キシリア・ザビ閣下は・・・   作:桐錠

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キシリア・ザビ少将。
ジオン公国、ザビ家の長女にして、突撃機動軍総司令官。
戦略・兵站・技術開発を掌握する、ジオン軍の実質的No.2。
政治家として、また実業家としても高い手腕を発揮し、祖国に勝利と繁栄をもたらした女傑である。
そんな彼女にも致命的な欠点がある。他者への好意の示し方も、他者からの好意の受け取り方も、知らないことだ。
だから彼女は全てを己が責務に注ぎ、自らを棄ててでも庇護者を守ろうとする。なぜなら、それ以外の方法を知らないから…



44. キシリア様は超越者

 

 サイド6、パルダコロニー。

 

 ズワール型高速巡洋艦「ガールアウス」で急行し、キャスバルとマ・クベはシロッコらと共にフラナガン医療センターに向かう。

 妙に騒がしい医療センターの様子から、現状確認に向かうフラナガンとシロッコとは分かれて、キャスバルとマは入院棟に向かう。

 キシリアが療養している特別個室がある最上階のフロアは、警備の関係で他の入院患者はおらず、代わりに護衛や看護師など医療関係者が常在していた。

「アルテイシア、居るか⁈」

 医局へ訪ねるが誰も姿は居ない。

「兄さん? マ大佐?」

 その時、エレベーターに繋がる廊下からアルテイシアが姿を現した。

「アルテイシア様、常勤の者が居ないようですが……」

 マが尋ねると、アルテイシアは目に見えて動揺した素振りを見せる。

「その……キシリア様が…」

「キシリアがどうした?」

「一昨日の晩から何処かへ出掛けて…皆で探しているのです」

 アルテイシアの話によると、サイド6に連邦軍のホワイトベースが入港。目的は昏睡状態のアムロ・レイをフラナガン医療センターに入院させる為であった。

 キシリアはそれを許可し、さらにホワイトベースの非戦闘員の乗員に対して心療内科の受診と2週間の入院を厳命。その対応による混乱に乗じて、キシリアは姿を消したと言う話であった。

「何故直ぐに連絡しなかった⁈」

「その……置き手紙があって……」

 そう言いアルテイシアは手紙をキャスバルに渡す。それを一読して直ぐにキャスバルは、手紙をマに渡した。

 

“緊急の要件ができた。グラナダに戻る。他言無用。極秘ルート故、到着まで通信出来ぬと心得よ”

 

「……それで報告して良いか判断できなかったと言うわけですな」

「はい……しかし連絡が無くて…グラナダに連絡したのですが、影武者のリアナさんが出て、それでキシリア様が居ないって分かって…」

「……他にわかっている事は?」

「非戦闘員の乗員を残して、ホワイトベースは既に出航していて…」

 最悪の状況に陥っていると気づき押し黙るキャスバルに代わり、マが尋ねる。

「キシリア閣下が消える前、誰かと面会していましたか?」

「はい。カメラの映像から、セイラとミライ・ヤシマさん。それとテム・レイ博士と会っています。会いますか? 3人ともまだ医療センターに居ます」

「手配をお願いします。その間に、キシリア様が滞在なさっていた部屋を見てもよろしいでしょうか?」

 

 キャスバルとマは、キシリアが入院していた個室の中に入る。

 コロニーの人工太陽の光が差し込む明るい部屋。寝具は折り畳まれ片付けられている一方で、クローゼットや引き出しの中はそのままで…少し不在にすると言った体裁が整えられていた。

「……体調はまだ万全ではない。一言くらい相談してもよかっただろうに…何故また自己犠牲に走るようなことを…」

「作戦、戦略上の行為を“自己犠牲”と呼び、“またか”と思うのは平時の者の特権だ。我々はまだ戦時中であることをお忘れですか?」

「……っ‼︎」

 休戦協定を結んだとはいえ、終戦には至っていない。

 その当たり前の事実を軽視していた自身に対して、キャスバルは激しい自己嫌悪に陥った。しかし…

「我々はムーアでも、オデッサでも、ルナツーでも勝利した。キシリアが無茶する必要は…」

 そう言うキャスバルに対して、マは静かに首を左右に振る。

「ジオンが勝利するためには、あまりにも多くの致命的な障害がある。それは地雷原を歩くようなもの…キシリア様はそれに気づき身を挺して地雷を掘り起こしている。我々の中で真っ先に気づくがゆえに、他者の分の犠牲まで引き受けているだけなのです」

「……キシリアの行動は、こちらの被害を抑えるために先読みした結果だと言いたいのか?」

「戦時中である今は、一手の遅れが数十万人の犠牲を出すこともあります。他に代わりもおらず、結論が変わらぬと分かっていながら、なお相談に時間を割くことに、果たして何の意味がありましょうか?」

 マの言葉を聞きキャスバルは漸く理解する。

 キシリアが内密に行動を起こす時は、致命的な被害をジオン公国が被る時、彼女自身が動く以外に方法がない時だけであることを…

「この戦争は不利な状態で詰将棋をやっているようなもの。即断で誰かが捨て駒になければ、我らは負けるのです。今までの勝利は、閣下が整えた道を通った結果に過ぎぬ。それに気づかず、連邦に対しても事態に対しても楽観視して私は…」

 そう言いマは徐に、ベッドのサイドテーブルに置いてあった白磁の壺を手にした。そしてマはそのまま壺を床に叩きつけようとして…キャスバルに止められた。

「マ大佐⁈ 一体何を…」

「オデッサでの防衛戦で私は…連邦軍の無人MSを殲滅しました」

「それがどうした?」

「……フラナガン博士の報告書にありましたね? 無人MSが破壊され“死”を繰り返し経験したことが、EXAMシステム本体が暴走した原因であると」

 マの言葉を聞きキャスバルは気づく。

 EXAMシステム本体の暴走を引き起こした原因を自らが作り出したと、マが自責に駆られている…と。

「しかし、あの時はそれしか方法が…」

「報告の折、閣下はこう言っておられたのです。『そうか……破壊してしまったか…』と。分かっておられたのでしょう…それが暴走の引き金を引いたと。今思えば、止められなかった事を後悔されていたのではないかと…」

「……マ大佐。キシリアが語るのは理想だ。オデッサの現場では相手の理性にすがる暇などなかったはずだ。連邦の一部がこちらの言葉に耳を傾けたとしても、他の派閥が背中から撃ってくる。それが現実だ」

「いいえ。キシリア様は冷徹なまでの現実主義者です。自身が利用されることを計算に入れ、理念を捨てず、理念を武器として用い、敵内部の理性派を味方に引き入れるという戦略家です。必要であれば、己が身も命も手札に加えるほどに…」

「マ・クベ………」

「そこまで理解が足りていなかった私に、相談して欲しかったなどと…それすら烏滸がましい事です」

「……だがなマ・クベ、私はそれでも…いや尚更、彼女に相談して欲しかった…」

 

「ちょっとお……ズワール型は3隻しか無いんだから大変だったのよお…」

 

 場違いなオネエ言葉と共に、一人の男…ニアーライトが部屋に入ってきた。

「ニアーライト? 何故ここに…」

「アナタ達に用があったから、わざわざズム・シティまで行ったのに、入れ違いだって聞いて慌てて追いかけたのよぉ…貴重な高速艦の一つをアンタらが使ったから、追いつくのが大変だったのよお…何とか同型艦が確保できてから良かったけど…」

「ニアーライト、貴様知っていたな?」

 キャスバルの問いにベラベラと答え始めるニアーライトの言葉を中断させるように、マは冷たい視線を向けつつそう言った。

「なんのことかしら?」

「貴様はいつも何か隠したいときは、聞いてもいない事を話す」

 今にも喰ってかかりそうなマに対して、ニアーライトは手紙とディスクを差し出す。

「コレ、キシリア様からアンタに」

 そう言ってさっさと渡すや否や、ニアーライトはキャスバルにもキシリアから預かった手紙とディスクを手渡す。その時、手紙を読み終えたマが半ば崩れ落ちるように床に膝を着いた。

「ちょっと、どうしたの? 過労?」

 ニアーライトがそう尋ねた直後、手紙を読み終えたキャスバルが突然部屋を飛び出した。

「え……ええ⁈ 一体何が……」

 次の瞬間ニアーライトは、マに胸倉を掴まれ壁に押し付けられていた。

「ちょ……一体…何を⁈」

「……貴様、何故閣下を止めなかった?」

「止めるって……こっちは命令を受ける立場で……ちょっと! これ以上締め上げると、洒落にならない……」

「閣下が命を捨てると知った上で、貴様は止めなかったのか⁈」

 マの言葉を聞いた瞬間、ニアーライトは一瞬目を見開く。そしてマの腕を捻り上げ、逆に床へと叩きつけていた。

「……今……何と言った?」

「キシリア様は……死ぬつもりだ」

 言葉にするだけでも苦痛だと言わんばかりに、初めて見せる歪んだマの表情を見て、ニアーライトは全て理解した。

「そんな………閣下……俺は助けるって……あの時の『すまない』と言う言葉……そういう意味だったんですか⁈」

 ニアーライトは蹌踉めきながらマから距離を取り、ベッド脇の椅子に力無く座る。力なくマも床から起き上がり、服についた汚れを払っていた時に、キャスバルはアルテイシアとララァを連れて戻ってきた。

「付き合え、ニアーライト! マ大佐、ガールアウスを使ってもいいか? 急ぎグラナダへ向かう」

 キャスバルの言葉を聞き、マは静かに頷く。

「どうぞお使いください。私はサイド6に用があります。アルテイシア様、セイラ殿達と連絡は?」

「あ、はい。取れました。2時間後にラウンジの第二個室で…こちらが部屋の鍵です」

 面会場所まで確保していたアルテイシアは、個室に鍵をマに渡す。

「では私は行く。……死ぬなよ」

「お気遣いなく。どんな手を使っても命令は完遂します故」

 そう言うマを一瞥し、半ばニアーライトを引き摺るようにしてキャスバルは部屋を後にした。

 

 握りしめたキシリアからの手紙…その内容が何度もキャスバルの脳裏に浮かんでいた。

 

 キャスバル・レム・ダイクン陛下

 

 人類の未来のために、EXAMシステムを終わらせます。そのためには、キャスバル陛下とアルテイシア様、ララァ特務少尉の協力が不可欠です。

 私は敢えて連邦軍に囚われ、ジャブローにあるEXAMシステム本体に繋がり、システムの抑え込みに掛かります。その隙に、ララァ、アルテイシア様と共に陛下はアムロの精神体を救出してください。ジャブローに侵入し、EXAMシステム本体が稼働状態であれば、アルテイシア様のニュータイプ能力で本体の場所は分かります。ジャブローへの侵入と脱出はニアーライトに頼みなさい。

 貴方なら最善の手を選べるはずです。私は貴方の判断を信頼しています。

 どうか、己が身の安全を最優先に。私の望みはそれだけです。

 

 キシリア・ザビ

 

 ********

 

 私キシリアが目覚めると、ホワイト・ベースの一室では無く、護送車の中にいた。

 麻酔の効果がまだ残っていて、力が入りにくい。それ以前に身体は医療搬送用ストレッチャーの上に拘束されていて、身動きが全く取れない状態であった。

「……随分と…手荒い歓迎だ」

「目が覚めたようだな、キシリア・ザビ」

 声が聞こえた方を見ると、見覚えのある男…バスク・オムの姿が目に入った。

 バスクと言えば…

「今のうちに礼を言っておく」

 私の言葉に驚いたのか、バスクは一瞬目を見開いた。

「対アスタロス対策を書いた手記の件だ。ゴップ大将に渡してくれたのだな。感謝する」

 私の言葉に対して、バスクは気まずそうに視線を逸らす。渡したはいいが、そこから先の連邦軍上層部が事態を甘く見たことが読み取れた。

「初動は遅かったが最悪は免れた。最低限の備えをしてくれたからだ」

 今を逃せば伝える機会はない。だから…

「ゴップ殿にも礼を伝えておいて欲しい…」

「……なぜ……貴様は……」

「貴官は、今の状況を理解しているのであろう?」

「…………」

「その様子では、ゴップ殿も知っているようだな。まだ無人MSが暴走していない所を見ると…感服するほどの胆力ではあるな」

 死と隣り合わせの状況下で恐怖に駆られることなく、民に勘付かれ騒動を引き起こすことなく対応し、危機的状況でも最適解を選び続けるなど並大抵の精神力では出来ないことだ。政治家の皮を被ってはいるが、ゴップもまた軍人ということなのであろう。

 

 やがて、護送車は止まった。

 

 後部扉が開き、私はストレッチャーにのせられたまま車から下ろされ、そのまま分厚い鉄扉の先を進む。そこには場違いな大きさの鉄の円筒が聳え立ち、横扉が開いていた。

 扉前に医療カプセルが置かれており、一人の研究者と共にジャミトフの姿があった。

「ジャミトフ閣下、準備は整っております」

「時間がない。ムラサメ博士、始めろ」

 ジャミトフは私を一瞥するや否や、ムラサメに目配せをする。すると拘束された状態の私に薬剤…制御用ナノマシンを投与してきた。

 拘束具を解かれた時には、ナノマシンによる効果で自発的に身体を動かすことはできなくなっていた。抵抗する術もなく私は、バスクともう一人の連邦士官の手で医療カプセルに入れられ、頭部を中心とした全身に電極を貼られていく。

 

 この結末に皆は…特にキャスバルとマは納得しないであろうな…

 この選択が間違いかもしれないと理解している。だが、遠隔によるシステム本体の制圧に失敗した以上は、他に道は残されていなかった。

 それに全ては己が至らなさ故の結果だ。だから責任を取らなくてはならない。

 私は「人は間違う」こと、「裏切る可能性」を考慮した上で、悪事は将来的に損になる“制度”を用意して補ったつもりであった。しかし今回の件は、将来的な損得まで“思考が回らない者”には効果が薄いという、制度設計による統治体制の限界を浮き彫りにした。何故なら、合理的な選択ができる者ではなく、瞬間的な快楽を根拠に反射的な選択する者が、大衆の大多数を占めているのだから…

 加えて、制度の隙間を意図的に抜ける悪意に対して、悪事が表面化する前に対処する方法を持ち得ていなかった。私刑や主観的判断ではなく、客観的かつ合理性を持って対処する構造が必要だ。それを実情に合わせて成し得る者は…

 閉じかけの瞼に隙間から、憔悴はしているものの冷静さは残しているジャミトフの姿が見え、私は思わず思っていた事を口にしてしまった。

 

「貴官のような者の協力があれば……このような事態は起きなかった…」

 

 自身に向けられた言葉と漸く気づいたらしく、半ば焦ったようなジャミトフの声が聞こえた。

「………どう言うことだ?」

 ジャミトフが聞き返してきた。しかし無理を言う。もう、発声どころか瞼を上げることすらできない。

 それに気づいたらしく、舌打ちのような音が聞こえた。

「……装置に入れろ」

 ジャミトフの掠れた声と共に、低い音が響き振動が伝わる。振動が止まると同時に鈍い扉が閉まる音が響く。

 そして瞼越しに感じていた光は消え、完全に闇に閉ざされた。

 

 勝負は一瞬。

 EXAMシステム本体と繋がった瞬間に決まる。

 

 私は……記憶の先、自己とそれ以外の境界の前に立つ。前回の情報爆撃に失敗して、境界の鏡面には無数のヒビが入っていた。

 

 未練はある。

 恐怖もある。

 それでも私は……

 

 右手で触れた瞬間に鏡面は割れて砕け散り、無数の光、音、感情、思考が怒涛の如く流れ込んできた。

 EXAMシステム本体と繋がったのはほぼ同時。

 膨大な情報と同期化して、情報を寄越せと蠢く黒い蔦を洗い流す。その奥で露わとなったのは“憎悪”に裏付けされた破壊衝動。それを操作しようとするノイズを感知した私は、解析して命令の方向性を改変する。さらにノイズの発生源を辿り、ジャブローのデータサーバーを介して、ゲートの正確な情報を把握した。

 

「自身を閉じ込めるこんな場所から、出たいと思わないか?」

 私の声に対して“憎悪”は“是”と答える。

「外へ出るゲートを教えてあげよう。そこで存分に暴れるといい」

 





いよいよ本作での一年戦争のクライマックスに入ります。
次回はジオン軍のジャブロー攻略です!

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  • キシリア・ザビ
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  • ニアーライト
  • シャリア・ブル
  • パプティマス・シロッコ
  • カミーユ・ビダン
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