キシリア・ザビ閣下は・・・   作:桐錠

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54. キシリア様は創設者

 

「オークランド研究所…ですか?」

 

 サイド6、パルダコロニー。

 フラナガン医療センター附属施設「シャロン学園」。

 理事長室に備え付けの秘匿回線の通信機越し、地球連邦軍の総司令官であるワッケイン大将との会話に出てきた名称を聞き、私キシリアは静かに眉を顰めた。

 オークランド研究所は、連邦軍で強化人間研究を行っていたオーガスタ研究所と関係が深い、MSの開発及び研究をしている連邦軍の研究所である。

『先日の貴女の拉致計画に加わっていた連邦兵がそこの所属ですが…逃亡中のローレン・ナカモトとの繋がりが判明しました』

 一部の研究員…イシロギ博士が、ジャミトフと共に逃亡しているローレンと繋がりがあることが判明した。協力の見返りは、ローレンが持つ強化人間関連の研究データ。その理由が、延命のために強化処置を施されたイシロギの娘のためであった。

「ジャミトフの影響下からオークランド研究所を引き剥がすため、イシロギ博士のご息女…ユズ・イシロギをフラナガン医療センターに入院させたいのですね? 構いません。お引き受けします」

『ご協力感謝致します。旧ジャミトフ派の大半はガディ少佐が纏めているのだが…』

 一部の者は、逃亡中のジャミトフやその部下たちと繋がっている。地球連邦軍はその繋がりを追いきれていないのが現状であった。

「よくやっていただいていると認識しております。ガディ少佐は優秀なようですね」

『彼が優秀なのは事実ですが…講和条約に反対する者や、素行が良いと言い難い者は軒並み、ジャミトフの逃亡に同行しておりまして…』

 その言葉を聞き、私は違和感を抱く。

 まるでジャミトフは、ジオン軍と地球連邦軍の共存路線の邪魔となる者たちを敢えてまとめて、木星へと隔離させたようにも…

『キシリア理事長?』

 急に黙った事を心配したワッケインの声に、私は思考から引き戻される。

「すみません。少し考え事を…お互い忙しい身の上ですので、早速要件をお伝えします」

 そう。今回は私の方からワッケインに連絡したのである。

『エルラン顧問を介して、マ少将から概要はお聞きしています。シャロン学園で“特務隊”を作りたいと?』

「はい。我が校の生徒たちの特性を活かせる組織作りを検討しております。そしてMSの母艦とその操船技術を持った人が必要なのです」

『そちらに技術移転をして運用が軌道に乗るまでの間、戦艦のクルーを派遣して欲しいとのことでしたね』

「はい。戦艦に関しては其方の払い下げをこちらで改修いたします」

 学園の教員がジオン関係者が多いことを考慮すると、ここで連邦側を関与させてバランス取る必要があるのだ。話の言葉を聞き、画面越しのワッケインは手元の資料に目を落とす。

『退役予定のペガサス級でよろしいかな?』

「はい。ありがとうございます」

『派遣する人員についてだが…『ロンド・ベル』の『エゥーゴ』から見繕う予定です』

 外郭新興部隊「ロンド・ベル」。

 別世界のサブカルチャー由来の情報の中でも馴染みのある名称。この世界では設立の時期が早まっただけではなく、経緯が大いに異なっていた。

 まず設立の経緯。それはエコーズや旧ジャミトフ派と言った、地球連邦軍から離れた元連邦兵たちへの対処が目的であった。私の暗殺未遂でコロニーごと破壊しようとしたことが明るみになって、さすがの連邦軍も動くしか無かったのだ。

 次に構成員についてだが、ジオン軍と連邦軍の共同部隊という形となっている。宇宙展開部隊「エゥーゴ」、地球展開部隊「カラバ」の2組織から成り、エゥーゴの司令と副司令はブレックス・フォーラ少将とダグラス・ローデン准将、カラバの司令と副司令はジョン・コーウェン中将とウォルター・カーティス准将という形で、ジオン軍と連邦軍からそれぞれ人員を出して構成されていた。

 ちなみにジオン軍からはシンやガトーもロンド・ベルに配属されたという話も聞き、別世界のサブカルチャー由来の情報との乖離を改めて実感した。そもそも、現時点で私が生きている時点で、今更と言えるのだが…

 

 ワッケインとの通信を終えた私は、シャロン学園の地下にある無窓会議へと向かう。

 そこに入ると既に議論が始まっているようで、スクリーンに様々なMSの姿が映し出されていた。

 ルナ・ライン先端技術研究所のテムが送ってきたカタログだが、私自身のMSを選ぶ訳ではない。化物性能を持つ専用MS“カリョーヴィン”が、先月から学園の格納庫に鎮座しているのだから…

 

 先日までは扱いに困っていたカリョーヴィンであるが、今では愛着を持っていた。切っ掛けは、納品と言う名で専用MSを押し付けられた1週間後…

 その日、学園で授業を受けていたララァが強い敵意を感じた。そしてそれが知らせられるや否や、私は護衛のバーナードに問答無用でカリョーヴィンのコックピットに押し込まれた。

 因みにララァが感じた激しい敵意は、学生同士の小競り合いが原因であった。カミーユの名を聞いた学園の見学者が、「女の名前かと思った」と小馬鹿に呟いたらしく、それに激昂したカミーユが殴りかかったのである。

 上記の原因解明と安全確認が終わるまでの間はカリョーヴィンから出してもらえず、制御AI“メーティス”で時間を潰していたのだが…会話が成り立つほど優秀であることがわかった。別世界の情報の中で、サブカルチャーで言えば“レイ”…いや“アスラーダ”の方が近いか…現実社会で言えばAIチャットという感じであろうか。

 と言うわけで、私自身の専用機は間に合っている。今見繕っているのは、来年度に発足されるシャロン学園のニュータイプ部隊…地球圏共同特務隊「シャロン・フェアリー隊」の装備品であった。

 

「MSにはサイコ・コミュニケーターを搭載する方針でよろしいですかな?」

 シロッコの言葉に皆は一様に頷く。

「その方が彼らも力を発揮しやすいだろう? で、研究の進捗はどうなっている?」

 キャスバルに尋ねられ、シャロン・フェアリー隊の装備管理主任のナナイ・ミゲルが口を開く。

「小型化、軽量化に関する研究を進めておりますが、サイコミュは巨大ですので難航しています」

「正直、現状のシステムのままでしたら、キュベレイより小型化するのは難しいですね」

 シロッコの言葉を聞き、私は少し思案して決断して口を開く。

「ならばそのままで構いません。後方に展開する人員へ配備すればいいでしょう」

「それに加えて、方向性を決めた方がいいかと」

 シロッコの言葉を聞き、シャリアは顎に手を当てつつ口を開く。

「ふむ……3種類に分けた方がよろしいかと。安価かつ安定性に優れた汎用版、高価で扱いが難しい高性能版、ニュータイプ能力を重点的に引き出す特別版」

「特別版は“サイコミュシステム”として…汎用版は“バイオシステム”がいいかもしれません」

 その発言をしたナナイに意味深な視線を向けつつ、シロッコは口を開く。

「高性能版は…ナナイの案で進めている“サイコフレーム”ができるまで、待った方が良いでしょう。それまではバイオシステムを搭載する形で」

 別世界の情報ではあと5年以上先にできるはずの技術…サイコミュの基礎機能を持つコンピューター・チップを鋳込んだMS用の構造部材「サイコフレーム」ができつつあった。しかし…

「どうした、キシリア?」

 考え込み始めた私に気づき、キャスバルが尋ねる。

「我々が技術を独占しすぎていると思いまして…ジオンの何処かの企業と共同研究にはできませんか?」

 技術を独占するとまた戦争の火種になる。ルナ・ライン先端技術研究所が所在するサイド6に力を持たせすぎるのは危険だと、私は考えたのだ。

「それはむしろ願ったり叶ったりではないかと。実際のところ人手が足らず、このままではサイコミュ関係にかかりきりになるのではないかと、ルナ・ライン先端技術研究所の方で少々危惧しておりましたから」

 そう言ったナナイが、研究所に持ち帰って検討することになった。

 

 その後、ルナ・ライン先端技術研究所で“νガンダム”、ジオニックとツィマッドが共同で“サザビー”を制作する流れになるが、それはまた別の話である。

 

 ********

 

 宇宙世紀0085年、サイド6。

 フラナガン医療センター附属施設「シャロン学園」、大学部。

 そのゲート近くで立っていたアムロ、片手を挙げて近づいてきた男の姿を見て破顔した。

「お久しぶりです、カイさん」

「よお。元気そうだな、アムロ」

 挨拶を返した男の名は、カイ・シデン。ジオンが独立を果たした一年戦争でホワイトベースに乗船していた、所謂アムロの戦友であった。

「今は通信社勤務のジャーナリストでしたっけ?」

「いや、辞めた。フリージャーナリストってところだ。それにしても、そのまま進学したんだな」

「はい。ここの部隊にスカウトされまして…」

「地球圏共同特務隊『シャロン・フェアリー隊』だったか」

「と言っても、まだ出動はしてませんがね…大学の講義を受けながら、訓練している毎日ですよ」

 シャロン学園に所属するニュータイプの者が中心となって設立された、地球圏共同特務隊「シャロン・フェアリー隊」。基本は学園の教員が中心となっているが、学生でも15歳以上ならば志願することができた。ただし、18才までは見習いという形で、正式な任務は大学部以上の者しか割り振られない予定であった。ただ訓練は見習いも参加という形が取られていた。

「そう言えば、マチルダさんに子供が生まれたんだと」

「ウッディさんにお祝いを贈らないと…」

「お、給料が出るのか? なあアムロ…頼みがあるんだが…出産祝い、俺も連名にしてくれないか?」

「えぇ⁈」

 あからさまに顔を顰めるアムロに、カイは手を合わせて頼み込む。

「なあ頼む! フリーになって懐が寂しいんだ。ハヤトとフラウの結婚祝いで出費もあってさあ…」

「そう言って…本当はラトキエさんと弟妹のためにお金使ったんじゃないのですか?」

 図星を突かれてカイは思わず仰け反るも、一つ空咳をして目を細めた。

「そう言うお前だって、どうなんだ? アルテイシア様と?」

「な……ア、アルテイシアさんは学園の校医で忙しいから」

「へえ……“様”じゃなくて、“さん”…ね」

「そ…それは向こうが『様付けは止めて欲しい』と言われたからで…キャスバルさんも同じ感じだし…」

「ほー…へぇー…ジオン公国の公主様と妹御に対して、随分親しいもんだ。いやあ、出世したなあ、アムロ!」

「茶化さないでください! ほら、キシリア理事長が待ってますから」

 そう言いアムロは頬の赤みを誤魔化すように、カイの前を歩き始めたのであった。

 

 シャロン学園。応接室。

 そこでカイは目を見開き、目の前にいるキシリア・ザビ理事長から受けた提案を反芻した。

 

「シャロン学園広報部門の立ち上げ要員として俺を……ですか?」

「はい」

「何故……俺に声を?」

 そう尋ねるカイの前に、キシリアは一冊の本…「月の専制君主たち」を置く。それはアナハイム・エレクロトニクス社を初めとする月資本に対して、“戦争屋”であると非難したカイの著書で、一時的に発禁処分を受けた影響で、一般流通されていない代物であった。

「見事な内容ですね。内部を知り尽くした人間と、適切な関係がなければ書けない内容だ」

 そう言った後、怜悧な光を和らげつつキシリアはカイに微笑みかけた。

「アナハイム社のメラニー会長と、関係を構築できていますね? そして、ルオ商会とも伝手がある」

「……俺にスパイの真似事でもしろと?」

「違います。交渉の窓口になって欲しいのです。アナハイムもルオ商会も一枚岩ではない。違いますか?」

 キシリアの確信を滲ませた声を聞き、カイに緊張が走る。こう言う相手は誤魔化しは悪手、こちらの情報を取られるのは更に悪手。

「……で、アンタはどっちと交渉したい?」

 相手が望んでいる話の方向性を予測し、カイは尋ねる。

「それはもちろん、“戦争屋じゃない方”です」

 そう言い笑みを浮かべるキシリア。その奥に潜む気迫に、カイは思わず息を呑む。

「……それ見極めるにゃ、スパイの真似事しなきゃならないんだけどなあ…」

 軽口を言いつつ、カイは出された紅茶を口に含む。

「無理をする必要はありません。この本を書き上げた、貴方の目、耳、頭脳、交渉術を見込んだだけですから」

 つらつらとキシリアの口から出る褒め言葉に、カイは思わず紅茶を吹きかけそうになる。キシリアの口からお世辞が出たことにではない。キシリアの言葉が本心から来ていると、カイには理解できたからだ。

「……フリーのジャーナリストってことが、俺の売りなんですがね」

「囲い込むつもりはありません。委託という形でお願いできませんか?」

 そう言いキシリアは、フラナガン医療センターの上位組織であるルナ・ライン先端技術研究所での委託業者の身分証、そして委託契約書を机の上に置いた。

 

「受けていただけるのでしたら、契約書を一読した上に、契約書と身分証にサインを」

 

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