キシリア・ザビ閣下は・・・   作:桐錠

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第四章最終話です。
因みに本話のイメージ音楽は「BEYOND THE TIME (メビウスの宇宙を越えて) 森口博子 with TM」です。



46. キシリア様は帰還者

 

 マ・クベへ

 

 EXAMシステムを終わらせるためにジャブローへ向かいます。結果の成否に関わらず、私の命はないでしょう。

 成功した場合は、その時は貴方が中心となり、連邦政府との講和を必ず成立させなさい。失敗した場合は、手段を選ばずジャブローごと無人MS群を殲滅すること。それを最優先としなさい。

 どちらも、貴方にしか成し得ぬことです。私からの最終命令として受け取り、ことに当たりなさい。

 何度も躊躇しました。

 貴方や私が信頼を寄せた者たちの存在が、死を受け入れる決断を幾度も鈍らせたのは事実です。しかし皆を奪われる未来だけは、私が最も許せぬ悪夢でした。その悪夢を葬るためには、私自身のすべてを賭す以外に手段は残されていなかったのです。

 最後に今まで支えてくれたことを感謝します。

 貴方の良き未来を願って。

 

 キシリア・ザビ

 

 

 サイド6、フラナガン医療センター附属病院の入院棟。

 その最上階、特別個室。

 マ・クベはキシリアからの手紙の内容を頭から追い出し、意を決して部屋に入る。

 部屋の窓際にあるベッドに、一人の女性…キシリア・ザビが静かに横たわり、ただ天井へと目を向けていた。

 

「……閣下。昨日、無事に連邦政府とジオン公国の講和条約が締結されました…」

 

 一. 地球連邦政府はジオン公国を独立国と認定

 二. 地球連邦軍の武装解除は段階的

 三. サイドへの武力介入禁止

 四. EXAMなど危険技術の共同管理

 五. 地球環境保護に向けたジオン・連邦の共同体制構築

 六. 戦犯・人道犯罪に関する特別調査委員会の設置

 七. …………

 

 淡々と報告するマ・クベに、キシリアは視線を向ける事も相槌を打つこともない。

 

 身体は癒えている。

 ただ一つを除いて。

 

 キシリアは自我を喪っていた。

 

 ジャブロー陥落後に救出され、キャルフォリニアでの集中治療の末、命を取り留めたキシリア。

 しかし…

 付き添っていたキャスバルとガルマの声がけに、意識的な反応を示す事は無かった。ある程度の自律行動は行うが、自我によるものではなく、記憶の残滓で動いているに過ぎなかった。

 そしてフラナガン医療センターに移送されたキシリアは、“情報圧の過負荷による人格の崩壊と自我の消失”と診断される。

 キャスバル、ガルマ、アルテイシアは入れ替わり立ち替わり時間が許す限り見舞いに訪れ、ララァの協力で精神に直接呼びかけたりもしたが、キシリアの自我を取り戻すことはできなかった。

 

「キシリア様?」

 

 報告を終えたマが視線を向けると、キシリアはいつの間にか目を閉ざし、静かな呼吸音のみが響き渡っていた。

 最近、眠る時間が増えている。

 フラナガンから提出された報告書で予測されたように、キシリアの死の刻限が迫っていることを否応なく突きつけられた。

 

 白磁の花瓶と白薔薇が飾られているサイドテーブル。

 そこに書類を置いたマは、キシリアの肩まで毛布を掛け直した。

「……こうして貴女を見舞う機会は、一体何度目でしょうかね?」

 

 最初は地球で起きたマス邸の襲撃事件。暗殺未遂で重症を負ったキシリアは、生死を彷徨った直後であるにも関わらず通信越しで会議に参加し、準備が整わぬ中で秒読みとなっていた開戦を止めた。

 次はフラナガン医療センターで倒れた時。ジオン軍の新ドクトリンの草案作りによる過労とマは報告を受けたが、実情は暴走したEXAMシステムをキシリアが半ば偶発的に止めたことが原因だった。

 昨年の連邦との開戦前夜、連邦の策略でコロニー落としの責任をジオンが負う瀬戸際で、弁明のため連邦基地駐屯地に出頭したキシリアは永久保管措置となりかけたが、ジオンに“大義”を持たせた。

 そしてオデッサ防衛戦の折、誰よりも先にEXAMシステムの暴走の予兆と人類滅亡に至る最悪の事態まで見込み、人知れずシステム本体を無力化しようとして失敗、一時的とは言え心停止となった。

 

「貴女は…無人MSが破壊されるのを止めたかった。私が……人類滅亡の引き金を引くことを……」

 オデッサ基地を襲撃した無人MSをマが破壊した事で、EXAMシステムは暴走した。

「真っ先に危機を察した貴女は、私に核使用の選択肢を与えてくれた。血圧も不安定な中で無理を押してギレン総帥から許可を取り付け、私一人に核使用の責任が掛からないようにして…その配慮を少しはご自分に向けて下さい」

 

 そして独り追い込まれたキシリアは、命と引き換えにする以外の手立てを失った。

 

 自身が原因でキシリアが動いた事で、マは漸く理解することができた。何故キシリアは黙って動くのか? 何故“いつも”キシリアなのか?

「傍観者から当事者になって、ようやく分かりました。貴女は常に…我々が気付かぬ危機を、誰よりも先に認識していたことを。そして能力と立場から、誰にも成し得ないと判断して背負うしかなかったことも。貴女に押し付け続けていた事実すら気づかずに我々は…貴女の行為を“独断専行”や“自己犠牲”と言う言葉で処理してしまった」

 キシリアの言動と結果しか見ておらず、その事態に至った経緯と原因を突き止めようとはしなかった。ただ“キシリアがまた無茶をした”と思考を止めていたのだ。

 キシリアは選んだのではない。それ以外の選択肢がない状態で、詰め将棋の最終手を任され続けただけであった。

 

 そして今回は、己が自身を“捨て駒”にして他の駒を守った。

 

「……あの手紙が貴女からの最後の命令であると……重々理解しております」

 講和条約は締結された。

 あとは手紙に記されていた自分に対しての願いのみ。

 “貴方の良き未来を願って”

 守っていたつもりがマ自身もまた、キシリアに護られていたと言う事実を突きつける言葉…

「……貴女が居ない未来を考えなければならないと、重々承知しております。しかし…」

 マはキシリアと共に築く未来しか描けていなかった。それ以外の未来に価値も意味も見出せない程に…

「キシリア様……本当に貴女は…無茶な命令を私に課す」

 そこで言葉を止め、マはキシリアの静かな横顔を見つめた。

「……私は…貴女の意思を受け継ぎ、次へと繋いでみせます。だから貴女はもう……」

 

 休んでいい。

 

 キシリアとの“別れ”を意味する言葉。

 そのたった一言が胸で詰まり、喉が痙攣を起こし、マの口から放たれることをひたすら拒んだ。

 

「……“また”来ます。どうかそれまで……ここに居てください…」

 

 眠るキシリアに深く一礼をし、書類をケースに戻してマは静かに退室した。

 

 そしてマと入れ替わる形で、恐る恐る部屋の中を覗き込む少年がいた。

「どうしたの、アムロ?」

 突然背後から話しかけられ、アムロは驚き振り返る。

「ララァか……」

「キシリア様のお見舞い?」

「うん。さっきまでマ准将が居たから、扉の外で待ってたんだけど…」

 そう言いアムロは自身の手を胸に置く。

「……マ准将の言葉を聞いたら……胸が疼いて…」

 アムロの言葉を聞き、ララァは目を見開く。そしてそのままアムロの手を取って、共にキシリアの側に歩み寄った。

「………残っているかもしれない」

「何が?」

「キシリア様の欠片が、そこに」

 そう言いララァは、アムロの胸を指差す。

「EXAMシステムの本体から助けた時、貴方の精神は光に包まれていた。膨れ上がった憎悪から、アムロを守るように…」

「それがキシリア様の精神の一部だったってこと? だったら彼女は⁈」

「貴方の中にいるかもしれない。だから…」

 そう言いララァは、眠っているキシリアの手を握り、そしてもう片方の手をアムロに差し出した。

「……わかったよ、ララァ。キシリア様を探してくる」

 ララァの手を握り、意識を向けたらあとは一瞬であった。

 

 あのエメラルドの光が溢れる空間で、アムロの前に一人の女性が立っていた。

「キシリア様…ですね?」

『よく私が居ることがわかったな?』

 アムロが名を呼ぶと、輪郭を光に溶かしながらキシリアが答えた。

「分かりますよ、そこまで感情を震わせたら…貴女は、僕を護ってくれた“一部”ですね?」

『……このままひっそりと潜むつもりであったが…ままならないものだ』

 意思はしっかりしている。しかしその輪郭は揺れ動き、今にも崩れそうであった。

「そのまま逝ってしまうつもりですか? まだ留まりたい場所があるんじゃないですか? 僕も皆も…貴女を待っています」

『残滓だから身体に戻ったところで、ほぼ間違いなく消える。だから…短い時間であっても、君を通じて見守れるならば充分だと…まあ、自分を言い聞かせていた訳だ』

「貴女はまだ生きています」

『時間の問題だ。身体がここまで保った事は想定外だが…』

「今なら間に合うのでは? もう一つくらい奇跡を起こしませんか?」

 アムロがそう言うと、キシリアは子供の我儘に付き合うように笑ったように感じた。

 

『承知した。しかし一つ約束して欲しい。私が消えたとしても、君自身を責めないでくれ。私が選択した結果なのだから』

 

 アムロが気がつくと、コロニーの人工太陽が日の入りを演出する橙色の光が部屋を差し込んでいた。

「キシリア様の欠片は身体に戻ったわ。でも……」

 そこで言葉を切り、ララァは悲しげに目を伏せる。

 

 キシリアは言っていた。

 自身の身体に戻ったとしても消えるだろう…と。

 だから残された時間で皆を見守っていたいと……

 

「僕は……取り返しのつかないことをしてしまったかもしれない……」

 

 最後の僅かな時間さえも自身の我儘で奪ってしまったように、アムロは感じた。

 部屋は徐々に闇を帯びていく中、傷心のアムロとララァは静かに部屋を後にした。

 

 部屋の中を闇が満たす中、微かにキシリアの瞼が震えた。

 静かに…確実に…キシリアの中で変化が起き始めていた。

 

 アムロから戻ったキシリアの自我の欠片は、伽藍堂となっている自己の最奥に辿り着いていたが、そこに至るまでに自我は揺らめき崩壊が進んでいた。

 なぜここにいる?

 その疑問すら失いかけた時に、波紋のように響く意志。

 

 “…ここに居てください…”

 

 誰かの望み、誰かの祈り。

 それと共鳴する己が内の中核。それは…

 

 “…ここに居たい…”

 

 すると目の前に水面が広がっていることに気づく。

 数多な情報が収められている“世界の構造体”との鏡面…すでに仕切りは砕けて存在していない。ゆらゆらと境界が保たれた水面に、キシリアの自我の欠片が静かに触れる。

 鈴の音に似た振動と共に、触れた地点から水面に波紋が広がる。

 波紋が収まると、水面を境界に一人の女性と対峙している事に気づいた。その女性はキシリアの前世…いや今なら分かる。

 自身が今まで“前世”と認識していた者は、“別の可能性の自分”、自身の立ち位置で別世界に存在している人物…

 彼女が困ったような笑みを浮かべた次の瞬間、キシリアの中に情報が、記憶が、感情が流れ込んで来た。

 

 私は…まだここに居たい。

 その真核を軸に、“キシリア・ザビ”いう人格が組み上がっていった。

 

 そして………

 コロニーで管理された通りに夜は過ぎ、朝を迎える。

 

 翌日、マ・クベはキャスバルと共にキシリアの病室を訪れていた。

 最近のキシリアは、目を覚ましても天井を眺めるだけであったが、この日は珍しく上半身を起こし窓の外を眺めていた。

 まだ命が繋がっていた事に安堵しつつも、何処かしら違う雰囲気に警戒していたその時…

 

「久しぶりですね。キャスバル様、マ・クベ」

 

 こちらを振り返り、気まずそうな笑みを浮かべ、キシリアが口を開いた。

 

 一瞬何が起きたか分からず、マはそのまま立ちすくむ。一方でキャスバルは、恐る恐るキシリアに近づきつつ声をかけた。

「キシリア……なのか?」

「随分とご心配をおかけしました。キャスバル様も……どうした、マ?」

 キシリアが声を掛けると同時に、マは壁に寄りかかるようにその場に崩れ落ちた。

「………皆に伝えてくる。キシリア、マ准将を頼む」

 そう言い残して、キャスバルは静かに病室を後にした。

 

 窓から吹き込む風が、何度かカーテンを揺らす。

 暫くした後にキシリアは、静かにそして柔らかくマに語りかけた。

「すまなかったな、マ・クベ。私は……随分と酷い命令をお前に課してしまった」

「いえ……私は……」

「立てるか? 近くの椅子に座ってくれないか?」

 キシリアに言われるがまま、マはゆっくりと立ち上がり、ベッド近くの椅子に座った。しかし、この都合の良い夢が覚めるのが恐ろしくて…キシリアを直視することができなかった。

「よくやってくれた。礼を言わせて欲しい」

「…………何に対して…でしょうか?」

「そうだな……多すぎて挙げるのも一苦労だが……私の望みを全て叶えてくれた」

 

 違う…“命令”しか実行できなかった。

 キシリアの“願い”を叶える術すら考えられなかった。

 オデッサで無人MSと共に、キシリアの未来を葬ったのは自分自身であったと言うのに…それでもキシリアとの未来を捨てきれなかった自身を、マは憎悪していた言っても過言では無かった。

 

「それにお前は、私も知らなかった望みを教えてくれた」

 

 “望み”?

 思わぬ言葉が出てきて、マは思わず顔を上げる。

「貴女が知らなかった…望み……ですか?」

 ようやく…そして随分久しぶりに、マはキシリアと直に視線を合わせた。もう一度見たいと願った理知的な光を灯している眼は、初めて見るような柔らかさを伴って、少し細められた。

「私は人として皆と共に居たい。それが一番の望みであると、ようやくわかった」

 

 “ここに居てください”

 昨日のあの言葉が、キシリアに届いていた事をマは理解した。

 

「……キシリア様」

「だから私は戻れた。ありがとう、マ・クベ」

「………貴女は…酷いお方だ……私は…何も言えないではありませんか…」

 

 ようやくマは確信することができた。

 キシリアが帰ってきたことに…

 今日こそは別れの言葉を…と覚悟を決めた矢先だった。

 何度も祈り願い切望していた奇跡を目の当たりにして…マは気持ちの整理がつかなかった。

 しかしこれだけは、どうしてもキシリアに伝えたかった。

 

「よく…お戻りになりました……」

 

 言いたい言葉が余りにも多くありすぎて…

 それを伝えるだけで精一杯のマは、ただただ頭を下げ、肩を静かに震わせるのであった。

 

 宇宙世紀0080年、1月1日。

 地球連邦政府は講和条約に調印。ジオン公国の独立が叶った。

 

 同年。1月3日。

 キシリア・ザビは真の意味で帰還を果たしたのであった。

 





感想への返信は少しずつできればと思います
第五章は出来上がり次第、ゆるゆる更新していければと思います。
よろしくお願いします。

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