キシリア・ザビ閣下は・・・   作:桐錠

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次話からまた山場になるので、ネタバレ防止のため、感想の返信が遅くなります。



36. キシリア様は布石者

 

 サイド3「ジオン公国」。

 首都バンチ。

 私キシリアは、久しぶりにズムシティのザビ家本邸に戻っていた。

 

 柔らかな光が差し込む応接間で、兄サスロの妻である義姉マレーネから、彼女が管理しているザビ家の資産…その内で私の個人資産の運用について相談を受けていた。

「ジオン公国の国債の買い支えですか?」

「はい。停戦協定で凍結していた資金移動が解除されたことから、連邦関連企業がサイド3にある資産を総引き上げしております」

 マレーネの代わりに説明したのは、彼女の実父であるマハラジャ・カーンである。

「つまりジオン公国内で、地球連邦政府が発行している基軸通貨が不足し始めていると?」

「はい。ジオン内で現金が不足し始めていて、信用不安の兆候が見られると…」

 今日会う予定だった兄サスロが、急遽面会をキャンセルした理由がわかった。信用収縮と資金の流動性低下が加速すれば、ジオン公国の経済そのものが麻痺しかねない。その対策に奔走しているのであろう。

「承知しました。全額使っていただいても構いません」

「……随分と太っ腹ですな」

「躊躇すれば、市場の混乱を拡大させるだけかと」

「確かに」

「それにビスト財団やルオ商会に買われると、ジオン国債の為替操作をされる危険性が高いのでは? 背を気にして戦えるほど、連邦は甘くありません」

 私がそう答えると、マハラジャは静かに笑みを浮かべた。

「サイド2、サイド5でも似た兆候があるみたいです」

「ジオン側に付いた報復ではないかと。コロニー間では、ジオン国債を代替通貨にする案も出ているそうです」

 マレーネ、マハラジャの言葉を聞き、私は思わずため息を吐く。休戦中に水面下で経済から攻撃してくる連邦政府。本当に気が休まる暇もない。

「いずれは各サイドで通貨を作り、それぞれの自治政府が通貨発行権を持った方がいいでしょうね…」

 全スペースノイドを全て守れるような力を、ジオンは持っている訳ではない。ジオン公国の独立を連邦政府に認めさせて、各サイドの自立心を高めなければいけない。その道のりの長さに、私は思わず視線を落とした。

 

「そういえば、私に話があると伺ったのですが…」

 マハラジャにそう切り出されて、私は本来の目的を思い出す。

「はい。アステロイドベルトで開拓された小惑星『アクシズ』についてご相談があります」

 アクシズ。

 ソロモンやア・バオア・クーなど資源採掘用の衛星を、アステロイドベルトから送り出すために使用されていた中継基地。現在は、主に木星船団の中継基地として使用されており、マハラジャを筆頭としたカーン家が管理していた。

「アクシズが如何しました?」

「今後数年以内に移動させる予定は?」

「いえ。動かすようなことは、今後おそらく起きることは無いかと」

 予想通りの回答で、私は思わず笑みを浮かべる。

「それは好都合。老朽化しているアクシズの核パルスエンジンを頂けませんか? 素材に転用したいのです」

「素材ですか?」

「はい。ギニアス少将が開発を進めております、攻撃空母『アプサラス』は大出力の動力炉と熱交換システムが必要としておりますが、高出力かつ軽量な推進機関を短期間で大量生産することは難しく…」

「それでアクシズの核パルスエンジンを解体して流用したいと。しかし…」

「ギレン総帥からの許可は得ております。それと、見返りにルナ・ライン社の株の購入権は如何ですか?」

 私が所有したままで価値が膨れ上がり、下手に売れなくなっている手持ちの株を減らせる、一石二鳥作戦である。

「ギレン総帥の許可があるのでしたら構いませんよ。株の購入権については後日お話しする形で」

「マハラジャ殿、ありがとうございます」

 

「難しい話は終わりましたか?」

 

 会話は終わったタイミングを見計らい、声をかけてきたのはアストライア。キャスバルの実母で、私が始めた託児施設を引き継ぎ、さらに孤児院も経営している彼女は、2人の少女の手を引いていた。

 その内の一人、ミハルを抱き上げてマハラジャは目を細める。サスロとマレーネの娘で私の姪であるミハルは、マハラジャにとって初孫。その溺愛ぶりは明らかであった。

 ミハルを囲むマレーネとマハラジャから距離を取り、アストライアからもう一人の姪のミネバを抱かせてもらう。

「それにしても……ドズルに似なくて良かったな」

 義妹のゼナ似の愛らしい表情を見て、私は思わず呟く。

 

「……はっきり言うのは、姉貴くらいだ」

 

 背後から弟ドズルの低い声を聞き、私は少しバツが悪い気持ちになりながら振り返る。

「父親似と言われても、娘としては複雑なものですよ」

 そう言いミネバをドズルに渡そうとするが、父親であるにも関わらずミネバは大泣きを始める。慌ててドズルは娘のミネバをアストライアに渡し、目に見えてガッカリした。

「で、私に用でも?」

 そう尋ねた私は、ドズルが部下のシン・マツナガとアナベル・ガトーを連れていることに気づく。そしてその後ろに控えていたカイルが、私の方に歩み寄ってきた。

「キシリア様、サイド6まで来ていただけないでしょうか?」

「お前が来たと言うことは…ルナ・ライン先端技術研究所の方か?」

「詳しくは、向こうに着いてからで…」

 並々ならぬ事態が発生したようである。

「わかった。すぐに向かうとしよう」

 そう言い移動し始めた私とカイルに、シンとガトーが随伴する。

「2人は何故ついてくる?」

「警護です。サイド6まで同行します」

「私とシン大尉、それぞれMS隊を率いて随伴いたします」

 当然のように答えるシンとガトー。

「いや……こちらにはキリング中佐の艦隊がいるのだが…」

「連れて行け。予定外の移動なんだろう?」

「それはそうですけど…」

「あのなあ……姉貴に何かあったら、ミネバもミハルも泣くぞ」

 ドズルにそう言われてつい姪たちを見ると、2人とも心配そうにこちらを見ている。

 ………身内が過保護になりつつある。

 ここで断れば、私が承諾するまで護衛の兵士らを上乗せしてくるであろう。

「承知した。サイド6まで頼む」

 そう言うと、シンとガトーは綺麗な敬礼を向けた。

 

 サイド6、8バンチ「パルダ」。

 ルナ・ライン先端技術研究所。

 

 頭を抱えて項垂れているテム・レイを見つつ、私は思わず眉間に皺を寄せる。

 テムの息子であるアムロ・レイが、連邦軍に連れ去られた。

 発端は、アムロの学校の行事である社会科見学、建設中のコロニーを泊まりがけで見学すると言う内容であった。見学先であるサイド7でコロニー損傷事故が発生し、避難誘導の中でアムロは連邦軍の宇宙船に乗せられた。

 医療搬送艦と登録されているその船は「ホワイトベース」。

 一緒に乗せられた同級生は、アムロ以外は既にサイド6に戻されている。このことからもアムロ狙いであることは明白。コロニーの事故すらも、故意に引き起こした可能性も考えられた。

 前世のサブカルチャー由来の情報では、アムロがサイド7でホワイトベースに乗る時期は9月。原作と状況は異なるが念のため、アムロが連邦軍と接触するリスクは9月ごろであると想定していた。

 今はまだ5月。それでも事態は動いてしまった。過信してはいけないと思いつつ、どこかで頼りにしていた自分の愚かさを呪った。

 

「…カイル所長が、連邦軍に問い合わせていただきました」

「その結果は先ほど聞いた。連邦軍内でも情報が錯綜しているため、すぐに回答できない…であったな」

 時間稼ぎをする常套手段である。

「そして今朝方、地球連邦軍の高官から、私個人にこのようなメールが届きました」

 そうしてテムが見せてきたメールの内容を確認する。

「……地球連邦軍への転職の勧誘。言い換えるのであれば『息子に会いたければ連邦に来い』と、言ったところですね」

 予想通りとはいえ、現実逃避をしたくなったが、そうした所で現状が変わるわけでは無い。まずやるべきは…

「……完全にこちらの落ち度だ、謝罪する」

 突然頭を下げた私を見て驚くテム。

 しかし、手を広げ多忙となった故に諸所で綻びが出したことは、完全に私のミスであった。

「私たちには、貴方や貴方がたの家族の身の安全を守る義務があった。大変申し訳ない」

 そこまで説明して、ようやく合点がいったらしく、テムは静かに首を左右に振った。

「いえ……中立とはいえこの研究所はジオン寄り。停戦中という状況も甘く見ていました。それより…」

 いつもの冷静な視線を向けつつ、テムは尋ねる。

「今後、どうしますか? やはり…私を免職した上で軟禁した方が…」

 極論を言うテムの言葉を、私は首を左右に振って否定する。

「家族を拉致すればジオン側が勝手に研究者を処分してくれると連邦が考えれば、メドッソ技師、ハン博士やビダン博士ら他のメンバーの家族も狙われる」

 そこが頭の痛いところ。こちらの動き次第で、被害が倍増するのは明白であった。

「加えて連邦は、恐らく貴方が自発的に脱出するよう、揺さぶりをかけて誘導する可能性が高いです」

 天才であるテムが本気で行動を起こした所で、こちらは止める術はない。人的不足を補うために機械制御を施設管理で積極的に取り入れている以上、天才工学博士では相手が悪すぎた。

「私が自発的に?」

「貴方のご子息をMSに乗せて戦わせると言うことです。息子を死なせたくなければ、息子が乗るMSをより強く高性能にしろ…というように言われれば、貴方はどう行動しますか?」

 一番最悪なのは、アムロがニュータイプであると判明して、彼の精神体をEXAMシステムに落とし込まれる事。そうなれば、化物MSが大量生産されて、戦局は一気にひっくり返るであろう。

 いや……モーゼスはフラナガン医療センターの情報を、事件を起こす前は閲覧可能であった。アムロがType-Fのニュータイプと知った上で、拉致した可能性が高いと言えた。ならば、テムを送り込んで状況をコントロールしつつ、隙を見て2人を脱出させるのがベターであろう。そのためには…

「貴方はどうしたいですか? 戦争が終わるまで生き延びたとしても、恐らくそこから先の未来は保証されない。そうだとしても、息子の命を救うため、ただ連邦に従いますか?」

 そこまで口にして、テムはようやく私が言いたい事に気づいたようであった。どちらの選択をする覚悟があるか…

「息子を救いたい……そして連邦に一矢報いたい‼︎」

 その言葉を聞き、私は安堵する。

 自身の研究が国家や軍に都合よく使われることを良しとしない研究者としての矜持を、テムは持っている。自らの意思と無関係に、しかも息子を人質に取られた上で、研究の場所と内容を強要される状況に従うような者ではない。

 

「こちらで最大限のバックアップをします。しかし貴方と貴方のご子息の身の安全を確約する事はできません。それでもよろしいのですか?」

「はい」

「メールの返信ですが、移籍ではなく研究所からの出向で良いか尋ねなさい。おそらく連邦軍はそれでも了承するはずです」

 アスタロスの鎮圧は北米では完了し土地改良作業に移っている。豪州でも土地改良作業に移る予定だ。つまり日を追うごとに、地球の民衆の心は地球連邦政府から離れ、ジオンの支持に傾きつつある。

 おそらく近いうちに、連邦軍は地球にあるジオン軍の駐屯基地を攻撃するであろう。それに間に合わせるために、迅速性を優先させるはずであった。

「分かりました。もし出向を拒否するようであれば?」

「その場合は致し方ありません。転職して息子さんの側に」

「カマリアは…妻は残していきます」

「承知しました。こちらで保護します」

「必ず……ここへ帰還します。閣下のご厚意…感謝いたします」

 そう言いテムは深く頭を下げた。

 

 ルナ・ライン先端技術研究所からの出向として、テム・レイが地球連邦軍に向かったのは、それから1週間後のことであった。

 





次回は来週月曜日予定。
筆が進めば、水曜日か土曜日に更新します。

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