤ってフォーマットしたから、もう一度データが欲しい」と、実質はモーゼスが用意した同製品の記録媒体へとデータをコピーさせたのだ。

 今は製品番号と使用者の紐付けを厳命させているが、はっきり言って「やられた」としか言いようがない。

『……で、漏洩した内容は』

「ガンダムの廉価量産機MS“ジム”の仕様書と設計図。試作後に没案となった旧データです」

『ハイエンドの機体データでないだけマシではあるが…』

『そう考えるのは危険だ。これを足がかりに、連邦軍は研究を始めるだろう』

 楽観視するサスロを嗜めるようにギレンはそう言うが、今回はそれ以上の懸念がある。それは…

「モーゼスは“EXAMシステム”の開発者です」

『EXAMシステム……ああ、特殊な感性を持つ“ニュータイプ”の兵が巻き込まれた事件のアレか』

 フラナガン医療センターの研究棟で起きた、マリオンの精神が取り込まれた事故は報告済みである。それ以前にニュータイプの存在についても、ギレンとサスロには早い段階から報告していた。

 前世の記憶由来の情報では、ギレンは民を纏めるプロパガンダとしてジオニズムを利用していた。そこで記載されている“宇宙に適応した新人類”と“ニュータイプ”を同義とし…平たく言えば政治利用していた。それゆえに、ニュータイプの存在を最も眉唾扱いをしていたのがギレンだった。しかし…

『確か事故に巻き込まれたのは、突撃機動軍所属のマリオン・ウェルチ特務少尉であったか…Type-Fと聞いているが』

 ニュータイプを心療内科診断で見つかった特異能力を持つ“人間”と定義し、学術的な分類を確立したことから、ギレンはあっさりと実在を理解していた。

 ちなみに“特務少尉”とは、フラナガン医療センター等でニュータイプの素質を見つけた者…特に未成年を、能力の制御訓練を受けさせる目的で保護するため、私キシリアが司令を務める突撃機動軍に設けたものである。

 そんな彼女を無断で、無許可の研究に協力させていたのだ。クルスト・モーゼスという男は。

 湧き上がる怒り抑えつつ、私は一番警告したかった事を口にする。

 

「モーゼスはEXAMシステムを利用し、最終的には無人MSの開発を目指していたという事です」

 

 ギレンとサスロとの通信を終え、執務室に戻ってきた私に、参謀のデラーズは紅茶を出してくれる。彼はマ・クベと違い、常識の範囲内の市販品のティーカップに淹れてくれるから気を使わずに味を楽しめる。

 一度でカップの半量を飲み干す私に様子を見て、デラーズは少し眉を寄せる。

「閣下、何か問題が?」

「……こちらの不備を報告して神経を削ったまでだ。私自身の手で挽回する事を伝えた」

 モーゼスの後始末。私自身の手で決着をつける事について、ギレン総帥から承諾の言質を取るには取ったが…

「……儘ならぬものだな」

「何がでしょうか?」

「個人の心に悪意が潜む段階…つまり悪事が表面化する“前”の段階では、対処できないと言う事だ。事後で動く故に後手に回る」

 今回のモーゼスの件然り、アスタロス事件のアサクラ然り…

 確かに彼らについては、前世由来の情報から人格的に問題がある可能性は考えられた。しかし前世の情報で「下衆だった」からと言って、この世界でも同様であると断定することはできない。環境の変化が、行動や人格に影響することは明白なのだから。

 だから前世の情報は、あくまでも他の世界の失敗例に過ぎず、事件が起きる発生条件を精査するための材料でしかない。判定を下す根拠にはなり得ないのだ。

「動く可能性はあるが、まだ動いていない…証拠が不明瞭な状態では、処分まで踏み切ることはできない」

 制度の整備と人材の適切な配置で、自身にとって好ましくない事象が発生する要素を潰してきた。問題を未然に防ぐ体制を苦心して作り上げたのだが、この方法には大きな欠点があった。

 それは”未遂“では対処出来ない事だ。

「しかし冤罪を防ぐには妥当な方法かと」

「デラーズの言う通り。しかし現状の方法では、把握しきれない悪意で制度の隙を突かれた時に、対処ができぬのだ」

 今回の件はその限界を浮き彫りにした。モーゼスとジャミトフという最凶タッグに完敗した形だ。

「……地球で情報を集めるよう、ニアーライトに伝えます」

「頼む」

「予定以外でグラナダを出ないで下さい」

「先ほど兄達にも釘を刺された……連邦軍内部で分裂の兆しがあるそうだな」

「ジャミトフが少将へ昇格しました。少なくともレビル派とジャミトフ派は分かれるかと」

 ジャミトフは連邦軍で昇進した理由の裏に、どんな成果があるかなど考えずとも分かる。やはりMSの情報は、ジャミトフに渡ったと言うことだ。

「ジャミトフ派の動きが活発化しております。くれぐれも用心も」

「…用心も何も多忙で、執務室と備え付けの通信室と仮眠室しか出入りしていない」

 執務室を出る機会と言えば、視察関係の業務を除けば、健康維持のために通っている週末のトレーニングルームが精々である。

 いい加減、仮眠室のシャワーでは無くて湯船に浸かりたい…

「月に温泉はあるか?」

「……お疲れのようですね。次回のトレーニングの後、ジャグジーバスの利用を手配しますか?」

「………その提案は早く聞きたかった。次回以降は毎回頼む」

 次の週末が少し楽しみになった。

 

「お久しぶりですね。ギニアス少将」

 

 今日は休日の日課であるトレーニングと、湯船に浸かったリラックスタイムを満喫していた。そして執務室ではなく久しぶりに自室へ戻ろうとした矢先、ラサ基地のギニアス・サハリン技術少将から連絡が入ったとデラーズから知らせを受け、私は執務室に備え付けの通信室に居た。

『キシリア少将もお代わりなく…で、ご用件は?』

 そう言うギニアスの言葉に少し安堵する。碌にスキンケアができていないのだが…どうやらサプリメントの摂取で補うことはできているようだ。そんな事を考えつつも、私はギニアスに本題に進むように促す。

『はい。実はMSの空母となるMAの制作を進めておりまして』

「確か…変形機能を有する攻撃空母『アプサラス』ですね」

 私の前世の情報にもあるMAのアプサラス。この世界ではビダン夫妻の協力もあり、変形してカタパルトを備えた攻撃空母として製造されることが決定している。

 他にも飛行形態や爆撃形態にもなれると、仕事が終わって家族揃ってサイド6に戻ったフランクリンが、ルナ・ライン先端技術研究所を視察していた私に1時間に渡って熱弁したいたことを思い出した。

「何か設計に不備でも?」

 前世の情報を照らし合わせると、何世代もすっ飛ばした改造が施されている訳だから、問題が発生してもおかしく無い。

『いえ、1機はほぼ完成しておりますが、参謀本部は3機要求しておりまして…』

「時間が足りないのですか?」

『部品が足りないのです。オデッサでマ大佐が発掘されている資源を、使わせて頂ければと…』

「精錬もされていない石の状態ですよ。一度グラナダか本国で素材にしなければ使えません」

『そうでしたね……古いコロニーからの再利用品とかは?』

「そうは言っても…」

 そこで私はあることを思いついた。

 上手くいけば、将来の“とある危険性”を回避できる一石二鳥を狙えるかもしれない。

「再利用品で良いのなら考えがあります。少し待ってはいただけないか?」

 さすがに一存では決められない。兄ギレンとマハラジャ・カーンの許可が必要である。

 幸い姪のミハルとミネバの祝い事でサイド3に近々戻る予定であるから、その時に話そうと私は考えた。

『感謝いたします。この恩は必ずお返しします。何か私にできることがありましたら、遠慮なく言っていただけると…』

 ギニアスの申し出を聞き、私はある事を閃く。

「それでは一つ、お願いしたいことがあります。実はMSの試作を検討しておりまして」

『ほう……いいでしょう。喜んでお手伝いを…』

「いや、少将にはアプサラスの完成を優先してほしい。ただ、地上での試験を検討しておりまして…」

『なるほど。いいでしょう。完成したら送って下さい。ラサで試運転をしていただいて構いませんよ』

「ありがとうございます」

 そこでギニアスとの通信を終えた。

 

 やはり入浴は大事だ。思考が冴え渡る。

 そんな事を考えつつ頬を摩って、入浴後に塗ったオールインワンジェルの効果を確かめていると、申し訳なさそうにデラーズが声を掛けてきた。

「キシリア様、今よろしいですか?」

「ちょうど通信が終わったところだ、どうしたデラーズ?」

「ガルマ様が急ぎ話がしたいと」

 ガルマは北米のアスタロス対策をしていて、彼が製作した植物ウイルスで駆逐に成功し、今は枯れた土地を土壌改良アスタロスで甦らせようとしていた。そこで何か問題でも起きたのであろうか?

 やれやれ、紅茶を飲む暇もないらしい。そもそも今日は休日なんだが…

「繋ぎなさい。それと紅茶の準備を。話し通しで流石に喉が渇きます」

「承知しました」

 少し笑いつつデラーズは、ガルマとの通信を繋ぎ、部屋から出ていった。

 

 1週間後。

 視察の予定を繰り上げて、キャスバルはグラナダに帰還した。

 一人の少女を連れて…

 そして今、私の執務室でバツが悪そうな表情のキャスバルと、興味深そうに私を見ている少女がいるわけだが…

「ガルマからの報告では要領を得ない。説明してもらえないか?」

「ガルマは何と?」

「キャスバル義兄上が女を連れ込んだ…と」

「誤解だ‼︎」

 完全に気分を害した様子のキャスバル。仕方がないと、私の護衛のアンディの上司であるハーディ・シュタイナー、キャスバルの護衛である彼に報告をお願いする。

 

 話によると、キャルフォルニア基地でアスタロス対策をしているガルマらを視察したキャスバルは、中米の前線まで足を伸ばしたそうだ。

 そこで出会ったのが、今目の前に居るララァ・スンと言う少女だそうだ。南米の賭博場で荒稼ぎしている輩が、ララァを暴力で脅して利用していたらしく、キャスバルはそこから救ったという話であった。

「……ララァさん、貴女のご家族は?」

「っ……多分、まだ旧インド地域に……」

「シュタイナー大尉、彼女から詳細を聞いてご家族の保護を。ララァさんを囲っていた輩が報復しないとも限らない」

 私の言葉を聞き、キャスバルとララァはその可能性に今気づいたらしい。ララァは縋りつくような視線をシュタイナーに向けた。

「了解しました。どうぞこちらへ」

 そう言いシュタイナーは別室で話を聞くため、ララァと共に執務室を後にした。

 

「……すまない」

 二人きりになって暫くしたのち、キャスバルは頭を下げる。

「良い。ララァは賭博場で利用されていたと聞いたが…」

「ララァはニュータイプだ。それで私に救ってほしいと…」

 前世の情報の通りであれば、ララァは最強クラスのニュータイプ能力を持つ。その思念を乗せて懇願されたのであれば、キャスバルであっても抗うのは困難であろう。

「次回にサイド6のフラナガン医療センターに行く時に連れて行きます。いいですね?」

「……いいのか?」

「貴方が思わず助けてしまうほど、彼女は切羽詰まっていたのでしょう? ここまで連れてきて、放り出すわけにはいかない」

 そして私は辞令書の様式を出して、今日の日付とサインをする。

「今までのニュータイプの子らと同じように、ララァ・スンは特務少尉にします。貴方から説明して、彼女からサインをもらいなさい」

 そう淡々と伝えると、奇妙な者を見る目でキャスバルはこちらを見ていた。

「何か?」

「…………怒らないのか?」

「何故?」

「一応婚約者だぞ! それが……少女を連れ込んできて…」

「暴力を受けて助けを求めた者を保護したのでしょう?」

 そう返すとキャスバルは非常に複雑な表情をして、そしてガックリと頭を下げた。

「いや………いい。閣下はそう言う人だった」

 そう言って首を左右に振って、キャスバルは姿勢を整えて敬礼を向ける。

「閣下のご好意、感謝します。それでは失礼します!」

 そう言いララァの辞令書を持って、キャスバルは部屋を後にする。

 

 ……キャスバルが若干涙目になっていたのは、気のせいだろうか?

 





次回は早くて月か水。
遅くとも土曜更新します。

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