キシリア・ザビ閣下は・・・   作:桐錠

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今回は珍しくキシリアは未登場です。



65. キシリア様は預言者

 

 宇宙世紀0093年。サイド4「ムーア」。

 

 ここで新たに商業・居住複合コロニー群「インダストリアル」が完成しつつあった。

 一時期は完成の遅延が危惧されていたが、サイド4首長であるオットー・フレミングが推進した農業プランテーション構想、そしてサイド1、4、6からなる「バビロニア共栄圏」の設立により事態は好転。サイド4はスペースノイドの胃袋を支える大規模食糧生産地帯として、バビロニア共栄圏はおろかジオン共栄圏や月にまで農作物の交易を行うようになった。経済状況が安定した結果、サイド4から人が流出することはなくなり、最近では特に地球からサイド4に移り住む者が増えてきていた。

 インダストリアルは増加に転じたサイド4の人口を支えるために建築されたコロニー群であり、その建造を行っているコロニービルダーが、ビスト財団が実質所有する「メガラニカ」であった。

 

 木星開発用のベース・シップを改造した超巨大航宙戦艦である「メガラニカ」の艦内、応接室の中でビスト財団の当主であるカーディアス・ビストは、漆黒の宙域を眺めていた。

「それで…話って何かしら?」

 応接室に入るや否や話しかけてきたのは、財団内での渉外担当でアナハイム・エレクトロニクスの社長夫人でもあるマーサ・ビスト・カーバインであった。

「……お前は、メラニー会長から何も聞かされてないようだな?」

「お義父様が一体何と?」

「ステファニー…いや、ルオ・ウーミンの目的が、我らと異なる可能性が浮上してきている」

「ああ、その話? 関係ないわ。“戦争”が社会進化の装置になろうがなるまいが、“戦争”という市場を維持することには変わりないのでしょう?」

 そう尋ねるマーサの問いに、カーディアスは答えない。嫌な予感を感じたマーサは、声を落として尋ねる。

 

「まさか……“ラプラスの箱”を公表するつもり?」

 

 従兄妹同士であるカーディアスとマーサが、ビスト財団を二分し管理運営している。

 カーディアスが設立者であるサイアムの思想を色濃く受け継いでいる一方で、マーサはビスト財団の実務を担当していた。マーサとしては、連邦政府を強請りビスト財団の地位を約束する“ラプラスの箱”は、永久に一族内で管理し続けるべきであるとすら考えている。それは一族の繁栄もあるが、一番の理由は…

「“ラプラスの箱”は公表すれば、政治的秩序を破壊しかねないのでは?」

「……宇宙世紀憲章は“理念”。法的拘束力は弱く、即座に体制を覆すほどの効力はない」

 カーディアスの口から出た「宇宙世紀憲章」。

 初代首相そして当時の地球連邦政府の中核であった者たちと共に、首相官邸であったコロニー「ラプラス」へのテロ攻撃で、宇宙世紀憲章の原文も失われたとされていた。

 しかし事実は、カーディアスとマーサの祖父である「サイアム・ビスト」…当時はラプラスへのテロに加担した青年「サイアム・マーキス」が、宇宙世紀憲章の原本をラプラスの残骸の中に隠した。

 

 それが“ラプラスの箱”の正体であった。

 

「政治体制というものは“正統性”によって成り立つもの。その正統性を揺るがすということは、長期的に見て致命的では?」

 そう言い返すマーサの言葉に、カーディアスが苦虫を噛み潰した表情を見せる。

 地球連邦政府は、宇宙世紀憲章という“建国契約”に基づいて成立した統一組織である。つまり、宇宙世紀憲章に則って人類を統治するという建前により、全人類統治の正統性を維持していた。

 そして現在の地球連邦政府は、形式的には宇宙世紀憲章を尊重していると主張しているが、実質は第七章第十五条を意図的に無視していた。原文が失われたことを理由に、該当条文を削除し改竄した上である。これは旧世紀の国際連合が憲章の“運営不履行”を常態化させていたのとは訳が違う。政治体制の正統性そのものに対する重大な違反に当たる“設立契約不履行”であり、組織の存在自体の無効化と同義であった。

 

 宇宙世紀憲章の原文“のみ”に記されている「第七章第十五条」。

 祖父サイアムから引き継ぎ内容を読んだカーディアスは、「スペースノイドの参政権を明確に示していない」と思った。それ以前に連邦政府が一強である現状から百年近く経過している中、憲章条項を違反したところで何の影響もないとすら考えていた。

 しかし文章表現の読解に対する誤りを、サイアムは正してきた。第一に、自治や人権に関連する理念条項は慣例的に恒久条項であること。第二に、条文には複数層にわたる暗黙の含意が内包されていること。そこから読み解けるのは、第七章第十五条は政治的配慮による当時の認識に基づく表現回避が施された「スペースノイドに関する条項」であること、そして将来の改正や制度改革を命じる未来施行条項であること…

 即ち宇宙世紀憲章第七章第十五条は、「将来的にスペースノイドを政治に参画させる義務」を明確に規定したものである…と。

 

 マーサは宇宙世紀憲章第七章第十五条の詳細を知らない。それを考慮し、カーディアスは言葉を選びつつ口を開いた

「短期思考からくる理念無意味論ゆえに、改暦前は戦争が絶えなかったのだ…と祖父は言っていた」

「お祖父様が?」

「理念なき効率性を重視した短期合理主義は、制度腐敗や暴走の温床となり、やがて社会を崩壊へと導く…と」

 存在意義そのものである“理念”を共有することで、社会は信用に基づいた健全な体系を築き、そこで初めて効率が『信頼される手段』として機能する。即ち、効率の土台は“信頼”であり、信頼の根は“正統性”、正統性を証明するのが「憲章」といった“理念”であった。

 

「今の連邦政府の姿がまさに証明しているわね。それすら理解していないみたいだけど、完全に崩壊するのだけは御免だわ」

 マーサはそう言うが、確信犯的に“理念”を踏み躙った上で、今の地球連邦政府が設立されているのだから当然と言えた。カーディアスの「地球連邦政府は宇宙世紀憲章の内容と重要性を認識していないのでは?」という反論に対して、サイアムに「ならば何故条文ごと消して改竄した?」と聞き返されたのは、今では苦い思い出である。

 

 存在根拠の喪失が暴力を呼ぶ…というのが人の常。

 

 地球連邦政府へ反旗を翻すことに対して、組織の“正統性”は無意識な抑止力として働いている。もし“ラプラスの箱”が公開され、設立契約不履行が明るみになれば、今の腐り切った連邦政府にどれほどの矛先が向けられることになるか…

「だが、短期間では影響は出ないであろう。おそらく数十年掛けて、ようやく表面化に至る」

「私たちの目的は“戦争”が維持される体制。いずれとは言え、体制そのものが全崩壊する結末など望んでないわ」

「…わかっている。それにスペースノイドの中で複数の共栄圏が設立された今、『理念の墓標』でしかないと軽視するのは短慮であるということも…」

 理念は時代が変わっても無意味にはならない。旧理念を参照した上で、新体制は正統性を得られるからだ。

 故に“ラプラスの箱”…宇宙世紀憲章の原文は、体制の正統性について再定義を要求する時限爆弾になる。

 

「ということは、UC計画は予定通りに?」

 

 UC計画。

 連邦政府による完全統治時代への回帰を目的とした計画であるが、実質はビスト財団とアナハイム社が掌握していた。

「機体管制システムの制作は今のところ順調だ。オーガスタ研究所の閉鎖前に研究員を確保できたことが大きい」

「EXAMシステム搭載無人機の元開発関係者、アレフ・カムラだったかしら? 例の疑似人格OSを制作した」

「強化人間人格OS『BUNNyS』か…」

 連邦軍が進めていた強化人間の研究は中止に追い込まれたが、ルオ商会の研究機関により水面下で続けられていた。そして多数の強化人間の意識を生命ごと奪ってデータ化して取り込み、集積したことで完成したのが並列思考能力、学習能力、自律性を備えた成長できる疑似人格「BUNNyS」であった。

「それにしても……ウーミン翁は何を求めて研究を進めているわけ?」

「EXAMシステムの暴走事件を踏まえて、ニュータイプ関連兵器の制御法の模索が表向きの理由だ」

「で、本来の目的は? 人の精神をデータ化して取り込む装置に固執しているようだけど、ニュータイプやそれに準ずる“魂”でも集めるつもりかしら?」

 揶揄うようにマーサはそう言う。

 ニュータイプの持つ感応波の研究を進め、大衆の思考の中に次世代の“倫理規範”を強制的に刷り込ませる。その共通目的の元でカーディアスは、ルオ・ウーミンと共闘しているつもりであった。

 しかし……

 

「……ルオ・ウーミンは、“ラプラスの箱”を要求してきた」

 

 カーディアスの言葉を聞き、マーサは目を見開く。

「では……ルオ商会が公表するつもり?」

「現状を鑑みれば封印すべきと決断した矢先だったのだがな…」

 コロニーの共栄圏を半ば認め、再建しつつある地球連邦政府。そしてスペースノイドは地球連邦政府への参政権を獲得するのではなく、完全に独立した統治機構を設立した。宇宙世紀憲章が作られた当時の予測とはかけ離れた未来ではあるが、それでも新たな“理念”が生まれて育まれている。故に余計な混乱をもたらす“ラプラスの箱”の開示は不要であるというのが、サイアムとカーディアスの共通した意見であった。

 そうして永久封印しようとした矢先に、ルオ・ウーミンから要求された。

「…どうなさるおつもりで?」

「UC計画を前倒しで決行する」

「いいえ、あとはこちらでやりましょう」

 

 聞き覚えのある第三者の、温度の感じさせない女性の声。

 

「っ⁈ ステファニー・ルオ……」

 

 カーディアス・ビスト、マーサ・ビスト・カーバインが、コロニービルダー「メガラニカ」を視察後に消息を断つ。

 カーディアスの跡を継いだアルベルト・ビストは、メガラニカをビスト財団からルオ商会へ移譲。水面下で政変とも言える大きな動きがあった1ヶ月後…

 サイド6、パルダコロニーにあるシャロン学園中等部で、1人の転入生の姿があった。

 

「バナージ・リンクスです。よろしくお願いします」

 

「それで……リンクス君が何だっていうんですか、ハマーン姉様」

 

 木星と火星中間に位置する、アステロイドベルト。

 点在している小惑星の影で待機してしている、シャロン・フェアリー隊の第2母艦「ラーディッシュ」の艦橋で、通信業務にあったっているセラーナが、うんざりした様子で聞き返した。

『……随分とミネバと仲がいいな…と思っただけよ…』

 別待機場所で待機中のハマーンからの通信は、はっきり言って業務とは関係ない雑談。今、艦長席に居るのはビーチャだから目くじらを立てられる事はないとは言え、ハマーンが同じ愚痴を何度も語ることに、セラーナは辟易していた。

「クェスとハサウェイに先を越されたからって、そうやって他にカップル案件は無いかと探すのはどうかと思いますけど…」

『な……何を言う⁈ そんな俗物めいた話題では…』

 そう反論はするが、ハマーンが密かに思いを寄せる年下のジュドーへのアプローチが尽く失敗している事を、セラーナは知っている。

「大体姉様は……」

『っ⁈』

 ニュータイプである2人は、同時に“悪意”を感じ取る。感じた先は、シャロン・フェアリー隊が監視を続けている、ジオン共和国の小惑星基地「アクシズ」であった。

 

 小惑星基地「アクシズ」。

 ジオン独立戦争より前に資源採掘基地として徴用したのが始まりとされ、内部に宇宙資本系の統合企業体により巨大プラントが建設されたこの小惑星は、ハマーンとセラーナの父であるマハラジャ・カーンが管理運営していた。

 ジオン独立戦争後、後に木星との交易を計画していたキシリアの要望を受け、木星への航路の中継基地として整備を進めることとなる。その結果、別の小惑星「モウサ」と接続して、居住区画を拡充することになった。

 モウサの中に空洞を掘り進めて居住区画を作成する一方で、掘削した鉱物は貴重な資源としてアクシズのプラントに送られる…建設ラッシュにより、ここ最近雇われた作業員が多く存在した。そして…

 

 アクシズのプラントで事故が発生。誘爆の恐れがあることから、全系統が遮断される。再開された放送は「事故対応のため、外部通信は一時遮断、救援は遅延する見込み」と告げた。

 しかしそれは意図的に流された誤報であった。

 管制室が混乱に陥る中、ハッキングした通信システムに遮断ログの上に自分の偽造ログを重ねるのは、数年前に地球へコロニー落としを試みた、元連邦軍エコーズの工作員であった。

 

 推進制御ブロック。

 事前に定期補給船団に紛れ込んで侵入し、鉱山労働者に成りすまして蜂起を待っていた主力戦闘員が不意打ちで警備隊を制圧していく。その後を悠々と歩くのは、地球へのコロニー落としの主犯であり、真正ティターンズを名乗ったジャマイカンであった。

 そして推進器のメイン制御システムへ、偽装鍵でプロトコル認証を通す。そしてジャマイカンは、「核パルス推進管理」システムを選択して立ち上げた。

 

 コロニー落としは失敗した。そして次にジャマイカンが考えたのは「アクシズ落とし」であった。

 

「私は……最後まで理念を押し通す‼︎ 地球にへばりつく腐りきった輩を、速やかに引き剥がさねばならん‼︎」

 地球からコロニーへ移住する者が増えている? 甘い‼︎ 宇宙へ上がる数より無秩序に増える数の方が多いのは明白。特権階級共が奴隷を欲する限りは…それに、一度宇宙へ上がった後、再び地球に戻らぬと誰が言える⁈

「ならば話は簡単だ…地球に住めなくすればいい‼︎」

 

 しかし……

 システムのパネルに、「核パルスエンジン点火」の項目が無かった。

 

「ない……無いだとぉおお⁈」

「閣下、ローレン博士から通信が…」

 そう告げる部下から引ったくるように通信機を奪い取るジャマイカン。

「ローレン博士! 一体何が……」

『……無いんだ……核パルスエンジン自体がない‼︎』

「そんな馬鹿なことが……」

『エンジン格納ブロックを確認した……本当に何もなかったんだ‼︎』

 ジャマイカンが通信している間に、元エコーズの工作員がメイン制御システムを操作していた。そしてシステムのパネルに「実装モジュール欠落」と表示されていた。

 

「マハラジャ・カーンを連れてこいっ‼︎」

 

 ジャマイカンの怒鳴り声に従い、隊員が彼を押し立てて入ってくる。頬に痣があり、衣服に鮮血が点在していた。

 マハラジャは状況を一瞥した後、乱れた裾を整えた。

「手荒い客だな。用件は何かね?」

「推進器の核パルスエンジンを点火しろ。地球への落下軌道に乗せる」

 マハラジャは制御卓をひと撫でし、薄く笑った。

「点火するものは、もうない」

「とぼけるなぁッ‼︎」

「15年前まではあった。しかし撤去した。 キシリア様との取引で、アプサラスの部品に転用するために…な」

 

 沈黙。

 

「キシリア・ザビぃいいいッ‼︎ あの女狐めぇええッ‼︎」

 ジャマイカンの絶叫が辺りに響き渡ると同時に、シャロン・フェアリー隊の感応波通信を介した連絡で連携を取り戻した警備隊が、推進制御ブロックに雪崩れ込んだ。

 





第35話、第36話の伏線回収(一番やりたかった仕込みです)。
次回は来週月曜日辺りに更新が目標。筆が進めば、土曜日更新予定です。

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