キシリア・ザビ閣下は・・・   作:桐錠

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読者の皆様に厚く御礼申し上げます。



6. キシリア様は御令嬢

 

「貴女に救われてから…あの事があってから7年ですか?」

 

 金糸のような髪の奥、青の瞳を物憂げに伏せ、アストライア・トア・ダイクンは静かにそう言った後、私キシリア・ザビの方へ視線を向けた。

「そうなりますね」

 7年前、アストライアへの毒殺未遂事件が起きた。奇しくも、その時訪問していた私キシリアの粗相で、その時に出された茶菓子を床に溢してしまい、それを飼い犬が食べて死んだ事で発覚した。幸いにもアストライアが菓子を口に入れる前であったため、彼女は難を逃れたのであった。犯人は自殺し、背後関係が捜査されたが迷宮入りとなった事件だ。

 しかしジオンは、毒殺を企んだのが自身の正妻であると疑い、療養という名目でローゼルシアを屋敷から追放したのであった。

「私は……あの人の屋敷に身を置く気はなかった。姿を消してキャスバルと静かに暮らすべきでした」

「……我が父デギンの言葉ですが、もしそうしていたのであれば、その時点で前議長は倒れていたでしょう。それほどまでに貴女方は、ジオン前議長の心の支えになっていた。そして今に至るまで、ジオン前議長が戦い抜くことができたのではないかと、私は思います」

 それほどまでに、当時のジオンは精神的に追い込まれていた。仕事の話しかしない正妻ローゼルシアから離れ、外で安らぎが得られていなければ、確実に精神が壊れていたであろうと、その時はまだ盟友と言えた父デギンは断言した。

 しかし、ジオンが自治区のトップの地位に着くにあたり、後ろ盾をしていたのが最初期からサイド3を統治していた、ローゼルシアを筆頭とした派閥であった。加えて側室となったアストライアが、ジオンと同様に最近になって地球から移住した者であったこともまた、ローゼルシアと彼女の抱える派閥の怒りを買ってしまった。恩を仇で返す行為と看做され、ジオンに対する猜疑心が膨れ上がったのだ。

 その結果ダイクン派は、ジオンが引き連れてきたラル家など真のダイクン派と、正妻のローゼルシア派の真っ二つに分裂してしまった。そしてそれは、4年前の宇宙港での事故を発端に大規模な闘争へと発展し、多くの者が粛清されて漸く終息したのであった。

 

「前髪、また下ろすようにしたのですね?」

 

 アストライアの穏やかな声で、昏い思考から引き戻される。

 そうであった。前世で嗜んだサブカルチャー由来の情報で、キシリアが老け顔に見えたもう一つの原因が判明した。それはオールバックにしたり、アップにしたり…即ち額を出す髪型である!

「どうも威圧的に見える様でしたので…」

「よくお似合いですよ。昔の様にやわらかな印象になっています」

 昔の様に……即ち、若々しく見えるということであろう!

 素晴らしい! 効果は抜群だっ‼︎

 久しぶりに下ろしてカットした前髪を触りつつ、上機嫌でそんな事を考えたその時、部屋の扉にノックが響き渡った。

「失礼致します。キャスバル・レム・ダイクン様のお支度が整いました」

「承知しました。それではアストライア様、失礼致します」

 随分久しぶりとなるドレス姿で、私はカーテシーをする。静かに笑みを浮かべて頷き返したのち、アストライアは柔らかな笑みのまま、言葉を発した。

「母親である私が言うのも変ですけど…頑張ってくださいね。キャスバルとのお見合い」

 

「お見合いの首尾は?」

 

 自宅のザビ邸に帰宅し執務室を訪れる否や、次兄サスロが訊ねてきた。

「ギレン兄上は?」

 一緒に報告を聞くはずであった長兄の姿が見当たらず、私は不思議に思う。

「急用が入ってな…私の方から伝えておこう」

 そう言いつつ席を勧めてきたため、私はサスロの向かいのソファーに座り口を開く。

「キャスバルは承諾いたしましたよ。私との婚約を」

 キャスバルにとっての好条件を示したにも関わらず、それを当然とした上でさらに要求してきて、それでも私を信用している様子はありませんでしたけど‼︎

 前世で嗜んだサブカルチャーからの情報によると未来の私キシリアは、キャスバルことシャアが味方をすると無条件かつ盲目的に確信していた。その理由は、それなりにキャスバルとその母アストライアに恩を売っていたと自負していたからであろう。問題はその恩義を、キャスバルは一欠片も心に留めていなかったと言うことで……と言うかつい最近、ジオンが亡くなった時に、暴徒から貴方たち家族を守りましたよね? 恩返ししろとか言いませんが、他者から好意を無条件に与えられて当然っていう思考回路は改めた方がいいのでは⁈

 ローゼルシアやアストライアに対して誠実とは言い難い対応をしていたジオンの事を考慮すると、そこのところをキャスバルも受け継いでいるとなんとなく納得する。冷静に考えると人格を疑う様な行動が散見されるキャスバルなのだが、前世の情報から見ると作中でも何故か人気があった。見た目もそうだが、やはりあの類を見ないイケボ故の声補正か⁈ 声変わりする前の応対で良かったと思いつつ、私は用意された紅茶を飲む。

 

「いかがなさいました、サスロ兄上?」

 

 ティーカップを戻しつつ、先ほどから黙り込んでいる様子の次兄に訊ねる。するとサスロは、ばつの悪そうな表情を咳払いと共に引っ込め口を開いた。

「で、最終的な約定の内容は?」

「こちら側の提示した条件は、アストライアを我がザビ家で保護すると言うこと、その名目のためにキャスバルと私キシリアが婚約を結ぶこと」

「キャスバルの要求内容は?」

「キャスバルはダイクン邸で家族3人で暮らすことを望みました。しかし、邸宅には正妻のローゼルシアがいる状態である事を告げると、流石に迷っていましたね。そのために追加の要求をしてきましたよ。ダイクン邸からローゼルシアを追い出すようにと」

「お前……それを承諾したのか⁈」

「承諾もなにも、ローゼルシアをこの首都バンチから出すのは、こちらの既定路線ではありませんか」

「現時点でそれを明かせば、キャスバルの中でアストライアをザビ家で留める必要は無くなる。それでは我々の工作は無意味に…」

「要求してきたキャスバルに言いました。ローゼルシアが居なくなっても、使用人がアストライアを害さないと言う保証は無いと。そしてダイクン邸の使用人全て入れ替えようとしたところで、信用のおける者を雇う手段を、現状では何も後ろ盾のない貴方が持ち得ているのか…と。逆に不審者が入り込むリスクが高いため、お勧めしないとね」

 私の言葉を聞き、サスロは半ば立ち上がり浮かせた腰を再びソファーに沈めた。

「故に別の提案をしました。キャスバルとアルテイシアはいつでもザビ家を訪れて、アストライアと面会できるように取り計らうとね」

「……妥当だな。逆にキャスバルを此方側に取り込む機会ができたわけだ」

「キャスバルの扱いは難しいですよ? あの年齢にしては聡明で、胆力もある。アルテイシアとガルマを婚約させる手もあると脅したら、威嚇してきたほどにね」

「……お前、その話はドズルに言うなよ。ガルマを政争の道具にしようとした事を知ったら、あのバカは怒り狂うからな」

「アルテイシアは可愛らしいお嬢さんですよ。年齢も釣り合いますし、逆にドズルとでは見かけも相まって、如何わしい噂を立てられ兼ねないと判断したのですが?」

「そう言うお前だから、キャスバルとの婚約を提案してきた時に、ギレン兄は驚いたんだ。お前自身が結婚を彷彿させる事象を絡ませる判断をするなど、明日にも小惑星が当たってコロニーに穴が空くのではないかと危惧するほどにな」

 今回の案を内輪での会議で告げた時、兄ギレンが見せた表情は、おそらく一生忘れないだろう。その時言った「お前、結婚願望があったのか!?」と言う台詞も、今サスロから聞いた私が不在時に言った言葉も、絶対に忘れませんからね‼︎

 

「ローゼルシアについてだが…それほど時間は残されていない」

 

 サスロの言葉を聞き私の頭はスッと冷える。

「……言葉通り命を削って戻ってきたわけですね。今回の件について彼女への説明は?」

「今話に行っている。父上だけでは難しい故、ギレン兄が同行している」

 そう言いソファーから立ち上がり、サスロは執務室の防弾ガラス製の巨大な窓の側へ歩み寄った。耐衝撃性を備えるために不定形の金属製の仕切りが施されているが、それでも近づけば充分に外の景色は見える。

 サスロの視線の先にあったのは、父が設立に尽力したムンゾ共和国国立大学、その象徴とも言える時計塔であった。

「あれから11年か……」

「キャスバルが生まれた時、サスロ兄はその場に居たのですか?」

「ああ。ギレン兄もな」

 

 ジオン・ズム・ダイクンは元々、地球連邦議会の議員であった。ごく一部の特権階級を地球に残す形で、全人類を宇宙へ移民させる計画を中断した中央政府の腐敗を憂い、宇宙移民計画の再編を促す活動をしていた。しかしその活動が行き詰まり、デギンの誘いでムンゾ大学の教授となった経緯がある。

 そしてサイド3に移ったジオンは、ローゼルシアと婚姻して後ろ盾を得て、ムンゾ共和国の議長となり首相の座に収まった。一方で内密にCLUB Edenに通い、そこの歌姫と心を通わせ、そしてアストライアはジオンの子…キャスバルを宿した。

 キャスバルは知らないのであろうか。彼の誕生前後に母子ともに匿い守ったのが、デギン・ソド・ザビであったことを。それを知らなかったとしても、己自身が今現在生きているのは、目の前にいる母アストライアだけではなく、周囲の多くの者の支えがあったお陰である事に気がついていないのだろう。

 それはキャスバルたちが、狭く孤独な世界に居続けたと言う証左に他ならなかった。そしてそれが、ザビ家を崩壊へと誘うキャスバルが抱える歪みの原因となっていると、私は結論付けた。だから……

 

「……権力に興味が無くなったのか?」

 そう突然尋ねたサスロに、私は微笑と共に答えた。

「権力というのは、己が身の安全と、己が国が健全に存在している上で、成り立つものであると理解した。それだけですよ」

 





遅くなりましたが。誤字指摘ありがとうございました。
次回は早ければ月曜日、少なくとも木曜日アップ予定です。
残り2話で第一章「ムンゾ自治共和国」篇が完結予定ですので、お付き合い願えると幸いです。

第二章「ジオン自治共和国」篇に進みますか?

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