キシリア・ザビ閣下は・・・   作:桐錠

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感想ありがとうございます。何とか目標通りに更新できました。



64. キシリア様は託宣者

 

「グレミーはセリーヌと?」

 

 エレベータに乗ろうとした私に問いを投げかけた者、通路の奥から歩み寄ってきたギレンに視線を向ける。

「はい。兄上も加わりますか?」

「いや、私は後でいい」

「それでしたら、少しお付き合い願えますか?」

「拒否権はないのであろう?」

 そう言いため息を吐きつつも、ギレンは私に続いてエレベーターに乗った。

 

「……これは?」

 

 隠し部屋に鎮座している2基のコールドスリープ装置…その中で眠っている人物を見て、ギレンは静かに尋ねてきた。

「セリーヌのクローン。クルストがエキドナから分離したセリーヌの精神体を宿らせようとした最初の器候補…と言ったところでしょう」

 加えて異世界の情報と共に精査すると、クローンに記憶操作を施し「成功例」としてギレンに引き渡そうと画策していた節もあった。そんな事をした所ですぐにバレるというのに…「家政婦以外の価値なし」と蔑むか、拒否してフラナガンが助手として引き取る展開しか想像できない。

 そうなる前に私はクルストをミナレットから追い出したが、その結果起きたのは人類滅亡の危機とも言える事件だったわけで…なかなか思うようにいかないものである。

「セリーヌのクローンでは失敗したのか?」

「だからグレミーや“16人の姪“が生み出されたのでしょうね」

「しかしわからんな…なぜクルストは私の細胞を用いようとした?」

「組み合わせができる手持ちの生殖細胞が、兄上が提供した生殖細胞と、冷凍保存しているセリーヌ・ロムとエルピー・プルの生殖細胞しかなかったというのも、大きな理由でしょうが…」

「他にも理由があるのか?」

「優秀なギレン・ザビの遺伝子を用いれば、“優性人類“に該当するとでも思ったのでしょう。そしてそれを大量に生み出せば、人類は進化したことになる」

 私の言葉を聞きギレンの眼光が厳しくなる。己が思想を矮小化され冒涜されたと、感じているのであろう。

「…人物の優劣を決定付けるのは、有意義な思考の積み重ねによる。血筋への固執はやがて腐敗を招く温床以外の何者でもない」

「一時期、『スペースノイドは優れた新人類』というプロパガンダで思想の統一を目指していましたよね? 当時の兄上の主張を受け入れた者であれば、血筋そして遺伝子を指標とするのは自然では?」

 ギレンがまだ「優性人類生存説」をプロパガンダに利用していた時、クルストはその思想に入れ込んだ。その事を思い出したのか、ギレンは何度か言葉を呑み込み、そして静かに口を開いた。

「……思考を怠り、都合よく解釈した故の歪みというのか?」

「思考自体に意味を見出さぬ者は労力を厭い、分かりやすい“記号”を解答として欲する傾向にありますから」

 複雑かつ難解であるギレン・ザビの外聞は、その傾向が特に顕著であった。

 世間は兄を“独裁者”と見做し、命尽きるまで権力を手放さないものであると思っていたらしく、自ら総帥の座を降りた事に対して驚きの声が上がっていた。しかしギレン・ザビの“目的”は、人類をより良い方向へと発展させ進化させること。そのためには、スペースノイドを独立させ、己が思想を啓蒙することが必須。独立戦争を勝ち抜く“手段”として、独裁者の地位に就いていただけであった。

 強権を振るう必要性が無くなれば総帥の座を退く事は、兄の背景を精査すれば自ずと理解できるはずだが…

「一度“記号”に堕とされたのであれば、事象が起きた“背景”と“原因”について思考を巡らせることはありません」

 優性人類生存説を「無能の切り捨て」と言う短絡的な解釈で終わらせ、兄が抱えていた本質的問題意識にまで思考を巡らす者は殆どいない。ギレンが急進的手段に頼った理由は、「無能を大量に抱えた結果、少数の有能な者を摩耗させ、最終的に組織が崩壊する」と言う現実を問題視した結果であった。

「大衆は思考の“深度”よりも“短縮”に対して、価値の重心を置いております」

「刺激に即時反応するだけの簡易的な量産品だな。連邦政府が掲げた“効率化”という建前に踊らされ、従順に飼い慣らされた結果か」

「だから兄上は教育者に転向した。違いますか?」

 生活水準が向上すれば人口は落ち着く。それに付随した教育強化で、己が思考を持つ人材が増えている現状を、総帥時代のギレンは目の当たりにしたのだから…

 

 しばし見合った後、ため息と共にギレンは先に視線を外した。

「ムンゾからジオンへ国名を変えるときであったか…お前はジオニズムで大衆意識の方向性を誘導することを反対していたな」

「はい」

 ギレンは何か逡巡するように、瞑想するように目を閉じた。

「お前が正しかったと言う訳だな」

「……え?!」

 己が非を認めるような言葉がギレンの口から出て、私は驚きの声を思わず溢してしまう。その声が聞こえていたらしく、不機嫌そうに片眉を上げてギレンは睨んできた。

 私は空咳をして本題に戻すことにする。

「セリーヌのクローンは如何なさいますか?」

「……お前に任せる」

「分かりました。フラナガン博士と相談しましょう。セリーヌの姉妹ですからね」

 私の言葉が理解できないと言うような視線をギレンが向けてくる。何かおかしな事を私は言っただろうか?

「セリーヌとこの2人。世間一般にいる一卵性の多胎児と何が違うと言うのですか?」

 遺伝子が同じとは言え、それぞれが別の人格を宿っている。違いは自然受胎か人工作成か…ただそれだけの話である。

「ただ、一気に数を増やすのは如何なものとは思いますがね。姪たちの名付けで苦労しましたから」

「……そうか……そうだな」

 それ以上言葉を紡ぐことができない兄ギレン。その表情を見ないように私はただ、ギレンの肩の震えが治るまで静かに待つことにした。

 

 余談ではあるが、セリーヌのクローン体はフラナガンが養女として迎えることになった。1人を実娘と同じ「セリーヌ」、もう1人を「ペッシェ」と名づけ、やがて双子姉妹の研究者として、フラナガンの後を継ぐ優秀な人材となる。

 

「……第7研究ブロックの閉鎖はこれでいい」

 

 皆が寝静まった頃、私は最近の日課となっている“後処理”を進めていた。

 異世界の情報の中では、ミナレットの艦内の全貌を知るのは“ヒュー、ジョニー、エイシアの3名のみ”とされている。しかしミナレットの軍事的重要性と軍指揮系統から鑑みて、ジョニーやヒューら中堅クラスの将校が最上位権限保持者というのはあり得ない。

「おそらく私やギレンの介入自体を、意図的に記録から抹消したのであろうな」

 ザビ家上層部の関与を覆い隠すため、記録と実態が乖離していることはよくある話だ。そして表向きの管理者として、ヒュー、ジョニー、エイシアに“鍵”を分散して託した…

「異世界の情報内の私も、“前世の記憶”に引きずられてミナレットを見つけたのであろうか…」

 少なくともこの私はそうであった。

 24年前に“異世界の私“の記憶が流入した衝撃で一時的に忘れていたが、それより以前から“改暦前の研究者”の記憶の断片があった。

 その記憶を見始めた当時は、私は特別養成学校の武官コースに在籍していた。研究施設である“ミナレット”、その座標と正規のアクセス方法…この記憶が何なのか突き止めるため、兄や友人らを巻き込んで探索した末に見つけたのであった。

「今ならType-Zの片鱗であったと理解できるが…ここを見つけたのは誤りだったか…」

 しかし見つけてしまった。

 ならば、今こうして落ち着いて探索と対処ができる時間を有意義に使い、この宇宙世紀に多大な悪影響を与えかねないこの施設の後始末をしなければならない。

「処理が必要な研究ブロックは…残りは二つ」

 研究ブロック。それは“前”の私の同僚たちが管理していた研究室であり、大半のブロックはジョニーはおろかギレンにも、その存在を伝えていない。

「“前”の私が使っていた第1研究ブロックは…姪たちが当分使うから、後回しですね」

 一時期フラナガンに開放していたブロックだが、そこで「プル・シリーズ」…姪たちが見つかった。おそらく異世界の情報にある「フラナガン機関」の前段階に当たる研究は、そこで行われていたのであろう。

 そして今向かっているもう一つの研究ブロックもまた、異世界の情報内で私の部下…ジョニーたちが利用していた場所…

 

「MSの改修に利用していた設備のある場所」

 

 異世界の情報の中で描かれている私が率いていたキマイラ隊、その肝である技術部隊ヒュドラが、ミナレットの設備を使ってMS改修を短期間でこなし、高レベルかつ高技術力の下支えとなっていた。しかし…

「この世界では開放していないはずだが…」

 第2研究ブロックに足を踏み入れた私が違和感を抱いたのは、微かに残る油の匂い、うっすらとしか積もっていない塵であった。

 他の研究区画は100年近くの時間経過に相応しい荒れ方だったのに対して、この区画は現役…とまでは言えないが、最近まで使用した形跡が残っていた。

「…少々まずいことが起きているかもしれない」

 超高度機器設計支援システム。

 設計から製造までを支援する…つまり完成品の形状や属性を解析し、算出された形状データから成形までも可能としていた。異世界の情報にある部下らは、その機能“のみ”を利用していたが…

「上位権限でロックを解除し、全機能を使いこなせれば…各種シミュレーションと、その結果から最適な設計案を叩き出せる」

 設計図はおろか、必要な基幹素材とその製造法、稼働に必要な動力源の設計まで可能だったはず…

 そうやって副所長であった“彼”はたった1人で、オーバーテクノロジーと言える発明品を、短期間で大量に生み出していたのだ。

「エキドナβ、聞こえますか?」

《お呼びでしょうか、マスター代理》

 ミナレットを統括しているセリーヌ…エキドナの母体とは独立した子機、第2研究ブロックを管理しているエキドナβ呼びつけると即座に返事が返ってきた。

「第2研究ブロックの使用履歴について、閲覧を要求します」

《上位権限により情報はブロックされています》

「上位権限? 誰がブロックを施しましたか?」

《上位権限により情報はブロックされています》

 通常の管理者権限では駄目らしい。

「……非常コードD-7。最上位権限者“代理”としての権限行使を要求」

《非常コード確認。貴方が権限を引き継いだ者の名は?》

「シャーラ・マーキス」

《……最上位権限者と確認しました。それでは幾つか質問をお答えください》

 シャーラ・マーキス…ミナレットが研究施設として運用されていた改暦前、所長であった“前”の私。

 その記憶を一つ一つ引き出して、エキドナの質問を答えていく。

 

・問1:貴方の任務は? 

 “トライステラー計画”の企画・遂行

・問2:計画の中核となるものは?

 特殊合成鉱物による人工結晶体

・問3:その作用は?

 “世界構造の情報保管庫“への接続キーの植え付け

・問4:発動するキーワードは?

 “未来”、“希望”、“新人類”

・問5:キーワードは何に擬態した?

 宇宙世紀憲章の文言

・問6:設置場所は?

 首相官邸“ラプラス”

 

《……全回答正答。貴方をシャーラ・マーキスの代理人として認めます。貴方の名を教えてください》

 

 私は………“どの”私が“今”の私だ?

 私は………誰?

 

「キシリア」

 

 誰かが“誰か”を呼んでいる。振り返ると端正な顔立ちの男性が立っていた。ブロンドの髪に蒼い瞳…

 データの中にある。彼の名は…

「…キャスバル?」

 名を呼ぶが彼は顔色を一変させる。確か…この表情は“恐怖”。

 しかし何故?

 無意識に右手を摩った時、左手の指先に硬質な感触を感じる。それは右手薬指に嵌められた指輪…

 

 …そうだ……私はまだ……

 

「申し訳ありません、キャスバル様」

 笑みを作ってそう答えると、ようやくキャスバルは安堵の息を吐いた。

《貴方の名を教えてください》

 再度問われて、私は己が名を伝えた。

 

「キシリア・ザビ」

 

 ようやく“最上位権限”の代行が認められ、第2研究ブロックの利用記録および研究データを、所持していた記録媒体へ保存するようにエキドナβに命じる。

 姿が見えない私を探して入ってきたキャスバルの目の前で、データの精査はやめた方がいいと判断したからだ。

「キシリア……ここは?」

 所狭しに設置されている機器を見渡しながら、キャスバルが尋ねる。

「改暦前、ミナレットが研究施設として現役時代に稼働していた設備の一つ」

「……使うのか?」

「機能を完全停止させます」

 研究記録や利用記録などの総合的なログと監視システムは“エキドナ”の管轄であるが、各研究ブロックに設置してある機器については、それぞれの高性能コンピューターで制御されていた。

「この研究ブロックの制御コンピューター内部を完全消去します。そうすれば、設備は全てオブジェになる」

 その言葉を聞き、キャスバルは何処かしら名残惜しそうに近場の機器に触れた。

「……残して、利用しますか?」

 実行キーを押す前、私はキャスバルに尋ねる。

「……いや、旧世紀の亡霊にしがみつくべきではないであろう」

 勿体無いと言う考えが過ったのか、思考による沈黙を見せる。しかし最終的にキャスバルは、きっぱりとそう言った。

 複数の名を渡り歩き歪められた破滅者とは異なる姿へと、この世界のキャスバルは成長を遂げている。そう再認識した私は、パネルにそっと指を伸ばす。

 

 ギレンだけではなくキャスバルも、もう大丈夫であろう。暴発に至ることがない思想の基盤を持ち得た今、私の抑止者としての役目は終わった。

 私が“人”であり続ける理由は、もうない。

 だが、それでも……“人”として居続けることを、私は許されるのか?

「っ……」

 そこまで思考を巡らせたところ、決定キーを押した指先が微かに震えた。

 

《完全消去ソフトウェア起動》

「私は……“まだ”人でしょうか?」

 

 聞こえなかったのか、答えられないのか、キャスバルからの回答は無かった。

 

《並行してバックアップの確認及び消去も実行します。暗号鍵の破壊および上書きも実施、完全消去まで残り18時間。尚、消去終了後は自動検証を実行します》

 





第8話の伏線回収。こちらも結構間がありますね(汗)。
次回は来週水曜日の更新予定ですが、筆が進めば月曜に更新します。

【おまけ:ギレン・ザビの子育て日記】
・0日目
 珍しく数日空きができたため、以前からの要請に応えて妹の隠遁先に向かう。頼まれていた妹が10代の時に着用していた服も準備する。今の時期は高速艇であれば数時間で着く。明日確認してすぐに戻れば、次の講義には間に合うだろう。

・3日目
 初めて日誌への記録を怠った。明記した上で客観的に状況を見直す。14歳の娘が16人できた。(以下インクの滲み)

・6日目
 娘たちを名付ける。妹はやたらと親友の家名の「プル」を入れようとしたり、何故か「マリーダ」や「アリシア」という名に拘ったが…やはり秩序を持った名付けが必要であろう。私が全員の名付けをすると宣言したが…まだ半分しか決まっていない。

・8日目
 妹の勧めで朝食を作る。客観的見ても失敗作。文句を言う、世辞を言う、礼を言う、無言。各々異なる反応を見せるが、全員完食した。夜になると、私と共に寝たいと主張する者と、1人でゆっくり寝かせるべきと真っ二つに割れた。結局、娘たちの騒ぎから避難しソファーで寝た。

・10日目
 数学の問題を与えると、半数は即答し、半数は眠り出した。歴史を語ると、熱心に書き留める子と、「声が素敵」と私を見て頬を赤らめる子がいた。教育の方向性を再考する必要がある。 16人の娘を掌握することは、国家統治よりも困難である。

・11日目
 娘たちが焼き菓子を所望する。否決の余地なし。妹は無言で料理本を渡してきた。私はエプロンを装着し、オーブンに立った。クッキーを娘たちに配布している姿を、突然来訪してきた弟やセシリアらに目撃される。家庭とは、かくも厳しい戦場か。積み上げてきた我が地位は、砂上の楼閣の如く崩れ去った。

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