キシリア・ザビ閣下は・・・   作:桐錠

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いつも誤字修正、感想ありがとうございます。
話数が見込みより増えまして…第四章は第46話までと見込んでます。
もう少しお付き合い頂けると幸いです。



40. キシリア様は推測者

 

「……随分と甘いのでは無いのか?」

 

 以前グラナダに滞在していた時、キャスバルはキシリアにそう尋ねたことがある。

「貴方がララァさんを連れ込んだことですか? でもそれは保護で、ドズルのように弟の友人に手を出したわけではないのですからね。さすがにその時は少しはお灸を据えましたけど…」

 ドズルの妻、ゼナはキャスバルやシャア、ガルマの同級生であることは事実。しかしキシリアが言う“お灸を据えた”とは?

「…………何をやったのだ?」

「ドズルがゼナ殿をザビ邸へ招待した時、ベッドの隙間に落ちていた肌色の多い薄い本を、机の上の目立つところに置いただけですよ」

 キャスバルは聞くんじゃなかったと思った。次回にドズルやゼナと会った時、どのような顔をすればいいのか……

「ガルマが持っていた貴方との交換日記は、本棚奥に隠しましたからご心配なく」

「誤解を招くような対応はやめてくれ! 士官学校で私とガルマが一緒にいる度に、妙な視線を向ける女生徒達を思い出すだろう⁈」

 女生徒らが口にした「ご飯三杯はいける」と言うワードに、見てはいけない深淵を感じたキャスバルであった。時折キシリアは、地雷級の話題を淡々とした口調で話してくるので、どう処理して良いか分からない事が多々あった。

 

 キャスバルは咳払いを一つして、思考を切り替える。

 

「南極条約…停戦協定のことだ!」

「と、言いますと?」

「少なくとも、責任追及は放棄すべきではなかった。サイド1を破壊したことも、コロニー落下を阻止できなかったことも…」

 水掛け論となっていた責任問題を両国共に不問として、連邦軍の上層部に責任を求めなかったことが、キャスバルにとって不服であった。こちらは連邦軍の隠蔽工作の一環で、キシリアが永久保管措置になりかけたというのに…

「我らジオンこそが正義だ…という主張を広めたいと仰るのですか? それでは連邦の面子を潰します」

「しかし、ムーア戦役での勝者は我々だ」

「その通りです。だからこそ、敵を潰せば終わりと言う、ゲームの“勝ち負け”目線の単線思考では困るのですよ。公主陛下」

「……単線思考だと?」

 キャスバルの声が低くなった事に意も介さず、キシリアは静かに話し始める。

「我々は、即時的な戦術的勝利ではなく、持続的な体制の構築を優先させる必要があります」

「それと連邦への譲歩と、どのような関係があるというのだ⁈」

「強硬な裁断を連邦相手に下し面子を潰すことは、相手は我らを“脅威“と判断し、逆に団結を促す結果となります。今回の我らの勝利は、連邦が腐敗し水面下で分裂していたから得られたものであると、忘れてはなりません」

 キシリアに指摘され、キャスバルはようやく気づく。地球連邦とジオンとの国力差は伊達ではない事、そしてジオンには何度も総力戦ができるような体力がないことに…

「……面子を立てて安心させて、連邦の分裂を促すというわけか?」

「そうしなければ、団結した連邦に我らは潰されるでしょう。今回我らが妥協した結果、内情を知らない民衆はむしろ、連邦政府がジオンに妥協したと感じております」

「連邦軍が負けたと信じられぬのは、連邦政府の選挙権を持つ民も同じというわけか…」

 今まで100年近く支配体制を続けた組織が、たかが1サイドの新興国に負けるなど、誰にも予想はできないであろう。

「今回は連邦政府の民や兵士の被害者が多い。しかし連邦は正義を得ることができなかった。民衆の怒りの矛先はジオンではなく、連邦政府に向くわけですよ」

「……連邦はいずれ停戦協定を破るぞ」

「そうでしょうね。南米の地下に連邦軍本部を建築し、MS開発に躍起となっております」

「協定破棄をした暁には、徹底報復をしても良いのだな?」

 隠しきれない怒りを滲ませるキャスバルに対して、キシリアの視線は冷ややかなものであった。

「一時的な快楽を得るため、連邦相手に虐殺や破壊行為をしたいと?」

「快楽を得るためでは無い。舐められないためにも、我らは決定的な勝利を見える形にしなければならん」

「……キャスバル様、貴方の目的は“勝利すること”ですか? “国の未来”ですか?」

「どちらも同じであろう?」

「戦争で勝てば、連邦が自身らの都合の良い存在へと自動的に変化する、そして都合の悪い存在は自然消滅するとお考えですか?」

 キシリアの言葉を聞いてキャスバルは息を呑む。そこに至ってキャスバルは、終戦後の敗戦国…しかも自身らより規模が大きい相手への対処について、具体的に考えていない事に気づいた。

「……連邦への処置を誤れば、連邦軍がジオンに対するテロリストに変貌する。そう言いたいのか?」

「国が潰れて整然と兵器が解体される訳がない。正規軍の装備を有する大量に湧き出たテロリストから、国と民を守り切れるとお思いか?」

「っ⁈」

「戦争に勝ったとしても、その後の内政に失敗すれば国は滅ぶのです。そして過剰な暴力的勝利は次の戦争の種になる。面子を守るため、舐められないため、そのような名目による戦闘行為は、“戦争し続ける行為の正当化”以外の何者でもない。連邦相手に何度も戦える国力がジオンにあると、お思いですか?」

 甘いのはキシリアではなく、近視眼的な思考に陥っていた自身であったと、キャスバルは打ちのめされた。

「……では我らはどうすればいいのだ? 停戦協定のおりにも、“外交戦で負けた”という声がジオン内部から上がったのは事実だ」

「為政の当事者以外は、“分かりやすい勝利”しか見ていません。しかし私たちには、継続した統治体制を構築する義務があります」

「一時的な快楽を得るため…というのは、そういう意味だったのか…」

「はい。ジオンの国家としての未来、スペースノイド全体の立場向上を視野に入れて動かなければなりません。そのためには“勝つための戦争”ではなく“戦争を終わらせる戦い”をしなければいけません」

 キシリアの言葉の中に琴線が触れるものがあり、キャスバルは思わず聞き返す。

「戦争を終わらせる戦い?」

「軍事勝利は必ずしも永続的な支配に繋がらないことは、歴史が証明しております。戦後も地球圏を安定的に運用するため、“支配”ではなく“共存”を導く。そのために制度と構造を変える」

「それは一体……」

「連邦の内部を変容させるのです。まずは相手に停戦協定を破らせて正統性を奪い、スペースノイドらの信用を完全に失わせる。そしてジオンを軍事勝利に導き、今度こそ講和条約につなげる」

「…講和条約でまた譲歩するのか?」

 戦後を設計できないまま勝利を叫ぶ危険性は重々理解できた。しかしやはり、キャスバルは納得できないのだ。

「連邦を屈服させるのではなく“安堵”を与え、当面の面子は守ってやります。形式的に地球在住権を保障して、特権の根幹は削らない…ように見せかけて実質は徐々にゆるやかに縛る」

「どうやって?」

「連邦議会の中立派を抱き込むのですよ。多数派となれば、法改正も容易となる。地球の在住特権へ“追加条項”を加えていき、徐々に制限をかければ……旨みが無い地球にしがみつく者は自然と減るでしょう」

「……合法的に連邦政府を内部から変容させ、自ら地球から去るように仕向けるわけか」

「連邦を完全に屈服させるのではなく、分断し、取り込み、変質させる…連邦の政治中枢に親ジオン派を捻じ込み、“ジオンが地球圏の秩序を維持する能力を持つ”と信じさせ、民意の誘導で選挙結果を変えさせる。自身らの選択の結果であると、思い込ませるのが肝要なのですよ」

 そこでキャスバルは思い出す。

 昔マス邸で襲撃を受けた折の内通犯、敢えて許しマス家の養子に組み込み、連邦議会の議員へと送り込んだエドワウ・マスの存在を…

「……効果が見えるまで、随分と時間がかかりそうだ」

「仕方がありません。我々が戦争を通じて得られるのは、短期的に結果が現れる“軍事的優位”ではなく、永き時を経て成否が見える“統治の資格”なのですから」

 

「如何なされた、公主陛下?」

 

 ギレンの声で、キャスバルの意識は現実に引き戻される。

「ギレン総帥、申し訳ない。少々考え事を…」

「ほう……どのような事を?」

「停戦協定のことです。やはり甘かったのではないかと…今更ですが」

「ふむ……だがしかし、概ねキシリアの見込み通りにことは動いている。連邦軍が表面上効果を上げているように見えてはいるが、それは追い込まれた故に手段を選ばなくなったのが要因だ。あれではたとえ軍事的勝利を得たとしても、その後の支配は確実に崩壊する。協定を一方的に破り、連邦議会を無視した者たちに愚民どもが素直に従う訳がなかろう」

 ギレンの言っていることは確かに正論である。しかしキャスバルは、連邦軍が無人MSを完成させ、それでジオン軍に多大な被害が出つつある状況に、どうしようもない無力感に襲われていた。

 その時、謁見会議室の扉にノックが響き渡る。

「総帥、緊急通信が……」

「セシリア、今は陛下と会議を…」

「グラナダのキシリア少将からです。急ぎ繋いで欲しいと…」

「構わない。私も同席しよう」

 キャスバルの言葉に頷きギレンは、セシリアに入室を許可する。ギレンの秘書であるセシリアは、音声に限定された秘匿性の高い携帯式衛星通信機を卓に置き、静かに一礼して退室した。

「キシリア、話というのは……」

『ギレン総帥、オデッサにて核弾頭の使用許可をお願いします』

 名乗りも挨拶もなく、キシリアは単刀直入に用件を切り出す。しかもその内容も相まって、ギレンは声を落として聞き返す。

「理由は?」

『ワルシャワ、連邦軍本陣の無人MSが約100機、暴走を始めました。敵味方見境なく、虐殺行為に移ると予測されます。今すぐ対処しなければ取り返しのつかない事態に…』

「……それで連邦の崩壊が進む方が、我らにとって有利ではないか?」

『相手は自己学習するAIです。工場を乗っ取って、作った兵器を操り、核格納庫を占拠する可能性も考慮する必要があります…』

 暗に放置を促すギレンに対して、キシリアは具体的な危険性を指摘する。

『人類を根絶やしする目的で、自律的に動く自我ある存在なのです。回線を通じて宇宙にも人が居ると理解するのも時間の問題…シャトルを乗っ取り、核を積んだ宇宙戦艦を奪う可能性は無いと、言い切れますか⁈』

 キャスバルだけではなくギレンも至っていなかった予測を提示され、スペースノイドも他人事ではなく、人類存亡の危機に瀕していると即座に理解できた。

「……承知した。許可する。キャスバル陛下は?」

「私も許可する。拡散する前に根絶しろ」

 しかしキシリアの返答は聞こえない。

『……………閣下っ⁈ やはり心停止の影響が……ってなりません‼︎ マ大佐には私の方から………今動いてはなりません、キシリア様‼︎』

 代わりに聞こえたリアナの声と発した言葉から不穏な情報を聞き取り、キャスバルが半ば腰を浮かせる。

「…っ⁈ おい! 今何と言った⁈」

「一体何があった⁈」

『っ‼︎ まだ通信が繋がって……申し訳ございません! キシリア様を追います故、詳細は後ほどご報告申し上げます‼︎』

 キャスバルとギレンの問いに答える事なく、リアナは一方的に通信を切ったのであった。

 





次回は土曜日更新予定です。
展開の急変が続くので、2〜3日で更新していければと思います(汗)

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  • キシリア・ザビ
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